江戸幕府の滅亡(その1)

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「太平天国の乱」と「第2次アヘン戦争」

 

1851年、清が衰退する原因となった「太平天国の乱」が発生します。洪秀全(こうしゅうぜん)を天王とするキリスト教組織の反乱といわれていますが、その実態は複雑かつ大規模で、全盛時は中国の南半分を勢力下に収めたといわれ、1864年まで続きます。

 

1856年、清の混乱に乗じたイギリスは、フランスと組んで「第2次アヘン戦争」(「アロー戦争」とも呼ばれます)を仕掛け、「天津条約」(1858年)によって、アヘン戦争後の「南京条約」で認めさせた5港に加え、さらに南京など11港の開港を認めさせました。しかし、清廷内で条約に対する非難が高まったため、英仏軍は天津に上陸し、北京を占領してしまいます。

 

1858年、イギリスはまた、インド大反乱の後、インドを併合し、イギリス領インド帝国が成立させます。フランスがベトナムなどインドシナ植民地を企図して遠征軍を派遣したのもこの年でした。

 

他方、バルカン半島の“南下”を閉ざされたロシアも再び東アジアに目を向け、「太平天国の乱」や「第2次アヘン戦争」など清の混乱を見逃しませんでした。ロシアは、軍艦から鉄砲を乱射して、調印しなければ黒竜江以北の満洲人を追い払うと脅迫し、「アイグン条約」(1858年)によって黒竜江以北の外満州の割譲を認めさせました。外満洲の面積は何と約100万平方キロメートル、我が国の約2.6倍に相当する面積です。この広大な国土を一瞬にして失った清はのちにこの条約を否認しますが、当時の状況から何ともなりませんでした。

 

「幕府の統治システム」形骸化と「天皇の権威」復活

 

このように、周辺情勢が極めて喧噪だった1858年、我が国は、ハリスとの間で「日米修好通商条約」を結びます。これらの情勢を熟知していたハリスは、「英仏艦隊の来航の可能性とアヘンの有害を説き、アメリカとの通商条約の締結が日本にとっても有利だ」と説いたといわれています。

 

問題は、朝廷の“勅許”を得ずして通商条約を結んだ幕府側にありました。これが、結果として幕府の“命取り”になりました。

 

振り返れば、約260年前に始めた「鎖国」は、朝廷の“勅許”を得て始めたとの記録はないのに、なぜこの時点で“勅許”が必要だったのか、この200年余りの間に何が変わったのか、不思議といえば不思議です。

 

まず、「江戸幕府の統治システム」の形骸化と「天皇の権威」復活についてその実態を解明してみましょう。

 

徳川幕府の全国統治の拠り所は、朝廷から与えられた「征夷大将軍」という称号にありました。しかし、朝廷の領地は、最初は1万石、のちに3万石となりましたが、徳川幕府の8百万石と比べるとほんのわずかでした。そのうえ『禁中並公家諸法度』(きんちゅうならびにくげしょはっと、1605年)によって天皇の権限は制約され、行幸も認められず、京都御所に軟禁状態です。御所は京都所司代によって監視され、西国大名が参勤交代の際に立ち寄ることも牽制されていました。

 

他方、2代将軍秀忠は、譜代大名の中から数人を「年寄」に任じ、政務を任せました。これが「老中制度」の基盤になって、幕政は「老中」たちの合議制で運営されるようになったのです。また、将軍に次ぐ幕府のナンバー2の地位にあった「大老」は常設職ではなく、家柄も井伊、酒井、堀田、土井の4家に限られていました。

 

 江戸幕府は、幕藩体制の“和”を重視した基本理念から「長子相続制」(能力にかかわらず長男であれば家督を相続)を厳重に実行しました。その結果、時代を経るにつれ、絶対的権力者としての将軍はなりを潜め、幕府の象徴的な存在になっていきました。歴代の将軍たちが権威をほしいままにして幕政を支配したようなイメージがありますが、実態はかなり違っていたようです。

 

次に「天皇の権威」の復活です。私たちは、我が国は「天皇」という呼称を絶えることなく使用してきたと考えていますが、実際には、平安時代初期の第52代嵯峨天皇の時から、天皇の権威の低下と連動して「嵯峨院」のような「院号」が使われるようになり、平安中期の第63代冷泉(れいぜい)天皇から「冷泉院」として正式に「天皇号」が使われなくなりました(ちなみに、「院号」は天皇以外でも使えます)。

 

「天皇号」を復活させたのは、それから約900年後、江戸中期、明治天皇の曾祖父にあたる第119代光格(こうかく)天皇でした。光格天皇は、まだ9歳という幼少の身でありながら、「天明の大飢饉」(1787年)の際の幕府の無策にたまりかね、「なんとかせよ!」と書付を送ったり、宮中の行事を再興させて「天皇の権威」を取り戻しました。
光格天皇は譲位によって退位します(今上天皇の前、歴史上最後の譲位でした)が、崩御後、生前あまりにも偉大だった英主を偲び、「天皇号」を追贈しようと朝廷は幕府と交渉してこれを認めさせたのでした。なお、大日本帝国憲法で「院号」は廃止され、すべて「天皇」に統一されました。

 

光格天皇が行なった最大の偉業は、実は、外交関係への関与でした。1811年、ロシアの海軍士官のゴローニンが国後島で捕獲され、松前に約2年間留め置かれた「ゴローニン事件」が発生します。最終的にはロシアに捕らえられた高田屋嘉平衛と交換という条件で釈放されるのですが、光格天皇は、「ゴローニン事件」の交渉経過について幕府に説明を求めました。「外交権」は君主、つまり天皇にあることを示したのです。この辺から、天皇と幕府の間の力関係が微妙に変わってきました。

 

幕末になり、幕府の弱体化に加え、異国船の来航など世の中が騒がしくなると、老中たちは、象徴的な存在である将軍のさらに上位に位置する朝廷の権威を度々活用するようになりました。時には、朝廷側が「そんなことを聞いていいのか?」と逆に問い直したとも言われます。その延長に通商条約の締結があったのです。長くなりました。続きは次号で。

 

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(平成30年(2018年)12月13日配信)



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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