“新たな時代の幕開け”となった「講和条約」

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はじめに

 

 先日、北方四島に関して、酔った上で「戦争しないとどうしようもない」旨の発言をして所属党から除名された国会議員が話題になっています。私も過去に「ビザなし交流」で訪問した経験があり、ロシアの不法占領の“現状”や返還運動のこれまでの“いきさつ”は熟知しておりますが、正直申し上げ、若いとは言え、国会議員はこの程度かと思ってしまいます。

 

その要因の一つは“歴史を知らない”ことにあると考えます。今回の本文でも少し触れておりますが、不法占領に至った歴史や「国の体制は変わっても、“民族の血”は変わらない」という事実、さらにはロシアの伝統的な“南下政策”やオホーツク海の戦略的価値などまで考察した上で、今や北方四島は、ロシアにとっては「核心的利益」と言うべき地域と認識する必要があり、“(交渉による返還の可能性はわずかにあっても、戦争によって)簡単に奪い取ることなどできるものではない”となぜ理解できないのでしょうか。

 

戦前も“無責任な発言が国の舵取りを狂わせた”例は枚挙にいとまがありませんが、国民の代表たる国会議員の不勉強さに呆れるばかりです。

 

「ポーツマス条約」の交渉と結果

 

1905(明治38)年3月の「奉天会戦」、5月の「日本海海戦」の大勝は日本側にとって講和への絶好の条件となりました。他方、ロシア側は、同年1月の「血の日曜日事件」など国内情勢の混乱と「ロシア第一革命」の広がりに加え、ロシア軍の相次ぐ敗北と弱体化はあったものの、当初の計画どおり、戦争を続ける準備があるとの姿勢をくずしませんでした。

 

そんななか、5月31日、日本側から米国のセオドア・ルーズベルト大統領に「中立の友誼的斡旋」を申し入れました。大統領は、国内の革命運動弾圧のために戦争終結を望むロシア側の事情も熟知した上でロシア皇帝ニコライ2世を説得させ、6月9日、両国に講和交渉開催を提案しました。

 

講和会談の場所は、アメリカのニュー・ハンプシャー州の軍港で避暑地でもある小都市ポーツマス(ニューヨーク北方約400qに位置)が選ばれ、8月9日の予備会談から始まりました。日本側の全権代表は外相の小村寿太郎でした。桂太郎首相は当初、元老の伊藤博文に打診しましたが、講和の結果が国民の反感を買うことを予期した伊藤(側)が辞退したのでした。

 

一方、ロシア側の全権代表は、財政事情などから日露開戦に反対し、蔵相を解任されたウイッテでした。皇帝から「一握りの土地も1ルーブルの金も日本に与えてはいけない」と厳命されたこともあり、ポーツマス到着以来、まるで“戦勝国”のように振る舞ったといわれます。

 

会談に先だって日本側が決定した方針は、講和条件を3種にわけ、「絶対的必要条件」として、@韓国を日本の「自由処分に任せる」とロシアに認めさせること、A満洲からロシアと日本の軍隊を撤退させること、B遼東半島でロシアが有する租借権とハルピンから旅順までの鉄道に関する権利を日本に譲渡させることの3点、「比較的必要条件」として、C賠償金の獲得、D中立国に逃げたロシア艦隊の引き渡し、E樺太の割譲、F沿海州沿岸での漁業権の獲得の4点、「付加条件」として、F極東におけるロシア海軍力の制限、Gウラジオストークの武装解除、でした。

 

日本側は、何よりも「ロシアに対する安全の確保」を最優先し、「絶対的必要条件」を確保すれば、当分の間、ロシアの日本に対する攻撃を封じ込めることができると考えたのです。

 

交渉は、当初の予測とは違って円滑に進み、@では韓国の保護国化を盛り込み、Aも同意、満洲は清国に還付されることになりました。Bについても、ハルピンからでなく、日本が実効支配する長春から旅順までの租借権の譲渡で同意しました。しかし、賠償金の問題と樺太の割譲は激しい対立となり、ルーズベルト大統領の斡旋もあって、「日本側は賠償金を要求しない。ロシアは樺太の北緯50度以南の地を割譲する」との妥協案でまとまりました。9月5日、講和条約が調印され、ここに20か月に及んだ両国の死闘は終了しました。

 

「日露戦争」が残したもの

 

本戦争が「世界の歴史を変えた」ことはすでに述べましたが、日露両国の社会を大きく変化させ、米国の外交政策にも大きな影響を与えました。

 

敗戦したロシアは、講和の結果、革命を目指す勢力と議会創設を狙う勢力の間で大衆を取り込むための競争がますます拡大し、ストライキも広がりました。翌年の1906年には、はじめて議会選挙が実施されましたが、その流れはやがて「ロシア革命」につながっていきます。また、戦争責任を問われた軍部の権威は失墜し、10年後の第1次世界大戦時の最初の1年だけで約50万人のロシア人が戦線から逃亡したといわれるほど、その影響は長引くことになります。

 

敗戦の記憶も長くロシア人の中に残り続けました。あまり知られていませんが、講和条約からちょうど40年後の1945年、米・ソ・英によるヤルタ会談文書―「ソ連の対日参戦協定」(ヤルタ密約)―によって、遼東半島の租借権や南満洲の鉄道に関する権利、それに樺太の割譲など、つまり上記ABEは「日本の背信的攻撃によって侵害された」と解釈され、ソ連の“参戦条件”として「反故(ほご)」にされてしまいます。しかも千島列島の引き渡しまで不当に水増しされ、この結果が、現在の北方四島の不法占領の根拠となっています。従兄にあたるセオドア・ルーズベルト大統領が仲介した条約をフランクリン・ルーズベルト大統領が“密約”という形で「反故」に同意したのでした(その細部についてはのちほど触れましょう)。

 

そのセオドア・ルーズベルト大統領は、もともと親日家であった上、金子堅太郎の活躍もあって“仲介の労”を採った功績により米国大統領として初のノーベル平和賞を受賞しました。仲介の背景は、@中国の“門戸開放”を狙う米国としては、日露のいずれかが満洲で圧倒的勝利を収めることを回避したいとの思惑があった、A米国は、本講和条約を伝統的な孤立主義―「モンロー主義」―から脱却するきっかけにしたかった、などと分析されています。何度も繰り返しますが、その後の歴史の流れからしても、改めて「歴史はつながっている」と実感するのです。

 

一方、日本においても、戦争の結果が特に「大衆」と「軍部」の地位に大きな変化を与えます。まず「大衆」の登場です。 

 

そのきっかけとなったのが講和条約締結でした。講和条約において、「樺太の割譲と賠償金の獲得を断念する」との決断に対して、ほぼすべての新聞各社が批判する立場をとって大衆を煽り、暴徒化したのが「日比谷焼き討ち事件」(9月5日)でした。本事件は、吉野作造をして「民衆が政治上において一つの“勢力”として動くという傾向が始まった」と言わせ、「日本のポピュリズム」の始まりとなりました。

 

これ以降の我が国の歴史は、(扇動するマスコミを含め)大衆がさまざまな形で「力」を行使し、これらを抜きにして語ることができなくなったと考えます。

 

教科書では「日比谷焼き討ち事件」の名称ぐらいしか教えませんが、参加者約3万人、逮捕者約2000人・起訴者308人、警備側の負傷者約500人、群衆の死者17人・負傷者2000〜3000人に及ぶ大規模なものだったことは記しておきたいと思います。「軍部」などの変化は、次回以降取り上げましょう。

 

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(令和元年(2019年)5月23日配信)



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「マッカーサー証言」の意味するもの」 (令和二年(2020年)8月6日配信)です。
「サンフランシスコ講和条約」締結への道程
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「サンフランシスコ講和条約」締結への道程」 (令和二年(2020年)8月20日配信)です。
「サンフランシスコ講和条約」締結と主権回復
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「サンフランシスコ講和条約」締結と主権回復」 (令和二年(2020年)8月27日配信)です。
「大東亜戦争」の総括(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その1)」 (令和二年(2020年)9月3日配信)です。
「大東亜戦争」の総括(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その2)」 (令和二年(2020年)9月10日配信)です。
「大東亜戦争」の総括(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その3)」 (令和二年(2020年)9月17日配信)です。