「満州事変」前夜と勃発

最新作を読みたい方はこちらでご登録ください(無料)
    ↓↓↓↓
メルマガ購読・解除
 

はじめに(日本人ジャーナリスト河上清氏について)

 

 読者の皆様は、戦前から戦後、米国で活躍した日本人ジャーナリストの河上清氏(別名、K・カール・カワカミ)をご存じでしょうか。明治6年生まれの河上氏は、明治34年には同士5名とともに社会民政党を創立するも、同党が禁止されるや身の危険を感じて渡米し、以来生涯、米国に活躍した希有なジャーナリストです。

 

「河上氏は、キリスト教への傾斜から社会主義の信奉へ、米国の民主主義をたたえながら日本の国粋主義を擁護し、やがては一転して日本を敵視し、ソ連の社会主義を徹底的に非難する・・・曲折や振幅の激しさはたいへんなものである」(古森義久氏評)のように、ジャーナリストとしての河上氏の思想は、首尾一貫していなかったことは事実です。

 

「国と国とが集まって成っている国際社会では一つの国にとっての『正義』が他の国にとっては『邪悪』となる。そうした国際の場で主張を述べる言論人にとって自分の立場を明確にすることがいかにむずかしいか…河上の足跡はジャーナリストのそうしたジレンマを象徴している」と古森氏は“言論そのものが持つ固有のもろさ”に言及しています。

 

その河上氏は、「国際連盟で満州事変が取り上げたれた際に、日本の自己主張が遅遅として進まず、逆に中国の持論が思うままに展開され、連盟がそれに影響されて、軽率に中国に有利な見解を採用してしまったこと、それに米国にも日本の立場が詳しく説明されていない」ことに業を煮やし、当時の中国大陸の“事情”について米国内で解説活動を始めます。

 

それらの中国事情は、「支那事変」から1年後の1838(昭和13)年に、『シナにおける日本』としてロンドンの書店から英文で出版されました(直後にフランス語にも翻訳されます)。世界大戦の破局を回避すべく、日本の置かれた立場を世界に訴えるためにこの本を書いたものと思われます。

 

本書に出てくる具体的なデータ等は、ほぼソ連の秘密文書(北京のソ連大使館付武官の事務所から中国当局によって押収されたもの)に基づいており、ソ連による中国工作の“事実”を知る上でもとても貴重です。

 

前回の冒頭で、「(消せない)記録がある」と明言しましたが、本書はその代表のようなものです。興味のある方は是非本書(『シナ大陸の真相』〔福井雄三訳〕として平成13年に翻訳されています)をご一読下さい。なお、前述の古森義久氏は、河上氏の半生を『嵐に書く』という書籍にまとめておりますが、こちらもお薦めです。当時の米国言論界で、孤軍奮闘していた河上氏のような日本人がおられたのでした。

 

ソ連の中国支援、紅軍の破壊工作の実態

 

『シナ大陸の真相』の内容を少し紹介しましょう。これも前回触れましたが、ソ連による孫文や反日クリスチャン将軍の馮玉祥(ふうぎょくしょう)への支援の実態も、ソ連の武官が仲介して具体的な量が克明に記録されています。たとえば、孫文に対しては、6千丁のライフル、1千35万発の弾丸、野戦砲15門、1万5千発の砲弾、迫撃砲50門、5千発の砲弾、1万発の毒ガス弾など。馮玉祥に対しては、1万8千丁のライフル、1千8百万発の弾、90丁の機関銃と弾、大砲24門と2万4千発の砲弾、毒ガス弾640発、飛行機2機などです。

 

ソ連政府は、犬猿の仲の双方を同時に支援していたのでした。そして1927年秋、蒋介石と馮玉祥は湖南省で衝突、馮は完膚なきまでに打ち負かされ、山東州に逃げ込むことになります。

 

 秘密文書にはまた「中国の国家独立のために国民党を有利になるよう煽動を進めていく必要がある・・・目下の所は、共産主義の宣伝活動をしないように注意せよ。列強間における敵対関係を維持することも極めて大切である。・・・日本を孤立させておくことはとりわけ大切である」などと中国における工作や反外国活動についてもこと細かく指示していたとも残っています。

 

 ソ連の寛大な援助によって、1926年、蒋介石は揚子江流域まで前進し、漢口に国共合作政権を樹立しますが、やがて共産主義者との危険を察知し、共産党員を追い出し、南京に国民党政府を樹立します。そして農民と共産主義労働者からなる紅軍が誕生します。紅軍は行く先々恐ろしい破壊工作を繰り返しますが、本書ではその実態も克明に記載されています。

 

たとえば、江西省においては、殺された人間1万8千人、死亡した避難民210万人、焼失した家屋10万、略奪された財産6億5千万ドルなど、湖南省においては、殺された人間7万2千、焼失した家屋12万、財産の損失1億3千万ドル、河南省においては、殺された人間35万人、家を失った難民850万、焼失した家屋9万8千、略奪された財産6千万ドルなどです。

 

 このような中国情勢を特務機関(諜報・宣伝工作・反反乱作戦などを主任務とする特殊軍事組織)などによって十分ではないものの逐一情報を入手していたと思われる日本にとって、「共産主義の脅威は、単に学問的あるいは思想上の空論ではなく、不吉な現実そのものであった」(河上氏)と認識するようになります。

 

 本書は、「後世の歴史家などの後知恵とは無縁の、まさにリアルタイムの歴史的価値を持つ本」(訳者、福井雄三氏の言)にもかかわらず、その真意、中でも共産主義の非人道的な実態などは当時の欧米世界には届きませんでした。逆に、本書では、国民党政府が世界各国の報道機関に莫大な謝礼を払って、その見返りに日本軍の残虐行為を示す偽造写真を掲載してもらっている陰謀が暴露されています。この延長が、のちの「南京大虐殺」の手口につながります。

 

戦いにおいては、支那の1コ師団は日本の1コ大隊といわれるほど強い日本軍でしたが、“国際社会(特に米国)を味方につける”活動については、知恵者がおらず稚拙だったのがかえすがえすも残念です。そして今現在もそれは続いていると私は考えます。長くなりました。

 

「満州事変」前夜の国内情勢

 

「満州事変」に至る我が国の国内情勢をもう少し振り返っておきましょう。1929(昭和4)年、田中内閣の後継内閣の浜口雄幸内閣が発足し、「協調外交」論者の幣原喜重郎が2度目の外相に就任しました。幣原外相は、再び中国に対する一貫した「寛容主義」を主張し、中国側の善意と公平に期待し、将来を楽観していました。

 

幣原の政策に異を唱えたのが、当時の外務次官吉田茂その人であり、吉田は前職の奉天総領事として苦労した経験から「対満政策私見」を外務当局に提出しました。それによると「日支親善などでは問題は解決しない。対満政策を一新すべき。・・・当面の対策は機会ある毎に、先ず各地に増兵もしくは派兵を断行し・・」と主張しています。吉田茂氏の戦後のイメージからはおよそ想像できませんが、これが現実でした。

 

余談ですが、「歴史は繰り返す」というか、この「寛容主義」は、オバマ政権までのアメリカや天安門事件後の我が国の対中政策と酷似していないでしょうか。それらが見事に裏切られた結果として、現在の米中経済戦争や日中関係の軋轢が生じているのです。

 

こうして、当初は現地の関東軍や陸軍中央部の中堅層の意見だった「軍の実力をもって張学良軍を満蒙から駆逐しなければならない。外交では到底解決できない」との考えが、政府の一部を巻き込んだ形で陸軍中央部の“総意”ともいうべき雰囲気ができあがっていきました。

 

「満州事変」勃発

 

そのような満州、しかも張作霖爆破事件により行き詰まり状態にあった満州の打開のため、陸軍首脳部は、陸軍きっての鬼才・石原莞爾に求め、関東軍参謀に任命したのでした。

 

石原は、着任するや20万人を超える張学良の軍隊に対して関東軍は総数1万4千人に過ぎない現実を目のあたりにして頭をかかえたことは容易に想像できます。しかも石原の念頭には、対張学良作戦に留まらず、対ソビエト防御戦も視野にあったのでした。

 

石原は、@南満州や朝鮮を守り、支那民衆のために満州を勢力圏にするしかない、A革命直後、5カ年計画の真っ最中のソビエトの国力では到底満州へ侵攻する能力を持たない、B米国には帝国海軍に喧嘩を売る力がない、C英国と国際連盟に喧嘩を売っても何とかなる、D完璧な計画であれば、張学良軍を撃破できる、などと判断したといわれ、「関東軍満蒙領有計画」を立案しました。

 

その細部に触れる紙面の余裕はありませんが、有名な「世界最終戦論」者の石原は、この時点でアメリカとの決定的対立、ひいては戦争に至るとの認識を持っていたことは付記しておきましょう。

 

張学良政権による日本権益の侵害に直面していた満州の在留邦人たちは、日本政府の弱腰をなじっていましたが、石原らは精力的に説得し、これら在留邦人も味方につけました。蛇足ながら、在留邦人の中には、指揮者・小澤征爾氏の父君もおられました。征爾の征は、板垣征四郎の征、爾は石原莞爾の爾から頂いたといわれます。

 

1931(昭和6)年9月18日午後10時過ぎ、奉天市近くの柳条湖付近で線路の爆破事件が起こり、近くで演習中であった関東軍独立守備隊第2大隊第3中隊約600人は、その爆裂音と共に、1万5千人近い軍勢がいた張学良軍の北大営に進軍を開始します。有名な「柳条湖事件」です。こうして「満州事変」が勃発します。

 

翌19日零時直前、奉天から旅順の関東軍司令部に第1報が届き、幕僚たちが召集されて寝間着や和服姿のまま集合しましたが、石原莞爾ただ1人、軍服を着ていたといわれます(その光景が目に浮かぶようです)。

 

本庄繁関東軍司令官の表情は沈痛でした。司令官の頭の中には、@何十分の一の劣勢にあって張学良軍を駆逐できるか、Aたとえ撃退したとしても蒋介石がそれを座視するか、Bさらにソビエトは、日本が満州を占領することを黙認するか、があったのでした。

 

しかし、石原の考え抜き、自信に満ちた、気力溢れる面持ちをみて、なおかつ後戻りできない情勢に鑑み、眼前の石原を信用することにして「本職の責任においてやろう」と決断したのでした。司令官の決断を受け、石原は計画どおり、“メモ1つ見ずに”関東軍隷下の各部隊に素早く命令を発したといわれます。

 

当日正午頃、司令官以下幕僚達が臨時列車で奉天に到着しますが、戦況はめざましいものでありました。奉天はすでに張学良軍が武器弾薬、戦車などを残したまま撤退しており、奉天の守備隊もすべて制圧していたのです。

 

当時、張学良軍の主力約11万人の兵は、長城線以南にあって、共産党包囲掃討作戦を最優先に全力集中するとの蒋介石の方針のもと、張学良は、日本軍に対して不抵抗および撤退を命じていたともいわれます。この方針まで石原の念頭にあったかどうか不明ですが、“戦機が我に有利に働いた”ことは明らかでした。

 

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(令和元年(2019年)9月19日配信)

 

 

お知らせ

 

「メルマガ軍事情報」でエンリケさんが再三紹介された『漫画クラウゼヴィッツと戦争論』を私も読ませていただきました。陸上自衛隊の元将官、つまり軍事の専門家の“端くれ”としての立場で私も本書について少し解説したいと思います。

 

陸上自衛隊の幹部は(全員ではありませんが)、在任中に不滅の戦略論といわれる中国の古典『孫子』やクラウゼヴィッツの『戦争論』を学ぶ機会があります。
『孫子』は、漢詩調に書かれているせいもあって、わりと日本人には理解しやすいのですが、『戦争論』は、クラウゼヴィッツの理論の背景が欧州戦場であるため、なかなかイメージアップできないばかりか、理論そのものが難解で、翻訳の問題もあってか、軍事のプロの自衛官でさえ困難を極めます。

 

私の場合は、防衛大学校の学生時代を含めると3回、真剣に学んだ経験があります。当然ながら、「軍事とは何か」をまったく知らない学生時代は、「ナポレオン戦争」の戦史を学ぶ延長で『戦争論』の“さわり”を学んだ記憶がある程度です。そして自衛隊に入り、中堅幹部の3佐時代に1度、さらに1佐になりかけた頃、再度、集中して学ぶ機会がありました。

 

クラウゼヴィッツが何を言いたいかをある程度理解し、“目から鱗”を自覚したのは、3回目、つまり20年あまり、部隊や陸上幕僚監部などで指揮官や幕僚としての実務を経験した後でした。

 

さて、本書の作・画は元1佐の石原(米倉)ヒロアキ氏によるものです。石原氏は、漫画については自衛隊に入隊する前の大学時代にすでに「赤塚不二夫賞」の準入選に選ばれるほどの実力を持っておられたようです。しかし、「好きな戦争漫画を描くには軍事を知らなければならない」と自衛官を志し、定年まで全うした後、再び漫画家の道を歩まれている信念の持ち主です。

 

その経験と信念からでしょうか、単に『戦争論』を漫画で解説するだけに留まらず、軍人クラウゼヴィッツに焦点をあて、その戦歴を追体験しながら、クラウゼヴィッツが個々の理論をいかに発想したか、その背景を含めてとてもわかりやすく可視化しているところに本書の特色があります。

 

その石原氏が2年間の情熱を注いで完成した本書にはまた、随所に軍事専門家ならではの“目(切り口)”を伺い知ることができます。何度も悪戦苦闘した経験を有する私にとりましても、“新たな発見”がたくさんありました。

 

本書は、『戦争論』の研究者・翻訳者として最も定評のある清水多吉氏が監修されていることもあって、これまで『戦争論』を学んだ経験のない読者にとっては「入門書」になるでしょうし、すでに学んだ読者にとっては、背景などが可視化されていることによって、難解な理論を改めて読み解くうえで貴重な一冊になると確信いたします。しかも、漫画ですから気軽に読むことができ、内容が瞬間に“頭に焼き付く”というメリットもあります。

 

「平和」を唱えるだけで、「戦争」と聞くだけで“拒否反応”を示す多くの日本人、とくに政治家や有識者ら我が国を牽引すべきリーダーたちに「軍事」を少しでも理解していただくためにも本書がベストセラーになることを祈って止みません。一人でも多くの方にお読みいただくようお薦めします。

 

 

漫画 クラウゼヴィッツと戦争論
 石原ヒロアキ(作) 清水多吉(監修)
 並木書房
 2019年6月27日発行
 http://okigunnji.com/url/51/

 

 

 

お知らせその2

 

新元号が「令和」に決まった4月1日、『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』(桜林美佐監修/自衛隊家族会編/並木書房発行)が発売となりました。本「メルマガ軍事情報」で毎週月曜日にメルマガを発信されている、本書監修者の桜林美佐氏がすでに4月1日発刊のメルマガで紹介されましたが、私も“仕掛け人”の一人として皆様に本書を紹介しておきたいと思います。

 

 本書は、主に自衛隊員の家族によって構成される自衛隊家族会の機関紙『おやばと』に3年以上にわたって連載された「回想 自衛隊の災害派遣」をまとめたものです。ここには過去50年あまりに実施された陸海空自衛隊の主な災害派遣と、それに従事した指揮官・幕僚・隊員たち37人の証言が収められています。昭和26年のルース台風で当時の警察予備隊が初の災害派遣をして以来、自衛隊はこれまでに4万件を超える災害派遣を実施してきました。激甚災害時の人命救助や復旧支援をはじめ、離島での救急患者の輸送、不発弾処理、水難救助、医療や防疫に至るまでその活動は広範多岐にわたります。

 

しかし、 “災害派遣の「現場」で何が起きているか”について、寡黙な自衛官たちはこれまで多くを語ることはありませんでした。本書には、「阪神・淡路大震災」において、自衛官たちが不眠不休で身を賭して人命救助にあたっていた時に「神戸の街に戦闘服は似合わない」と発言されたことや、厚生省から被災者の入浴支援は「公衆衛生法に反する」と指摘されたとの証言、そして、被災地でご遺体を搬送したら、警察から「検視前に動かすと公務執行妨害になる」と言われたこととか、瓦礫の除去も私有財産を勝手に処分する問題があるなどの証言もあります。さらに、「地下鉄サリン事件」では、自ら防毒マスクを外して安全を確認した化学防護隊長の証言など、脚色も誇張もないリアルな事実が記録されています。

 

自衛隊の災害派遣は常に「被災者のために」が“合い言葉”のようになっています。桜林氏がメルマガでわざわざ取り上げてくれましたが、かくいう私も「有珠山噴火時の災害派遣」の体験談、とくに被災者の欲求は状況によって変化し、「被災者に寄り添う支援」がいかに大変かについて書かせて頂きました。

 

本書には、昭和末期の災害派遣も少し含まれていますが、ほぼ平成時代に生じた災害派遣の記録となっており、平成時代の大きな災害を振り返るための資料価値もあると考えます。すでに店頭に並んでおり、アマゾンなどで購入も可能ですので、自衛隊の災害派遣にご興味のある方は、ぜひご一読いただきますようお願い申し上げます(本書の問い合わせなどは宗像宛でお願い致します)。

 

 

『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』
桜林美佐監修/自衛隊家族会編
並木書房発行
http://okigunnji.com/url/28/

 

 



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


最新作を読みたい方はこちらで登録ください(無料)
      ↓↓↓↓
メルマガ購読・解除
 


サイト内検索は、こちらからどうぞ




お問い合わせは、こちらからどうぞ

↓↓↓↓

関連ページ

日本史と世界史に“横串”を入れる
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 日本史と世界史に“横串”を入れる──我が国の歴史を振り返る(創刊準備号) (2018年(平成30年)8月23日配信)です。
日本および日本人の4つの特色
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 日本および日本人の4つの特色──我が国の歴史を振り返る(1) (2018年(平成30年)8月30日配信)です。
「大航海時代」:欧州人と初めての関わり(1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「大航海時代」:欧州人と初めての関わり(1)──我が国の歴史を振り返る(2) (2018年(平成30年)9月6日配信)です。
「大航海時代」:欧州人と初めての関わり(2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「大航海時代」:欧州人と初めての関わり(2)──我が国の歴史を振り返る(3) (2018年(平成30年)9月13日配信)です。
信長・秀吉時代の外交と防衛を考える(1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「信長・秀吉時代の外交と防衛を考える(1)──我が国の歴史を振り返る(4) (2018年(平成30年)9月20日配信)です。
信長・秀吉時代の外交と防衛を考える(2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「信長・秀吉時代の外交と防衛を考える(2)──我が国の歴史を振り返る(5) (2018年(平成30年)9月27日配信)です。
江戸時代初期の外交・防衛を考える(1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸時代初期の外交・防衛を考える(1)──我が国の歴史を振り返る(6) (2018年(平成30年)10月4日配信)です。
江戸時代初期の外交・防衛を考える(2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸時代初期の外交・防衛を考える(2)──我が国の歴史を振り返る(7) (2018年(平成30年)10月11日配信)です。
「治安維持」のための江戸時代の諸制度
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「治安維持」のための江戸時代の諸制度──我が国の歴史を振り返る(8) (2018年(平成30年)10月18日配信)です。
長く続いた“太平の世”
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「長く続いた“太平の世”──我が国の歴史を振り返る(9) (2018年(平成30年)10月25日配信)です。
欧州諸国の「大変革」(前段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「欧州諸国の「大変革」(前段)──我が国の歴史を振り返る(10) (2018年(平成30年)11月1日配信)です。
欧州諸国の「大変革」(後段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「欧州諸国の「大変革」(後段)──我が国の歴史を振り返る(11) (2018年(平成30年)11月8日配信)です。
江戸中期以降の我が国周辺情勢と混乱(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸中期以降の我が国周辺情勢と混乱(その1)」 ──我が国の歴史を振り返る(12) (2018年(平成30年)11月15日配信)です。
江戸中期以降の我が国周辺情勢と混乱(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸中期以降の我が国周辺情勢と混乱(その2)」 ──我が国の歴史を振り返る(13) (2018年(平成30年)11月22日配信)です。
「ペリー来航」と開国(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「ペリー来航」と開国(その1)」 ──我が国の歴史を振り返る(14) (2018年(平成30年)11月29日配信)です。
「ペリー来航」と開国(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「ペリー来航」と開国(その2)」 ──我が国の歴史を振り返る(15) (2018年(平成30年)12月6日配信)です。
江戸幕府の滅亡(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸幕府の滅亡(その1) (2018年(平成30年)12月13日配信)です。
江戸幕府の滅亡(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸幕府の滅亡(その2) (2018年(平成30年)12月20日配信)です。
江戸幕府の滅亡(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸幕府の滅亡(その3) (2018年(平成30年)12月27日配信)です。
「明治維新」と諸外国の関わり
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」と諸外国の関わり (2019年(平成31年)1月10日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その1)  (2019年(平成31年)1月17日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その2)  (2019年(平成31年)1月24日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その3)  (2019年(平成31年)1月31日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その4)  (2019年(平成31年)2月7日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その5)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その5)  (2019年(平成31年)2月14日配信)です。
明治時代の「国民精神」を育てたもの
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「明治時代の「国民精神」を育てたもの  (2019年(平成31年)2月21日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その1)」  (2019年(平成31年)2月28日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その2)」  (2019年(平成31年)3月7日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その3)」  (2019年(平成31年)3月14日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その4)」  (2019年(平成31年)3月21日配信)です。
“アジアを変えた”「日清戦争」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「“アジアを変えた”「日清戦争」」  (2019年(平成31年)3月28日配信)です。
世界を驚かせた「日英同盟」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「世界を驚かせた「日英同盟」」  (2019年(平成31年)4月4日配信)です。
「日露戦争」開戦までの情勢(前段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」開戦までの情勢(前段)」  (2019年(平成31年)4月11日配信)です。
「日露戦争」開戦までの情勢(後段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」開戦までの情勢(後段)」  (2019年(平成31年)4月18日配信)です。
日露の「戦力」と「作戦計画」比較
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「日露の「戦力」と「作戦計画」比較」  (2019年(平成31年)4月25日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その1)」  (2019年(令和元年)5月2日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その2)」  (2019年(令和元年)5月9日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その3)」  (令和元年(2019年)5月16日配信)です。
“新たな時代の幕開け”となった「講和条約」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「“新たな時代の幕開け”となった「講和条約」 」  (令和元年(2019年)5月23日配信)です。
陸・海軍対立のはじまり
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「陸・海軍対立のはじまり」  (令和元年(2019年)5月30日配信)です。
20世紀を迎え、様変わりした国際社会
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「20世紀を迎え、様変わりした国際社会」  (令和元年(2019年)6月6日配信)です。
揺れ動く内外情勢の中の「明治時代」の終焉
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「揺れ動く内外情勢の中の「明治時代」の終焉」  (令和元年(2019年)6月13日配信)です。
「激動の昭和」に至る“道筋”を決めた「大正時代」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「激動の昭和」に至る“道筋”を決めた「大正時代」」  (令和元年(2019年)6月20日配信)です。
第1次世界大戦と日本
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 第1次世界大戦と日本」 (令和元年(2019年)6月27日配信)です。
「ロシア革命」と「シベリア出兵」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「ロシア革命」と「シベリア出兵」 (令和元年(2019年)7月4日配信)です。
第1次世界大戦と日本ー相次ぐ派兵要請ー
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「第1次世界大戦と日本ー相次ぐ派兵要請ー」 (令和元年(2019年)7月11日配信)です。
「第1次世界大戦」の終焉と「ヴェルサイユ条約」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「第1次世界大戦」の終焉と「ヴェルサイユ条約」」 (令和元年(2019年)7月18日配信)です。
「第1次世界大戦」の歴史的意義
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「第1次世界大戦」の歴史的意義」 (令和元年(2019年)7月25日配信)です。
“歴史的岐路”となった「ワシントン会議」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“歴史的岐路”となった「ワシントン会議」」 (令和元年(2019年)8月1日配信)です。
「大正時代」が“残したもの”
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大正時代」が“残したもの”」 (令和元年(2019年)8月8日配信)です。
“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(前段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(前段)」 (令和元年(2019年)8月15日配信)です。
“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(後段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(後段)」 (令和元年(2019年)8月22日配信)です。
第2次世界大戦を引き起こしたアメリカ発の「世界恐慌」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「第2次世界大戦を引き起こしたアメリカ発の「世界恐慌」」 (令和元年(2019年)8月29日配信)です。
「満州事変」の背景と影響@―日本と満州の関係―
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」の背景と影響@―日本と満州の関係―」 (令和元年(2019年)9月5日配信)です。
当時の中国大陸で何が起きていたか?
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「当時の中国大陸で何が起きていたか?」 (令和元年(2019年)9月12日配信)です。
昭和陸軍の台頭
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「昭和陸軍の台頭」 (令和元年(2019年)9月26日配信)です。