「日露戦争」開戦までの情勢(前段)

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はじめに

 

 田中様、英国離脱(ブレグジット)について「自国政府の上にもう一つの政府があるのは、いつか是正されて当然」とのご意見、ありがとうございました。 

 

考えてみますと、本メルマガでも紹介しましたが、欧州に主権国家が誕生したのは、1948年の「ウエストファリア条約」以降であり、それ以前はローマ教皇や皇帝の力が強かったわけですから、1993年に「マーストリヒト条約」によって欧州連合(EU)が成立したのは、悲惨な戦争を幾度となく繰り返してきた経験と欧州諸国の生き残りをかけた、経済・外交上の対外戦略の“合わせ技”だったのでしょうが、28カ国(24言語、10通貨)の国々がキリスト教圏という共通点に望みを託した“先祖返り”だったともいえます。

 

当時、“欧州諸国の壮大な実験”というような評価もあったと記憶していますが、連合と国民国家としてのナショナリズムとどちらを優先するか、当初から悩ましい問題であったことは容易に想像できますが、4半世紀を経た現在、まず大陸から離隔した島国・イギリスが揺らぎ始めたのでした。

 

国歌に相当する欧州連合の歌は、ベートーヴェンの交響曲第9番の「歓喜の歌」だそうですが、国の大小はあっても、“主権を持ち独立した国家”以上の存在に帰依(きえ)するのはやはり難しいものと考えます。それにしても今、最も大変なのはメイ首相ではないでしょうか。

 

「義和団の乱」にアメリカも派兵

 

 前回の「義和団の乱」に際して、居留民保護の目的で自国の部隊を派遣した8カ国の1国に、当時は中国に“利権”を持っていなかったアメリカも含まれていました。個人的には何とも不思議な印象を持ちましたので、補足しておきましょう。

 

このアメリカの迅速な対応を可能とした訳は、アメリカは1898年の米西戦争に勝利し、フィリピンやグアムを征服しましたが、フィリピン人の反乱に対応するため、大規模な艦船や海兵隊などを配置していたからでした。他方、ボーア戦争鎮圧のイギリス同様、アメリカもフィリピンの反乱鎮圧に忙殺されており、義和団対処は、前回紹介しましように、福島安正少将や柴五郎中佐などのリーダーシップのもと、約2万人超える日本軍が連合軍の主力となって大活躍したのでした。

 

本事件を通じて、アメリカはフィリピンの支配と極東における大規模な軍隊の保持の必要性を考えるようになったともいわれます。欧州列国に比し、アジアには“遅れてきたアメリカ”でしたが、やがて「門戸開放」「機会均等」を叫び、我が国や欧州列国をけん制するようになり、ことさら我が国に警戒心を持つようになります。

 

日本は、「日清戦争」後、「三国干渉」によって遼東半島から撤兵してからわずか5年、再び清国内に軍を派兵することになりました。欧州列国の要請があったとは言え、義和団出兵は、大陸へ軍を派兵する“抵抗感”(敷居)を低下させ、この後の日露戦争、第1次世界大戦、シベリア出兵、そして満洲事変やシナ事変に続く、大陸を舞台に国の命運をかける争いに発展していくきっかけになったことは否めないと考えます。

 

もう少し補足します。やがて北京まで占領した列強は、1901(明治34)年、「北京議定書」を作成、中国は列国に賠償金を払い、北京と天津への外国軍隊の駐留を認めるなど、列国による半植民地化がさらに強まり、清朝滅亡へのカウントダウンが始まりました。

 

「事大主義」の国・朝鮮

 

「日清戦争」で日本が清に勝利したことにより、朝鮮政府内の親清派は一掃され、日本との関係は好転するかに思われましたが、「三国干渉」によって日本が譲歩した結果、思いがけずも「やはり白人の方が強い」として朝鮮政府内に親露派が台頭しました。その結果、「事大」の「大」が清からロシアに変わり、独立を助けたはずの日本を侮る空気が生まれました。

 

朝鮮から清国を排除できたと思ったら、その空席にロシアがどっかり腰を据えてしまったのです。このようななか、1895(明治28)年、親ロシアの傾向を強めた朝鮮王妃・閔妃(みんぴ)の殺害事件が発生しました。日本政府は、日朝関係を悪化するだけでなく、日本の信用を失うと判断し、関係者を召喚して逮捕するとともに、善後処置を探るために小村寿太郎や井上馨を派遣しました。こうした機敏な措置のおかげで閔妃事件は重大な国際問題に発展せず、西欧列国もあえて日本を非難しませんでした。

 

閔妃を殺害したのはいかにも乱暴でしたが、すでに紹介しましたように、多くの日本人が惨殺された「壬午政変」や「甲申政変」のように、当時の半島はこのような事態が日常的に発生していたのです。事実、この後もロシアが朝鮮王を奪ってロシア公使館に移したり、独立派や親日派の政治家が惨殺され、日本人も30人以上殺害されるという事件が発生しました。(次回、「日露戦争」開戦までの情勢〔後段〕として、ロシアの「南下政策」とその背景について取り上げます)

 

 

(以下次号)

 

 

お知らせ

 

新元号が「令和」に決まった4月1日、『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』(桜林美佐監修/自衛隊家族会編/並木書房発行)が発売となりました。本「メルマガ軍事情報」で毎週月曜日にメルマガを発信されている、本書監修者の桜林美佐氏がすでに4月1日発刊のメルマガで紹介されましたが、私も“仕掛け人”の一人として皆様に本書を紹介しておきたいと思います。

 

 本書は、主に自衛隊員の家族によって構成される自衛隊家族会の機関紙『おやばと』に3年以上にわたって連載された「回想 自衛隊の災害派遣」をまとめたものです。ここには過去50年あまりに実施された陸海空自衛隊の主な災害派遣と、それに従事した指揮官・幕僚・隊員たち37人の証言が収められています。昭和26年のルース台風で当時の警察予備隊が初の災害派遣をして以来、自衛隊はこれまでに4万件を超える災害派遣を実施してきました。激甚災害時の人命救助や復旧支援をはじめ、離島での救急患者の輸送、不発弾処理、水難救助、医療や防疫に至るまでその活動は広範多岐にわたります。

 

しかし、 “災害派遣の「現場」で何が起きているか”について、寡黙な自衛官たちはこれまで多くを語ることはありませんでした。本書には、「阪神・淡路大震災」において、自衛官たちが不眠不休で身を賭して人命救助にあたっていた時に「神戸の街に戦闘服は似合わない」と発言されたことや、厚生省から被災者の入浴支援は「公衆衛生法に反する」と指摘されたとの証言、そして、被災地でご遺体を搬送したら、警察から「検視前に動かすと公務執行妨害になる」と言われたこととか、瓦礫の除去も私有財産を勝手に処分する問題があるなどの証言もあります。さらに、「地下鉄サリン事件」では、自ら防毒マスクを外して安全を確認した化学防護隊長の証言など、脚色も誇張もないリアルな事実が記録されています。

 

自衛隊の災害派遣は常に「被災者のために」が“合い言葉”のようになっています。桜林氏がメルマガでわざわざ取り上げてくれましたが、かくいう私も「有珠山噴火時の災害派遣」の体験談、とくに被災者の欲求は状況によって変化し、「被災者に寄り添う支援」がいかに大変かについて書かせて頂きました。

 

本書には、昭和末期の災害派遣も少し含まれていますが、ほぼ平成時代に生じた災害派遣の記録となっており、平成時代の大きな災害を振り返るための資料価値もあると考えます。すでに店頭に並んでおり、アマゾンなどで購入も可能ですので、自衛隊の災害派遣にご興味のある方は、ぜひご一読いただきますようお願い申し上げます(本書の問い合わせなどは宗像宛でお願い致します)。

 

 

『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』
桜林美佐監修/自衛隊家族会編
並木書房発行
http://okigunnji.com/url/28/

 

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(平成31年(2019年)4月11日配信)



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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