戦争は「石油」で始まり、「石油」で決まる

最新作を読みたい方はこちらでご登録ください(無料)
    ↓↓↓↓
メルマガ購読・解除
 

はじめに(令和元年を終えるにあたって)

 

 今回が本年最後の配信となります。1年を改めて振り返ってみますと、最大の出来事は、何と言いましても元号が「平成」から「令和」に変わったことだったと思います。

 

私事ですが、私の父は、「明治」があと3か月で終わろうとする明治45年4月生まれで、幸運にも「大正」「昭和」「平成」時代を苦労しながら生き延び、平成14年に92歳で亡くなりました。徴兵年齢を超えていたので徴兵の経験はなかったのですが、3人の弟たちは皆、徴兵され、戦死者もおります。また、食糧事情や未発達な医療体制のせいか、生まれたばかりの長男を亡くしています(戸籍上は私の兄にあたります)。

 

父の世代と比べると、「昭和」「平成」「令和」と大過なく生き延びた私たちの世代は、時に自然災害には遭遇しても、今のところ“戦争や疫病などで大量に命を奪われる心配がなく、何と幸せなことか”としみじみ思ってしまいます。創設から70年あまり過ぎた自衛隊も、殉職者はおりますが、戦死者は1人もいないのです。

 

私事を続けますと、これも巡りあわせなのでしょうか、「令和」元年の今年6月に待望の初孫が誕生しました。子や孫たちの世代は、将来、いくつの元号を経験し、そして大過ない人生を送ることができるのだろうかと、心はつい未来に向かいます。

 

そのような先日、皇位継承の最大の宮中祭祀、天皇の一世一代の「大嘗祭(だいじょうさい)」が古式ゆかしく執り行なわれた「大嘗宮(だいじょうきゅう)」を見学してきました。18日間の一般公開の間に、延べ約78万2千人が訪れたようです。

 

この「大嘗宮」造営をめぐっては色々とご意見がありました。恐れ多くも私見を申し述べれば、私は、歴史や伝統の継承はまず“形が大事である”と考えます。目に見えないものはなかなか伝わらないからです。

 

宮内庁の資料によれば、「大嘗宮」は、天皇陛下がご即位後、初めて新穀を皇祖・天神地祇(てんじんちぎ)に供えられ、自らもお召し上がりになり、国家・国民のためにその安寧と五穀豊穣などを感謝され、ご祈念になる「大嘗祭」の中心的な儀式「大嘗宮の儀」のために造営されたものとなっています。

 

実際に見学しますと、そのような様々なご意見に配慮してか、少なくとも外見は思った以上に質素な木造建築物という印象を持ちました。しかし、質素な中にも、諸所に「大嘗宮」建築の目的を十二分に理解した現代の棟梁達のプライドや想いや意気込みが感じられ、このような“精神”もまた、伝統的な建造技術とともに先人から受け継がれ、そして後世に伝わっていくものと確信し、とても感動することでした。

 

取り壊された後は、バイオエネルギーとして再利用されると聞きましたが、12月の寒い日曜日、見学に約3時間を要しましたが、この目で「大嘗宮」を見ることができた満足感と喜びを胸に抱き、「日本人に生まれて良かった」としみじみ想いつつ、帰り道にささやかな祝杯を挙げさせていただきました。見学できなかった人たちのために紹介しておきます。

 

「石油の一滴は血の一滴!」

 

 さて、今回の話題は、日米対立の直接の原因となったとも言える「石油」です。この話題を4000字弱にまとめるのは難しいのですが、「石油」を避けて真実の歴史を振り返ることは不可能と考えますので、その“さわり”だけ触れてみましょう。

 

 戦争の世紀と言い切っていい20世紀には、様々な近代兵器が発達し、大量殺戮が可能になりました。その陰には、石油をはじめとする化石エネルギーの存在があり、言葉を換えれば、“近代の戦争は石油なくしては成り立ち得ない”ものでした。

 

 その石油の“戦略的重要性”を知らせてくれたのは、第1次世界大戦が始まって間もない頃でした。そのきっかけは、パリ陥落直前、フランス軍の反攻のため、パリ中のタクシー運転手による兵員の前線輸送作戦にありました。仏陸軍のガリエニ将軍のこの機転が功を奏し、仏陸軍は、圧倒的に有利と考えられたドイツ軍勢を押し返すことができたのです。

 

やがて、イギリスで開発された戦車が鉄条網や敵の機関銃で膠着状態に陥った西部戦線に導入され、連合国に勝利をもたらす契機となります。戦車の実態を悟られないよう、開発中の戦車を“水を輸送するための車両”と偽装して「タンク」と呼んだことから、今でも戦車の英語表記は「タンク」となっているのです。

 

イギリス陸軍が無視した戦車(装軌式装甲車)のアイデアを拾い上げ、開発を開始させたのは、当時、海軍大臣のチャーチルだったという有名なエピソードも残っています。

 

当時の戦車は燃費が悪く、1リットルあたり数百メートルしか走行できなかったようで、フランスのクレマンソー大統領は、すでに世界一の産油国であったアメリカに「石油の一滴は我が兵士の血の一滴に値する」と記した電報を送り、石油の支援を求めたのでした。

 

 また、兵器として戦車の他に航空機や潜水艦も開発されました。海の戦いについては、大戦中本格的な海戦は「ユトランド沖海戦」一度だけでしたが、燃料を石油に変更したイギリス艦隊がドイツ艦隊に勝利して、北海の制海権を確保するとともに、ドイツ艦隊を本国母港に封じ込めました。

 

まさに第1次世界大戦は、“石油が戦争の真の担い手”となり、これ以降、各国は石油の“戦略的重要性”を強く認識し、石油利権をめぐって激しい攻防を繰り返すことになります。

 

我が国の石油事情

 

「石油の一滴は血の一滴!」、この同じ言葉を我が国も大東亜戦争遂行の標語として使いますが、これは後の話です。少し時代をさかのぼり、我が国の石油事情を振り返ってみましょう。

 

 戦前の我が国は、国家としての燃料政策がほとんどなったなかで、海軍だけは、建軍以来一貫して燃料問題に取り組んでいました。燃料がなければ船を動かすことができないからです。海軍は、日露戦争前の1900(明治33)年から艦船燃料を石炭から石油に変更する研究を開始し、さまざまな実験を行なっていました。

 

 そして、1906(明治39)年には重油タンク(6千トン)を横須賀に建設、翌07年には、炭油混焼方式の大型軍艦「生駒」建造に着手しました。

 

 しかし、産油国でない我が国の石油確保は困難を極めます。特に「八八艦隊」は、建造費が当時の国家予算の約3分の1、維持費が国家予算の約半分を必要とする大計画でしたので、国会の議論は、国家としての燃料油の問題を巻き込むことになります。

 

昭和8年、ようやく陸軍も海軍に同調しはじめ、国家の政策として、石油の民間備蓄義務、石油業の振興、石油資源の確保、代用燃料工業の振興などの政策が「石油国策実施要綱」としてまとめられます。

 

1938(昭和13)年頃には、“水からガソリンができる”という詐欺師が起こした「水ガソリン事件」も発生しています。海軍高官には「水には石油に必要なCはないが、酸素Oがある。Oの横をちょっと切ればCになる」との奇妙な説明を信じた人もいたようで、三日三晩の公開実験の結果、詐欺は暴露します。まさに“ワラならぬ、水にもすがる思い”だったのでしょう。「海軍が化学教育を軽視したことが原因」と「日本海軍燃料史」には記されています。

 

満州に石油はあったか?

 

 いつもながらの「歴史にif」ですが、「もし満州国が建国された時代に、満州に油田が発見されていたら、その後の我が国の歴史は大きく変わった」とだれもが考えるのではないでしょうか。

 

しかし、この仮説はあながち非現実的なものではありませんでした。現在の中国の原油産出量は、世界第7位(2018年)にランクされ、そのほとんどが旧満州国及び北支(現在は、華北と呼称)に所在する大油田から産出されているからです。

 

中国は、戦後の1955(昭和30)年頃から、ソ連の技術協力を得て旧満州国中央部の大規模な石油の探鉱を開始し、1959年にはハルピン北部の「大慶油田」を発見します。その後、奉天北部の「遼河油田」(中国3大油田の1つ)などを次々に発見します。

 

フルシチョフ時代になると政治路線の対立が起こり、ソ連の技術者が総引き揚げしますが、「改革開放」時代以降、中国はアメリカや日本からも先進技術を導入して、華北の「勝利油田」「大港油田」などの増産に成功します。

 

満州国建国からわずかに30年あまり後のできごとでした。なぜその時代に、満州や北支で石油は発見されなかったのでしょうか。

 

当時から満州国内で現地調査が行なわれ、「満蒙でも石油が見つかる可能性はある」と調査団は報告しています。試掘も行なわれましたが、当初は、石炭鉱山調査用のボーリングを実施したとか、(今でも油田はない)ジャライノール(ノモンハン北部)地域で探鉱作業をしたが発見できなかったなどの記録が残っています。

 

さらに、我が国の他の地域ではすでに米国の最新鋭の掘削機が導入していましたが、満州国の石油探鉱は日本の国家機密であったことから、最高水準の技術を保有する米国の探鉱請負者を投入することを避けていたとの記録もあります。

 

その背景に、陸軍は、石油に関してはもっぱら海軍にゆだねた形となり、“動き出すのが遅かった”ことがあります。陸軍は、満州事変、盧溝橋事件、ノモンハン事件と続いて起こった大陸での戦闘で、ようやく戦車隊や工兵、車両を擁する機械化戦力が必要であると痛感し、ガソリン、軽油、航空機燃料の必要性を認識したのでした。そのため、海軍のように、地質調査や探鉱作業の専門家がいなかったことが致命的でした。

 

昭和11年頃の満州国は、「産業生産5か年計画」により約52億円の投資計画によって、銑鉄生産目標年112万トン、石炭年1000万トンが掲げられていました。これに満州油田によって石油が産出されれば、一大コンビナートが出現し、「日本が石油を求めて南方に進攻する必要性はなかった」と戦後、旧満州地域の石油事情に詳しい関係者が「おしいことをした」と悔しがっているのです。

 

今にして思えば、“喉から手が出る”ほど石油が欲しかった海軍がなぜ満州の石油探鉱に協力を申し出なかったのか不思議ですが、その形跡はありません。根底に、陸軍と海軍の対立など様々な要因があったものと考えるしかないのですが、チャーチルの進言を採用した英国陸軍と海軍の関係を羨ましく感じる瞬間です。

 

その後、我が国は、目指すべき方向として、石炭を液化する「人造石油」の生産に傾いていき、北海道に工場施設などを建設しますが、実際には資材不足などで稼働率も低迷し、期待した生産量の3%ほどに留まったようです。

 

ちなみに、陸上自衛隊の北海道滝川駐屯地の本部隊舎は、当時の人造石油会社の本社建屋をそのまま使用していますし、留萌駐屯地にも研究所や工場の建築物が残されています。いずれも当時の法律に基づき補助金がつぎ込まれたためか、自衛隊が作る安普請の建築物に比して立派で頑丈な建物です。

 

このような現状から、伝統的にソ連を仮想敵国とした「北進論」の陸軍内部も次第に「南進論」に傾いて行きます。そして、近衛首相が唱えた「東亜新秩序」に従って、「アジアの盟主日本が、同じアジアの同胞を植民地の苦役から解放し、その石油資源を日本の安定した供給源とするのは極めて道理にかなっている」と「これこそが日本の進むべき道」だとして、松岡洋右外相の「大東亜共栄圏」構想に結実していくのです。

 

他方、我が国のこの国策は、米国と真っ向から対立することになります。当時、石油自給率8%の我が国は、石油の80%を米国から輸入していましたが、米国の「石油禁輸」によって、我が国は世界で最初の“石油危機”に直面します。

 

 その結果、前述の「石油の一滴は血の一滴!」の標語になるのですが、当時、米国は世界最大の石油生産国・輸出国であり、原油生産量は我が国の740倍もあったのです。今回のテーマは、「戦争は『石油』で始まり、『石油』で決まる。」です。振り返れば、我が国は、ものすごい国と戦争したのでした。

 

日米戦争開始までは、内外情勢ともに様々な紆余曲折があります。その細部は、次回(1月16日配信予定)以降振り返ってみましょう。

 

皆さま、良いお年をお迎えください。

 

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(令和元年(2019年)12月26日配信)

 

 

お知らせ

 

「メルマガ軍事情報」でエンリケさんが再三紹介された『漫画クラウゼヴィッツと戦争論』を私も読ませていただきました。陸上自衛隊の元将官、つまり軍事の専門家の“端くれ”としての立場で私も本書について少し解説したいと思います。

 

陸上自衛隊の幹部は(全員ではありませんが)、在任中に不滅の戦略論といわれる中国の古典『孫子』やクラウゼヴィッツの『戦争論』を学ぶ機会があります。
『孫子』は、漢詩調に書かれているせいもあって、わりと日本人には理解しやすいのですが、『戦争論』は、クラウゼヴィッツの理論の背景が欧州戦場であるため、なかなかイメージアップできないばかりか、理論そのものが難解で、翻訳の問題もあってか、軍事のプロの自衛官でさえ困難を極めます。

 

私の場合は、防衛大学校の学生時代を含めると3回、真剣に学んだ経験があります。当然ながら、「軍事とは何か」をまったく知らない学生時代は、「ナポレオン戦争」の戦史を学ぶ延長で『戦争論』の“さわり”を学んだ記憶がある程度です。そして自衛隊に入り、中堅幹部の3佐時代に1度、さらに1佐になりかけた頃、再度、集中して学ぶ機会がありました。

 

クラウゼヴィッツが何を言いたいかをある程度理解し、“目から鱗”を自覚したのは、3回目、つまり20年あまり、部隊や陸上幕僚監部などで指揮官や幕僚としての実務を経験した後でした。

 

さて、本書の作・画は元1佐の石原(米倉)ヒロアキ氏によるものです。石原氏は、漫画については自衛隊に入隊する前の大学時代にすでに「赤塚不二夫賞」の準入選に選ばれるほどの実力を持っておられたようです。しかし、「好きな戦争漫画を描くには軍事を知らなければならない」と自衛官を志し、定年まで全うした後、再び漫画家の道を歩まれている信念の持ち主です。

 

その経験と信念からでしょうか、単に『戦争論』を漫画で解説するだけに留まらず、軍人クラウゼヴィッツに焦点をあて、その戦歴を追体験しながら、クラウゼヴィッツが個々の理論をいかに発想したか、その背景を含めてとてもわかりやすく可視化しているところに本書の特色があります。

 

その石原氏が2年間の情熱を注いで完成した本書にはまた、随所に軍事専門家ならではの“目(切り口)”を伺い知ることができます。何度も悪戦苦闘した経験を有する私にとりましても、“新たな発見”がたくさんありました。

 

本書は、『戦争論』の研究者・翻訳者として最も定評のある清水多吉氏が監修されていることもあって、これまで『戦争論』を学んだ経験のない読者にとっては「入門書」になるでしょうし、すでに学んだ読者にとっては、背景などが可視化されていることによって、難解な理論を改めて読み解くうえで貴重な一冊になると確信いたします。しかも、漫画ですから気軽に読むことができ、内容が瞬間に“頭に焼き付く”というメリットもあります。

 

「平和」を唱えるだけで、「戦争」と聞くだけで“拒否反応”を示す多くの日本人、とくに政治家や有識者ら我が国を牽引すべきリーダーたちに「軍事」を少しでも理解していただくためにも本書がベストセラーになることを祈って止みません。一人でも多くの方にお読みいただくようお薦めします。

 

 

漫画 クラウゼヴィッツと戦争論
 石原ヒロアキ(作) 清水多吉(監修)
 並木書房
 2019年6月27日発行
 http://okigunnji.com/url/51/

 

 

 

お知らせその2

 

新元号が「令和」に決まった4月1日、『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』(桜林美佐監修/自衛隊家族会編/並木書房発行)が発売となりました。本「メルマガ軍事情報」で毎週月曜日にメルマガを発信されている、本書監修者の桜林美佐氏がすでに4月1日発刊のメルマガで紹介されましたが、私も“仕掛け人”の一人として皆様に本書を紹介しておきたいと思います。

 

 本書は、主に自衛隊員の家族によって構成される自衛隊家族会の機関紙『おやばと』に3年以上にわたって連載された「回想 自衛隊の災害派遣」をまとめたものです。ここには過去50年あまりに実施された陸海空自衛隊の主な災害派遣と、それに従事した指揮官・幕僚・隊員たち37人の証言が収められています。昭和26年のルース台風で当時の警察予備隊が初の災害派遣をして以来、自衛隊はこれまでに4万件を超える災害派遣を実施してきました。激甚災害時の人命救助や復旧支援をはじめ、離島での救急患者の輸送、不発弾処理、水難救助、医療や防疫に至るまでその活動は広範多岐にわたります。

 

しかし、 “災害派遣の「現場」で何が起きているか”について、寡黙な自衛官たちはこれまで多くを語ることはありませんでした。本書には、「阪神・淡路大震災」において、自衛官たちが不眠不休で身を賭して人命救助にあたっていた時に「神戸の街に戦闘服は似合わない」と発言されたことや、厚生省から被災者の入浴支援は「公衆衛生法に反する」と指摘されたとの証言、そして、被災地でご遺体を搬送したら、警察から「検視前に動かすと公務執行妨害になる」と言われたこととか、瓦礫の除去も私有財産を勝手に処分する問題があるなどの証言もあります。さらに、「地下鉄サリン事件」では、自ら防毒マスクを外して安全を確認した化学防護隊長の証言など、脚色も誇張もないリアルな事実が記録されています。

 

自衛隊の災害派遣は常に「被災者のために」が“合い言葉”のようになっています。桜林氏がメルマガでわざわざ取り上げてくれましたが、かくいう私も「有珠山噴火時の災害派遣」の体験談、とくに被災者の欲求は状況によって変化し、「被災者に寄り添う支援」がいかに大変かについて書かせて頂きました。

 

本書には、昭和末期の災害派遣も少し含まれていますが、ほぼ平成時代に生じた災害派遣の記録となっており、平成時代の大きな災害を振り返るための資料価値もあると考えます。すでに店頭に並んでおり、アマゾンなどで購入も可能ですので、自衛隊の災害派遣にご興味のある方は、ぜひご一読いただきますようお願い申し上げます(本書の問い合わせなどは宗像宛でお願い致します)。

 

 

『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』
桜林美佐監修/自衛隊家族会編
並木書房発行
http://okigunnji.com/url/28/

 

 



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


最新作を読みたい方はこちらで登録ください(無料)
      ↓↓↓↓
メルマガ購読・解除
 


サイト内検索は、こちらからどうぞ




お問い合わせは、こちらからどうぞ

↓↓↓↓

関連ページ

日本史と世界史に“横串”を入れる
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 日本史と世界史に“横串”を入れる──我が国の歴史を振り返る(創刊準備号) (2018年(平成30年)8月23日配信)です。
日本および日本人の4つの特色
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 日本および日本人の4つの特色──我が国の歴史を振り返る(1) (2018年(平成30年)8月30日配信)です。
「大航海時代」:欧州人と初めての関わり(1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「大航海時代」:欧州人と初めての関わり(1)──我が国の歴史を振り返る(2) (2018年(平成30年)9月6日配信)です。
「大航海時代」:欧州人と初めての関わり(2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「大航海時代」:欧州人と初めての関わり(2)──我が国の歴史を振り返る(3) (2018年(平成30年)9月13日配信)です。
信長・秀吉時代の外交と防衛を考える(1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「信長・秀吉時代の外交と防衛を考える(1)──我が国の歴史を振り返る(4) (2018年(平成30年)9月20日配信)です。
信長・秀吉時代の外交と防衛を考える(2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「信長・秀吉時代の外交と防衛を考える(2)──我が国の歴史を振り返る(5) (2018年(平成30年)9月27日配信)です。
江戸時代初期の外交・防衛を考える(1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸時代初期の外交・防衛を考える(1)──我が国の歴史を振り返る(6) (2018年(平成30年)10月4日配信)です。
江戸時代初期の外交・防衛を考える(2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸時代初期の外交・防衛を考える(2)──我が国の歴史を振り返る(7) (2018年(平成30年)10月11日配信)です。
「治安維持」のための江戸時代の諸制度
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「治安維持」のための江戸時代の諸制度──我が国の歴史を振り返る(8) (2018年(平成30年)10月18日配信)です。
長く続いた“太平の世”
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「長く続いた“太平の世”──我が国の歴史を振り返る(9) (2018年(平成30年)10月25日配信)です。
欧州諸国の「大変革」(前段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「欧州諸国の「大変革」(前段)──我が国の歴史を振り返る(10) (2018年(平成30年)11月1日配信)です。
欧州諸国の「大変革」(後段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「欧州諸国の「大変革」(後段)──我が国の歴史を振り返る(11) (2018年(平成30年)11月8日配信)です。
江戸中期以降の我が国周辺情勢と混乱(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸中期以降の我が国周辺情勢と混乱(その1)」 ──我が国の歴史を振り返る(12) (2018年(平成30年)11月15日配信)です。
江戸中期以降の我が国周辺情勢と混乱(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸中期以降の我が国周辺情勢と混乱(その2)」 ──我が国の歴史を振り返る(13) (2018年(平成30年)11月22日配信)です。
「ペリー来航」と開国(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「ペリー来航」と開国(その1)」 ──我が国の歴史を振り返る(14) (2018年(平成30年)11月29日配信)です。
「ペリー来航」と開国(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「ペリー来航」と開国(その2)」 ──我が国の歴史を振り返る(15) (2018年(平成30年)12月6日配信)です。
江戸幕府の滅亡(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸幕府の滅亡(その1) (2018年(平成30年)12月13日配信)です。
江戸幕府の滅亡(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸幕府の滅亡(その2) (2018年(平成30年)12月20日配信)です。
江戸幕府の滅亡(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸幕府の滅亡(その3) (2018年(平成30年)12月27日配信)です。
「明治維新」と諸外国の関わり
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」と諸外国の関わり (2019年(平成31年)1月10日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その1)  (2019年(平成31年)1月17日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その2)  (2019年(平成31年)1月24日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その3)  (2019年(平成31年)1月31日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その4)  (2019年(平成31年)2月7日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その5)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その5)  (2019年(平成31年)2月14日配信)です。
明治時代の「国民精神」を育てたもの
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「明治時代の「国民精神」を育てたもの  (2019年(平成31年)2月21日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その1)」  (2019年(平成31年)2月28日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その2)」  (2019年(平成31年)3月7日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その3)」  (2019年(平成31年)3月14日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その4)」  (2019年(平成31年)3月21日配信)です。
“アジアを変えた”「日清戦争」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「“アジアを変えた”「日清戦争」」  (2019年(平成31年)3月28日配信)です。
世界を驚かせた「日英同盟」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「世界を驚かせた「日英同盟」」  (2019年(平成31年)4月4日配信)です。
「日露戦争」開戦までの情勢(前段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」開戦までの情勢(前段)」  (2019年(平成31年)4月11日配信)です。
「日露戦争」開戦までの情勢(後段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」開戦までの情勢(後段)」  (2019年(平成31年)4月18日配信)です。
日露の「戦力」と「作戦計画」比較
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「日露の「戦力」と「作戦計画」比較」  (2019年(平成31年)4月25日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その1)」  (2019年(令和元年)5月2日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その2)」  (2019年(令和元年)5月9日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その3)」  (令和元年(2019年)5月16日配信)です。
“新たな時代の幕開け”となった「講和条約」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「“新たな時代の幕開け”となった「講和条約」 」  (令和元年(2019年)5月23日配信)です。
陸・海軍対立のはじまり
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「陸・海軍対立のはじまり」  (令和元年(2019年)5月30日配信)です。
20世紀を迎え、様変わりした国際社会
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「20世紀を迎え、様変わりした国際社会」  (令和元年(2019年)6月6日配信)です。
揺れ動く内外情勢の中の「明治時代」の終焉
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「揺れ動く内外情勢の中の「明治時代」の終焉」  (令和元年(2019年)6月13日配信)です。
「激動の昭和」に至る“道筋”を決めた「大正時代」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「激動の昭和」に至る“道筋”を決めた「大正時代」」  (令和元年(2019年)6月20日配信)です。
第1次世界大戦と日本
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 第1次世界大戦と日本」 (令和元年(2019年)6月27日配信)です。
「ロシア革命」と「シベリア出兵」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「ロシア革命」と「シベリア出兵」 (令和元年(2019年)7月4日配信)です。
第1次世界大戦と日本ー相次ぐ派兵要請ー
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「第1次世界大戦と日本ー相次ぐ派兵要請ー」 (令和元年(2019年)7月11日配信)です。
「第1次世界大戦」の終焉と「ヴェルサイユ条約」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「第1次世界大戦」の終焉と「ヴェルサイユ条約」」 (令和元年(2019年)7月18日配信)です。
「第1次世界大戦」の歴史的意義
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「第1次世界大戦」の歴史的意義」 (令和元年(2019年)7月25日配信)です。
“歴史的岐路”となった「ワシントン会議」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“歴史的岐路”となった「ワシントン会議」」 (令和元年(2019年)8月1日配信)です。
「大正時代」が“残したもの”
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大正時代」が“残したもの”」 (令和元年(2019年)8月8日配信)です。
“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(前段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(前段)」 (令和元年(2019年)8月15日配信)です。
“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(後段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(後段)」 (令和元年(2019年)8月22日配信)です。
第2次世界大戦を引き起こしたアメリカ発の「世界恐慌」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「第2次世界大戦を引き起こしたアメリカ発の「世界恐慌」」 (令和元年(2019年)8月29日配信)です。
「満州事変」の背景と影響@―日本と満州の関係―
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」の背景と影響@―日本と満州の関係―」 (令和元年(2019年)9月5日配信)です。
当時の中国大陸で何が起きていたか?
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「当時の中国大陸で何が起きていたか?」 (令和元年(2019年)9月12日配信)です。
「満州事変」前夜と勃発
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」前夜と勃発」 (令和元年(2019年)9月19日配信)です。
昭和陸軍の台頭
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「昭和陸軍の台頭」 (令和元年(2019年)9月26日配信)です。
「満州事変」の拡大と国民の支持
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」の拡大と国民の支持」 (令和元年(2019年)10月3日配信)です。
満州国建国と国際連盟脱退
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「満州国建国と国際連盟脱退」 (令和元年(2019年)10月10日配信)です。
「二・二六事件」の背景と影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「二・二六事件」の背景と影響」 (令和元年(2019年)10月17日配信)です。
「支那事変」に至る日中情勢の変化
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」に至る日中情勢の変化」 (令和元年(2019年)10月24日配信)です。
「盧溝橋事件」から「支那事変」へ
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「盧溝橋事件」から「支那事変」へ」 (令和元年(2019年)10月31日配信)です。
「支那事変」の拡大と「南京事件」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」の拡大と「南京事件」」 (令和元年(2019年)11月7日配信)です。
「支那事変」止まず、内陸へ拡大
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」止まず、内陸へ拡大」 (令和元年(2019年)11月14日配信)です。
“歴史を動かした”ソ連の陰謀
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“歴史を動かした”ソ連の陰謀」 (令和元年(2019年)11月21日配信)です。
世界に拡散した「東亜新秩序」声明
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「世界に拡散した「東亜新秩序」声明」 (令和元年(2019年)11月28日配信)です。
危機迫る“欧州情勢”
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「危機迫る“欧州情勢”」 (令和元年(2019年)12月5日配信)です。
「ノモンハン事件」に至る日ソ対立の背景
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ノモンハン事件」に至る日ソ対立の背景」 (令和元年(2019年)12月12日配信)です。
「ノモンハン事件」勃発と停戦
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ノモンハン事件」勃発と停戦」 (令和元年(2019年)12月19日配信)です。
日米戦争への道程(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その1)」 (令和二年(2020年)1月16日配信)です。
日米戦争への道程(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その2)」 (令和二年(2020年)1月23日配信)です。
日米戦争への道程(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その3)」 (令和二年(2020年)1月30日配信)です。
日米戦争への道程(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その4)」 (令和二年(2020年)2月6日配信)です。
日米戦争への道程(その5)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その5)」 (令和二年(2020年)2月13日配信)です。
日米戦争への道程(その6)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その6)」 (令和二年(2020年)2月20日配信)です。
日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」」 (令和二年(2020年)2月27日配信)です。
「大東亜戦争」をいかに伝えるか
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」をいかに伝えるか」 (令和二年(2020年)3月19日配信)です。
「大東亜戦争」の戦争戦略
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の戦争戦略」 (令和二年(2020年)3月26日配信)です。
「真珠湾攻撃」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「真珠湾攻撃」の真実」 (令和二年(2020年)4月2日配信)です。
「ミッドウェー作戦」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ミッドウェー作戦」の真実」 (令和二年(2020年)4月9日配信)です。
ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に」 (令和二年(2020年)4月16日配信)です。
「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ」 (令和二年(2020年)4月23日配信)です。
「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下」 (令和二年(2020年)4月30日配信)です。
終戦とマッカーサー来日
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「終戦とマッカーサー来日」 (令和二年(2020年)5月13日配信)です。
米国の「日本研究」とその影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「米国の「日本研究」とその影響」 (令和二年(2020年)5月21日配信)です。
「WGIP」の目的と手段
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「WGIP」の目的と手段」 (令和二年(2020年)5月28日配信)です。
「日本国憲法」の制定経緯
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「日本国憲法」の制定経緯」 (令和二年(2020年)6月4日配信)です。
「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」」 (令和二年(2020年)6月11日配信)です。
「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」」 (令和二年(2020年)6月18日配信)です。
占領期初期の欧州および周辺情勢
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「占領期初期の欧州および周辺情勢」 (令和二年(2020年)6月25日配信)です。
情勢変化に伴う占領政策の変容
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「情勢変化に伴う占領政策の変容」 (令和二年(2020年)7月2日配信)です。
「東京裁判」の結果と評価
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「東京裁判」の結果と評価」 (令和二年(2020年)7月9日配信)です。
我が国の安全保障政策をめぐる議論
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「我が国の安全保障政策をめぐる議論」 (令和二年(2020年)7月16日配信)です。
変容する国内情勢と「朝鮮戦争」前夜
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「変容する国内情勢と「朝鮮戦争」前夜」 (令和二年(2020年)7月23日配信)です。
「朝鮮戦争」の経緯と我が国に与えた影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「朝鮮戦争」の経緯と我が国に与えた影響」 (令和二年(2020年)7月30日配信)です。