世界を驚かせた「日英同盟」

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はじめに

 

 4月1日、新元号が発表されました。本メルマガにおいても、機会を見つけて「平成時代の総括」を試みたいと考えておりますが、最近、個人的に最も気になっているのは、EU離脱をめぐって二転三転、迷走しているように見える“イギリスの動向”です。

 

この背景には、藤原正彦氏が『国家と教養』の中で指摘しているような、「原理」や「原則」よりも「現実」を重視するイギリス流の「バランス感覚」、あるいは中西輝政氏が『世界史の教訓』の中で指摘しているような、“早く見つけ、遅く行動し、粘り強く主張し、潔く譲歩する”「イギリスの知恵」があるのかも知れませんが、今度ばかりは、伝統ある「イギリスの国家戦略」に何か大きな“狂い”が生じているような気がしています。

 

国家を2分する“迷走”の背景にある本質的要因の分析については私個人の力量を超えますので、今後の成り行きを含め、引き続き注目していこうと思っています。藤原氏の言葉をそのまま引用しますと、イギリス人は、論理的なドイツ人について「ドイツ人はどんな小さな過ちも犯さない。犯すのは最大級の過ちだけだ」(思わず納得です!)と評しているとのことですが、大きな歴史的選択の中で、イギリス自身が「最大級の過ち」を犯さないよう祈るばかりです。

 

清国が“深刻な状態 ”に

 

前回も触れましたが、我が国が欧州列国と“抜き差しならぬ関係”になるきっかけを作ったのは「日清戦争」でした。それゆえに、後世「日清戦争は外交では失敗した戦争だった」と評する向きもありますが、長い歴史の中での評価は、常に視点によって相反するのも事実であろうと考えます。

 

「日清戦争」後の清国についてもう少し触れてみましょう。前回、列国による中国分割を「租借(そしゃく)」として紹介しましたが、この「租借」とは、英語では「解決」とか「和解」を意味する「Settlement」と訳され、当時は、半永久的な「割譲」を意味していました。つまり、欧州列国による清国の「割譲」は、アヘン戦争以来の“イギリス一国による清の半植民地化状態が崩壊した”ことを意味していました。

 

まず、北からは、1896(明治29)年、ロシアが鉄道の敷設権獲得とともに満洲や北中国へ進出し、翌年、南からは、フランスがフランス領ベトナムから北上し、雲南省や四川州など南中国4州へ勢力圏を拡大しました。ロシアとフランスは、1894年、主にヨーロッパにおける勢力均衡を得る目的で「露仏同盟」を締結していたのです。

 

ロシアとフランスが挟撃してくることを恐れたイギリスは、ドイツと連携して両国に先んじて清朝に対日賠償金支払いのための借款を与え、清国内の権益を認めさせました。この結果、ドイツも96年、清に出兵して膠州湾を占領しました。当初は、“ドイツがロシア南下の防波堤になる”と歓迎したイギリスでしたが、「山東半島全体を勢力圏」と主張し始めたドイツへの警戒感を強め始めます。

 

1898年、ロシアが旅順・大連を租借した対抗策として山東半島先端の威海衛を租借したイギリスでしたが、今度は、ドイツが露仏と協調してイギリスの租借反対と主張することを回避するため、山東半島をドイツの勢力圏と認めざるを得ませんでした。これは、イギリスにとって最も重要な揚子江流域(清国の3分の2の人口が集中)にドイツが進出することを容認するものであり、大きな“痛手”だったのです。

 

一方、1900(明治33)年、欧州列国に国土の大半を植民地化された清国内で、“キリスト教に代表される西欧文明の広がりこそが庶民の生活を苦しめる災厄の根源だ”として広がった宗教勢力の反乱が発生しました(「義和団の乱」、あるいは「義和団事件」「北清事変」などと呼ばれます)。当初は清朝に対しても強い反発を示した義和団でしたが、やがて「扶清滅洋(ふしんめつよう)」をスローガンに掲げて清朝に接近し、清朝内部にも彼らを「匪賊」とみなすより「義賊」とみなす意見が優勢になりました。

 

この結果、義和団を取り締まらない清朝と諸外国の対立が深まり、同年5月末には、イギリス、フランス、アメリカ、イタリア、そして日本が“居留民保護”のため、天津に少数の部隊を派遣しました。日本は、当初は出兵には慎重でしたが、欧州列国を代表する形でイギリスから正式な要請を受けて出兵を承諾したのです。その後、事態はまたたく間に清国全体に広がり、清朝政府が諸外国に対して宣戦布告するとの危機的事態に陥りましたが、列国は連合軍となってこれを鎮圧しました。

 

当時の軍隊は、略奪や強姦が常識となっていたようです(最も悪質だったのがロシア軍でした)が、日本軍のみは規律正しく、略奪行為は一切ありませんでした。これらから、欧州列国、中でもイギリスは、日本の軍事力のみならす、外交力、国際法の理解、信義を守る誠実さを高く評価したのでした。

 

「日英同盟」の締結

 

イギリスは、中国内の勢力圏をめぐって欧州列国と熾烈な争いを展開していた同時期の1889年から1902年まで、南アフリカを舞台にして、移住オランダ人を祖先に持つボーア(ブーア)人と間の戦争にも巻き込まれていました(南アフリカ戦争、あるいはボーア戦争ともいわれます)。遠いアフリカの戦争ゆえ細部は省略しますが、イギリスの正規軍と志願兵を合わせ44万人の兵力がこの戦争にかかわり、戦死・病死者2万2千人、負傷者約10万人に達したといわれます。

 

さて、「義和団の乱」に乗じて、ロシアは満洲を軍事占領しました。撤兵を約束したものの、撤兵するどころか朝鮮半島にも触手を伸ばすようになったのです。これに対して、イギリスと日本は警戒感を強め、両国の間に「対ロシア」という共通の“紐帯(ちゅうたい)”ができたのでした。

 

“光栄ある孤立”を誇りに欧州においては他国と同盟を結ばなかった大英帝国が、有色人種の小国・日本と同盟を結び、当時の国際社会を仰天させた「日英同盟」締結にはこのようなさまざまな背景があったのです。つまり、ユーラシア大陸の地政学や清国における列国の“競合”などに加え、大英帝国のパートナーとしての日本の「強さ」プラス「信義」のようなものまで含まれていたと考えられます。

 

日本政界には、ロシアとの対立は避けられないと判断し、イギリスとの同盟を推進した山県有朋、桂太郎、西郷従道らに対して、伊藤博文や井上馨らがロシアとの妥協の道を探っていましたが、ロシアとの交渉が失敗したこともあって、1902(明治35)年1月、ロンドンにおいて「日英同盟」(第1次日英同盟)が締結されました。

 

「日英同盟」は、“他国の侵略的行動に対応して交戦に陥った場合は、同盟国は中立を守ることで他国の参戦を防止し、2国以上と交戦となった場合は、締結国を助けて参戦を義務づけた”まさに「軍事同盟」でした。本同盟により、我が国が大英帝国の“非公式な一員”となったとの見方もありますが、当時の情勢から我が国としても最適な選択であったことは間違いないでしょう。事実、のちの「日露戦争」の際、イギリスは表面的には中立を保ちつつ、諜報活動やロシア海軍へのサポタージュなどで日本を大いに助け、勝利に貢献することになります。

 

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(平成31年(2019年)4月4日配信)



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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