明治時代の「国民精神」を育てたもの

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はじめに(長州藩の藩庁・萩市を訪問)

 

いよいよ次回から、「日清戦争」「日露戦争」、そして大正時代を経て昭和に至るまで、我が国が巻き込まれた「戦争」の歴史を中心に振り返ることになります。その前に、時代は少し前後しますが、今回は「明治維新」や「国家の大改造」を成し遂げた、つまり、明治時代の「国民精神」のようなものをまとめて整理しておきたいと考えます。 

 

すでに紹介しましたように、「明治維新」成功の陰には、さまざまな要因が存在したことは疑いありませんが、その途上で歴史に名を刻み、命を捧げた(「大河ドラマ」に出てくるような)志士たちに留まらず、名もなき無数の若者たちの“命をかけた行動”がその原動力となったことも事実でした。黒船以来の騒動のなか、この若者たちにいったいだれが「国を守る気概」のような精神を覚醒させたのでしょうか。

 

 そのヒントを得る目的もあって、昨年2度にわたり、薩摩藩と共に「明治維新」を成し遂げた長州藩の藩庁が所在した山口県萩市を訪れる機会がありました。もともと長州藩は、最盛期には中国地方10カ国、北部九州の一部も支配する、実高200万石超になろうとする大国でしたが、「関が原の戦い」で西軍に加担したことから、周防・長門2か国のみ、約4分の1の領国に減封されました。そして、新しい藩庁として防府、山口、萩を伺い出たところ、三方を山に囲まれ、日本海に面した、ひなびた土地の萩に築城することを命じられました。

 

萩に移封された長州藩は、以来、“倒幕”を藩の「国是(こくぜ)」とし、新年拝賀の儀では、家老が「今年の倒幕の機はいかに」と藩主に伺いを立て、藩主が「時期尚早」と答える習わしがあったといわれます。萩市は、幸いにも今日まで大きな災害もなく、日本海側という地理的位置のせいか開発が遅れたこともあって、橋本川と松本川に囲まれた三角洲の城下町は、かつての風情をほぼ残したままになっています。

 

なかでも、幕末から「明治維新」の牽引車となった吉田松陰、久坂玄端、高杉晋作、桂小五郎などに加え、伊藤博文、山形有朋、桂太郎などの生家(または生家跡地)、そして有名な「松蔭神社」「松下村塾」などが狭い市内にひしめき合っており、実際に萩市に立つと、当時の長州人の“想い”や“誓い”が彷彿してきて胸が躍ります。

 

若者の心に火をつけた吉田松陰

 

江戸時代にはさまざまな学問が発達し、それぞれの学問などを通して多士済々な人材が全国各地に輩出されましたが、幕末から明治にかけた国防思想の「源流」となり、門下生に留まらず多くの若者たちの心に火をつけたのは、長州人の吉田松陰だったと考えます。

 

日本各地をまわって勉強し、法を犯し外国に行って勉強しようとした松陰には、どのような人でも心を動かされ、松陰の元に集まる若者が絶えず、「松下村塾」は約90人の大所帯まで膨れ上がったようです。松陰は、「誇りある人間を育てる教育」を目指したようですが、なかでも、『留魂録』(1859年執筆)冒頭の辞世の句「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂」は、大義のために命を捧げる精神を若者たちの間に浸透させました。

 

実際に「松下村塾」を訪れると、狭く粗末な塾の一角で、情勢や国の将来などについて松陰を中心に熱く論じ合う塾生たちの姿が目に見えるようでした。松陰はまた、塾生一人ひとりについて詳細な記録を残しております。当然ながら、久坂玄端、高杉晋作、山県有朋などの才能や資質はべた褒めですが、前回紹介しました伊藤博文(当時は「利助」と呼称)については「才劣り学稚(おさな)きも、質直にして華なし、僕頗(すこぶ)る之を愛す」(原文のまま)とあります。才能も劣り、学問も浅く、華もなかったのですが、なぜか伊藤はとても松陰に愛されたのでした。松蔭30歳、伊藤17歳の時です。そのような伊藤は、やがて憲法を草案し、総理大臣になり、明治天皇に最も信頼される臣下になるまで“成長”したのでした(思わず、涙が出ます)。

 

「独立自尊の精神」を育てた福沢諭吉

 

松蔭は、「学は人たる所以(ゆえん)を学ぶなり」として学問の目的を「人間としていかに生きるべきか」にあると熟生に強調しましたが、明治時代を迎え、怒濤のごとく押し寄せた文明開化の波に翻弄されていた封建的な日本人の体質を「近代文明人」に生まれ変わらせるための新しい“価値観”を示したのが、有名な「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」で始まる福沢諭吉の『学問のすすめ』でした。

 

 福沢は、西洋諸国と伍して生きる国民となるためには、国民一人ひとりが「独立自尊の精神」を保持することが急務であるとして「文明国家の礎は個人主義が基本」であること、そしてその手段こそ「学問」であると説いたのでした。

 

その初編が早くも明治5年に発刊されたのも驚きですが、初編だけでも20万部、全17編合計で340万部と、当時、最大のベストセラーとなりました。明治初期の人口は約3500万人でしたので、国民の10人に1人は『学問のすすめ』を読んだことになります。また『学問のすすめ』は外国でも翻訳され、世界の名著にもなりました。今、改めて本書を紐解きますと、その内容(神髄)は全く色あせていないことがよくわかります。

 

福沢は、晩年に『福翁自伝』をまとめ、自らの半生を振り返っていますが、米国に2度、欧州に1度渡った経験から、当時の米国や欧州諸国が福沢の眼にどのように映ったかなどについても詳細に記述しています。とくに「黒船来航から、わずか7年、航海術を伝習し始めてから5年にして、一切外国人の助力を得ないで、太平洋を横断しようと決意した勇気と技量は、日本国の名誉として世界に誇るべき事実である。今の朝鮮人、シナ人、東洋全体を見渡したところでこれはできない。ロシアも無理だろう」旨の記述があります。

 

福沢のこの認識、つまり「洋才」を短期間に習得できる日本人の資質こそ、当時、我が国が欧州列国の植民地を回避し、国家の大改造もできた最大の要因だったと考えます。しかし、“一歩先んじた”ことが周辺国との争いの原因にもなります。歴史とは皮肉なものです。

 

今回はこれくらいに留めておき、明治時代後半の「国民精神」などについては、別途、折をみて振り返ってみましょう。

 

 

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(平成31年(2019年)2月21日配信)



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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