「明治維新」による国家の大改造(その1)

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はじめに

 

 お陰様で、本メルマガも20回目の記念すべき発信となりました。ここまで毎回お読みいただいた読者の皆様には、日本史と世界史に“横串”を入れて歴史を振り返ると「違った歴史が見える」ことをご理解いただいているのではないかと思います。しかし、そのことを本当に“実感”するのは「明治時代」以降です。

 

安倍総理大臣は、元旦に「日本が世界の真ん中で輝く年になります」との年頭所感を表明致しましたが、“真ん中”ではなくとも、「明治時代」以降は、欧米列国や周辺国の“動き”を強く意識しつつ「国の舵取り」を強いられたのは事実でした。よって、まさに“横串”を抜きに我が国の歴史を語ることができないと考えます。さて、前置きはそのぐらいにして先を急ぎましょう。

 

列国勢力の空白期に恵まれた「明治維新」

 

前回は、「『明治維新』と諸外国の関わり」というテーマでしたが、イギリスとフランスのみで終わってしまいましたので、「明治維新」と諸外国の関わりについてもう少し触れます。

 

まずアメリカです。幕末と同時期に南北戦争(1861〜65年)が発生したことはすでに述べましたが、それもあって、1861年、幕府がハリスに発注を依頼した軍艦2隻を受注することができなくなりました。そして英・仏・オランダとの四国連合艦隊の一員として「下関戦争」には参加するなど、英仏と協調路線をとるようになり、「戊申戦争」でも「局外中立」を維持しました。

 

オランダは、鎖国時代から西洋や中国事情を幕府に伝えるとともに、幕府が発注した「咸臨丸」「朝陽丸」、そして幕府海軍最大の軍艦「開陽丸」を製造したり、練習船として「観光丸」を寄贈したりしていました。しかし、なぜか「和親条約」や「修好通商条約」はアメリカの後塵(こうじん)を拝することになったのです。

 

ロシアは、1855年、「日露通好条約」(当時は、「日魯和親条約」と表記:樺太は両国の混在地、北方四島とウルップ島の間に境界線を確定)締結後、総領事館を函館に置いていたため、日本の内政にはほとんど関わることがありませんでした。当時ロシアは、英仏との「クリミア戦争」(1854〜56年)の敗北で国内問題に忙殺されていました。

 

我が国が「明治維新」によって統一国家をつくりあげた頃、欧州でもイタリアとドイツが統一国家を完成させました(それぞれ1861年、71〔明治4〕年)。統一前のドイツ(プロイセン)と我が国との条約締結は1861年と他国から遅れをとりましたが、ドイツは「戊辰戦争は長期戦になり、日本は南北に分裂するもの」と予測し、「奥州越列藩同盟」側に肩入れしていたともいわれます。

 

前回取り上げましたフランスは、ルイ・ナポレオンの対外政策がことごとく失敗、ついに「普仏戦争」(1870〜71年)でドイツに敗北して日本から後退します。代わって進出してきたドイツは、宰相ビスマルクの戦略もあって、我が国の近代化に大きな役割を果たします。後述しますが、「普仏戦争」の勝敗は、明治以降の我が国に多大な影響を及ぼしたと考えています。

 

またイギリスも、これまで紹介しましたように、インドの「セポイの乱」(1857年)、中国で「太平天国の乱」(1851〜64年)など、植民地支配に反抗する“てごわい民族運動”に直面したこともあって、我が国に対しては柔軟な政策をとっていました。

 

少し説明が長くなりましたが、我が国が「明治維新」を成し遂げた頃の国際環境は、上述のように“西欧列国勢力の空白期”といっても過言でない“幸運”に恵まれました。その後再び、列国はすさまじい勢いで帝国主義的な植民地獲得に乗り出すことになります。

 

我が国は、西欧列国に伍して独立を保持するために速やかに統一国家を造り上げ、近代国家として「国力をつける」ことが求められました。このための“国家の大改造”を成し遂げたのが「明治維新」だったのです。

 

「立憲君主制国家」の成立

 

その“大改造”の中身をしばらく掘り下げてみましょう。その根本は「国の政体」(統治形態)です。大河ドラマなどではあまり取り上げられませんが、幕末から明治時代、「国の政体」は3回、大きく変わります。

 

まず、「王政復古の大号令」(1867〔慶応3〕年)です。「王政復古の大号令」は、徳川慶喜の征夷大将軍職廃止の勅許だったのですが、同時に、摂政・関白を中心とする「摂関政治」も廃止しました。これを受けて、「天皇親政」を行ない、「総裁」「議定」「参与」の3職を配置、「総裁」には有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみやたるひとしんのう)が就任されました。これは、政体を単に武家社会が始まる前に戻すだけではなく、我が国の初代天皇である神武天皇の“建国の精神”に立ち戻ることをうたったといわれています。

 

この大号令が「戊辰戦争」の引き金になりますが、その最中の1868〔慶応4〕年3月、明治天皇は「五箇条の御誓文」を発しました。有名な「広く会議を興し、万機公論に決すべし」「上下心を一にして、さかんに経論を行うべし」などからなる5つの「御誓文」を明治政府の基本方針として示し、我が国は、日本は西洋文明を取り入れて近代的な「立憲君主制国家」として発展していく方向を決めたのでした。 

 

そして、同年4月、「御誓文」に基づく「政体書」を公布し、伝統的な「律令制」に定められた「太政官」に権力を集中すること、またアメリカ合衆国憲法を参考にして「太政官」のもとに立法・司法・行政の3権に分立することなどを定めました。この制度は当時としては急進的で国情に合わず、明治政府の権力の基礎が固められてゆくうちに形骸化してしまいます(細部は後述します)。

 

「政体」の改革だけでも明治政府の苦労が偲ばれますが、とにもかくにも、同年7月には江戸を東京と定め、明治天皇も移り込まれました。「戊辰戦争」によって禍根を残すことになった東北など東日本地方を静定するために首都を東京に移したといわれています。1868年9月には元号を「明治」と改元し、「一世一元制」も定めました。

 

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(平成31年(2019年)1月17日配信)



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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