“歴史を動かした”ソ連の陰謀

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はじめに(日中交渉打ち切りの内幕)

 

 前回、近衛首相の「蒋介石を対手にせず」(昭和13年1月)と交渉打ち切りに至った日本側の議論についてもう少し補足しておきましょう。

 

 中国側の応答拒否に対して、交渉即打ち切りを主張する近衛首相以下政府閣僚と、打ち切り尚早(しょうそう)としてさらなる交渉を望む多田駿(はやお)陸軍参謀次長らが激しい対立となりました。海軍軍令部長も参謀次長に同調して交渉継続を求め、会議は怒号と涙声を交える激しいものとなり、一歩も引かない多田次長に対して、追い詰められた近衛首相は総辞職をもって恫喝したようです。

 

 こうして朝9時から午後7時まで及んだ会議は、近衛の主張を認めることで打ち切られ、「対手にせず」との声明発表となりました。

 

 後年の手記で、近衛は「この声明は非常な失敗であった」と反省していますが、“時すでに遅し”です。近代日本交史上、屈指の大失敗であり、自殺行為だったことは間違いないでしょう。

 

 なお、多田駿参謀次長は、閑院宮参謀総長のもと、実質上の陸軍トップであり、石原莞爾同様、蒋介石政権よりもソ連の脅威を重視し、戦線不拡大を唱えていました。その危惧が的中し、この後、「ノモンハン事件」が起こります(細部は後述しましょう)。

 

 では、なぜ近衛首相とその側近が間違った判断をしたのでしょうか? 「重慶国民政府が国民の信頼を失い、やがて地方の一政府に転落するので長期戦に引きずり込まれる心配はない。(汪兆銘)新政府の成立を誘導し、これを盛り立てて日本の要求を貫徹していけばいいとの認識に立ってあのような声明となった」(近衛秘書の風見章)の言い訳が残っています。

 

 振り返れば、政府サイドの情勢判断が明らかに間違っていたのでしたが、この言い訳を含め、判断に至る経緯には何とも不可思議な部分が含まれています。背景に何があって、何が“決め手”となってこのような判断に至ったのだろうか、と考えてしまいます。

 

 いずれにしましても、このような“政軍不一致”の国の舵取りが後戻りできないところまで進展し、やがて致命的な結果に至るのですが、これをすべて“軍人、特に陸軍のせい”と断定するのは、「支那事変」の拡大に至った“史実”だけをみても、明らかに“間違った歴史の見方”であることがわかります。

 

再び、国民政府・共産党の対立へ

 

「支那事件」拡大の足跡を総括しますと、日本軍は、当初は短期決戦で中国側の戦意を喪失させ、勝利を得るつもりでしたが、中国側は持久戦をもってそれに応じました。

 

 日本軍は100万人前後の兵力を中国大陸に注ぎ込みますが、それでも中国の降伏を得ることはできませんでした。その結果、戦線は膠着し、中国大陸は、@重慶国民政府の統治空間、A中国共産党の統治空間、そしてB日本軍および日本占領下の現地政権統治空間など大きく3つに分かれることになります。

 

 問題は中国共産党の統治空間です。中国共産党は、あくまで重慶政府の下で抗日戦争を展開しており、コミンテルンも重慶政府の指示に従うよう厳命していたのですが、毛沢東は、重慶に対する共産党の独立自主を目指し、遊撃戦によって一定の面積を得るとそれを「辺区」としてその拡大を企図していきます。

 

 日本を中国大陸に引きずり込み、蒋介石軍と戦わせ、双方が疲弊した頃を見計らって“漁夫の利を得る”戦略が中国共産党側からみれば功を奏し始めたのでした。実に巧妙なやり方でしたが、コミンテルンとは少し“温度差”が出始めたのも事実でした。詳細はのちに触れましょう。

 

 この「辺区」拡大は、やがて重慶政府と間に軋轢を生むことになります。蒋介石の共産党不信が拡大し、共産党も重慶の国民党と敵対する姿勢を明確にしていくのです。

 

ソ連の対日工作

 

 さて、今回のメインテーマです。ソ連(コミンテルン)の陰謀は、この中国のみならず、欧州においても活発でしたが、当然ながら全世界に及んでいました。アメリカにおいても、冷戦が終焉後の1995年、アメリカ国家安全保安局が「ヴェノナ文書」の公開に踏み切り、それまでの近現代史の歴史観を根底から揺るがす事態となりました。

 

「ヴェノナ文書」とは、第2次世界大戦前後に、アメリカ国内のソ連の工作員たちがモスクワとやり取りした通信を、米陸軍情報部が英国情報部と連携して秘密裏に傍受して解読した記録です。この文書から分かった工作員たちの活動の詳細については、次号以降で紹介します。

 

 日本においても、共産主義者たちが活発に活動していたことは昭和初期から知られていました。また、戦時中も「ゾルゲ事件」のような大事件が発生します。

 

 我が国においては、「ヴェノナ文書」の公開よりかなり早い1950(昭和25)年に、三田村武夫氏が“昭和政治秘録”として『戦争と共産主義』を出版します。三田村氏は、戦前、警察行政全般を管轄する内務省警保局や特高警察でも勤務し、共産主義者の謀略活動の実態を追及した経験がある人物です。

 

 現在、その復刻版をKindle(キンドル)で読むことができます。興味のある読者はぜひ本書を紐解いていただきたいと思いますが、本書は冒頭から以下のような趣意で始まります。

 

 

「満州事変から敗戦まで、日本はまるで熱病にでもつかれたごとく、軍国調一色に塗りつぶされてきた。この熱病の根源は果たして何であったろうか。一般常識では軍閥ということになっており、この軍部・軍閥の戦争責任については異論がないが、軍閥が演じた“戦争劇”は、真実彼らの自作自演であったろうか。作詞・作曲は誰か、脚本を書いたのは誰か、という問題になると、いまだ何人も権威ある結論を出していない。これは極めて重大な問題だ」。

 

 

 そして、本書を出版するに至った経緯や三田村氏自身の共産主義運動と向き合った経験と続きます。

 

 このような共産主義の陰謀の歴史や実態を解明する書籍が戦後ほどなくして出版されたにもかかわらず、長い間、日本の戦前の歴史研究は、これらの“事象”を軽視あるいは無視して語られてきたことに個人的には少なからず疑問、いやある種の意図さえ感じてきました。

 

 しかし、戦前の歴史を研究しているうちに、どうしても「共産主義者の活動が歴史を動かした要因として無視できない」と考えるに至りました。よって、「支那事変」から「日米戦争」への発展を振り返る前に、我が国や米国における共産主義者達の活動の概要をまとめて振り返っておきたいと思います。

 

日本を追い詰めた共産主義者達

 

 三田村氏の指摘によると、日本を追い詰めた共産主義者たちの陰謀の基本的考えは、要約すれば次のとおりです。

 

「コミンテルンの目的は、全世界共産主義の完成であり、そのための資本主義の支柱たる米、英、日本などを倒さなければならない。その手段としては、@革命勢力を強化して革命により内部崩壊させる、A資本主義国家を外部から攻め武力で叩き潰す、の2つだが、どちらも実行の可能性は低い。その結果として考えた戦略が、資本主義国家と資本主義国家を戦わせ、どちらも疲弊させ、“漁夫の利”を得る。この戦略に基づき、欧州表面ではドイツと英仏を戦わせ、米国を巻き込む。
 極東革命にどうしても叩き潰さなければならないのは、日本と(米英がバックにいる)蒋介石政権だ。日本と蒋介石軍を噛み合わせると米・英が必ず出てくる。その方向に誘導する。そうするとシナ大陸と南方米英植民地で日、蒋介石、米、英が血みどろの死闘を演ずるだろう。へとへとに疲れた時に一挙に兵を進め、襟首を取ってとどめを刺す。あとは中共を中心に極東革命を前進すればいい」

 

 その後の歴史はまさに彼らの陰謀の通りになりますが、その第1段階として、1935年、「ファシズム反対」「帝国主義反対」のスローガンを掲げ、社会主義勢力も味方につけました。

 

 その次には、ポツダム宣言において第2次世界大戦を「デモクラシー対ファシズムの戦い」と位置づけたように、自らをデモクラシー勢力として“隠蔽”し、連合国の仲間入りをしたのです。

 

 他方、日本においては、有識者、マスコミ、官僚、軍部を巧妙に操り、無謀な戦争に駆り立て、我が国を自己崩壊する方向に誘導する企てをします。この際、できるだけ合法的に食い込み、内部から切り崩すことを考えたといわれます。

 

 特に、陸軍の存在に注目します。陸軍は、大部分が貧農と小市民、将校も中産階級出身で反ブルジョア的、しかも国体問題ではコチコチの天皇主義者なので、この点をうまくごまかせば十分利用価値があると判断したのでした。

 

 その上で“天皇制廃止”をやめて、「天皇制と社会主義は両立する」との思い切った戦術転換を敢行し、「天皇を戴いた社会主義国家を建設する」という理論を確立しました。「戦争反対」などともけっして言わず、「戦争好きの軍部をおだてて全面戦争に追い込み、国力を徹底的に消耗させる。このあとに敗戦革命を展開する」という大胆な戦略だったのです。

 

 前述の近衛声明と共産主義者たちの活動とはどのような関係にあったのか、などについては次回以降に振り返ってみましょう。

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(令和元年(2019年)11月21日配信)

 

 

お知らせ

 

「メルマガ軍事情報」でエンリケさんが再三紹介された『漫画クラウゼヴィッツと戦争論』を私も読ませていただきました。陸上自衛隊の元将官、つまり軍事の専門家の“端くれ”としての立場で私も本書について少し解説したいと思います。

 

陸上自衛隊の幹部は(全員ではありませんが)、在任中に不滅の戦略論といわれる中国の古典『孫子』やクラウゼヴィッツの『戦争論』を学ぶ機会があります。
『孫子』は、漢詩調に書かれているせいもあって、わりと日本人には理解しやすいのですが、『戦争論』は、クラウゼヴィッツの理論の背景が欧州戦場であるため、なかなかイメージアップできないばかりか、理論そのものが難解で、翻訳の問題もあってか、軍事のプロの自衛官でさえ困難を極めます。

 

私の場合は、防衛大学校の学生時代を含めると3回、真剣に学んだ経験があります。当然ながら、「軍事とは何か」をまったく知らない学生時代は、「ナポレオン戦争」の戦史を学ぶ延長で『戦争論』の“さわり”を学んだ記憶がある程度です。そして自衛隊に入り、中堅幹部の3佐時代に1度、さらに1佐になりかけた頃、再度、集中して学ぶ機会がありました。

 

クラウゼヴィッツが何を言いたいかをある程度理解し、“目から鱗”を自覚したのは、3回目、つまり20年あまり、部隊や陸上幕僚監部などで指揮官や幕僚としての実務を経験した後でした。

 

さて、本書の作・画は元1佐の石原(米倉)ヒロアキ氏によるものです。石原氏は、漫画については自衛隊に入隊する前の大学時代にすでに「赤塚不二夫賞」の準入選に選ばれるほどの実力を持っておられたようです。しかし、「好きな戦争漫画を描くには軍事を知らなければならない」と自衛官を志し、定年まで全うした後、再び漫画家の道を歩まれている信念の持ち主です。

 

その経験と信念からでしょうか、単に『戦争論』を漫画で解説するだけに留まらず、軍人クラウゼヴィッツに焦点をあて、その戦歴を追体験しながら、クラウゼヴィッツが個々の理論をいかに発想したか、その背景を含めてとてもわかりやすく可視化しているところに本書の特色があります。

 

その石原氏が2年間の情熱を注いで完成した本書にはまた、随所に軍事専門家ならではの“目(切り口)”を伺い知ることができます。何度も悪戦苦闘した経験を有する私にとりましても、“新たな発見”がたくさんありました。

 

本書は、『戦争論』の研究者・翻訳者として最も定評のある清水多吉氏が監修されていることもあって、これまで『戦争論』を学んだ経験のない読者にとっては「入門書」になるでしょうし、すでに学んだ読者にとっては、背景などが可視化されていることによって、難解な理論を改めて読み解くうえで貴重な一冊になると確信いたします。しかも、漫画ですから気軽に読むことができ、内容が瞬間に“頭に焼き付く”というメリットもあります。

 

「平和」を唱えるだけで、「戦争」と聞くだけで“拒否反応”を示す多くの日本人、とくに政治家や有識者ら我が国を牽引すべきリーダーたちに「軍事」を少しでも理解していただくためにも本書がベストセラーになることを祈って止みません。一人でも多くの方にお読みいただくようお薦めします。

 

 

漫画 クラウゼヴィッツと戦争論
 石原ヒロアキ(作) 清水多吉(監修)
 並木書房
 2019年6月27日発行
 http://okigunnji.com/url/51/

 

 

 

お知らせその2

 

新元号が「令和」に決まった4月1日、『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』(桜林美佐監修/自衛隊家族会編/並木書房発行)が発売となりました。本「メルマガ軍事情報」で毎週月曜日にメルマガを発信されている、本書監修者の桜林美佐氏がすでに4月1日発刊のメルマガで紹介されましたが、私も“仕掛け人”の一人として皆様に本書を紹介しておきたいと思います。

 

 本書は、主に自衛隊員の家族によって構成される自衛隊家族会の機関紙『おやばと』に3年以上にわたって連載された「回想 自衛隊の災害派遣」をまとめたものです。ここには過去50年あまりに実施された陸海空自衛隊の主な災害派遣と、それに従事した指揮官・幕僚・隊員たち37人の証言が収められています。昭和26年のルース台風で当時の警察予備隊が初の災害派遣をして以来、自衛隊はこれまでに4万件を超える災害派遣を実施してきました。激甚災害時の人命救助や復旧支援をはじめ、離島での救急患者の輸送、不発弾処理、水難救助、医療や防疫に至るまでその活動は広範多岐にわたります。

 

しかし、 “災害派遣の「現場」で何が起きているか”について、寡黙な自衛官たちはこれまで多くを語ることはありませんでした。本書には、「阪神・淡路大震災」において、自衛官たちが不眠不休で身を賭して人命救助にあたっていた時に「神戸の街に戦闘服は似合わない」と発言されたことや、厚生省から被災者の入浴支援は「公衆衛生法に反する」と指摘されたとの証言、そして、被災地でご遺体を搬送したら、警察から「検視前に動かすと公務執行妨害になる」と言われたこととか、瓦礫の除去も私有財産を勝手に処分する問題があるなどの証言もあります。さらに、「地下鉄サリン事件」では、自ら防毒マスクを外して安全を確認した化学防護隊長の証言など、脚色も誇張もないリアルな事実が記録されています。

 

自衛隊の災害派遣は常に「被災者のために」が“合い言葉”のようになっています。桜林氏がメルマガでわざわざ取り上げてくれましたが、かくいう私も「有珠山噴火時の災害派遣」の体験談、とくに被災者の欲求は状況によって変化し、「被災者に寄り添う支援」がいかに大変かについて書かせて頂きました。

 

本書には、昭和末期の災害派遣も少し含まれていますが、ほぼ平成時代に生じた災害派遣の記録となっており、平成時代の大きな災害を振り返るための資料価値もあると考えます。すでに店頭に並んでおり、アマゾンなどで購入も可能ですので、自衛隊の災害派遣にご興味のある方は、ぜひご一読いただきますようお願い申し上げます(本書の問い合わせなどは宗像宛でお願い致します)。

 

 

『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』
桜林美佐監修/自衛隊家族会編
並木書房発行
http://okigunnji.com/url/28/

 

 



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」に至る日中情勢の変化」 (令和元年(2019年)10月24日配信)です。
「盧溝橋事件」から「支那事変」へ
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「盧溝橋事件」から「支那事変」へ」 (令和元年(2019年)10月31日配信)です。
「支那事変」の拡大と「南京事件」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」の拡大と「南京事件」」 (令和元年(2019年)11月7日配信)です。
「支那事変」止まず、内陸へ拡大
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」止まず、内陸へ拡大」 (令和元年(2019年)11月14日配信)です。
世界に拡散した「東亜新秩序」声明
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「世界に拡散した「東亜新秩序」声明」 (令和元年(2019年)11月28日配信)です。