「ロシア革命」と「シベリア出兵」

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はじめに

 

「メルマガ軍事情報」でエンリケさんが再三紹介された『漫画クラウゼヴィッツと戦争論』を私も読ませていただきました。陸上自衛隊の元将官、つまり軍事の専門家の“端くれ”としての立場で私も本書について少し解説したいと思います。

 

陸上自衛隊の幹部は(全員ではありませんが)、在任中に不滅の戦略論といわれる中国の古典『孫子』やクラウゼヴィッツの『戦争論』を学ぶ機会があります。
『孫子』は、漢詩調に書かれているせいもあって、わりと日本人には理解しやすいのですが、『戦争論』は、クラウゼヴィッツの理論の背景が欧州戦場であるため、なかなかイメージアップできないばかりか、理論そのものが難解で、翻訳の問題もあってか、軍事のプロの自衛官でさえ困難を極めます。

 

私の場合は、防衛大学校の学生時代を含めると3回、真剣に学んだ経験があります。当然ながら、「軍事とは何か」をまったく知らない学生時代は、「ナポレオン戦争」の戦史を学ぶ延長で『戦争論』の“さわり”を学んだ記憶がある程度です。そして自衛隊に入り、中堅幹部の3佐時代に1度、さらに1佐になりかけた頃、再度、集中して学ぶ機会がありました。

 

クラウゼヴィッツが何を言いたいかをある程度理解し、“目から鱗”を自覚したのは、3回目、つまり20年あまり、部隊や陸上幕僚監部などで指揮官や幕僚としての実務を経験した後でした。

 

さて、本書の作・画は元1佐の石原(米倉)ヒロアキ氏によるものです。石原氏は、漫画については自衛隊に入隊する前の大学時代にすでに「赤塚不二夫賞」の準入選に選ばれるほどの実力を持っておられたようです。しかし、「好きな戦争漫画を描くには軍事を知らなければならない」と自衛官を志し、定年まで全うした後、再び漫画家の道を歩まれている信念の持ち主です。

 

その経験と信念からでしょうか、単に『戦争論』を漫画で解説するだけに留まらず、軍人クラウゼヴィッツに焦点をあて、その戦歴を追体験しながら、クラウゼヴィッツが個々の理論をいかに発想したか、その背景を含めてとてもわかりやすく可視化しているところに本書の特色があります。

 

その石原氏が2年間の情熱を注いで完成した本書にはまた、随所に軍事専門家ならではの“目(切り口)”を伺い知ることができます。何度も悪戦苦闘した経験を有する私にとりましても、“新たな発見”がたくさんありました。

 

本書は、『戦争論』の研究者・翻訳者として最も定評のある清水多吉氏が監修されていることもあって、これまで『戦争論』を学んだ経験のない読者にとっては「入門書」になるでしょうし、すでに学んだ読者にとっては、背景などが可視化されていることによって、難解な理論を改めて読み解くうえで貴重な一冊になると確信いたします。しかも、漫画ですから気軽に読むことができ、内容が瞬間に“頭に焼き付く”というメリットもあります。

 

「平和」を唱えるだけで、「戦争」と聞くだけで“拒否反応”を示す多くの日本人、とくに政治家や有識者ら我が国を牽引すべきリーダーたちに「軍事」を少しでも理解していただくためにも本書がベストセラーになることを祈って止みません。一人でも多くの方にお読みいただくようお薦めします。

 

 

漫画 クラウゼヴィッツと戦争論
 石原ヒロアキ(作) 清水多吉(監修)
 並木書房
 2019年6月27日発行
 http://okigunnji.com/url/51/

 

 

 

「ロシア革命」とソビエトの誕生

 

前置きが長くなりました。本題に入ります。長引いた第1次世界大戦の最中で発生した最大の事件は「ロシア革命」でした。「ロシア革命」はその後の人類の歴史、そして我が国に対しても多大な影響を与えることになります。

 

さて、20世紀以降の人類社会に最も影響を与えた書籍といわれる『資本論』(カール・マルクス著)の初版が発行されたのは、産業革命によって資本主義が発展してからおよそ1世紀が過ぎた1867年、我が国の明治維新の前年、「大政奉還」を実現した年でした。

 

私は本書の細部に触れるだけの知見を持っていませんが、マルクスは、資本主義がいかに非人間的なものかを分析しつつ共産主義の魅力を説いた(今では、かなり短絡した政治経済理論であると批判されていますが)ことで、『資本論』は世界中で大ベストセラーになりました。皮肉にも、マルクスの理論を実現する形で世界最初の社会主義革命が起きたのが、当時、西欧列国に比して資本主義の発展がかなり遅れていたロシアだったのです。

 

「ロシア革命」は、日露戦争後の第1次革命(1905年の「血の日曜日」事件)と第1次世界大戦中に発生した第2次革命(1917年の「二月革命」「十月革命」)の2段階からなるとされます。第1次革命後、ロシア皇帝は議会の設立を承認し、選挙権を認めるなど市民の自由化要求に譲歩したため、事態は一旦沈静化しました。

 

やがて第1次世界大戦が勃発すると、ロシア全土に愛国的熱狂が沸き、内政の不満が解消されたかに見えましたが、軍の近代化の遅れが原因となった敗退と長引く戦争は国民生活に打撃を与え、その結果、第2次革命が起こります。そして、ついにロマノフ朝が倒れて世界初の共産主義国家・ソビエト(ロシア社会主義連邦ソビエト共和国)が誕生します。

 

ソビエト政府は、1918年3月、ドイツとの間に「ブレスト・リトフスク条約」を結び、戦争から離脱しましたが、フィンランド、バルト3国、ポーランド、ウクライナ、さらにカフカスを失い、巨額の賠償金を課せられました。ドイツが敗北するとこの条約は破棄されましたが、ウクライナを除く割譲地域は取り戻せず、独立を認めることになったのです。第2次世界大戦後のこれらの地域への進出はこの時点で伏線があったとみるべきでしょう。

 

「シベリア出兵」と要請と決断

 

「ロシア革命」の我が国への最初の影響は「シベリア出兵」でした。その概要は次の通りです。「シベリア出兵」の大義名分は、ロシア極東の「チェコ軍捕因の救出」、つまり、オーストリア軍の一部として革命軍に捕らえられながら、民族独立のため連合軍側に通じていたチェコ軍(総勢3万4千人ほど)を再び西部戦線に復帰させ、戦力化をしようとした連合軍の作戦でした。しかし、その実態は、連合国によるロシア革命政権打倒を企図した「干渉戦争」でもありました。

 

他方、西部戦線で手一杯になっている連合軍は大部隊をシベリアに派遣する余力がなかったため、地理的に近く、欧州戦線に主力を派遣していない日本とアメリカに「シベリア出兵」の打診がありました。

 

以前紹介しましたように、日露戦争以降の日本とロシアは“蜜月関係”にあり、とくに革命前年の1916(大正5)年に締結した秘密協定では、中国における権益を守るため、実質的に「同盟関係」を結んでいました。日露の提携によって米・英に拮抗しながら大陸での勢力拡大を狙う山県有朋らの戦略が働いていたといわれています。

 

同年10月、第2次大隈内閣の後を受け、またしても山県の推薦を受けた寺内正毅内閣が誕生しました。内閣内では、「シベリア出兵」に関して積極的な出兵論とやや消極的な出兵論に分かれていましたが、最終的には対米協定にもとづく妥協案をもって、1918(大正7)年8月、出兵に踏み切りました。

 

米国との協定では、我が国の派遣規模は米国と同等の8000人のはずだったのですが、英仏が兵力を割けなかったこともあって派遣兵力は3万7千人に膨らみました。青島攻略の兵力が2万3千人だったことを考えるといかにも大兵力の派遣だったかがわかります。出兵の最大の理由は、「我が国の政体とまったく相反する共産主義の波及阻止」にあったとされますが、またしても諸外国からは“領土獲得の野心がある”と見透かされていたようです。

 

「米騒動」と平民宰相・原敬内閣誕生

 

以前に“定義が難しい大正デモクラシー”と解説しましたが、その第2章(後半)の幕開けとなったともいわれる「米騒動」がこの「シベリア出兵」の前後に発生しました。

 

「シベリア出兵」の噂が出ると、軍用米を調達すると見積もった商人たちが“戦争特需”を狙って米を売り渋りするなどの混乱が発生しました。これに対する民衆の不満が増大し、1918(大正7)年2月、憲法発布30周年の祝賀会記念国民大会時において参加者の一部が暴徒化するという事件が起きました。そして「シベリア出兵」直前の7月、富山県で発生した「米騒動」は、またたく間に約70万人が加わった全国的な暴動となり、寺内内閣は各地で軍隊を出動させて鎮圧します。

 

「米騒動」の背景には、ロシア革命の影響を受けた労働運動や普通選挙運動への高まりもあって、同年9月、「シベリア出兵」からわずか40日あまりで寺内内閣は崩壊してしまいます。

 

後継として爵位を持たない日本初の首相・原敬(たかし)内閣が発足し、民衆からは、「平民宰相」と歓迎されます。「米騒動」が「大正デモクラシー」”第2章の幕開け“といわれるゆえんと考えます。

 

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(令和元年(2019年)7月4日配信)

 

 

 

お知らせ

 

新元号が「令和」に決まった4月1日、『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』(桜林美佐監修/自衛隊家族会編/並木書房発行)が発売となりました。本「メルマガ軍事情報」で毎週月曜日にメルマガを発信されている、本書監修者の桜林美佐氏がすでに4月1日発刊のメルマガで紹介されましたが、私も“仕掛け人”の一人として皆様に本書を紹介しておきたいと思います。

 

 本書は、主に自衛隊員の家族によって構成される自衛隊家族会の機関紙『おやばと』に3年以上にわたって連載された「回想 自衛隊の災害派遣」をまとめたものです。ここには過去50年あまりに実施された陸海空自衛隊の主な災害派遣と、それに従事した指揮官・幕僚・隊員たち37人の証言が収められています。昭和26年のルース台風で当時の警察予備隊が初の災害派遣をして以来、自衛隊はこれまでに4万件を超える災害派遣を実施してきました。激甚災害時の人命救助や復旧支援をはじめ、離島での救急患者の輸送、不発弾処理、水難救助、医療や防疫に至るまでその活動は広範多岐にわたります。

 

しかし、 “災害派遣の「現場」で何が起きているか”について、寡黙な自衛官たちはこれまで多くを語ることはありませんでした。本書には、「阪神・淡路大震災」において、自衛官たちが不眠不休で身を賭して人命救助にあたっていた時に「神戸の街に戦闘服は似合わない」と発言されたことや、厚生省から被災者の入浴支援は「公衆衛生法に反する」と指摘されたとの証言、そして、被災地でご遺体を搬送したら、警察から「検視前に動かすと公務執行妨害になる」と言われたこととか、瓦礫の除去も私有財産を勝手に処分する問題があるなどの証言もあります。さらに、「地下鉄サリン事件」では、自ら防毒マスクを外して安全を確認した化学防護隊長の証言など、脚色も誇張もないリアルな事実が記録されています。

 

自衛隊の災害派遣は常に「被災者のために」が“合い言葉”のようになっています。桜林氏がメルマガでわざわざ取り上げてくれましたが、かくいう私も「有珠山噴火時の災害派遣」の体験談、とくに被災者の欲求は状況によって変化し、「被災者に寄り添う支援」がいかに大変かについて書かせて頂きました。

 

本書には、昭和末期の災害派遣も少し含まれていますが、ほぼ平成時代に生じた災害派遣の記録となっており、平成時代の大きな災害を振り返るための資料価値もあると考えます。すでに店頭に並んでおり、アマゾンなどで購入も可能ですので、自衛隊の災害派遣にご興味のある方は、ぜひご一読いただきますようお願い申し上げます(本書の問い合わせなどは宗像宛でお願い致します)。

 

 

『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』
桜林美佐監修/自衛隊家族会編
並木書房発行
http://okigunnji.com/url/28/

 

 



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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