「明治維新」による国家の大改造(その4)

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はじめに(三たび、「日韓関係」について)

 

前回、「日韓関係」について、自衛隊と韓国軍隊の本質的な違いを述べましたが、韓国軍隊の指揮系統などについて紹介するのは遠慮していました。

 

ところが、インターネット上で「軍の情報・防諜部隊である『機務(きむ)司令部』が解体され、『軍事安保支援司令部』が創設された」との昨年9月の記事を見つけました。記事によると、解体の理由は、一昨年3月のこと、朴(パク)前大統領の退陣を求める市民集会が相次いで開かれていた際に、機務司令部が「戒厳令」布告を計画したほか、インターネット上で世論を操作するなど、権限を越えるさまざまな疑惑が出てきたことにあるようです。

 

機務司令官は、“国防部長官を越えて大統領に直接報告できる”ことから、(「戒厳令」布告のような)絶対的な権力を振るうことができたのでした。記事の見出しは「過去の機務司令部の違法専横を妨げるかが疑問」となっていましたが、このような改編にもかかわらず、このたびの事案から、依然として、韓国軍は我が国や先進国の軍事組織とその性格を異にしていることが明確になり、心配しています。

 

少なくとも先進国の軍隊は国家の「最後の砦」です。よって、軍人は「軍事的な合理的判断」を最重視し、時には為政者の“はやる決断”を抑制したりします。そして、たとえ国を挙げて“常軌を逸している”ような状態にあっても、軍人は冷静沈着さを保持し、不埒な言動は慎むものです。

 

このたびの事案の背景にある「真意」を推し量ることがなかなかできませんが、軍隊(軍人)が国家・国民の先頭に立っている(ように見える)時は、もはや“ブレーキをかける機関”がない「ゆゆしき状態」にあると判断する必要があるでしょう。

 

上記のような意味では、我が国とこの厄介な隣国との複雑な関係は今に始まったことではなく、有史以来、幾度となく繰り返されてきました。改めて、地政学的な視点でみてみますと、朝鮮半島は、アジア大陸から日本列島の横腹に匕首(あいくち)を突きつけるような格好で横たわっています。

 

古来より外から日本列島に攻め入る経路は大きく3つ、@ユーラシア大陸東側沿いの北方、A太平洋経由の南方、そしてB朝鮮半島経由ですが、特に、海を越える技術が発達していなかった古代より、朝鮮半島は大陸から我が国に至る「回廊」のような役割を果たしていました。

 

だからこそ、「どのような関係を構築するのが我が国と朝鮮半島にとって最適なのか」はいつの時代も死活的課題でしたし、のちほど触れる「日清戦争」「日露戦争」も朝鮮半島問題が戦争の原因となりました。

 

「征韓論」の真実とその影響

 

 本メルマガでも、折に触れて我が国と朝鮮半島の関係を振り返ることになりますが、今回は、明治初期の「征韓論」を取り上げます。明治初期の朝鮮半島は14世紀末から続いていた李王朝が支配していました。我が国とは、それまで続いていた「通信使」が江戸末期の1811年を最後に途絶え(日韓両国の財政悪化が原因といわれています)、以来、外交関係が中断したままでした。

 

「明治維新」以降、我が国は新政府の通告と国交を結ぶ交渉を行ないますが、「日本の外交文書が江戸時代の形式と異なる」などの(些細な)理由で朝鮮側に拒否されました。その後も再三、使節を派遣し交渉しますが、ことごとく拒否されるなど外交問題化しました。

 

まさに昨今の日韓関係とよく似ていますが、我慢に耐えかねた板垣退助が強行に派兵を主張するなか、「派兵反対」の西郷隆盛が自ら大使として赴くと主張し、1873(明治6)年8月、太政大臣三条実美の承諾を得ました(このあたりは、昨年の大河ドラマ「西郷どん」でもリアルに取り上げられていました)。

 

その1か月後の同年9月、「岩倉使節団」が欧州から帰国します。岩倉、木戸、大久保らの団員は「時期尚早」とこれに反対し、西郷の“遣韓”は中止となりました。その結果、西郷や板垣らの征韓派は一斉に下野し、明治政府は分裂の危機に見舞われたのです(「明治6年の政変」)。一般には、西郷隆盛が「征韓論」の首謀者のようになっていますが、征韓を最も強く主張したのは板垣退助だったことは付記しておきたいと思います。

 

「徴兵制」の制度化

 

「富国強兵」の本丸というべき「徴兵制」は、明治維新以来、幕末から奇兵隊などの進んだ兵制を採用していた長州藩出身者の大村益次郎や山県有朋らによって推進されました。彼らは、それまで政府の軍隊が「御親兵」と廃藩置県のあと一部の藩士を徴した「鎮台(ちんだい)」しかなかったことから、「国民皆兵」の必要性を唱えました。1869(明治2)年、大村が暗殺されて一旦挫折するも、山県がこれを引き継ぎ、1873(明治6)年、「徴兵令」が発令され、6個の「鎮台」が置かれたのです。

 

 全国的な徴兵を可能にした背景には、「戸籍法」(明治4年制定)に基づく「壬申戸籍」が整備されたことが挙げられますが、「徴兵制」は、江戸時代の特権階級だった武士の解体を意味することから、武士の不満や平民の恐怖も大きく、各地で「血税一揆」といわれた徴兵反対運動も起こりました。

 

各地で起こった反乱と「西南戦争」

 

 このように、1873(明治6)年は、「徴兵制」の制度化によってようやく政府の軍隊の形が整った年でした。その年に朝鮮半島に軍を派兵するなどは確かに“無謀な試み”だったのかも知れません。しかし、西郷は直感的に「今が絶好の機会」と読み取ったとされます。戦前の日本人には、「あの時、朝鮮へ出兵しておれば、『日清戦争』も『日露戦争』も起こらなかった」との強い想いがあったといわれ、西郷人気につながる要因にもなっていたようです。

 

なお、日朝関係は、1875(明治8)年に発生した「江華島事件」(日本海軍軍艦「雲揚」が江華島沖で朝鮮に砲撃され、応戦し、上陸を敢行した事件)をきっかけとして、翌年の76年2月、「日朝修好条約」を締結、朝鮮の開国と釜山、元山、仁川の開港など、日本は朝鮮に“不平等条約”を押し付けました。

 

 明治政府は、その後も政府財政を大きく圧迫していた華族・氏族制度の扶禄処分に向けた改革などを断行しましたが、こうした一連の政策に対する士族の不満が強まり、1874(明治7)年の「佐賀の乱」、76(明治9)年の「神風連の乱」「秋月の乱」「萩の乱」に続き、77(明治10)年にはついに「西南戦争」となって、明治の三傑といわれた西郷隆盛が自決するに至りました。

 

 これら一連の反乱は、「徴兵制」による近代的な軍隊の優秀性を立証することにもなりました。士族たちも「武力によって反政府行動を試みるのは無益」と悟り、以後、言論による「自由民権運動」に形を変えることになります。

 

 なお、「西南戦争」の翌年の78(明治11)年、大久保利通も不平士族によって暗殺され、明治初期の一連の騒動は幕を閉じました。かように、「国家の大改造」には多くの犠牲をともないました。次回は、いよいよ「大日本帝国憲法」を取り上げてみましょう。

 

 

 

 

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(平成31年(2019年)2月7日配信)



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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