「満州事変」の拡大と国民の支持

最新作を読みたい方はこちらでご登録ください(無料)
    ↓↓↓↓
メルマガ購読・解除
 

──────────────────────────────―

はじめに(香港デモが意味するもの)

 

 本メルマガでは、これまで朝鮮半島情勢については何度か取り上げましたが、香港デモについては触れることがありませんでした。中国建国70周年に合わせて、またもや大々的なデモや集会が開かれ、警官が実弾を発砲する事態にまで発展したこの機会にこの話題を取り上げてみましょう。

 

 今さら香港の歴史的な経緯を振り返る必要はないとは考えますが、香港は、我が国の明治維新の原因となった「アヘン戦争」(1840〜42年)で当時の清が英国に敗北した結果、英国に割譲されました。そして1984年、「中英連合声明」が発表され、1997年に「返還後50年間、つまり2047年までは民主主義体制を維持する」との約束の元に中国に返還され、有名な「1国2制度」という言葉が生まれました(大東亜戦争の際に、日本が香港を攻略し、3年8か月にわたり統治しますが、それについてはいずれメルマガ本文で触れましょう)。

 

 デモの発端は、“中国本土への容疑者引き渡しを可能”とする「逃亡犯条例」改正に対する反発にありますが、この改正には北京政府の焦りと強い圧力があったことは間違いないでしょう。

 

北京政府が本条例の改正を譲れない理由について、9月25日付の「Newsweek」の記事は次のように分析しています。現在、香港の最高裁判所の裁判官17人のうち15人が外国籍で、「裁判官は民主運動を叫ぶ側に立っている」との不満が香港の親中派や北京政府にあるのだそうです。裁判官の外国籍は、香港返還の調整の結果、香港の憲法のともいうべき「香港特別行政区基本法」でも認められています。よって、香港では“中国寄り”の裁判が期待できないことから、いま以上の民主主義の定着を恐れた北京政府が容疑者の本土引き渡しを要求しているというのです。

 

9月4日、長い苦悩の後、香港政府トップの林行政長官は改正案を撤回しましたが、デモは終息せず、デモ側は、条例改正の完全撤回、暴動認定の撤回、デモ参加者の釈放、当局(警察側)の暴力の独立調査、普通選挙の実現の「5大要求」を掲げ、「これからも戦い続ける」として今日に至っております。最近、林長官も市民との対話を推し進めていますが、功を奏しているとは言えないようです。

 

その背景に、2014年、駐英中国大使が「1984年の声明は今や無効だ」と発言したことなどもあって、このたびの改正を認めれば、2047年まで待つことなく、明日にでも「1国2制度」が崩壊する、つまり、香港が中国化されてしまうことに対する香港人の強い警戒心と危機意識があることは明白です。

 

米ソ間の東西冷戦が終結した時、米国の有識者たちはこぞって「歴史は終わった」とか「これからは文明の戦い」などと分析していました。当時、「東アジアにはまだイデオロギーの対立も領土をめぐる争いも残っている」と認識していた私などは、「米国の有識者たちは何を勘違いしているのだろう」と疑問を持ったものでした。知る限りにおいて、「冷戦における西側の勝利はアジア・太平洋には当てはまらない」と鋭く指摘していたのは『新しい中世』を記した東京大学助教授(当時)の田中明彦氏だけだったと記憶しています。

 

現在も、民主主義対共産主義の“人類の未来の選択”をかけた争いは続いていると認識する必要があります。米国は、9月25日、超党派による「香港人権法案」を可決させ、中国に圧力をかけていることに対して、中国は「内政干渉!」と反発しています。言葉を替えれば、香港デモは、民主主義の代表たる米国と共産主義の代表たる中国の「代理戦争」的様相を呈していると考えます。

 

「香港革命」との見方もありますが、上記のような背景もあり、簡単には決着つかないと覚悟しなければならないのではないでしょうか。

 

 すでに述べましたように、思い起こせば、共産主義の巧みな戦略に我が国が直面するのは、まさに「満州事変」の頃からでしたが、そのようなしたたかさは当時も今もこれからも変わらないでしょう。“中国の次の一手”を警戒する必要があると考えます。

 

事変の拡大―溥儀擁立と錦州入城

 

さて、「満州事変」3日後の1931(昭和6)年9月21日、中華民国は国際連盟に提訴しますが、我が国は「自衛のため」と主張して国際連盟の介入を批判、「日中両国の直接交渉で解決すべき」と主張しました。この時点では、国際連盟理事会は日本に宥和的で中華民国に冷淡だったのでした。

 

しかし、10月以降の事態拡大によってその態度が変化していきます。そのきっかけは、アメリカのスティムソン国務長官が幣原外務大臣に“戦線不拡大”を要求したことに端を発します。これを受けた幣原は、金谷陸軍参謀総長に「戦線を奉天で止めるべき」と伝え、参謀総長もそれを承認しました。

 

幣原は「錦州(現在の遼寧省西部)までは進出しない」旨の意志決定をスティムソン国務長官に伝え、その内容が、即、国務長官談話として世間に発表されました。

 

だが実際には、参謀総長の抑制命令が届く前日に、関東軍は錦州攻撃を開始してしまいます。スティムソンはこれに激怒します。加えて、幣原の「協調外交」はその決定を踏みにじられ、国内外に指導力欠如を露呈して大きなダメージを受けることになります。

 

こうして、10月8日、奉天を放棄した張学良の拠点・錦州を関東軍の爆撃機12機が空襲し(錦州爆撃)、関東軍は「張学良は錦州に多数の兵力を集結させており、放置すれば日本の権益が侵害される恐れが強い」と公式発表します。

 

清朝最後の皇帝・溥儀擁立

 

また関東軍は、国際世論の批判を避け、陸軍中央からの支持を得るために、満洲全土の領土化ではなく、清朝最後の皇帝・溥儀を立てて満州国の樹立へと早々に方針を転換しました。

 

特務機関は溥儀に日本軍に協力するよう説得にかかります。溥儀は、辛亥革命後に退位を余儀なくされましたが、紫禁城で暮らすことは認められていました。しかし、国民政府内部のクーデターが発生した折に自発的に日本公使館に保護を求めたのでした。

 

溥儀は、満洲民族の国家である清朝の復興を条件に新国家の皇帝となることに同意して、自分の意志で旅順に向かいます(この付近のいきさつは、溥儀の英国人家庭教師・ジョンストン著の『紫禁城の黄昏(たそがれ)』に克明に記されています)。

 

11月中旬以降、日本軍はチチハルを占領して錦州に迫りました。犬養毅首相が張学良に錦州からの撤兵を要請し、張学良が了承したこともあって、翌年1月3日、日本軍は錦州に入城します。

 

一方、民政党の若槻内閣は、関東軍の北満進出と錦州攻略、さらに満洲国建国工作にも反対しますが、財閥とつるんだ内相の反乱のような格好で総辞職し、“最後の政党内閣”となる政友会総裁の犬養毅内閣が誕生します。

 

「満州事変」への国民の支持

 

「満州事変」前夜までは“軍批判の急先鋒”に立っていた各新聞は大旋回します。「朝日」は事変後4か月あまりの間に号外を131回の発行し、「満州に独立国が生まれ出ることについて歓迎こそすれ、反対すべき理由はない」と支持します。「毎日」も「関東軍の行為に満腔の謝意」「強硬あるのみ」「守れ満蒙、帝国の生命線」などとはやし立てました。

 

背景に、幣原外相が目指した「協調外交」が当時の国際社会の政治的・軍事的・経済的文脈から非現実的だったことに加え、国内の経済的疲弊や米国の排日移民政策があったとはいえ、戦争とマスメディアによる大々的報道という最大の「劇場型政治」が展開され、世論は急速に関東軍の支持に傾きました。

 

戦後、立つ位置を大転換し、戦争に加担した責任や反省の“そぶり”すら見せないマスメディアですが、これが現実だったのです。

 

本メルマガの最後に総括しようと考えていますが、明治時代、福沢諭吉や新渡戸稲造がさかんに「武士道」のような日本精神の涵養をめざすことを説きましたが、実際には欧米思想にかなり毒されました。夏目漱石は、明治人のこの浮ついた精神を“上滑り”“虚偽”“軽薄”と批判しましたが、その精神は大正・昭和時代へ連綿と続いていたのです。

 

それどころか、数学者の藤原正彦氏は、「“一貫性がなく、時代によって流される”精神は、今でも日本人の伝統的な精神として続いている」と分析しています。

 

このように、マスコミが煽動して国民の“浮ついた精神”をあおるような格好のポピュリズムは戦前から存在しました。狂気を逸した旧軍の行動を肯定するつもりは毛頭ないですが、さりとて、戦争という「国の大事」に至った我が国の歴史を「軍人の暴走のせい」と決めつけるのは、少なからず違和感を持ちます。

 

なぜならば、今の自衛隊も旧軍も彼らを行動させる最大のエネルギー(栄養源)は「国民の支持」だからです。これは軍人の本質ともいうべきものと考えます。

 

だからこそ、国益につながるとの「大義」(自己評価)に国民の支持という「正義感」が加われば、軍人たちはさらなる「使命感」を自ら培養するのです。それこそが「満州事変」から「支那事変」そして「大東亜戦争」へと突き進んでいった最大の要因ではないかと私は思います。

 

「歴史にif」ですが、「満州事変反対!」とマスメディアが連呼し、国民が軍(特に関東軍)にそっぽを向いていたら日本の歴史は変わっていたのではないか、とまたしても後付けながら考えています。当時、軍の行動に反対を唱えた若槻内閣を葬った主要因は、軍人の横暴ではなく、“浮ついた”国民の精神だったのではないでしょうか。そして、今にして“史実”を振り返ると、そのように仕向けられた一面があったことも事実でした。次回以降、それらの細部を紐解いてみたいと思います。

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(令和元年(2019年)10月3日配信)

 

 

お知らせ

 

「メルマガ軍事情報」でエンリケさんが再三紹介された『漫画クラウゼヴィッツと戦争論』を私も読ませていただきました。陸上自衛隊の元将官、つまり軍事の専門家の“端くれ”としての立場で私も本書について少し解説したいと思います。

 

陸上自衛隊の幹部は(全員ではありませんが)、在任中に不滅の戦略論といわれる中国の古典『孫子』やクラウゼヴィッツの『戦争論』を学ぶ機会があります。
『孫子』は、漢詩調に書かれているせいもあって、わりと日本人には理解しやすいのですが、『戦争論』は、クラウゼヴィッツの理論の背景が欧州戦場であるため、なかなかイメージアップできないばかりか、理論そのものが難解で、翻訳の問題もあってか、軍事のプロの自衛官でさえ困難を極めます。

 

私の場合は、防衛大学校の学生時代を含めると3回、真剣に学んだ経験があります。当然ながら、「軍事とは何か」をまったく知らない学生時代は、「ナポレオン戦争」の戦史を学ぶ延長で『戦争論』の“さわり”を学んだ記憶がある程度です。そして自衛隊に入り、中堅幹部の3佐時代に1度、さらに1佐になりかけた頃、再度、集中して学ぶ機会がありました。

 

クラウゼヴィッツが何を言いたいかをある程度理解し、“目から鱗”を自覚したのは、3回目、つまり20年あまり、部隊や陸上幕僚監部などで指揮官や幕僚としての実務を経験した後でした。

 

さて、本書の作・画は元1佐の石原(米倉)ヒロアキ氏によるものです。石原氏は、漫画については自衛隊に入隊する前の大学時代にすでに「赤塚不二夫賞」の準入選に選ばれるほどの実力を持っておられたようです。しかし、「好きな戦争漫画を描くには軍事を知らなければならない」と自衛官を志し、定年まで全うした後、再び漫画家の道を歩まれている信念の持ち主です。

 

その経験と信念からでしょうか、単に『戦争論』を漫画で解説するだけに留まらず、軍人クラウゼヴィッツに焦点をあて、その戦歴を追体験しながら、クラウゼヴィッツが個々の理論をいかに発想したか、その背景を含めてとてもわかりやすく可視化しているところに本書の特色があります。

 

その石原氏が2年間の情熱を注いで完成した本書にはまた、随所に軍事専門家ならではの“目(切り口)”を伺い知ることができます。何度も悪戦苦闘した経験を有する私にとりましても、“新たな発見”がたくさんありました。

 

本書は、『戦争論』の研究者・翻訳者として最も定評のある清水多吉氏が監修されていることもあって、これまで『戦争論』を学んだ経験のない読者にとっては「入門書」になるでしょうし、すでに学んだ読者にとっては、背景などが可視化されていることによって、難解な理論を改めて読み解くうえで貴重な一冊になると確信いたします。しかも、漫画ですから気軽に読むことができ、内容が瞬間に“頭に焼き付く”というメリットもあります。

 

「平和」を唱えるだけで、「戦争」と聞くだけで“拒否反応”を示す多くの日本人、とくに政治家や有識者ら我が国を牽引すべきリーダーたちに「軍事」を少しでも理解していただくためにも本書がベストセラーになることを祈って止みません。一人でも多くの方にお読みいただくようお薦めします。

 

 

漫画 クラウゼヴィッツと戦争論
 石原ヒロアキ(作) 清水多吉(監修)
 並木書房
 2019年6月27日発行
 http://okigunnji.com/url/51/

 

 

 

お知らせその2

 

新元号が「令和」に決まった4月1日、『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』(桜林美佐監修/自衛隊家族会編/並木書房発行)が発売となりました。本「メルマガ軍事情報」で毎週月曜日にメルマガを発信されている、本書監修者の桜林美佐氏がすでに4月1日発刊のメルマガで紹介されましたが、私も“仕掛け人”の一人として皆様に本書を紹介しておきたいと思います。

 

 本書は、主に自衛隊員の家族によって構成される自衛隊家族会の機関紙『おやばと』に3年以上にわたって連載された「回想 自衛隊の災害派遣」をまとめたものです。ここには過去50年あまりに実施された陸海空自衛隊の主な災害派遣と、それに従事した指揮官・幕僚・隊員たち37人の証言が収められています。昭和26年のルース台風で当時の警察予備隊が初の災害派遣をして以来、自衛隊はこれまでに4万件を超える災害派遣を実施してきました。激甚災害時の人命救助や復旧支援をはじめ、離島での救急患者の輸送、不発弾処理、水難救助、医療や防疫に至るまでその活動は広範多岐にわたります。

 

しかし、 “災害派遣の「現場」で何が起きているか”について、寡黙な自衛官たちはこれまで多くを語ることはありませんでした。本書には、「阪神・淡路大震災」において、自衛官たちが不眠不休で身を賭して人命救助にあたっていた時に「神戸の街に戦闘服は似合わない」と発言されたことや、厚生省から被災者の入浴支援は「公衆衛生法に反する」と指摘されたとの証言、そして、被災地でご遺体を搬送したら、警察から「検視前に動かすと公務執行妨害になる」と言われたこととか、瓦礫の除去も私有財産を勝手に処分する問題があるなどの証言もあります。さらに、「地下鉄サリン事件」では、自ら防毒マスクを外して安全を確認した化学防護隊長の証言など、脚色も誇張もないリアルな事実が記録されています。

 

自衛隊の災害派遣は常に「被災者のために」が“合い言葉”のようになっています。桜林氏がメルマガでわざわざ取り上げてくれましたが、かくいう私も「有珠山噴火時の災害派遣」の体験談、とくに被災者の欲求は状況によって変化し、「被災者に寄り添う支援」がいかに大変かについて書かせて頂きました。

 

本書には、昭和末期の災害派遣も少し含まれていますが、ほぼ平成時代に生じた災害派遣の記録となっており、平成時代の大きな災害を振り返るための資料価値もあると考えます。すでに店頭に並んでおり、アマゾンなどで購入も可能ですので、自衛隊の災害派遣にご興味のある方は、ぜひご一読いただきますようお願い申し上げます(本書の問い合わせなどは宗像宛でお願い致します)。

 

 

『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』
桜林美佐監修/自衛隊家族会編
並木書房発行
http://okigunnji.com/url/28/

 

 



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


最新作を読みたい方はこちらで登録ください(無料)
      ↓↓↓↓
メルマガ購読・解除
 


サイト内検索は、こちらからどうぞ




お問い合わせは、こちらからどうぞ

↓↓↓↓

関連ページ

日本史と世界史に“横串”を入れる
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 日本史と世界史に“横串”を入れる──我が国の歴史を振り返る(創刊準備号) (2018年(平成30年)8月23日配信)です。
日本および日本人の4つの特色
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 日本および日本人の4つの特色──我が国の歴史を振り返る(1) (2018年(平成30年)8月30日配信)です。
「大航海時代」:欧州人と初めての関わり(1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「大航海時代」:欧州人と初めての関わり(1)──我が国の歴史を振り返る(2) (2018年(平成30年)9月6日配信)です。
「大航海時代」:欧州人と初めての関わり(2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「大航海時代」:欧州人と初めての関わり(2)──我が国の歴史を振り返る(3) (2018年(平成30年)9月13日配信)です。
信長・秀吉時代の外交と防衛を考える(1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「信長・秀吉時代の外交と防衛を考える(1)──我が国の歴史を振り返る(4) (2018年(平成30年)9月20日配信)です。
信長・秀吉時代の外交と防衛を考える(2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「信長・秀吉時代の外交と防衛を考える(2)──我が国の歴史を振り返る(5) (2018年(平成30年)9月27日配信)です。
江戸時代初期の外交・防衛を考える(1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸時代初期の外交・防衛を考える(1)──我が国の歴史を振り返る(6) (2018年(平成30年)10月4日配信)です。
江戸時代初期の外交・防衛を考える(2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸時代初期の外交・防衛を考える(2)──我が国の歴史を振り返る(7) (2018年(平成30年)10月11日配信)です。
「治安維持」のための江戸時代の諸制度
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「治安維持」のための江戸時代の諸制度──我が国の歴史を振り返る(8) (2018年(平成30年)10月18日配信)です。
長く続いた“太平の世”
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「長く続いた“太平の世”──我が国の歴史を振り返る(9) (2018年(平成30年)10月25日配信)です。
欧州諸国の「大変革」(前段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「欧州諸国の「大変革」(前段)──我が国の歴史を振り返る(10) (2018年(平成30年)11月1日配信)です。
欧州諸国の「大変革」(後段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「欧州諸国の「大変革」(後段)──我が国の歴史を振り返る(11) (2018年(平成30年)11月8日配信)です。
江戸中期以降の我が国周辺情勢と混乱(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸中期以降の我が国周辺情勢と混乱(その1)」 ──我が国の歴史を振り返る(12) (2018年(平成30年)11月15日配信)です。
江戸中期以降の我が国周辺情勢と混乱(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸中期以降の我が国周辺情勢と混乱(その2)」 ──我が国の歴史を振り返る(13) (2018年(平成30年)11月22日配信)です。
「ペリー来航」と開国(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「ペリー来航」と開国(その1)」 ──我が国の歴史を振り返る(14) (2018年(平成30年)11月29日配信)です。
「ペリー来航」と開国(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「ペリー来航」と開国(その2)」 ──我が国の歴史を振り返る(15) (2018年(平成30年)12月6日配信)です。
江戸幕府の滅亡(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸幕府の滅亡(その1) (2018年(平成30年)12月13日配信)です。
江戸幕府の滅亡(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸幕府の滅亡(その2) (2018年(平成30年)12月20日配信)です。
江戸幕府の滅亡(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸幕府の滅亡(その3) (2018年(平成30年)12月27日配信)です。
「明治維新」と諸外国の関わり
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」と諸外国の関わり (2019年(平成31年)1月10日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その1)  (2019年(平成31年)1月17日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その2)  (2019年(平成31年)1月24日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その3)  (2019年(平成31年)1月31日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その4)  (2019年(平成31年)2月7日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その5)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その5)  (2019年(平成31年)2月14日配信)です。
明治時代の「国民精神」を育てたもの
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「明治時代の「国民精神」を育てたもの  (2019年(平成31年)2月21日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その1)」  (2019年(平成31年)2月28日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その2)」  (2019年(平成31年)3月7日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その3)」  (2019年(平成31年)3月14日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その4)」  (2019年(平成31年)3月21日配信)です。
“アジアを変えた”「日清戦争」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「“アジアを変えた”「日清戦争」」  (2019年(平成31年)3月28日配信)です。
世界を驚かせた「日英同盟」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「世界を驚かせた「日英同盟」」  (2019年(平成31年)4月4日配信)です。
「日露戦争」開戦までの情勢(前段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」開戦までの情勢(前段)」  (2019年(平成31年)4月11日配信)です。
「日露戦争」開戦までの情勢(後段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」開戦までの情勢(後段)」  (2019年(平成31年)4月18日配信)です。
日露の「戦力」と「作戦計画」比較
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「日露の「戦力」と「作戦計画」比較」  (2019年(平成31年)4月25日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その1)」  (2019年(令和元年)5月2日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その2)」  (2019年(令和元年)5月9日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その3)」  (令和元年(2019年)5月16日配信)です。
“新たな時代の幕開け”となった「講和条約」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「“新たな時代の幕開け”となった「講和条約」 」  (令和元年(2019年)5月23日配信)です。
陸・海軍対立のはじまり
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「陸・海軍対立のはじまり」  (令和元年(2019年)5月30日配信)です。
20世紀を迎え、様変わりした国際社会
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「20世紀を迎え、様変わりした国際社会」  (令和元年(2019年)6月6日配信)です。
揺れ動く内外情勢の中の「明治時代」の終焉
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「揺れ動く内外情勢の中の「明治時代」の終焉」  (令和元年(2019年)6月13日配信)です。
「激動の昭和」に至る“道筋”を決めた「大正時代」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「激動の昭和」に至る“道筋”を決めた「大正時代」」  (令和元年(2019年)6月20日配信)です。
第1次世界大戦と日本
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 第1次世界大戦と日本」 (令和元年(2019年)6月27日配信)です。
「ロシア革命」と「シベリア出兵」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「ロシア革命」と「シベリア出兵」 (令和元年(2019年)7月4日配信)です。
第1次世界大戦と日本ー相次ぐ派兵要請ー
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「第1次世界大戦と日本ー相次ぐ派兵要請ー」 (令和元年(2019年)7月11日配信)です。
「第1次世界大戦」の終焉と「ヴェルサイユ条約」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「第1次世界大戦」の終焉と「ヴェルサイユ条約」」 (令和元年(2019年)7月18日配信)です。
「第1次世界大戦」の歴史的意義
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「第1次世界大戦」の歴史的意義」 (令和元年(2019年)7月25日配信)です。
“歴史的岐路”となった「ワシントン会議」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“歴史的岐路”となった「ワシントン会議」」 (令和元年(2019年)8月1日配信)です。
「大正時代」が“残したもの”
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大正時代」が“残したもの”」 (令和元年(2019年)8月8日配信)です。
“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(前段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(前段)」 (令和元年(2019年)8月15日配信)です。
“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(後段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(後段)」 (令和元年(2019年)8月22日配信)です。
第2次世界大戦を引き起こしたアメリカ発の「世界恐慌」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「第2次世界大戦を引き起こしたアメリカ発の「世界恐慌」」 (令和元年(2019年)8月29日配信)です。
「満州事変」の背景と影響@―日本と満州の関係―
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」の背景と影響@―日本と満州の関係―」 (令和元年(2019年)9月5日配信)です。
当時の中国大陸で何が起きていたか?
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「当時の中国大陸で何が起きていたか?」 (令和元年(2019年)9月12日配信)です。
「満州事変」前夜と勃発
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」前夜と勃発」 (令和元年(2019年)9月19日配信)です。
昭和陸軍の台頭
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「昭和陸軍の台頭」 (令和元年(2019年)9月26日配信)です。