「ペリー来航」と開国(その2)

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世界史と日本史に“横串”を入れて振り返らないと「史実」は解明できない典型的な例と思うのですが、18世紀当初よりたびたび日本近海に出没していたロシアやイギリスに先駆けて、なぜアメリカの「ペリー艦隊」の来航となったのでしょうか? 幕府の狼狽と「開国」に至る混乱を振り返る前に、この疑問を解明しておきたいと思います。

 

イギリスとロシアの「グレート・ゲーム」

 

「グレート・ゲーム」という言葉自体、日本ではあまり話題にならないまま今日に至っていると考えますので、少しだけ解説します。

 

19世紀の開始を告げる戦争といわれた「ナポレオン戦争」の勝者はイギリスとロシアでした。その後、この2カ国が世界帝国としてユーラシア大陸の各地で対峙したことを「グレート・ゲーム」と言います。海洋国・イギリスと大陸国・ロシアの対立でもあり、衝突点はバルカン半島、中央アジア(今のアフガニスタンあたり)、そして東アジアの3カ所でした。

 

 「ペリー来航」と同じ頃、イギリスとロシアは、この「グレート・ゲーム」の一環として、ナイチンゲールで有名な「クリミア戦争」(1853〜56年)を舞台に戦っていました。この戦争は、バルカン半島経由で“地中海への道”を企図していたロシアとオスマントルコの戦争でしたが、イギリスはフランスやオーストリアとともにトルコ側に加担したのです。

 

 戦争はクリミア半島をめぐる局地戦に留まらず、グローバルな世界戦争に拡大しました。細部は省略しますが、英露の艦隊は日本近海の鼻先をかすめるように移動し、オホーツク海やカムチャッカ半島でも本格的な戦闘を繰り広げたのでした。

 

戦争はロシアの敗北に終わり、パリで講和会議を開き、終戦しました(1856年)。この戦争に我が国が巻き込まれないのは幸いでしたが、「ペリー来航」成功の要因として、この戦争の最中にあった英露両国の関心がいっとき、日本を含めた東アジアに及ばなかった時期と重なったという幸運もあると考えます。

 

江戸幕府の狼狽と「開国」

 

さて「ペリー来航」への我が国の対応です。これについては、少し詳しく振り返ってみましょう。

 

私も若かり日頃、横須賀市久里浜にある「ペリー上陸記念碑」を訪れ、見たこともない蒸気船2隻を含む4隻の“黒船”が目の前の沖合に現れた時の人々の驚きに思いを馳せた記憶がありますが、約250年間、太平の世をむさぼり、物心両面の「備え」を怠ってきた江戸幕府がペリーの砲艦外交によって「開国」を迫られた時の狼狽ぶりは察するにあまりあります。

 

しかし、当時の役人の名誉のために付記すれば、浦賀奉行所の与力・中島三郎助は、近代国際法である「万国公法」を理解しており、旗艦サスケハナ号に乗り込み、「湾口6海里(約11q)以内は領土の内水であり、江戸湾に許可なく進入することは認められない」と堂々と外交交渉したといわれます。それでも日本を半未開国として差別したペリーは、その3日後、金沢沖まで測量船を送り込んだのでした。

 

ペリーがいったん江戸湾を去るや、老中・阿部正弘は、ペリーへの対応策を諸大名や旗本・御家人に意見に求めたところ、答申書は約700通以上に及んだといわれます。また、町触(まちぶれ)を出して広く庶民の意見も聞いたところ、これが大評判となって、笑えないような突拍子もない提案もかなりあったようです。多くの大名から名案がでなかった当時、庶民が直接政局に関与した希有な例で、「合議興論」の考えが広がった反面、幕府の権威を下げる結果となりました。

 

幕府は、江戸湾防備の必要性を痛感し、砲撃用の台場建設に取りかかりました。11基の台場建造を計画し、総工費75万両、延べ270万人に及ぶ人足を駆り出すという驚異的な工事によって、1年あまりの短期間で6基完成させました(現在も、第3と第6台場が残っています)。

 

1年の猶予のはずが半年前倒しの翌1854年2月、ペリーが再び来航しました。第12代将軍の家慶(いえよし)の死去を知ったペリーが国政の隙を突いたといわれ、今度は、艦隊は7隻、のちに補給船などを含む9隻の艦船が東京湾に集結したのです。こうして約1カ月にわたる交渉の結果、下田と箱館の開港、領事の駐在、最恵国待遇など、全12カ条からなる「日米和親条約」を締結し、「開国」しました。

 

我が国の「開国」と同時期、お隣の清ではとんでもないことが起きていました。「太平天国の乱」と「第2次アヘン戦争」です。いよいよ清の衰退が明らかになってきました。また我が国は、ハリスとの条約締結過程で致命的な失態を演じ、大混乱に陥りました。それらについては次回以降取り上げましょう。

 

 

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(平成30年(2018年)12月6日配信)



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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