はじめに
記念すべき第80話ですが、暗いニュースから入ります。新型コロナウイルス(COVID−19)が世界中に蔓延していますが、この機会に、だいぶ前に本メルマガで取り上げました「第1次世界大戦」の最中の1918年頃に蔓延したインフルエンザ・パンデミックを振り返っておきましょう。通称、「スペインインフルエンザ」、日本では「スペイン風邪」と呼ばれるものです。
当時、約19億人といわれた世界人口の約27%に相当する約5億人が感染し、死者は、1700万人から5000万人(1億人との分析もあります)に及びました。日本でも人口約5500万人の0.7%に相当する39万人が死亡しました。
コロナウイルスは、4月5日現在、世界中の感染者が約120万人、死者が約6万5千人といわれていますので、現時点で比較するとまさに桁違いの惨事だったことがわかります。
第1次世界大戦の犠牲者の総計は、約3700万人と記録されていますが、その約3分の1はスペインインフルエンザなどの疾病によるものだったとされています。これらの数字をみると、当時の人々の絶望感に胸が痛みます。
このインフルエンザは、元々はアメリカのイリノイ州が発祥地のようで、1915年頃にはすでにアメリカ国内の肺炎による死亡者が増加していました。発生源など不明のまま、米国の戦争参戦とともに大西洋を渡り、ヨーロッパで大流行したのですが、なぜか「スペインインフルエンザ」と呼ばれます。
その理由は、戦争に参戦していたイギリス、フランス、アメリカ、そしてドイツまでも兵士の士気を維持するために死亡者数の発表を最小限に抑え、報道統制もしていましたが、中立国スペインは、インフルエンザ流行について自由に報道できた結果、「スペインが特に被害が大きかった」と誤った印象を与えてしまい、名称まで生み出したのでした。
後世の研究によると、スペインインフルエンザはそれまでのものと比較してさほど攻撃性が強いわけではなく、戦時下にあった当時の劣悪な衛生状態、栄養失調、過密な医療キャンプや病院などが重複感染を促進し、この重複感染によって犠牲者が増大したとの分析があります。これらもあって、今のコロナウイルスと全く逆で、高齢者よりも若年者が高い死亡率を示しました(この原因は他にもあるようです)。
歴史の中では、特に戦争がクローズアップされ、天変地異やこの種パンデミックはなぜかあまり話題にならないのですが、幾度となくこれらの艱難辛苦(かんなんしんく)を乗り越えて今日に至っている“壮絶な人類の歴史”に改めて思いが至ります。
幸い、現在は戦時下でありません。各国が協力して人類の叡智を結集して有効な治療薬やワクチンが開発・実用化されるまでの間、私たちは、政府や自治体の施策や要請を信じ、ひとり一人が“できること”“しなければならないこと”を最大限に注意深く実施するしかないと考えます。お互いに強い忍耐力をもって頑張りましょう。
アメリカ側からみた「真珠湾攻撃」
前回の続きですが、「真珠湾攻撃」の奇襲はみごとに大成功します。直ちに第1次攻撃隊指揮官の淵田中佐から第1航空戦隊旗艦「赤城」宛に有名な「奇襲成功セリ」(暗号略号 トラ・トラ・トラ)が打電されます(電報のコピーを保持していますが、日付は12月8日0322とあります)。
報告された戦果は、「敵主力艦2隻轟沈、4隻大破、巡洋艦約4隻大破以上確実、飛行機多数撃破 我飛行機損害約30機」とあります。所在しているはずの空母が不在だったことが判明しますが、この瞬間、この戦果を「予期どおり」と判断したかどうかは不明です。
後日、空母の乗組員水兵による「12月5日の朝、空母3隻だけ土日の演習命令が出て外出禁止になり、上官に文句を言った。後日、パールハーバーに帰ってきて『なぜ空母だけを助けたのだ』と不思議に思った」旨の証言が残っています。
アメリカ海軍史上、日曜日に演習したのはこの時が最初で最後だったといわれますが、この演習が何を意味するかは明白でしょう。
一方で、アメリカ側もオアフ島北端のレーダーが日本軍機を発見していながらもB17爆撃機と誤認し、何らの措置を取らなかったとの判断ミスがあります。
これらもあって、米太平洋艦隊司令官のキンメル大将と米陸軍ハワイ管区司令官ショート中将は退役させられますが、のちにキンメル大将は「事前に真珠湾攻撃があることを知りながら、故意に連絡してこなかった」とルーズベルト大統領を告発します。
その根拠として、1941年1月以来、グルー大使から国務省宛に送られた暗号電報(時期は、海軍が真珠湾攻撃の検討を始めた頃と一致)に始まり、東京―ハワイ・ホノルル総領事間の176通に及ぶ暗号電文のほとんどを米国陸海軍諜報部が傍受していたのにもかかわらず、ハワイに何らに通報がなかったことを挙げています。
また、「真珠湾攻撃」がはじまる前に、ルーズベルト大統領に13部までの解読文が渡り、「これは戦争だ」と発言していたこと、そして4時間前に、スターク海軍作戦部長やマーシャル陸軍参謀総長も14項目全部の暗号解読文が届き、スターク提督がキンメル大将に知らせようとすると、マーシャルはそれを制止し、攻撃から2時間後に普通電話で知らせたこともわかっています。マーシャル参謀総長のこれらの言動は、今でも不可解とされています。
このぐらいにしておきましょう。もっと詳しく知りたい方は、『世界が語る大東亜戦争と東京裁判』(吉本貞昭著)をご一読下さい。
こうして、チャーチル首相に「私は、宣戦はしない。戦争を作るのだ」と語ったといわれるルーズベルト大統領の“術中”に見事にはまる形で「日米戦争」の火ぶたが切られたのでした。
今なお、「日本は汚い攻撃をした」と信じて疑わない人たちが日米両サイドにたくさんおりますが、そろそろ「史実」をしっかり見極める時期に来ているのではないでしょうか。
緒戦の連戦連勝
「真珠湾攻撃」以外の日本軍の緒戦の快進撃を要約します。12月8日未明、日本軍は南方の英国植民地でも行動を開始します。陸軍の第25軍(山下奉文司令官、3万5千人)が行動を開始すると、これを阻止しようとする英国東洋艦隊がシンガポールから出撃しますが、10日午後、仏印の飛行場から飛び立った海軍航空隊が英戦艦「プリンス・オブ・ウエールズ」と巡洋艦「レバレス」を撃沈させ、開戦3日目にして太平洋の制空権、制海権を握ります。
報告を受けたチャーチルをして「すべての戦争を通じてこれ以上直接的な衝撃を受けたことはなかった」と言わせた瞬間でした。
第25軍は、マレー半島に上陸し、銀輪部隊で知られる追撃作戦を実施し、シンガポールに向かって猛烈な勢いで半島を南下します。そして55日間で約1100qも進撃し、翌年1月末にはシンガポールを臨むジョホールに到達します。
2月8日からシンガポールへの上陸作戦を敢行し、熾烈な戦闘の結果、15日にはシンガポールを占領します。ここに100年以上にわたった大英帝国アジア植民地の牙城が陥落することになります。
我が国の重鎮らは日米開戦に最後まで反対しており、国民の一部も慎重論を唱えていたのですが、シンガポール陥落の頃には国中が戦勝気分に沸いたようです。
引き続き、陸海軍は、ラバウル、ジャワ島、フィリピンなど次々に占領して宣戦を拡大してきます。あまりの快進撃に対して天皇が「戦果が早く挙がり過ぎる」と内大臣につぶやかれたとの記録も残っています。
第2期作戦―「ミッドウェー海戦」をめぐる議論と結果
さて第2期です。昭和17年4月頃から18年6月頃までの約1年2カ月で、「我が陸海軍が連合国軍とほぼ互角に戦争をしていた時期」でした。
この期間も海軍統帥部と連合艦隊の確執が続きます。緒戦の「真珠湾攻撃」で中途半端に勝った結果として、さらに組織的欠陥の傷を大きくするのです。実情を知らないメディアの山本賞賛の後押しなどもあって、この後、日本から遠いミッドウェーへの攻撃、ガダルカナルへの進出など、「腹案」と逆を行く山本長官の作戦を阻止できず、その結果、大敗します。その概要を振り返ってみましょう。
海軍が「真珠湾攻撃」で緒戦を飾り、陸軍がマレー半島からシンガポール占領など東南アジアの作戦をほぼ計画通りに進捗した昭和17年3月頃、大本営政府連絡会議で「今後採るべき戦争指導の大綱」が決定されます。
ここで、「既得の成果を拡充して長期不敗の攻勢態勢を整えつつ、“機を見て積極的の方策を講ず”」という文言が併記されます。当初の守勢的戦略をあわよくば攻勢的戦略に転換しようとしていたのでした。
この文言は、連合艦隊に引きずられた海軍の「大東亜戦争の主作戦は終始一貫、太平洋正面にある」と立場を考慮したものだったと参謀本部の田中作戦部長が回想しています。
陸軍は“攻勢の限界を超える”ことを恐れ、ジャワ占領をもって長期持久態勢を固め、連合艦隊主力をインド洋に指向すべきと主張します。
海軍も同年2月頃までは、インド洋作戦の図上演習を実施するなど、その時点では陸軍と同様の戦略を保持していました。ところが、4月、我が国を震撼させた奇襲爆撃が発生します。「ドゥーリトル空襲」です。
「ドゥーリトル空襲」とは、空母ホーネットからドゥーリトル中佐率いる16機のB25が東京方面等を空襲したことです。この空襲は、実際の損害以上に我が国の中枢部に直撃弾を浴びせた格好になります。
日本軍のメンツは丸つぶれになり、特に海軍に与えた衝撃は甚大で、中でも山本長官のプライドは大きく傷つきました。これによって、「ミッドウェー作戦が必要だ」とする山本長官の説明が説得力を増してしまったのです。
こうして、4月に決定された海軍の第2段作戦計画には、インド洋の作戦やオーストラリア攻略に通ずるサモア諸島やニューカレドニアなどの作戦に加え、ミッドウェー島攻略、さらにはハワイ攻略まで盛り込まれました。
これによって、明治以来、迎撃戦を基礎としてきた海軍は、今まで研究はおろか考えたこともない作戦様式の戦闘を続けることになります。その結果、「真珠湾攻撃を除き、百戦百敗は当然だった」との分析もあります。
当然ながら、軍令部は、本作戦に大反対していましたが、再び「計画が受け入れられなければ長官の職にはとどまれない」との山本長官の主張に対して「真珠湾攻撃の英雄を辞めさせるわけにはいかない」と作戦を了承します。“頭に血が上った”山本長官らには、「ドゥーリトル空襲」に込められたアメリカの“したたかな意図”を見抜けなかったのでした。
ミッドウェー作戦((昭和17年6月5〜7日)の結果についての説明は必要ないと考えますが、日本は主力空母4隻と艦載機、搭乗員を一挙に失い、山本長官の連続決戦構想は破綻します。
開戦以来一度も変えていない暗号はすでに米英に解読され、米軍は日本人の八木秀次氏が発明した「八木アンテナ」を使用して待ち構えていたこともあって「負けるべくして負けた」のでした。その上、こともあろうか海軍は、この大敗北と破壊的損害を陸軍側には長く知らせていなかったのです。
ミッドウェー海戦の結果について永野軍令部長かから奉上を受けた天皇は「損害により士気のそごうを来さないように、また今後の作戦が消極退嬰(たいえい)にならないように」と語られたことが『昭和天皇実録』に記載されています。
その後もインド洋作戦、つまり「腹案」への回帰のチャンスがありました。昭和17年6月、ドイツがようやくリビアにあるイギリス要塞を陥落させ、エジプトへ突入します。誰が見ても日独伊枢軸側の“勝機”でした。これを受けて、海軍は再編した連合艦隊を投入してインド洋作戦を決定し、陸軍参謀本部もセイロン島攻略を進言します。
しかしながら、またしても山本長官がこのチャンスを壊します。マラリア諸島やカロリン諸島などの攻略を経てガダルカナルに固執します。そして、連合艦隊は、ミッドウェー海戦をはるかに上回る決定的大失態を南方方面で演ずることになります。
(以下次号)
(むなかた・ひさお)
(令和二年(2020年)4月9日配信)
著者略歴
宗像久男(むなかた ひさお)1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。
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- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その5)」 (令和二年(2020年)2月13日配信)です。
- 日米戦争への道程(その6)
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その6)」 (令和二年(2020年)2月20日配信)です。
- 日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」」 (令和二年(2020年)2月27日配信)です。
- 「大東亜戦争」をいかに伝えるか
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」をいかに伝えるか」 (令和二年(2020年)3月19日配信)です。
- 「大東亜戦争」の戦争戦略
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の戦争戦略」 (令和二年(2020年)3月26日配信)です。
- 「真珠湾攻撃」の真実
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「真珠湾攻撃」の真実」 (令和二年(2020年)4月2日配信)です。
- ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に」 (令和二年(2020年)4月16日配信)です。
- 「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ」 (令和二年(2020年)4月23日配信)です。
- 「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下」 (令和二年(2020年)4月30日配信)です。
- 終戦とマッカーサー来日
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「終戦とマッカーサー来日」 (令和二年(2020年)5月13日配信)です。
- 米国の「日本研究」とその影響
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「米国の「日本研究」とその影響」 (令和二年(2020年)5月21日配信)です。
- 「WGIP」の目的と手段
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「WGIP」の目的と手段」 (令和二年(2020年)5月28日配信)です。
- 「日本国憲法」の制定経緯
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「日本国憲法」の制定経緯」 (令和二年(2020年)6月4日配信)です。
- 「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」」 (令和二年(2020年)6月11日配信)です。
- 「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」」 (令和二年(2020年)6月18日配信)です。
- 占領期初期の欧州および周辺情勢
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「占領期初期の欧州および周辺情勢」 (令和二年(2020年)6月25日配信)です。
- 情勢変化に伴う占領政策の変容
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「情勢変化に伴う占領政策の変容」 (令和二年(2020年)7月2日配信)です。
- 「東京裁判」の結果と評価
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「東京裁判」の結果と評価」 (令和二年(2020年)7月9日配信)です。
- 我が国の安全保障政策をめぐる議論
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「我が国の安全保障政策をめぐる議論」 (令和二年(2020年)7月16日配信)です。
- 変容する国内情勢と「朝鮮戦争」前夜
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「変容する国内情勢と「朝鮮戦争」前夜」 (令和二年(2020年)7月23日配信)です。
- 「朝鮮戦争」の経緯と我が国に与えた影響
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「朝鮮戦争」の経緯と我が国に与えた影響」 (令和二年(2020年)7月30日配信)です。
- 「マッカーサー証言」の意味するもの
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「マッカーサー証言」の意味するもの」 (令和二年(2020年)8月6日配信)です。
- 「サンフランシスコ講和条約」締結への道程
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「サンフランシスコ講和条約」締結への道程」 (令和二年(2020年)8月20日配信)です。
- 「サンフランシスコ講和条約」締結と主権回復
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「サンフランシスコ講和条約」締結と主権回復」 (令和二年(2020年)8月27日配信)です。
- 「大東亜戦争」の総括(その1)
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その1)」 (令和二年(2020年)9月3日配信)です。
- 「大東亜戦争」の総括(その2)
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その2)」 (令和二年(2020年)9月10日配信)です。
- 「大東亜戦争」の総括(その3)
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その3)」 (令和二年(2020年)9月17日配信)です。
- 「大東亜戦争」の総括(その4)
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その4)」 (令和二年(2020年)9月24日配信)です。
- 「大東亜戦争」の総括(その5)
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その5)」 (令和二年(2020年)10月1日配信)です。
- 「大東亜戦争」の総括(その6)
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その6)」 (令和二年(2020年)10月8日配信)です。
- 「大東亜戦争」の総括(その7)
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その7)」 (令和二年(2020年)10月15日配信)です。
- 「大東亜戦争」の総括(その8)
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その8)」 (令和二年(2020年)10月22日配信)です。
- あとがき(その1)
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「あとがき(その1)」 (令和二年(2020年)10月29日配信)です。
- あとがき(その2)
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「あとがき(その2)」 (令和二年(2020年)11月5日配信)です。
- あとがき(その3)
- 「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「あとがき(その3)」 (令和二年(2020年)11月12日配信)です。