“歴史的岐路”となった「ワシントン会議」

本サイトの記事が配信されたメルマガ軍事情報の登録はこちらで(無料)
    ↓↓↓↓
メルマガ購読・解除
 

はじめに

 

 今回の話題は「ワシントン会議」ですが、会議がまさにその後の歴史を変えた、つまり“歴史的岐路”となったことを強調して上記のような表題にしてみました。しかし、後々に歴史を振り返ってみて初めて“歴史的岐路”だったことがわかるわけで、本会議に参加した全権代表や当時の為政者たちは、“その後の歴史がどう動くか”について暗中模索の中で難しい判断を強いられたのだと思います。

 

 さて自衛隊の各指揮官は、任務遂行のための「状況判断」が必要とされ、その判断に基づいて「計画」や「命令」を具体化して各種任務を遂行します。そのため、指揮官として、直面している“あらゆる状況”を的確に分析し、正しい決心(決断)ができる能力を向上するため常に鍛錬します。

 

幹部自衛官はまた、指揮官を補佐する幕僚(スタッフ)としての効果的な補佐要領について幾度となく教育・訓練を受けます。各指揮官には“個性”がありますので、決心も“個性”に左右される場合がありますが、幕僚は、個性を廃して“(軍事的)合理性を最大限に追求”した結論(判断)を導き、指揮官と相対(あいたい)します。

 

 政治や外交も正しい決心を導くプロセスは同じと思うのですが、戦前の我が国の政治や外交を振り返る時、このような“手順”をしっかり踏まず、いわゆる“指揮官の個性”が優先されたような結論で対処したと考えられる「事象」にしばしば出くわします。

 

 前回の「パリ会議」同様、「ワシントン会議」においても、“経験豊富な欧米列国”との差異なのかも知れませんが、結果としてその“未熟さ”が仇(あだ)となって、我が国にとっての“歴史的岐路”となってしまったものと考えます。それらを少し詳しく振り返ってみましょう。

 

「日英同盟」の破棄

 

ハーディング大統領は、大統領に就任するや早速、パリ会議で議題にならなかった太平洋・極東問題、そして軍縮交渉のための「ワシントン会議」を日・英・仏・伊・中の5か国に呼びかけました。「国際連盟」未加入の米国が、国際社会の“実質的な舵取り”を始めたのでした。

 

大統領は、中国における日本や欧州列国の既得権を排して「機会均等」を得ようとする思惑から、“軍縮”を求める国際世論の後押しを利用したといわれますが、特に、第1次世界大戦に勝利したとは言え、経済の痛手から窮乏のドン底にあえいでいたイギリスが強く働きかけたようです。

 

イギリスは、7つの海を支配した海軍の“世界一”の座をアメリカに奪われることを覚悟しつつ、「大規模な軍備を行なうことは、必ずやあらゆる国々を貧困と破局へ導くことになろう」(ロイド・ジョージ首相)と大戦後の平和待望論を利用して軍縮機運を盛り上げたのでした。

 

我が国は立憲政友会の原敬内閣時代であり、海軍念願の「八八艦隊」の建設予算が認められた直後でありましたが、大戦後の不況が我が国も直撃して株や商品の相場が大暴落したこともあって“渡りに船”とばかり会議参加を回答、全権主席の加藤友三郎海軍大臣ほか、駐米大使の幣原喜重郎や貴族院議長の徳川家達らを全権大使として派遣しました。

 

そのイギリスがアメリカを動かした“最後の切り札”こそが、間もなく満期を迎える「日英同盟」だったのです。「日英同盟」は、1902(明治35)年に結ばれて以来、日本外交の基軸となり、日露戦争の勝利も第1次世界大戦の連合国側参戦もその恩恵を受けた結果でした。前に、“「日英同盟」が破棄に至った責任は日本にもある”と解説しましたが、破棄の要因は次の4つに集約されるといわれます。

 

第1に、「連盟規約」第20条「本規約の条項と両立せざる連盟加盟国相互間の義務や了解が各自国の関する限り総て本条約により廃棄せられるべきもの」とする規約への抵触です。この結果、「日英同盟」は、両国にとって政治問題化していたのでした。

 

第2に、アメリカが覇権を獲得するため、対日警戒感の延長として、目ざわりだった「日英同盟」の破棄を狙っていたことです。イギリスに(破棄に向けて)圧力をかけたともいわれます。

 

第3に、(前に取り上げましたように)イギリス内部の「日英同盟」更新への反対論です。背景に、日本が中国に勢力を伸ばし、日英の利害対立が生じる可能性があったことと、アメリカに莫大な借款を負っているなど米英関係の重要性が増してきたことがありました。

 

しかしてその実情は、大英帝国内では、豪州・ニュージーランドは同盟存続、カナダは同盟継続反対、南アフリカは同盟に寄らないウィルソン主義を主張した中にあって、英国の主要閣僚、陸海軍大臣や参謀総長まですべて同盟継続派で、日本が同盟堅持を言えば、英国は自分から廃棄を言い出せる状況ではなかったといわれます。

 

第4に、日本の外交姿勢の変化です。当時の立憲政友会の原敬および高橋是清内閣は、イギリスの国際的地位の低下に伴い、対英協調よりも“対米協調路線”をとっていました。積極的に「日英同盟」を破棄しようとの意思ではなかったようですが、同盟継続の強い意志を欠いていたのです。

 

これらの背景にはまた、「日英同盟」締結する直接の原因となったロシア帝国が滅亡して、同盟の存在意義そのものが消滅したこともあります。この時点ではまだ、ロシア帝国に勝る共産主義国家・ソビエトの“強大な脅威”を見抜けなかったのでした。

 

そして、会議の冒頭から、“第1次世界大戦とロシア革命によって、アジア・太平洋地域に変化が生じた”として、大戦の戦勝国である米・英・仏・日によって、各国が持つ太平洋方面の属地や領土権益の相互尊重、それに起因する国際問題の平和的処理の仕方が協議され、1921(大正10)年12月、「4か国条約」として調印され、「日英同盟」は破棄されました。

 

同盟破棄は、最終的には弊原喜重郎の決断だったといわれます。英国側の“迷い”を断ち切ったのでした。幣原は、その剛毅不屈な精神をもって、その後の我が国の外交史の中で“協調外交”を貫くことで有名になりますが、旧来の同盟による“勢力均衡”という習慣と決別し、駐米大使の地位にありながら“異質な米国”の本質を見抜けないまま、信念を持って当時の米国の理想主義的な原則に同調したのでした。

 

まさに幣原の“個性”が優先された結果だったのですが、幣原のみに責任を負わせるのは酷でしょう。当時の新聞なども「4カ国条約」締結を大歓迎したのでした。

 

海軍軍縮―主力艦米国の6割に―

 

 「ワシントン会議」のもう一つのテーマは、海軍軍縮でした。会議に臨むに際して、海軍は「対米7割」を基本方針としていましたが、全権主席の加藤友三郎は、当初からその必要性に疑問を呈するとともに、「八八艦隊」の整備と維持に膨大な経費を必要とすることから、「対米7割」には柔軟性を保持していたようです。

 

加藤を信頼して送り出した原敬は、その20日後の11月4日、東京駅で19歳の少年に暗殺されてしまったことはすでに述べましたが、本事件は、現職の首相がテロリストの手にかかって非業の死を遂げるという憲政史上初めての出来事でした。しかし、後継首相の高橋是清が「外交方針は不変」としたため、加藤は、当初の方針どおり対応しました。

 

しかし、実際に「米:英:日が5:5:3」と発表されると、多くの国民の「1等国、5大国の自負心を傷つけられた」との批判の前に腰砕けそうなった高橋内閣に対して、加藤は職を辞する覚悟で説き伏せ、最終的に、米英:日:仏伊を5:3:1.75、つまり対米英6割に相当する主力艦(戦艦と航空母艦)の保有量31万6千トンで決着し、1922(大正11)年2月6日、海軍軍縮条約に調印しました。

 

加藤友三郎の主席随員として、のちに“艦隊派”の総帥になる加藤寛治中将も参加しており、加藤友三郎と激しく対立していましたが、この段階では海軍の統制がとれていたことは付記しておきましょう。

 

「ワシントン体制」の成立・遵守

 

1922(大正11)年2月6日当日、前記4カ国に加え、オランダ、イタリア、ベルギー、ポルトガルを加えた9カ国により、中国の門戸開放・機会均等・主権尊重の原則を包括した「9カ国条約」も調印され、その結果、“中国大陸における日本の特殊権益を認めた”「石井・ランシング協定」も解消されました。我が国は中国と「山東還付条約」も締結し(同年2月4日)、山東省の権益の多くを返還しました。これについても幣原が途中から本件交渉に参加し、条約締結に導いたとして米国や中国から大賛辞が贈られます。

 

「ワシントン会議」で締結された「4カ国条約」「9カ国条約」そして「ワシントン軍縮条約」を基礎とする体制は、アジア・太平洋地域の国際秩序維持のための「ワシントン体制」と呼称され、1934(昭和9)年ごろまで続きます。

 

この間の我が国の外交は、上記の弊原喜重郎による「協調外交」を貫きましたが、その後の歴史から見ればそれは失敗に終わりました。同様に、フランスもまたドイツの報復を恐れて、米国や英国と同盟を希望しましたが、英・仏・独・伊による「ロカルノ条約」の締結を余儀なくされました。これも何の役にも立ちませんでした。

 

 アメリカの対日警戒感はこれにとどまらず、やがて「排日移民法」(1924〔大正13〕年)につながっていくばかりか、中国の“国権回復運動”に同情的になっていきます。こうして、“アメリカの覇権意識と我が国の大陸政策が真っ向から対立”し始め、「激動の昭和」の“芽”が出始めたのでした。 

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(令和元年(2019年)8月1日配信)

 



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


本サイトの記事を配信したメルマガ軍事情報の登録はこちらで(無料)
      ↓↓↓↓
メルマガ購読・解除
 


サイト内検索は、こちらからどうぞ




お問い合わせは、こちらからどうぞ

↓↓↓↓

関連ページ

日本史と世界史に“横串”を入れる
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 日本史と世界史に“横串”を入れる──我が国の歴史を振り返る(創刊準備号) (2018年(平成30年)8月23日配信)です。
日本および日本人の4つの特色
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 日本および日本人の4つの特色──我が国の歴史を振り返る(1) (2018年(平成30年)8月30日配信)です。
「大航海時代」:欧州人と初めての関わり(1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「大航海時代」:欧州人と初めての関わり(1)──我が国の歴史を振り返る(2) (2018年(平成30年)9月6日配信)です。
「大航海時代」:欧州人と初めての関わり(2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「大航海時代」:欧州人と初めての関わり(2)──我が国の歴史を振り返る(3) (2018年(平成30年)9月13日配信)です。
信長・秀吉時代の外交と防衛を考える(1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「信長・秀吉時代の外交と防衛を考える(1)──我が国の歴史を振り返る(4) (2018年(平成30年)9月20日配信)です。
信長・秀吉時代の外交と防衛を考える(2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「信長・秀吉時代の外交と防衛を考える(2)──我が国の歴史を振り返る(5) (2018年(平成30年)9月27日配信)です。
江戸時代初期の外交・防衛を考える(1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸時代初期の外交・防衛を考える(1)──我が国の歴史を振り返る(6) (2018年(平成30年)10月4日配信)です。
江戸時代初期の外交・防衛を考える(2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸時代初期の外交・防衛を考える(2)──我が国の歴史を振り返る(7) (2018年(平成30年)10月11日配信)です。
「治安維持」のための江戸時代の諸制度
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「治安維持」のための江戸時代の諸制度──我が国の歴史を振り返る(8) (2018年(平成30年)10月18日配信)です。
長く続いた“太平の世”
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「長く続いた“太平の世”──我が国の歴史を振り返る(9) (2018年(平成30年)10月25日配信)です。
欧州諸国の「大変革」(前段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「欧州諸国の「大変革」(前段)──我が国の歴史を振り返る(10) (2018年(平成30年)11月1日配信)です。
欧州諸国の「大変革」(後段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「欧州諸国の「大変革」(後段)──我が国の歴史を振り返る(11) (2018年(平成30年)11月8日配信)です。
江戸中期以降の我が国周辺情勢と混乱(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸中期以降の我が国周辺情勢と混乱(その1)」 ──我が国の歴史を振り返る(12) (2018年(平成30年)11月15日配信)です。
江戸中期以降の我が国周辺情勢と混乱(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸中期以降の我が国周辺情勢と混乱(その2)」 ──我が国の歴史を振り返る(13) (2018年(平成30年)11月22日配信)です。
「ペリー来航」と開国(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「ペリー来航」と開国(その1)」 ──我が国の歴史を振り返る(14) (2018年(平成30年)11月29日配信)です。
「ペリー来航」と開国(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「ペリー来航」と開国(その2)」 ──我が国の歴史を振り返る(15) (2018年(平成30年)12月6日配信)です。
江戸幕府の滅亡(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸幕府の滅亡(その1) (2018年(平成30年)12月13日配信)です。
江戸幕府の滅亡(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸幕府の滅亡(その2) (2018年(平成30年)12月20日配信)です。
江戸幕府の滅亡(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸幕府の滅亡(その3) (2018年(平成30年)12月27日配信)です。
「明治維新」と諸外国の関わり
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」と諸外国の関わり (2019年(平成31年)1月10日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その1)  (2019年(平成31年)1月17日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その2)  (2019年(平成31年)1月24日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その3)  (2019年(平成31年)1月31日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その4)  (2019年(平成31年)2月7日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その5)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その5)  (2019年(平成31年)2月14日配信)です。
明治時代の「国民精神」を育てたもの
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「明治時代の「国民精神」を育てたもの  (2019年(平成31年)2月21日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その1)」  (2019年(平成31年)2月28日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その2)」  (2019年(平成31年)3月7日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その3)」  (2019年(平成31年)3月14日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その4)」  (2019年(平成31年)3月21日配信)です。
“アジアを変えた”「日清戦争」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「“アジアを変えた”「日清戦争」」  (2019年(平成31年)3月28日配信)です。
世界を驚かせた「日英同盟」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「世界を驚かせた「日英同盟」」  (2019年(平成31年)4月4日配信)です。
「日露戦争」開戦までの情勢(前段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」開戦までの情勢(前段)」  (2019年(平成31年)4月11日配信)です。
「日露戦争」開戦までの情勢(後段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」開戦までの情勢(後段)」  (2019年(平成31年)4月18日配信)です。
日露の「戦力」と「作戦計画」比較
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「日露の「戦力」と「作戦計画」比較」  (2019年(平成31年)4月25日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その1)」  (2019年(令和元年)5月2日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その2)」  (2019年(令和元年)5月9日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その3)」  (令和元年(2019年)5月16日配信)です。
“新たな時代の幕開け”となった「講和条約」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「“新たな時代の幕開け”となった「講和条約」 」  (令和元年(2019年)5月23日配信)です。
陸・海軍対立のはじまり
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「陸・海軍対立のはじまり」  (令和元年(2019年)5月30日配信)です。
20世紀を迎え、様変わりした国際社会
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「20世紀を迎え、様変わりした国際社会」  (令和元年(2019年)6月6日配信)です。
揺れ動く内外情勢の中の「明治時代」の終焉
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「揺れ動く内外情勢の中の「明治時代」の終焉」  (令和元年(2019年)6月13日配信)です。
「激動の昭和」に至る“道筋”を決めた「大正時代」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「激動の昭和」に至る“道筋”を決めた「大正時代」」  (令和元年(2019年)6月20日配信)です。
第1次世界大戦と日本
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 第1次世界大戦と日本」 (令和元年(2019年)6月27日配信)です。
「ロシア革命」と「シベリア出兵」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「ロシア革命」と「シベリア出兵」 (令和元年(2019年)7月4日配信)です。
第1次世界大戦と日本ー相次ぐ派兵要請ー
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「第1次世界大戦と日本ー相次ぐ派兵要請ー」 (令和元年(2019年)7月11日配信)です。
「第1次世界大戦」の終焉と「ヴェルサイユ条約」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「第1次世界大戦」の終焉と「ヴェルサイユ条約」」 (令和元年(2019年)7月18日配信)です。
「第1次世界大戦」の歴史的意義
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「第1次世界大戦」の歴史的意義」 (令和元年(2019年)7月25日配信)です。
「大正時代」が“残したもの”
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大正時代」が“残したもの”」 (令和元年(2019年)8月8日配信)です。
“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(前段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(前段)」 (令和元年(2019年)8月15日配信)です。
“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(後段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(後段)」 (令和元年(2019年)8月22日配信)です。
第2次世界大戦を引き起こしたアメリカ発の「世界恐慌」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「第2次世界大戦を引き起こしたアメリカ発の「世界恐慌」」 (令和元年(2019年)8月29日配信)です。
「満州事変」の背景と影響@―日本と満州の関係―
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」の背景と影響@―日本と満州の関係―」 (令和元年(2019年)9月5日配信)です。
当時の中国大陸で何が起きていたか?
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「当時の中国大陸で何が起きていたか?」 (令和元年(2019年)9月12日配信)です。
「満州事変」前夜と勃発
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」前夜と勃発」 (令和元年(2019年)9月19日配信)です。
昭和陸軍の台頭
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「昭和陸軍の台頭」 (令和元年(2019年)9月26日配信)です。
「満州事変」の拡大と国民の支持
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」の拡大と国民の支持」 (令和元年(2019年)10月3日配信)です。
満州国建国と国際連盟脱退
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「満州国建国と国際連盟脱退」 (令和元年(2019年)10月10日配信)です。
「二・二六事件」の背景と影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「二・二六事件」の背景と影響」 (令和元年(2019年)10月17日配信)です。
「支那事変」に至る日中情勢の変化
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」に至る日中情勢の変化」 (令和元年(2019年)10月24日配信)です。
「盧溝橋事件」から「支那事変」へ
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「盧溝橋事件」から「支那事変」へ」 (令和元年(2019年)10月31日配信)です。
「支那事変」の拡大と「南京事件」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」の拡大と「南京事件」」 (令和元年(2019年)11月7日配信)です。
「支那事変」止まず、内陸へ拡大
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」止まず、内陸へ拡大」 (令和元年(2019年)11月14日配信)です。
“歴史を動かした”ソ連の陰謀
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“歴史を動かした”ソ連の陰謀」 (令和元年(2019年)11月21日配信)です。
世界に拡散した「東亜新秩序」声明
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「世界に拡散した「東亜新秩序」声明」 (令和元年(2019年)11月28日配信)です。
危機迫る“欧州情勢”
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「危機迫る“欧州情勢”」 (令和元年(2019年)12月5日配信)です。
「ノモンハン事件」に至る日ソ対立の背景
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ノモンハン事件」に至る日ソ対立の背景」 (令和元年(2019年)12月12日配信)です。
「ノモンハン事件」勃発と停戦
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ノモンハン事件」勃発と停戦」 (令和元年(2019年)12月19日配信)です。
戦争は「石油」で始まり、「石油」で決まる
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「戦争は「石油」で始まり、「石油」で決まる」 (令和元年(2019年)12月26日配信)です。
日米戦争への道程(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その1)」 (令和二年(2020年)1月16日配信)です。
日米戦争への道程(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その2)」 (令和二年(2020年)1月23日配信)です。
日米戦争への道程(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その3)」 (令和二年(2020年)1月30日配信)です。
日米戦争への道程(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その4)」 (令和二年(2020年)2月6日配信)です。
日米戦争への道程(その5)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その5)」 (令和二年(2020年)2月13日配信)です。
日米戦争への道程(その6)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その6)」 (令和二年(2020年)2月20日配信)です。
日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」」 (令和二年(2020年)2月27日配信)です。
「大東亜戦争」をいかに伝えるか
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」をいかに伝えるか」 (令和二年(2020年)3月19日配信)です。
「大東亜戦争」の戦争戦略
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の戦争戦略」 (令和二年(2020年)3月26日配信)です。
「真珠湾攻撃」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「真珠湾攻撃」の真実」 (令和二年(2020年)4月2日配信)です。
「ミッドウェー作戦」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ミッドウェー作戦」の真実」 (令和二年(2020年)4月9日配信)です。
ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に」 (令和二年(2020年)4月16日配信)です。
「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ」 (令和二年(2020年)4月23日配信)です。
「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下」 (令和二年(2020年)4月30日配信)です。
終戦とマッカーサー来日
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「終戦とマッカーサー来日」 (令和二年(2020年)5月13日配信)です。
米国の「日本研究」とその影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「米国の「日本研究」とその影響」 (令和二年(2020年)5月21日配信)です。
「WGIP」の目的と手段
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「WGIP」の目的と手段」 (令和二年(2020年)5月28日配信)です。
「日本国憲法」の制定経緯
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「日本国憲法」の制定経緯」 (令和二年(2020年)6月4日配信)です。
「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」」 (令和二年(2020年)6月11日配信)です。
「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」」 (令和二年(2020年)6月18日配信)です。
占領期初期の欧州および周辺情勢
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「占領期初期の欧州および周辺情勢」 (令和二年(2020年)6月25日配信)です。
情勢変化に伴う占領政策の変容
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「情勢変化に伴う占領政策の変容」 (令和二年(2020年)7月2日配信)です。
「東京裁判」の結果と評価
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「東京裁判」の結果と評価」 (令和二年(2020年)7月9日配信)です。
我が国の安全保障政策をめぐる議論
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「我が国の安全保障政策をめぐる議論」 (令和二年(2020年)7月16日配信)です。
変容する国内情勢と「朝鮮戦争」前夜
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「変容する国内情勢と「朝鮮戦争」前夜」 (令和二年(2020年)7月23日配信)です。
「朝鮮戦争」の経緯と我が国に与えた影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「朝鮮戦争」の経緯と我が国に与えた影響」 (令和二年(2020年)7月30日配信)です。
「マッカーサー証言」の意味するもの
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「マッカーサー証言」の意味するもの」 (令和二年(2020年)8月6日配信)です。
「サンフランシスコ講和条約」締結への道程
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「サンフランシスコ講和条約」締結への道程」 (令和二年(2020年)8月20日配信)です。
「サンフランシスコ講和条約」締結と主権回復
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「サンフランシスコ講和条約」締結と主権回復」 (令和二年(2020年)8月27日配信)です。
「大東亜戦争」の総括(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その1)」 (令和二年(2020年)9月3日配信)です。
「大東亜戦争」の総括(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その2)」 (令和二年(2020年)9月10日配信)です。
「大東亜戦争」の総括(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その3)」 (令和二年(2020年)9月17日配信)です。