「大正時代」が“残したもの”

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はじめに

 

 最近、時々“読者反響”をいただきます。いずれも本メルマガに肯定的な評価を賜り、ありがたく思っておりますし、本当に励みになります。御礼が遅くなってしまいましたが、田中様、江野様、そしてうずまき様、ありがとうございました。

 

 毎回のメルマガの冒頭でエンリケさんから、私が本メルマガに込めた“想い”を過分なほど的確にご紹介いただき、いつも恐縮しております。私は歴史家でも教育家でもなく、その上、小説家や著作業を生業とする人たちのように、本メルマガを広く売り込もうとする意図もありませんので、偏ることも誇張することもなく、しかし大事な要素は漏らさず、できうる範囲で“史実”を発掘しつつ歴史を振り返るよう心がけております。

 

 先日、有名な“昭和史研究家”の近著を読む機会がありました。著者は多くの関係者を取材し、それらの証言に基づく分析を“売り”にされているようですが、“歴史が動いた要因”を自ら取材した証言、政府発表、そしてマスコミ報道のようなものを重視して探っておられ(それ自体は素晴らしいのですが)、“歴史の繋がり”や“世界史的な視点”がほとんどないことをとても残念に思いました。

 

エンリケさんが指摘されるように、歴史を広い視野で俯瞰的に眺めることの難しさを改めて感じながら、引き続き、さまざまな視座を保持しつつ我が国の歴史を振り返ってみようと思います。今回は、「大正時代」の最後です。

 

陸軍の軍縮とその影響

 

 第1次世界大戦後の世界的な“軍縮ムード”は海軍だけに留まりませんでした。特に我が国の場合、“長年の仮想敵国であった帝政ロシアがなくなった”との理由で、陸軍への軍縮要求はさらに強まりました。前回取り上げましたように、この時点では、共産主義国家・ソ連の脅威の増大を見通せなかったのでした。

 

「参謀本部」を“軍閥の牙城”として廃止まで考えていたといわれる原敬首相が暗殺されてから3か月後の1922(大正11)年2月1日、山県有朋が死去しました。個人的には、明治から大正時代にかけて我が国国防の牽引車として山県が果たした役割は、まさに“余事を持って代えがたし”、称賛尽くせないものがあったと考えますが、「まるで地獄の蓋が開いたような軍に対する批判が議会で噴出した」(岡崎久彦氏の言)のでした。

 

これらを受けて、陸軍は2度にわたり軍縮を行なっています。1回目は陸軍史上初の軍縮となった「山梨軍縮」(大正11〜12年)と呼ばれるものであり、約6万人の兵士と1万3千馬の軍馬を整理しました。しかし、組織編成の外容はそのままにするなど経費節約が不徹底のまま近代化のための新規予算を要求しましたが、「関東大震災」が発生したため(後述します)、新規装備の導入が困難となりました。

 

2回目は「宇垣軍縮」(1925(大正14)年)と呼ばれ、日露戦争後に編成した4コ師団を一挙に廃止し、震災後の厳しい中で予算を獲得して装備の近代化に図ろうとしました。これにより、3万6900人の兵士と5600頭の軍馬が廃止されました。そして、初めて航空科も新設され、機関銃隊の編成、戦車の誕生などある程度の近代化は進展しましたが、陸軍内部には深い“しこり”を残す結果ともなりました。

 

「関東大震災」による甚大な被害

 

時は少し相前後しますが、1923(大正12)年9月1日、相模湾北部を震源とする海溝型の巨大地震が発生し、人口密度の高い首都圏や南関東を中心に観測史上最大となる死者14万人、全壊家屋約25万4千戸、被害総額約65億円(当時のGDPの約4割、国家予算の約5倍に相当。現在の貨幣価値換算で約320兆円)にのぼる甚大な被害が発生しました。

 

ちなみに、記憶に新しい「東日本大震災」の被害総額が16兆9千億円(GDPの3.6%、国家予算の17%)であったことを考えますと、「関東大震災」が当時の日本にいかに天文学的な被害を与えたかが想像できます。

 

第1次世界大戦の戦争特需が終わり、株価などが大暴落した直後の震災被害のダメージはその後長く尾を引き、やがて「昭和恐慌」につながっていきます。

 

「大正デモクラシー」の総決算

 

「大正デモクラシー」もいよいよ終盤に近づきました。1918(大正7)年の米騒動以降、本格的な政党内閣の原内閣を経て、「普通選挙」を要求する運動が全国に展開されました。併せて労働運動も盛り上がり、各地に労働組合も結成されます。そして「全国普選期成連合会」も結成され、各地で大会やデモを開催しました。

 

1920(大正9)年には最初のメーデーが実施されるなど社会運動も激化し、22年には日本共産党も非合法的に結成されました。同時に、農民の耕作権確立要求や婦人の地位向上を目指す婦人運動なども活発化しました。

 

こうした中、「ワシントン体制」が成立する一方、国内では「関東大震災」による大混乱が発生し、多数の朝鮮人・労働者・社会主義者が虐殺されるという不幸な事件も起きます。そして1924(大正13)年1月、貴族院に基礎を置く清浦奎吾(けいご)が“超然内閣”を組織しますと、これに反対する「第2次護憲運動」が発生します。

 

このような経緯を得て、加藤高明を首相とする護憲3派内閣が成立し、1925(大正14)年、「普通選挙法」を制定します。これにより納税要件は撤廃され、25才以上の男性は選挙権を持つことになりますが、婦人と朝鮮人・台湾人には依然として参政権が与えられませんでした。

 

また同時に、ロシア革命のような“社会変革”を恐れた枢密院の圧力があって、激化する社会運動に備えるための「治安維持法」も制定されます。これにより「国体の変革」や「私有財産の否認」等を主張する者を対象に取り締まることが合法化されました。

 

一般に、これら2つの法律制定をもって「大正デモクラシーの総決算」といわれています。「普通選挙法」に基づく実際の選挙は1928(昭和3)年より42(昭和17)年まで計6回行われます。また「治安維持法」は、1928年には“死刑”、41(昭和16)年には“予防拘禁制”が加えられ、終戦後の1945(昭和20)年10月に廃止されるまで、「激動の昭和」の象徴のように“ 猛威を振るう”ことになります。

 

「日ソ基本条約」によるソ連承認

 

1923(大正13)年、アジアの歴史の大転換となった孫文の国民党政府が広東で樹立されます。協力したのはロシアの革命政府でした。広東政府は「ソ連容共」の方針でソ連教育団を士官学校に迎え入れました。校長は蒋介石、副校長は周恩来でした。この時代の複雑な“中国事情”の始まりですが、そのいきさつなど細部はのちほど取り上げることにしましょう。

 

国内は、1925(大正14)年の加藤内閣以降、憲政会の単独内閣が32(昭和7)年に犬養毅が暗殺されるまで8年間続きますが、この間は、軍の政治介入を許さない、国際基準からみても完全なデモクラシーだったといわれます。この時代の外交は、「協調外交」(前回も紹介)を貫いた弊原喜重郎外相の主導によって行なわれます。

 

1917年に成立したソ連は、列国の干渉戦争にもかかわらずこれを打倒するのは不可能となり、まずイギリスが承認(1924年)し、列国もこれに続きました。共産主義への敵意が強く、シベリア撤兵の問題があった我が国でしたが、中国における権益を守る目的もあって、1925(大正14)年、「日ソ基本条約」を締結し、日ソ間の国交を樹立しました。

 

ちなみに、当初から共産主義の危険さを“脅威”として認識していたアメリカは、「アメリカが承認すればソ連の威信と国力が高まる」と4人の大統領が承認行為を拒否してきましたが、1933年、就任したばかりのルーズベルト大統領がソ連を承認することになります。

 

1926(大正15)年12月25日、生来健康に恵まれなかった大正天皇が47歳の若さで崩御され、「大正時代」は終わりを迎えました。

 

「大正時代」の総括

 

「大正時代」を総括しましょう。外には、「第1次世界大戦」の勝利、ロシア革命から「シベリア出兵」を経て、我が国は念願の「1等国、5大国の一員」になりましたが、アメリカの台頭もあって「日英同盟」の破棄や「ワシントン体制」を強要され、陸海軍の軍縮も進みました。
 内には、「大正デモクラシー」の興隆の中、明治時代から続いた藩閥政治が終焉して政党内閣となり、民主政治が定着したかに見えました。現職首相が暗殺されたり、わずか15年の間に内閣総理大臣が10人も数えるなど、内外情勢の難しい時代、国の“舵取り”はけっして盤石ではありませんでした。

 

「大正時代」を振り返る冒頭で、「『激動の昭和』に至る道筋を決めた大正時代」と紹介しましたように、やがて昭和に入り、内外情勢がますます厳しくなる中、軍人が台頭するなど「大正時代」の“反動”のようなものが表面化します。

 

改めて、なぜそのような“道筋”になるのだろか、この時代の為政者たちの“決断”は正しかったのか、また、「大正時代」は何を残したのだろうか、などの疑問に行き着きます。そして、歴史は、後戻りはできないものの、後々の歴史から逆算すると多くの「if」が頭をよぎってしまいます。

 

記念すべき50回目となる次回より、いよいよ「昭和」に入ります。「正しい歴史の理解」に思いを致しつつ、歴史の“繋がり”を重視ながら、内外情勢、外交政策、軍人の葛藤、国民精神、中でも「満洲事変」から「大東亜戦争」に至る“戦争の歴史”を主に「激動の昭和」に歩を進めることにしたいと思います。請うご期待!

 

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(令和元年(2019年)8月8日配信)

 

 

お知らせ

 

「メルマガ軍事情報」でエンリケさんが再三紹介された『漫画クラウゼヴィッツと戦争論』を私も読ませていただきました。陸上自衛隊の元将官、つまり軍事の専門家の“端くれ”としての立場で私も本書について少し解説したいと思います。

 

陸上自衛隊の幹部は(全員ではありませんが)、在任中に不滅の戦略論といわれる中国の古典『孫子』やクラウゼヴィッツの『戦争論』を学ぶ機会があります。
『孫子』は、漢詩調に書かれているせいもあって、わりと日本人には理解しやすいのですが、『戦争論』は、クラウゼヴィッツの理論の背景が欧州戦場であるため、なかなかイメージアップできないばかりか、理論そのものが難解で、翻訳の問題もあってか、軍事のプロの自衛官でさえ困難を極めます。

 

私の場合は、防衛大学校の学生時代を含めると3回、真剣に学んだ経験があります。当然ながら、「軍事とは何か」をまったく知らない学生時代は、「ナポレオン戦争」の戦史を学ぶ延長で『戦争論』の“さわり”を学んだ記憶がある程度です。そして自衛隊に入り、中堅幹部の3佐時代に1度、さらに1佐になりかけた頃、再度、集中して学ぶ機会がありました。

 

クラウゼヴィッツが何を言いたいかをある程度理解し、“目から鱗”を自覚したのは、3回目、つまり20年あまり、部隊や陸上幕僚監部などで指揮官や幕僚としての実務を経験した後でした。

 

さて、本書の作・画は元1佐の石原(米倉)ヒロアキ氏によるものです。石原氏は、漫画については自衛隊に入隊する前の大学時代にすでに「赤塚不二夫賞」の準入選に選ばれるほどの実力を持っておられたようです。しかし、「好きな戦争漫画を描くには軍事を知らなければならない」と自衛官を志し、定年まで全うした後、再び漫画家の道を歩まれている信念の持ち主です。

 

その経験と信念からでしょうか、単に『戦争論』を漫画で解説するだけに留まらず、軍人クラウゼヴィッツに焦点をあて、その戦歴を追体験しながら、クラウゼヴィッツが個々の理論をいかに発想したか、その背景を含めてとてもわかりやすく可視化しているところに本書の特色があります。

 

その石原氏が2年間の情熱を注いで完成した本書にはまた、随所に軍事専門家ならではの“目(切り口)”を伺い知ることができます。何度も悪戦苦闘した経験を有する私にとりましても、“新たな発見”がたくさんありました。

 

本書は、『戦争論』の研究者・翻訳者として最も定評のある清水多吉氏が監修されていることもあって、これまで『戦争論』を学んだ経験のない読者にとっては「入門書」になるでしょうし、すでに学んだ読者にとっては、背景などが可視化されていることによって、難解な理論を改めて読み解くうえで貴重な一冊になると確信いたします。しかも、漫画ですから気軽に読むことができ、内容が瞬間に“頭に焼き付く”というメリットもあります。

 

「平和」を唱えるだけで、「戦争」と聞くだけで“拒否反応”を示す多くの日本人、とくに政治家や有識者ら我が国を牽引すべきリーダーたちに「軍事」を少しでも理解していただくためにも本書がベストセラーになることを祈って止みません。一人でも多くの方にお読みいただくようお薦めします。

 

 

漫画 クラウゼヴィッツと戦争論
 石原ヒロアキ(作) 清水多吉(監修)
 並木書房
 2019年6月27日発行
 http://okigunnji.com/url/51/

 

 

 

お知らせその2

 

新元号が「令和」に決まった4月1日、『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』(桜林美佐監修/自衛隊家族会編/並木書房発行)が発売となりました。本「メルマガ軍事情報」で毎週月曜日にメルマガを発信されている、本書監修者の桜林美佐氏がすでに4月1日発刊のメルマガで紹介されましたが、私も“仕掛け人”の一人として皆様に本書を紹介しておきたいと思います。

 

 本書は、主に自衛隊員の家族によって構成される自衛隊家族会の機関紙『おやばと』に3年以上にわたって連載された「回想 自衛隊の災害派遣」をまとめたものです。ここには過去50年あまりに実施された陸海空自衛隊の主な災害派遣と、それに従事した指揮官・幕僚・隊員たち37人の証言が収められています。昭和26年のルース台風で当時の警察予備隊が初の災害派遣をして以来、自衛隊はこれまでに4万件を超える災害派遣を実施してきました。激甚災害時の人命救助や復旧支援をはじめ、離島での救急患者の輸送、不発弾処理、水難救助、医療や防疫に至るまでその活動は広範多岐にわたります。

 

しかし、 “災害派遣の「現場」で何が起きているか”について、寡黙な自衛官たちはこれまで多くを語ることはありませんでした。本書には、「阪神・淡路大震災」において、自衛官たちが不眠不休で身を賭して人命救助にあたっていた時に「神戸の街に戦闘服は似合わない」と発言されたことや、厚生省から被災者の入浴支援は「公衆衛生法に反する」と指摘されたとの証言、そして、被災地でご遺体を搬送したら、警察から「検視前に動かすと公務執行妨害になる」と言われたこととか、瓦礫の除去も私有財産を勝手に処分する問題があるなどの証言もあります。さらに、「地下鉄サリン事件」では、自ら防毒マスクを外して安全を確認した化学防護隊長の証言など、脚色も誇張もないリアルな事実が記録されています。

 

自衛隊の災害派遣は常に「被災者のために」が“合い言葉”のようになっています。桜林氏がメルマガでわざわざ取り上げてくれましたが、かくいう私も「有珠山噴火時の災害派遣」の体験談、とくに被災者の欲求は状況によって変化し、「被災者に寄り添う支援」がいかに大変かについて書かせて頂きました。

 

本書には、昭和末期の災害派遣も少し含まれていますが、ほぼ平成時代に生じた災害派遣の記録となっており、平成時代の大きな災害を振り返るための資料価値もあると考えます。すでに店頭に並んでおり、アマゾンなどで購入も可能ですので、自衛隊の災害派遣にご興味のある方は、ぜひご一読いただきますようお願い申し上げます(本書の問い合わせなどは宗像宛でお願い致します)。

 

 

『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』
桜林美佐監修/自衛隊家族会編
並木書房発行
http://okigunnji.com/url/28/

 

 



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「満州国建国と国際連盟脱退」 (令和元年(2019年)10月10日配信)です。
「二・二六事件」の背景と影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「二・二六事件」の背景と影響」 (令和元年(2019年)10月17日配信)です。
「支那事変」に至る日中情勢の変化
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」に至る日中情勢の変化」 (令和元年(2019年)10月24日配信)です。
「盧溝橋事件」から「支那事変」へ
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「盧溝橋事件」から「支那事変」へ」 (令和元年(2019年)10月31日配信)です。
「支那事変」の拡大と「南京事件」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」の拡大と「南京事件」」 (令和元年(2019年)11月7日配信)です。
「支那事変」止まず、内陸へ拡大
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」止まず、内陸へ拡大」 (令和元年(2019年)11月14日配信)です。
“歴史を動かした”ソ連の陰謀
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“歴史を動かした”ソ連の陰謀」 (令和元年(2019年)11月21日配信)です。
世界に拡散した「東亜新秩序」声明
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「世界に拡散した「東亜新秩序」声明」 (令和元年(2019年)11月28日配信)です。