「明治維新」による国家の大改造(その2)

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1200年間も温存された「律令制」

 

はじめに、前回の「国の政体」について少し補足しておきましょう。本メルマガは、我が国が欧州列国と関わりを始めた16世紀ぐらいからスタートしましたので、我が国の「国体」とも言える“天皇家に権威が属する”「律令制」については言及しないままでした。

 

「律令制」は、中国の制度を参考にして7世紀半ばから導入が議論されましたが、最初の本格的な律令法典は「大宝律令」(701年)でした。これにより我が国の「律令制」が確立され、「日本」という国号と最初の制度的元号「大宝」も正式に定められました。律令法典の細部は省略しますが、社会規範を規定する刑法的な「律」と社会制度を規定する行政法的な「令」が中心となり、それを補う「格」や「式」からなる法体系で出来上がっています。

 

ちなみに、元号が初めて使われたのは、「大化の改新」(646年)で有名な「大化」です(これによって「日本」という国号や「天皇」という称号の使用が始まりました)。しかしその後、元号は途切れる時もありました。「大宝律令」によって元号が制度として正式に定められ、途切れることなく現在に至っています。

 

驚きなのですが、本家本元の中国には「律令制」という呼称は存在しないようです。日本のモデルとなった隋や唐の「律令」はその後、時代を経るごとにめまぐるしく変遷し、「律令」という言葉で一括りにできないからだそうです。

 

我が国においても、時代を経て幾度か見直され、718年には「養老律令」(律10巻12編、令10巻30編)が制定されました。ただし、平安時代になると現実と齟齬を来たし始め、平安時代末期以降は「武家社会」となって、廃止法令が出されないままに「政治体制」が変わってしまいます。そして「御成敗式目」や「武家諸法度」などの「武家法」は制定されましたが、「律令制」はそのまま残ってしまったのです。

 

以来、約1200年間も温存された「律令制」でしたが、前回とりあげたように、明治初期には少し形を変えて生き残り、ようやく1885(明治18)年、「太政官制」に代わる「内閣制度」が創設され、1889(明治22)年の「大日本帝国憲法」によって実質的に完全に廃止されます(いつ廃止されたと見なすかについては各論あります)。

 

大日本帝国憲法や日本国憲法などを含め、一度制定した法制を、たとえ形骸化しても廃止あるいは改正しないのは、我が国の“伝統”なのかも知れません。「本来、性善説の我が国は、法制に過度に依存しない国柄である」(渡部昇一氏)との指摘がそのことを物語ります。

 

中央集権化へのプロセス

 

先に「明治維新の細部については歴史物語や大河ドラマにまかす」と断りましたが、司馬遼太郎氏が「世界史の中の一つの奇跡」と解説した明治時代の奇跡の象徴の一つが「中央集権化へのプロセス」だったと考えますので、ここで振り返っておきましょう。

 

「戊辰戦争」(1868〜69〔明治2〕年)で佐幕勢力を打倒した後、明治政府は、旧幕府の天領や東北諸藩の所領を没収し「県」として、そして京都・長崎・函館を政府直轄の「府」としてそれぞれ知事を任命して治めましたが、全国の大部分の地は従来の諸藩がそのまま治めていました。

 

 しかし、西欧列国に伍して近代国家建設を推進するためには、何としても中央集権化した政府(「天皇の元にある中央政府」)による地方の支配強化が必要不可欠でした。そこでまず、大久保利通、木戸孝允、板垣退助らが薩摩・長州・土佐・肥前の4藩主を説き伏せ、1869(明治2)年3月、土地(版)と人民(籍)を朝廷に返上させました(「版籍奉還」)。4藩主にならい、他の藩主も同年6月までにこれを実施し、旧藩主は知藩事に任命され、封建領主から官僚となりました。

 

 同時に、政府は「官制改革」を行ない、着々と陣容を固めて権力を集中しました。そして知藩事の家禄を現行の10分の1に下げるなど相次いで藩政改革を実行しましたが、いよいよ藩の存在が邪魔になりました。藩側でも財政逼迫が続き、自発的に廃藩を申し出る藩も相次ぎましたが、廃藩を強要する力はまだ政府にはありませんでした。

 

そこで、戊辰戦争後、鹿児島に帰っていた西郷隆盛を上京させ、薩摩・長州・土佐3藩の兵1万を集め、「御親兵」としました(1871〔明治4〕年)。アジアで初めてと言われた「国軍」の誕生です。そして同年7月、西郷と木戸が中心となって「廃藩置県」を断行しました。

 

こうして、「府県制度」が完成し(最初は3府302県、直後に整理されて3府72県)、知藩事に代わり、政府が任命する府知事・県令(のちに県知事)が派遣され、一挙に「中央集権体制」を造り上げました。 知藩事たちは東京居住を義務づけられたものの、華族として身分・財産が保証されたこともあって、薩摩藩の島津久光が不満を述べた以外、目立った反発はなかったようです。

 

明治時代になり、わずか3年あまりで国家の支配体制が電撃的・画期的に改革されたのはまさに奇跡でした。ここに至るまでにはさまざまな葛藤があったことは事実でしょうが、細部は歴史物語などに任せることにしましょう。次回以降、近代国家として「国力」増強のためのプロセスについて振り返ります。 

 

 

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(平成31年(2019年)1月24日配信)



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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