江戸時代初期の外交・防衛を考える(2)

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「鎖国」は植民地化防止の手段だった!

 

 前回も述べましたが、当初は布教に目をつぶり、貿易を優先した家康がキリスト教禁止を決断するまでには相当の葛藤があったようです。徐々に、秀吉同様、軍事的征服を断念したスペインなどが布教を手段に侵略しようと戦略転換した意図を見破り、危機感を抱き始めます。そして秀頼の動きや伊達政宗による「慶長遣欧使節」派遣などの経緯を経て、布教と貿易の分離政策を断念し、かつ幕府による“一元外交”へ傾斜していきます。

 

その道程として「大阪の陣」があり、政宗の“巻き込み”工作(結果として政宗は家康に忠誠を誓いました)などがあったのでした。ついには、“キリスト教的文明化を拒否した国家体制”に行き着き、「鎖国」に至ります。“大戦略家”家康の真骨頂でした。

 

 幕府は、1623年には、ポルトガル人の日本在住禁止、朱印船のマニラ航行禁止、明以外の船の出入りを平戸に限定するなどの政策を強行しました。その結果、イギリスも業務不振で平戸商館を閉鎖するなど、入国する外国人の数も次第に減少し、翌24年にはスペインとの国交を断絶しました。

 

1633年、ついに「第1次鎖国令」が発令され、その後4度にわたり「鎖国令」が発令されます。第4次発令後の1937年、我が国の歴史上、最大規模の一揆である「島原の乱」が発生しました。幕府は、12万の大軍を投入してようやく鎮圧し、ポルトガルとの国交も完全に断絶して「鎖国」が完成しました。こうして、貿易と布教を分別していたオランダ船以外のヨーロッパ船は入国を拒否され、オランダも長崎の「出島」で厳しい監視下におかれたのです。

 

以上の経緯を経て、江戸幕府は、貿易によって経済が発展することを犠牲にしてまで「鎖国」政策を採用し、幕末までのおよそ210年の間、これを維持します。

 

「鎖国」か「海禁政策」か

 

「鎖国」という言葉自体は、ドイツの医師ケンペルの著書『日本誌』で使用された用語を蘭学者・志筑忠雄が「鎖国」と訳したことで広まり、一般に普及したのは明治時代以降とされます。近年では「海禁政策」と呼ばれ、「“国境を閉ざして一切外国と関わらない”イメージの『鎖国』はなかった」との見方が主流になっているようです。

 

確かに、「長崎口」(いわゆる「出島」)経由でオランダと細々と交易していた以外にも「対馬口」「薩摩口」「蝦夷口」の「四口(よんくち)」の対外貿易窓口が存在し、幕府は、対馬藩や松前藩などがそれぞれの相手と交易することを“特例”として認めていました。

 

このような事実から、「鎖国」というより「海禁政策」あるいは「幕府による『貿易管理』」と解釈すべきというのですが、本メルマガでは、このような解釈があることを承知の上で、なじみのある「鎖国」という呼称を引き続き使用します。

 

呼称はさておき、当時は、「大航海時代」以降、欧州列強が世界中を侵略していた時代です。ケンペルは、「鎖国には理があり、鎖国によって日本の民族が平和的に、精神的に自由な生活を営むことができた」と「鎖国」を好意的に見ております。

 

なぜ「鎖国」が可能だったのか?

 

では、なぜ「鎖国」が可能だったのでしょうか? 意外にもこのような視点で解説している歴史書はあまりないようです。

 

その1は、我が国が自給自足で国を維持できる経済力があったことと考えます。江戸時代初期には、戦国時代の争いや城郭整備などを通じて発達したさまざまな技術のおかげで、農機具が発達し、水田が大幅に増え、米を輸送するための船舶の建造や水路の整備などにまで及んでいました。ソフト面でも、秀吉時代の太閤検地と兵農分離によって農民が稲作に専念できるようになり、江戸時代の「米本位制経済」が可能となっていました。

 

その2は、江戸幕府には、「鎖国」という強権を発動しても国内を統治できる能力、そして「鎖国」を力づくでも踏みにじろうとする外国に対してそれを阻止できる武力があったことです。確かに海軍力や大砲など一部の軍事技術は欧州諸国に比して劣勢でしたが、武力の総量、特に鉄砲の保有数や熟練した武士の存在などは、当時、列国と比較して遜色ありませんでした。戦国時代の軍拡競争を信長・秀吉・家康が“巨大な軍事大国”として統一したことが功を奏したのです。

 

その3は、上記の国内的な要因に加え、外的な要因です。幸運にもこの時期の欧州列国は、のちに「17世紀の危機」とも言われるように、「宗教戦争」「独立戦争」「領土争奪戦争」などに明け暮れ、欧州外への影響力は限定的で、なかでも地球の反対側の日本に対する関心や支配意欲が低下した時代でした。また、お隣の中国大陸においては、約300年続いた明が衰退し、1644年、北東から清の侵攻を受けて明が滅亡してしまいました。ロシアの“南下”もまだまだ先のことで、当時は全く視野に入っておりません。つまり、「鎖国」後の江戸時代初期から中期は、「国防」という観点では“外敵”を意識する必要がない“平和な時代”が続いたのでした。

 

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

 

(平成30年(2018年)10月11日配信)



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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