江戸幕府の滅亡(その2)

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「日米修好通商条約」締結の真相

 

前回に続き、「日米修好通商条約」の締結経緯を振り返ります。ハリスが条約締結を迫ってきた当初、老中首座の堀田正睦(まさよし)は、孝明天皇の“勅許”を得て条約締結を企図しようとしましたが、攘夷派の少壮公家の抵抗もあって“勅許”は得られませんでした。孝明天皇自身も「鎖国・攘夷は歴代天皇の意思で、神々に申し訳ない」との思いが強かったようです。反面、幕府の力を頼りにしていたともいわれています。

 

事態打開のために、堀田は、福井藩主の松平春嶽の大老就任を画策したようですが、大老が四家に限られたせいもあって、就任したのは彦根藩主の井伊直弼(なおすけ)でした。直弼は、文武両道に秀でた教養人だったといわれています。

 

その直弼も最後まで“勅許”を優先させることを主張し、即時調印を主張する幕閣大勢の中で孤立しました。それでも直弼は、交渉担当の下田奉行・井上清直に出来得る限りの調印延期を指示しますが、井上はその意向を無視し、調印してしまった(1858年)というのが真相のようです。

 

 前回紹介したような周辺環境の激変から、迫りくる“脅威”を感じ取った幕閣たちは「開国こそが我が国存続のための唯一の方策」と判断し、条約締結を強行したのでした。このようにして、幕府は、同様の条約をイギリス・フランス・オランダ・ロシアとも結びました(「安政の5カ国条約」といわれます)。

 

「安政の大獄」と「桜田門外の変」

 

しかし、国内的には“勅許”を得ないままの条約締結が問題になりましたが、もはや後戻りができません。大老・井伊直弼の苦悩が目に見えるようですが、加えて、病弱で子供がいなかった第13代将軍徳川家定の継嗣(けいし)をめぐって、一橋徳川家当主・徳川慶喜(よしのぶ)を推す一橋派と紀州藩主・徳川慶福を推す南紀派が激しく対立しました。直弼は強権を発動して紀州藩主慶福を後継に決定しました(慶福は家茂:いえもちと改名)。

 

直弼は、条約反対派や慶喜擁立者などの幕臣、志士、公家衆などを大量に処罰(安政の大獄)するとともに、一部の条約推進者も排除し、権威の回復に努めました。しかし、明治維新の精神的指導者の吉田松陰や橋本左内などの有為な人材まで死刑にしたことから、逆に幕府の権威に対する不信感を増大させる結果となりました。

 

そして1860年、井伊直弼は水戸藩士らに暗殺されてしまいました。有名な「桜田門外の変」です。幕府最高の重職である大老が、城の前でわずか20人足らずの浪人らに殺されたのですから、本事件はこれ以上ない幕府の権威失墜となりました。

 

「尊皇攘夷」運動の広がり

 

これら一連の事件の背後にあったのが「尊皇攘夷」運動でした。「尊皇攘夷」運動の流れは複雑でなかなか理解しがたいところがあります。

 

そもそもは、中国の周の時代に発生した「徳(王道)をもって支配する『王』を尊ぶ」との「尊王」思想が、鎌倉時代から南北朝時代に「尊皇」と置き換えて受容され、鎌倉幕府滅亡の原動力となったといわれます。しかしその後、再び武家政権が続き、「尊皇」は表舞台に出ることはなくなりました。

 

江戸中期に「天皇の権威」が復活したことは前回取り上げたとおりですが、同時に、日本独自の精神文化も研究しようとした「国学」も盛んになり、その影響も受けて「尊皇」が復活し、幕府が朝廷の権威を政治利用したこともあって、その思想が急速に広まったのでした。皮肉といえば皮肉でした。

 

「攘夷」については、幕末になって異国の接近にともなう「鎖国」崩壊の懸念から、外来者を打ち払っても日本を防衛すべしとの国防意識とナショナリズムがとみに高まりました。そして、“勅許”を得ずしての開国がきっかけとなり、「尊皇」と「攘夷」が合体し、「尊皇攘夷」として「倒幕」の政治スローガンになってしまったのです。

 

なお、「尊皇攘夷」の源流(出典)は、徳川御三家の水戸藩で発達した水戸学だったようです。水戸学は、儒学を中心に国学、史学、神道など幅広い学問体系を保持し、吉田松陰や西郷隆盛など幕末の志士らに多大な感化をもたらし、明治維新の原動力となりました。

 

ロシアの“脅威”が顕在化

 

「桜田門外の変」の1960年、清は英仏と「北京条約」を結び、さらに天津の開港や九龍半島を割譲するとともに、ロシアとの間でも「北京条約」を結び、「アイグン条約」で清とロシアの共同管理地となっていた地域も含め、外満洲のロシア編入を承認しました。清も不平等条約締結を強要されたのでした。
 ロシアの“南下”の防波堤になっていた「ネルチンスク条約」から170年あまり、ロシアは力づくでこの地域の“南下”の障壁を取り除き、「東方を支配する町」を意味するウラジオストクの建設に乗り出したのです。ロシアが我が国の“直接の脅威”として姿を現した瞬間でした。

 

現在、中国の習近平は「中華民族の偉大なる復興」を唱えていますが、それならば、まず、屈辱的に失ったこの外満洲を取り戻す努力をすべきと思うのですが、なぜか「外満洲は中国の固有の領土」との声を聞いたことがありません。相手がロシアだからでしょうか、何とも不思議です(いずれこの問題がロシアと中国の間で再燃すると予測しております)。

 

ちなみに、我が国は無謀にも(と言うべきでしょう)この外満洲の沿海州から黒竜江北岸に沿って兵を進めたことがあります。「シベリア出兵」です。いずれ、このメルマガでも触れましょう。

 

 

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(平成30年(2018年)12月20日配信)



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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