日露の「戦力」と「作戦計画」比較

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はじめに

 

 最近の“流行り言葉”で言えば、「平成」最後のメルマガです。のちのちの記念になるかと思うと何か感慨深いものがあります。

 

さて、「戦争(争い)の勝敗」は、一般的には「優勝劣敗」つまり「力(戦力)」が勝っている側が勝利します。この「力」には「有形」と「無形」の要素があります。「有形」の要素には兵員数、兵器や艦船などの質・量、そして、現代戦では国の経済力や生産能力なども含みます。
「無形」の要素の代表が戦略や戦術、それらを具体化した「作戦計画」、そして指揮官の指揮能力や兵士の士気(強さ、戦う意欲)、さらに為政者の資質や国民精神などもこれに入るでしょう。

 

しかし、この「優勝劣敗」の原則は「核兵器」の出現によって様変わりしてしまいました。核兵器の破壊力があまりに強大でかつ後世まで影響を及ぼすことから、「争い」とか「勝敗」の持つ意味そのものまで全く変わってしまったのです。

 

余談ですが、昨今の米朝首脳会議の焦点はまさにこの核兵器です。アメリカ対北朝鮮のGDP比はおよそ1000対1、核戦力を含む戦力比も“雲泥の差”があります。北朝鮮にはミサイル防衛のような防御手段も全くないので、米朝はけっして“対等”ではありません。

 

これまでの常識なら「優勝劣敗」どころか「争い」そのものが生起しません。それが(対等のように)首脳会談まで行なわれるのは、「国家のために国民(人民)がある」として国民の犠牲を厭わない独裁国家・北朝鮮と、「国民のために国家がある」として国民の生命財産を守ることが最優先の民主主義国家・米国の差違が背景にあります。

 

つまり、一発の核兵器の持つ意味が全く違います。北朝鮮には国土の荒廃を顧みず、さも“対等”であるかのように傍若無人に振る舞う“異常さ”があることを認識しなければなりません。

 

歴史を振り返れば、キューバ危機(1962年)時のソ連は、北朝鮮のような、自国の損害無視という非情な戦略を採用できず、戦わずして「降参」しました。“新冷戦”と言われる「米中経済戦争」も経済戦争の範囲で留まるか武力戦争にまで発展するか、現時点ではだれも予測できません。その訳は、習近平率いる共産主義・独裁国家の中国が北朝鮮のような非情な戦略を採用するか、ソ連のような戦略にとどまるか、予測できないからだと考えます。

 

冷戦が終わり、ソ連が消滅してまもなく30年になりますが、依然、我が国と全く違った文化や価値観を持つ“異常な国”が隣国に2カ国も存在している事実をしっかり認識する必要があるのではないでしょうか。

 

話が逸れ、前置きが長くなりました。今回から、上記のような“未来の戦争”につながる第一歩となり、「第0次世界大戦」ともいわれる「日露戦争」の経過や結果を振り返ります。特に戦力的に劣勢だった日本がなぜ勝利できたのか、が焦点です(前にも言いましたが、元自衛官の私の得意とする所です)。

 

「戦力」比較

 

まず日露両軍の「戦力」の比較ですが、我が国は、「日清戦争」後、特に「三国干渉」に憤怒した国民感情の後押しもあって将来の日露衝突に備えて軍備拡張を強行したことは前にも触れました。その結果、開戦前年の1903(明治36)年には、陸軍は野戦13コ師団、2コ騎兵旅団、2コ砲兵旅団など(総計歩兵156コ大隊、騎兵54コ中隊、野戦砲兵106コ大隊、工兵38コ中隊)が完成しました。

 

当時の師団は、歩兵2コ旅団(12コ大隊からなる4コ連隊)、騎兵1コ大隊、砲兵1コ連隊、工兵1コ大隊などで編成され、兵員約18,500人、軍馬5000頭からなる立派なものでした。兵役も現役、予備役、後備役に加え、各種の特設部隊も編成されていました。

 

兵器は、歩兵銃、騎銃、野砲(最大射程6000メートル〔戦争中に7750メートルに改造〕)や山砲(射程4300メートル)などに加え、未知の新兵器といわれた機関銃を導入、臨時に機関銃隊を編成していました。なお、戦争末期には14コ野戦師団、2コ後備師団、10コ後備歩兵旅団などまで増強され、戦争参加者は、戦地と後方勤務の軍人と軍属合わせて108万人を超えました。

 

海軍は、戦艦6隻、巡洋艦6隻を含む軍艦152隻約26万トンを保有しており、戦争中に購入・建造・捕獲したものなど約13万トンを加え、総計約40万トンの艦艇で戦いました。

 

これに対してロシア軍は、平時31コ軍団を主に総勢力として歩兵1740コ大隊、騎兵1085コ中隊、砲兵700コ大隊、工兵220コ大隊など約208万人からなり、既訓練兵は500万人以上を数えていました。しかし実際に戦争に参加したのは、極東総督管下の4コ軍団の満洲軍、2コ師団基幹の沿海州方面守備軍、東部シベリアに所在した関東軍1コ師団基幹の所在部隊に加え、シベリア鉄道で戦場に輸送された者は129万人の規模に達しました。

 

ロシアは、単線のシベリア鉄道で極東に到着した列車車両を焼却して復行させることなく、一方運行によって輸送力を強化してこの大兵力の輸送を成し遂げたのでした。兵器の質は日本とおおむね同等でしたが、ロシアも採用していた新型の機関銃は日本軍を苦しめました。

 

ロシア海軍は、バルチック、太平洋、黒海、カスピ海の4艦隊に区分され、総計は80万トンでしたが、実際に戦争に参加したのは、太平洋艦隊とバルチック艦隊を合わせて約28万トンでした。

 

日本側は、ロシア軍総陸軍兵力は約7倍に上がるが、シベリア鉄道の輸送力から極東で使用できる兵力は約25万人程度と見積もり、ほぼ互角と判断していたようです。実際には、その約5倍の125万人超が増員され、日本側の投入兵力も増大することになりました。海軍は、極東艦隊だけなら日本の約7割でしたが、バルチック艦隊が合流すれば約1.8倍になり、著しく不利になると判断していました。この判断がのちの「日本海海戦」につながります。

 

「作戦計画」比較

 

次に「作戦計画」です。日本側の陸軍作戦の概要は次の通りです。

 

@3コ師団をもって敵に先立って朝鮮半島を占領する。
A満洲を主作戦地として陸軍主力を使用し、敵の野戦軍を撃滅するため、まず遼陽に向かって作戦する。
Bウスリーを支作戦地とし、1コ師団をもって敵を牽制する。

 

これに基づき、第1期を「鴨緑江以南の作戦」、第2期を「満洲作戦」としました。とは言え、第2期については開戦までほとんど具体的計画はありませんでした。これをもってしても、当時の日本が朝鮮半島を確保するため、追い詰められたまま開戦に踏み切った事実を覗い知ることができると考えます。

 

海軍の作戦は、「敵の艦隊が旅順、ウラジオステックに2分され、その戦備の未完に乗じて急襲撃破し、極東の制海権を獲得する」としていました。バルチック艦隊の出航は、開戦から8か月後の1904年10月15日でしたので、当初の作戦計画には、「日本海海戦」はありませんでした。

 

これに対して、当時のロシアの関心はあくまで欧州方面が主であり、極東正面には具体的な計画が何もなかったようですが、ようやく1901年、「対日作戦」の概要が作られました。これによると、日本の上陸兵力は約10コ師団であり、ロシア艦隊が存在する限り、上陸地は韓国沿岸と判断していたようです。

 

ロシア陸軍の作戦は「欧州、シベリア等から増援し、主兵力を遼陽・海城等に集中、鴨緑江から分水嶺付近を利用して日本軍を遅滞し、旅順に向かう側背から脅威を与えつつこれを北方に誘致する。日本軍の圧迫が急な場合は、決戦を避けて退却して、この間、増援しつつハルピン付近で決戦を行なう」というものでした。

 

「日露戦争」における陸戦は、事実上「奉天会戦」(1905〔明治38〕年3月1〜10日)終結しましたが、ロシアはさらに500キロ以上も北に位置するハルピン決戦までも視野に入れていました。のちの「ポーツマス講和条約」締結交渉において、ロシアが強気な姿勢をくずさなかったのは、まだ戦い続ける「計画」と「意志」があったからでした(次回から戦争の経緯を振り返ります)

 

 

(以下次号)

 

 

お知らせ

 

新元号が「令和」に決まった4月1日、『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』(桜林美佐監修/自衛隊家族会編/並木書房発行)が発売となりました。本「メルマガ軍事情報」で毎週月曜日にメルマガを発信されている、本書監修者の桜林美佐氏がすでに4月1日発刊のメルマガで紹介されましたが、私も“仕掛け人”の一人として皆様に本書を紹介しておきたいと思います。

 

 本書は、主に自衛隊員の家族によって構成される自衛隊家族会の機関紙『おやばと』に3年以上にわたって連載された「回想 自衛隊の災害派遣」をまとめたものです。ここには過去50年あまりに実施された陸海空自衛隊の主な災害派遣と、それに従事した指揮官・幕僚・隊員たち37人の証言が収められています。昭和26年のルース台風で当時の警察予備隊が初の災害派遣をして以来、自衛隊はこれまでに4万件を超える災害派遣を実施してきました。激甚災害時の人命救助や復旧支援をはじめ、離島での救急患者の輸送、不発弾処理、水難救助、医療や防疫に至るまでその活動は広範多岐にわたります。

 

しかし、 “災害派遣の「現場」で何が起きているか”について、寡黙な自衛官たちはこれまで多くを語ることはありませんでした。本書には、「阪神・淡路大震災」において、自衛官たちが不眠不休で身を賭して人命救助にあたっていた時に「神戸の街に戦闘服は似合わない」と発言されたことや、厚生省から被災者の入浴支援は「公衆衛生法に反する」と指摘されたとの証言、そして、被災地でご遺体を搬送したら、警察から「検視前に動かすと公務執行妨害になる」と言われたこととか、瓦礫の除去も私有財産を勝手に処分する問題があるなどの証言もあります。さらに、「地下鉄サリン事件」では、自ら防毒マスクを外して安全を確認した化学防護隊長の証言など、脚色も誇張もないリアルな事実が記録されています。

 

自衛隊の災害派遣は常に「被災者のために」が“合い言葉”のようになっています。桜林氏がメルマガでわざわざ取り上げてくれましたが、かくいう私も「有珠山噴火時の災害派遣」の体験談、とくに被災者の欲求は状況によって変化し、「被災者に寄り添う支援」がいかに大変かについて書かせて頂きました。

 

本書には、昭和末期の災害派遣も少し含まれていますが、ほぼ平成時代に生じた災害派遣の記録となっており、平成時代の大きな災害を振り返るための資料価値もあると考えます。すでに店頭に並んでおり、アマゾンなどで購入も可能ですので、自衛隊の災害派遣にご興味のある方は、ぜひご一読いただきますようお願い申し上げます(本書の問い合わせなどは宗像宛でお願い致します)。

 

 

『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』
桜林美佐監修/自衛隊家族会編
並木書房発行
http://okigunnji.com/url/28/

 

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(平成31年(2019年)4月25日配信)



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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