「日露戦争」開戦までの情勢(後段)

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はじめに

 

 皆さんはロシア、あるいはソ連というと何を思い浮かべるでしょうか? 良くも悪くも我が国とロシアは長く、そして切っても切れない深い関係にあります。何かの本かネットで「最近の若者は日本とロシアが戦ったこと、そして日本が勝利したことを知らない」との記事を読んだことがありますが、多くの日本人に定着している“ロシア観”は「日露戦争」前後から始まるのではないでしょうか。今回はその辺を紐解いてみたいと思います。さっそく本題に入ります。

 

ロシアの「南下政策」

 

戦後、「日露戦争は日本の侵略戦争だった」との説が――特に最近のネットではそれが史実であったかのように――流布されているようです。「侵略戦争」の定義は難しいですが、それならば、ロシアにとって「日露戦争は自衛戦争だったのか?」とか「ロシアがなぜ我が国との戦争に踏み切ったのか?」など、ロシア側の事情(史実)に興味を持ちました。

 

幕末、日本に進出し始めた頃のロシアは、他国に比し、我が国を対等に扱っていたといわれます。確かに、1855年に結ばれた「日露通好条約」は、領事裁判権(本国の領事による裁判を受ける権利)が“双方”に認められ、関税自主権も3年後には改定されました。

 

それが豹変したのは「三国干渉」からでした。その原因はどこにあったでしょうか。本メルマガの第30話でも、ロシア国内にも「三国干渉」反対の意見もあったと紹介しましたが、当時のロシアの国内事情を振り返ってみましょう。

 

9世紀以降、領土拡大を続けたロシアは、広大な領土は保有していたものの、外洋への進出は、その出口が他国に支配されているか、冬には凍って使用できない港のみで、どちらも大きな障壁となっていました。よって、外洋への出口や不凍港を求めての「南下政策」は、ロシアにとって“至上命題”となりました。

 

16世紀以降、ロシアはバルカン半島にその活路を求め、オスマントルコ帝国と、時には西欧諸国を巻き込みながら幾度となく戦争を繰り返してきました。

 

19世紀になってからは、クリミア戦争(1853〜56年)では英仏の支援を得たオスマントルコに敗北しましたが、露土戦争(1877〜78年)ではロシアが勝利し、バルカン諸国の独立を回復しました。しかし、ロシアの影響力増大を警戒するドイツ帝国宰相ビスマルクの策略によって、ロシアのバルカン駐留短縮などを定めた「ベルリン条約」を締結させられ、ロシアはバルカン半島の「南下政策」を断念しました。そして、進出の矛先を中央アジアの覇権をめぐってイギリスと争いつつ(「グレート・ゲーム」といわれます)、極東地域に向けることになったのです。

 

ロシアの満洲から遼東半島、そして朝鮮半島への進出にはこのような背景があります。ついでながら、ロシアは「日露戦争」敗北後、再び因縁の地・バルカン半島に目を向けて汎スラヴ主義を唱え、汎ゲルマン主義を唱えるドイツなどと対立して第1次世界大戦の引き金となります。

 

いずれにしても、国力比で日本の10倍といわれた当時の超大国・ロシアが、力に物を言わせて極東地域を支配しようとしたことに対して、「そうはさせじ」と抵抗したのが「日露戦争」であったことは間違いなく、このような史実を無視し、「侵略戦争」などと唱える人には歴史を語る資格がないと考えます。

 

戦争に至る道程

 

これまで取り上げたように、「義和団の乱」に乗じて満洲を勢力下に置いたロシアは、朝鮮半島に持っていた“利権”を手がかりにその拡大を企図していました。朝鮮王国は、旧体制では独自改革が難しいと判断した改革派(進歩会)は日本への協力を惜しみませんでしたが、朝鮮王・高宗や両班(りょうはん)などは親露路線を維持したのです。日本は外交努力で衝突を避けようとしますが、ロシアは強大な軍事力を背景に日本に対しても圧力を増大させて来ました。

 

開戦前年の1903(明治36)年6月、ロシア満洲軍総司令官を務めるクロパトキンが来日しました。来日の目的は不明でしたが、自分の目で極東や日本を査察しておこうと考えたようです。クロパトキンは、驚くほど日本を過小評価して、交渉による解決も期待していたようです。事実、帰国後直ちに旅順で会議を開き、日露和解を目指して動き出したのです。軍人である彼は「当時のロシアの兵力では満洲と遼東半島双方のロシアの権益を守ることは困難」と考えていたといわれます。

 

1903年8月からの日露交渉において、日本は、「朝鮮半島は日本、満洲はロシアの支配に置く」との妥協案を提案しましたが、ロシアは、「朝鮮半島に増えつつある“利権”を妨害される」との主戦論者が多数を占め、これを拒否しました。

 

その後も交渉が続けられましたが、同年10月、ロシアは、「朝鮮半島の北緯39度(現在の平壌あたりを横切る緯度)以北を中立地帯として軍事目的での利用を禁ずる」と日本へ逆提案しました。日本は、この提案では日本海に突き出た朝鮮半島は事実上ロシアの支配下となって日本の独立が危機的状態になりかねないと判断し、「シベリア鉄道全面開通前に対露開戦やむなし」との国論へ傾いていきました。

 

こうして、1904(明治37)年2月6日、日本はロシアに対して国交断絶を言い渡し、同2月8日、旅順港に停泊していたロシア旅順艦隊に対する日本海軍駆逐艦の奇襲攻撃によって戦闘の火ぶたが切って落とされたのです。

 

歳入2年分の外貨を調達

 

後先が逆になりますが、「戦費」についても触れておこうと思います。「日露戦争」に費やした総戦費は、当時の一般会計歳入2億6千万円の約7倍に相当する18億2千6百万円に及び、2億円余りの「日清戦争」と比べてまさに桁違いでした。

 

そのため、戦争開始前から外貨を獲得する必要がありましたが、外貨調達の厳しい任務は当時の日本銀行副総裁・高橋是清に付与され、高橋は東奔西走することになったのです。

 

開戦と同時に日本の外貨国債は暴落しました。当時の投資家たちが、日本が敗北して資金を回収できないと判断したためといわれています。事実、露仏同盟にあるフランスの投資家は当初から冷淡、ドイツも慎重だったようです。高橋は、ようやくイギリスで500万ポンド(約5千万円)の外債引き受けに成功しました。そして、ロンドン滞在中にドイツ系のアメリカユダヤ人ジェイコブ・シフの知遇を得て、ニューヨーク金融街として残高500万ポンドの外債引き受けと追加融資を獲得しました。

 

なぜシフが融資を引き受けたのでしょうか。当時ロシアで起きていたポブロム(ユダヤ人迫害)に怒り、日本に味方したという説やユダヤ人のネットワークで日本が勝利するという情報をつかんで大博打を打ったとの説があります。後日談ですが、「ポーツマス条約」の結果、日本はロシアから賠償金を取れなかったため、シフには金利を支払い続けることになりました。(日露戦争で最も儲けた)シフは、レーニンやトロッキーに資金援助し、「ロシア革命」を陰で支えました。歴史は思わぬところでつながっているのです。

 

こうして、3年の間に日本は合計6次にわたり外債を発行し、戦費調達資金として歳入2年分を超える約8千2百ポンド(約8億円)を調達して「日露戦争」を支えることができたのです。

 

 

 

(以下次号)

 

 

お知らせ

 

新元号が「令和」に決まった4月1日、『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』(桜林美佐監修/自衛隊家族会編/並木書房発行)が発売となりました。本「メルマガ軍事情報」で毎週月曜日にメルマガを発信されている、本書監修者の桜林美佐氏がすでに4月1日発刊のメルマガで紹介されましたが、私も“仕掛け人”の一人として皆様に本書を紹介しておきたいと思います。

 

 本書は、主に自衛隊員の家族によって構成される自衛隊家族会の機関紙『おやばと』に3年以上にわたって連載された「回想 自衛隊の災害派遣」をまとめたものです。ここには過去50年あまりに実施された陸海空自衛隊の主な災害派遣と、それに従事した指揮官・幕僚・隊員たち37人の証言が収められています。昭和26年のルース台風で当時の警察予備隊が初の災害派遣をして以来、自衛隊はこれまでに4万件を超える災害派遣を実施してきました。激甚災害時の人命救助や復旧支援をはじめ、離島での救急患者の輸送、不発弾処理、水難救助、医療や防疫に至るまでその活動は広範多岐にわたります。

 

しかし、 “災害派遣の「現場」で何が起きているか”について、寡黙な自衛官たちはこれまで多くを語ることはありませんでした。本書には、「阪神・淡路大震災」において、自衛官たちが不眠不休で身を賭して人命救助にあたっていた時に「神戸の街に戦闘服は似合わない」と発言されたことや、厚生省から被災者の入浴支援は「公衆衛生法に反する」と指摘されたとの証言、そして、被災地でご遺体を搬送したら、警察から「検視前に動かすと公務執行妨害になる」と言われたこととか、瓦礫の除去も私有財産を勝手に処分する問題があるなどの証言もあります。さらに、「地下鉄サリン事件」では、自ら防毒マスクを外して安全を確認した化学防護隊長の証言など、脚色も誇張もないリアルな事実が記録されています。

 

自衛隊の災害派遣は常に「被災者のために」が“合い言葉”のようになっています。桜林氏がメルマガでわざわざ取り上げてくれましたが、かくいう私も「有珠山噴火時の災害派遣」の体験談、とくに被災者の欲求は状況によって変化し、「被災者に寄り添う支援」がいかに大変かについて書かせて頂きました。

 

本書には、昭和末期の災害派遣も少し含まれていますが、ほぼ平成時代に生じた災害派遣の記録となっており、平成時代の大きな災害を振り返るための資料価値もあると考えます。すでに店頭に並んでおり、アマゾンなどで購入も可能ですので、自衛隊の災害派遣にご興味のある方は、ぜひご一読いただきますようお願い申し上げます(本書の問い合わせなどは宗像宛でお願い致します)。

 

 

『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』
桜林美佐監修/自衛隊家族会編
並木書房発行
http://okigunnji.com/url/28/

 

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(平成31年(2019年)4月18日配信)



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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