「日本国憲法」の制定経緯

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はじめに

 

世の中はあいかわらず新型コロナ一色ですが、その流れに掉さすように、このような内容のメルマガを毎週配信しておりますと、時々、自らの行動に対して猜疑心にさいなまされる時があります。

 

そのような気持ちを静め、納得させてくれるのは、エンリケさんの毎回の冒頭紹介文であり、時々いただく読者反響です。本紙で連載中の荒木様、F様、そしてつい先日はN様から身に余るコメントと激励をいただき、遅ればせながら心より御礼申し上げます。

 

N様からは「真実を伝える熱気がどんどん入ってくる」とお褒めの言葉をいただきましたが、正直申し上げれば、日本史そして世界史の中で「真実らしきこと」を探し出す難儀さと「真実らしい」と確信したことを要約して文章を造りあげる難儀さの両方を味わいながら毎回、悪戦苦闘しております。「歴史の専門家でもないのに、エライことに首を突っ込んだものだ」と自省し、当初は、“事が大きくなる前に断念しよう”とまで考えたことがあります。

 

しかし、ある時から、押し付けられた歴史教育への反発もあって“真実を求める快感”と“伝える義務感”のようなものを感じ始め、断念することなく回を重ね、戦後の占領政策まで来てしまいました。

 

本メルマガでも時々引用しております元外交官の岡崎久彦氏は「歴史はその時々の人間と国家が生き抜いてきた努力の積み重ねであり、人間と国家の営みの大きな流れである。その流れの中で戦争も生じれば平和も生じる。その善悪を論じるべきものではない」とあらゆる偏向史観にとらわれず、史実を忠実に理解する重要性を説いていますが、全く同感です。

 

中でも、日本史と世界史に“横串”を入れて、歴史の縦と横のつながりを重視し、“その時々の営みがなぜそのように行なわれたのか”を解明していきますと、教えられ、常識になっている歴史とは全く逆の“善悪”が見えてきたりします。

 

読者の皆様にはそのような真実の歴史の一端を垣間見ていただければありがたい限りです。もうしばらく続けます。お付き合いいただきますよう改めてご理解とお願いを申し上げます。

 

 さて、前回の続きです。マッカーサーは、「WGIP」によって日本人に戦争贖罪意識を培養する一方で、それだけでは「『ポツダム宣言』によって明白にされた、アメリカを主とする連合国が『正義』だったとする戦争観の定着と、トルーマン大統領から指示された『日本が二度とアメリカにとって、世界の平和と安全にとって、脅威とならないようにする』ことを担保するには不十分」と当初から思い込んでいたものと推測します。

 

その別の手立てこそが、「日本国憲法」の制定や日本国の抜本的な改造であり、「東京裁判」だったと考えます。まず、「日本国憲法」の制定を振り返ってみましょう。

 

憲法改正の指示と日本政府の対応

 

憲法の制定経緯も、振り返りますと魑魅魍魎(ちみもうりょう)としており、にわかには理解できません。GHQ側の意図や証言と日本側の証言に食い違う部分があったり、正確な記録が残っておらず、推測せざるを得ない所もあります。

 

「日本国憲法」は、昭和21(1946)年11月3日に公布され、翌22(1947)年5月3日から施行されました。

 

 マッカーサーが幣原首相に対して「『大日本帝国憲法』(明治22年制定)を改正し、民主的な憲法を作れ」と正式に指示したのは、昭和20(1945)年10月11日でしたので、わずかに1年あまりの歳月で憲法が出来上がったことになります。しかも(後述しますが)その原案はGHQによって約1週間でできあがったものでした。

 

 すでに紹介しましたが、明治天皇が憲法起草を命じてから13年、伊藤博文が中心となって起草を開始してから5年の歳月をかけた「大日本帝国憲法」の制定経緯と比較するといかにも拙速だったという印象を持ちます。

 

 さて、憲法改正の必要性については、終戦後まもなく、マスコミや有識者の間で議論されていました。しかし、政府は終戦直後の食糧難等の対策に追われていて憲法どころではなかったというのが現実でした。

 

しかし、マッカーサーの指示を受けて、10月25日、政府内に「憲法問題調査委員会」を設置し、憲法草案の策定作業を始めます。委員長は国務相の松本烝治(じょうじ)、委員には東大教授宮沢俊義ら、顧問に憲法学の大家・美濃部達吉氏など当代一流の布陣を起用しました。

 

翌年1月7日、松本は、@天皇が統治権を総攬(そうらん)する大原則は変更なし、A議会の議決権の拡充、B国務大臣は議会が責任を持つ、C国民(臣民)の自由・権利の保護の強化などの4原則を柱とする憲法改正私案を作成し、天皇に上奏します。

 

一方、1月上旬、トルーマン政府もマッカーサーに対して、天皇を廃止しない場合でも、@軍事に対する天皇の権能は失う、A天皇は内閣の助言に基づいてのみ行動しなければならない、など憲法改正の基本方針を伝えます。

 

2月1日、松本草案を毎日新聞が1面トップで「憲法改正調査会の試案 立憲君主主義を確立」との大見出しでスクープします。この内容は比較的リベラルの“宮沢甲案”とほぼ同等のものだったとのことですが、毎日は「あまりに保守的・現状維持的」と批判し、後追いした他のマスコミも批判的でした。

 

ちなみに、このスクープについては、色々な思惑が混じり、長い間、話題になっていました。真相は、毎日新聞政治部の西山柳造記者が当委員会事務局の協力者から極秘に草案を借り出したということで、それ以上の詳細は不明ですが、当時は、今ほど情報漏洩が問題にならなかったのでした。

 

ただ、これにより事態は急変します。マッカーサーは、日本側が作成している試案の提出を求め、十分な説明もないままGHQの手に渡ってしまいます。GHQ高官らは「試案があまりに保守的、現状維持的なものに過ぎない」と批判されていることを知り、「旧態依然たるもの」と決めつけてしまいます。

 

中でも、“天皇大権に手を触れていない”松本草案は、1月1日に「人間宣言」まで強要したマッカーサーの逆鱗に触れたのでした。

 

その背景には、近く「極東委員会」が開かれることになっており、天皇追訴の方針が打ち出される恐れもあったというGHQ側の事情、つまり、同委員会が行動を起こす前に「自由主義的な憲法改正で天皇存続の流れを固めて起きたかった」というマッカーサーの意図があったのです。

 

「マッカーサー草案」の作成指示

 

幣原内閣への不信を強めたマッカーサーは、2月3日、GHQ民政局長のホイットニーに2月12日までの10日間を期限に憲法草案の作成を命令します。

 

この際、のちに「マッカーサー3原則」といわれる次の3原則を示します。まず、第1が天皇制についてです。「天皇は国の元首の地位を与えられるが、その職務と権限は、憲法に従って行使され、国民の基本的意思に応えるものでなければならない」としています。

 

第2が「戦争放棄」です。日本は「紛争解決の手段としての戦争」のみならず「自国の安全保持の手段としての戦争をも放棄する」としています。この原則は、戦争放棄、戦力不保持、交戦権の否定、そして安全保障を「今や世界を動かしつつある崇高な理想に委ねる」と徹底したもので、疑念を挟む余地がありませんでした。

 

なお、この「戦争放棄」について、『マッカーサー回想録』によれば「幣原首相が先に提案した」と自己弁護のような証言が残っています。幣原自身の経歴からして「突飛ではない発言」とされていますが、その真偽のほどは不明のままです。しかし、「日米双方ともに、マッカーサーの証言を信ずる研究者は皆無に等しい」(五百旗頭 真氏、岡崎久彦氏)というのが暗黙の了解のようです。

 

これについて、岡崎氏はまた、「天皇制維持を定めた憲法を通すために、極東委員会が反対できないような、戦争放棄を含むリベラルな憲法を作らなければならない」とのマッカーサーの意図を幣原首相が理解し、「他言無用を約束した」と解説しています。

 

他方、「悪質だったのは、マッカーサーがまだ一度も会合を持っていなかった極東委員会を飽くことなく利用したことだ」(西悦夫氏)との指摘もありますが、この後、マッカーサーは憲法制定をめぐって極東委員会と激しい喧嘩をします。そして、予定通りの作戦を遂行し、結局押し切ります。

 

なお、民生局次長(ニューデーラーの)ケーディス大佐は、その真意は不明ですが、「自国の安全保障のための戦争」の部分を「勝者が占領下の敗者の自衛権を否定まで強いるのはいかがなものか、世界の現実はこれを祝福しないだろう」と独断で削除したといわれ、これについて、マッカーサーやホイットニーからはおとがめはなかったとの記録が残っています。つまり、この時点では、自衛権と自衛手段の保持は憲法の法理として担保されていたのでした。

 

マッカーサー原則の第3が「封建制度の廃止」です。この言葉自体には違和感を持ちますが、貴族とか爵位などの廃止です。第1の天皇制と関連した指針と考えます。

 

草案作成を命じられた民生局行政部には憲法の専門家はおらず、日本への理解も浅い軍人(中佐から少尉まで)や通訳など20人余りの素人集団でした。憲法学の基礎すら学ぶ余裕はありません。

 

元自衛官の私は、軍人の階級は世界共通の経験とか資質を有していると認識しています。将官は将官、佐官は佐官、尉官は尉官です。いくら優秀であっても、昨日まで鉄砲を担いでいた佐官や尉官の集団がにわかに憲法など作れるわけがありません。

 

彼らは、不戦条約、米国憲法、フィリピンやソ連を含む他国の憲法、民間団体の私案などから気に入った条文を写し取り、つなぎ合わせていくという、“憲法のような国家の基本となる法体系を造るには全くふさわしくない作業”を急ピッチで進めました。

 

「マッカーサー草案」提示と対応

 

こうして、「マッカーサー草案」が出来上がり、2月13日、ホイットニーから吉田外相と松本国務相に手渡され、「日本の憲法改正案は受け入れられない。総司令部でモデル案を作ったのでこの案に基づき、日本案を支給起草してもらいたい」と告げられます。「天皇の地位について、元帥は深い考慮をめぐらしているが、この案に基づく憲法改正でないと天皇の一身を保障することはできない」と、脅迫ともとれる発言が付け加えられました。

 

そこには、第1条の天皇は「シンボル」と規定されているなど、二人は、「大日本帝国憲法」の改正ではなく、解体案であること悟り、色を失って顔を見合わせといわれます。

 

その後、政府は、GHQへ説得を試みますが、「天皇の一身」を担保にされた政府に他の選択肢はありませんでした。ただちに、英文の草案を日本語に翻訳する一方で、一部独自に修正して新憲法草案の完成を急ぎますが、3月2日、「憲法案を(日本語でいいから)提出しろ」とGHQから矢のような催促が届き、閣議にもかけずに提出すると、その場で英訳され、マッカーサー草案と異なる部分を次々に再修正されます。

 

3月6日、事実上、GHQ製の憲法改正草案要綱を政府案として公表します。これについては、「納得したわけではないが、一日も早く講和条約を締結し、独立、主権を回復するため、新憲法によって民主国家、平和国家たるの“実”を内外に表明する必要があった」と吉田外相は述懐しています。

 

6月、新憲法案が帝国議会の審議に付されます。最大の争点は、「国体の護持」でしたが、政府は「護持された」で押し通します。こうして、新憲法案は一部修正の上、可決されて、明治天皇の誕生日を祝った「明治節」の11月3日に「日本国憲法」が公布されます。このようにして出来上がった「日本国憲法」に意義などについては、次回取り上げましょう。

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(令和二年(2020年)6月4日配信)

 

 

お知らせ

 私は現在、ボランテイアですが、公益社団法人自衛隊家族会の副会長の職にあります。今回紹介いたします『自衛官が語る 海外活動の記録』は、自衛隊家族会の機関紙「おやばと」に長い間連載してきた「回想 自衛隊の海外活動」を書籍化したものです。

 

その経緯を少しご説明しましょう。陸海空自衛隊は、創設以降冷戦最中の1990年頃までは、全国各地で災害派遣や警備活動を実施しつつ、「専守防衛」の防衛政策のもとで国土防衛に専念していました。

 

 憲法の解釈から「海外派兵」そのものが禁止されており、国民の誰しも自衛隊の海外活動は想像すらしないことでした。当然ながら、自衛隊自身もそのための諸準備を全く行なっていませんでした。

 

ところが、冷戦終焉に伴う国際社会の劇的な変化によって、我が国に対しても国際社会の安定化に向けて実質的な貢献が求められるようになりました。

 

こうして、湾岸戦争後の1991(平成3)年、海上自衛隊掃海部隊のペルシア湾派遣を皮切りに、自衛隊にとって未知の分野の海外活動が始まりました。しかも、中には国を挙げての応援態勢がないままでの海外活動も求められ、派遣隊員や残された家族のやるせない思いやくやしさは募るばかりでした。

 

それでも隊員たちは、不平不満など一切口にせず、「日の丸」を背負った誇りと使命感を抱きつつ、厳正な規律をもって今日まで一人の犠牲者を出すことなく、与えられた任務を確実にこなしてきました。この間、実際に派遣された隊員たちのご苦労は想像するにあまりあるのですが、寡黙な自衛官たちは本音を語ろうとしませんでした。

 

かくいう私も、陸上幕僚監部防衛部長時代、「イラク復興支援活動」の計画・運用担当部長でしたので、決して公にはできない様々な経験をさせていただきました(墓場まで持っていくと決心しております)。

 

このような海外活動の実態について、隊員家族をはじめ広く国民の皆様に知ってもらうことと自衛隊の海外活動の記録と記憶を後世に伝え残したいという願いから、「おやばと」紙上でシリーズ化し、各活動に参加した指揮官や幕僚などに当時の苦労話、経験、エピソードを寄せてもらいました。

 

連載は、2012年8月から2014年11月まで約2年半続き、その後も行なわれている「南スーダン共和国ミッション」や「海賊対処行動」などについてはそのつど、関係者に投稿をお願いしました。

 

このたび、シリーズ書籍化第1弾の『自衛官が語る 災害派遣の記録』と同様、桜林美佐さんに監修をお願いして、その第2弾として『自衛官が語る 海外活動の記録』が出来上がりました。

 

本書には、世界各地で指揮官や幕僚などとして実際の海外活動に従事した25人の自衛官たちの脚色も誇張もない「生の声」が満載されております。

 

遠く母国を離れ、過酷な環境下で、ある時は身を挺して、限られた人数で励まし合って厳しい任務を達成した隊員たち、実際にはどんなにか辛く、心細く、不安だったことでしょうか。

 

しかし、これらの手記を読む限り、そのようなことは微塵も感じられないばかりか、逆に派遣先の住民への愛情や部下への思いやりなどの言葉で溢れており、それぞれ厳しい環境で活動したことを知っている私でさえ、改めて自衛隊の精強さや隊員たちの素晴らしさを垣間見る思いにかられます。

 

また、桜林さんには、海外活動の進化した部分とか依然として制約のある法的権限などについて、わかりやすく解説し、かつ問題提起していただきました。

 

皆様にはぜひご一読いただき、まずはこれら手記の行間にある、隊員たちの「心の叫び」を汲み取っていただくとともに、自衛隊の海外活動の問題点・課題などについても広くご理解いただきたいと願っております。また、前著『自衛官が語る 災害派遣の記録』を未読の方は、この機会にこちらもぜひご一読いただきますようお願い申し上げ、紹介と致します。

 

『自衛官が語る 海外活動の記録─進化する国際貢献』
桜林美佐監修/自衛隊家族会編
  発行:並木書房(2019年12月25日)
  https://amzn.to/384Co4T

 

 

お知らせその1

 新元号が「令和」に決まった4月1日、『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』(桜林美佐監修/自衛隊家族会編/並木書房発行)が発売となりました。本「メルマガ軍事情報」で毎週月曜日にメルマガを発信されている、本書監修者の桜林美佐氏がすでに4月1日発刊のメルマガで紹介されましたが、私も“仕掛け人”の一人として皆様に本書を紹介しておきたいと思います。

 

 本書は、主に自衛隊員の家族によって構成される自衛隊家族会の機関紙『おやばと』に3年以上にわたって連載された「回想 自衛隊の災害派遣」をまとめたものです。ここには過去50年あまりに実施された陸海空自衛隊の主な災害派遣と、それに従事した指揮官・幕僚・隊員たち37人の証言が収められています。昭和26年のルース台風で当時の警察予備隊が初の災害派遣をして以来、自衛隊はこれまでに4万件を超える災害派遣を実施してきました。激甚災害時の人命救助や復旧支援をはじめ、離島での救急患者の輸送、不発弾処理、水難救助、医療や防疫に至るまでその活動は広範多岐にわたります。

 

しかし、 “災害派遣の「現場」で何が起きているか”について、寡黙な自衛官たちはこれまで多くを語ることはありませんでした。本書には、「阪神・淡路大震災」において、自衛官たちが不眠不休で身を賭して人命救助にあたっていた時に「神戸の街に戦闘服は似合わない」と発言されたことや、厚生省から被災者の入浴支援は「公衆衛生法に反する」と指摘されたとの証言、そして、被災地でご遺体を搬送したら、警察から「検視前に動かすと公務執行妨害になる」と言われたこととか、瓦礫の除去も私有財産を勝手に処分する問題があるなどの証言もあります。さらに、「地下鉄サリン事件」では、自ら防毒マスクを外して安全を確認した化学防護隊長の証言など、脚色も誇張もないリアルな事実が記録されています。

 

自衛隊の災害派遣は常に「被災者のために」が“合い言葉”のようになっています。桜林氏がメルマガでわざわざ取り上げてくれましたが、かくいう私も「有珠山噴火時の災害派遣」の体験談、とくに被災者の欲求は状況によって変化し、「被災者に寄り添う支援」がいかに大変かについて書かせて頂きました。

 

本書には、昭和末期の災害派遣も少し含まれていますが、ほぼ平成時代に生じた災害派遣の記録となっており、平成時代の大きな災害を振り返るための資料価値もあると考えます。すでに店頭に並んでおり、アマゾンなどで購入も可能ですので、自衛隊の災害派遣にご興味のある方は、ぜひご一読いただきますようお願い申し上げます(本書の問い合わせなどは宗像宛でお願い致します)。

 

 

『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』
桜林美佐監修/自衛隊家族会編
並木書房発行
http://okigunnji.com/url/28/

 

 

 

お知らせその2

 「メルマガ軍事情報」でエンリケさんが再三紹介された『漫画クラウゼヴィッツと戦争論』を私も読ませていただきました。陸上自衛隊の元将官、つまり軍事の専門家の“端くれ”としての立場で私も本書について少し解説したいと思います。

 

陸上自衛隊の幹部は(全員ではありませんが)、在任中に不滅の戦略論といわれる中国の古典『孫子』やクラウゼヴィッツの『戦争論』を学ぶ機会があります。
『孫子』は、漢詩調に書かれているせいもあって、わりと日本人には理解しやすいのですが、『戦争論』は、クラウゼヴィッツの理論の背景が欧州戦場であるため、なかなかイメージアップできないばかりか、理論そのものが難解で、翻訳の問題もあってか、軍事のプロの自衛官でさえ困難を極めます。

 

私の場合は、防衛大学校の学生時代を含めると3回、真剣に学んだ経験があります。当然ながら、「軍事とは何か」をまったく知らない学生時代は、「ナポレオン戦争」の戦史を学ぶ延長で『戦争論』の“さわり”を学んだ記憶がある程度です。そして自衛隊に入り、中堅幹部の3佐時代に1度、さらに1佐になりかけた頃、再度、集中して学ぶ機会がありました。

 

クラウゼヴィッツが何を言いたいかをある程度理解し、“目から鱗”を自覚したのは、3回目、つまり20年あまり、部隊や陸上幕僚監部などで指揮官や幕僚としての実務を経験した後でした。

 

さて、本書の作・画は元1佐の石原(米倉)ヒロアキ氏によるものです。石原氏は、漫画については自衛隊に入隊する前の大学時代にすでに「赤塚不二夫賞」の準入選に選ばれるほどの実力を持っておられたようです。しかし、「好きな戦争漫画を描くには軍事を知らなければならない」と自衛官を志し、定年まで全うした後、再び漫画家の道を歩まれている信念の持ち主です。

 

その経験と信念からでしょうか、単に『戦争論』を漫画で解説するだけに留まらず、軍人クラウゼヴィッツに焦点をあて、その戦歴を追体験しながら、クラウゼヴィッツが個々の理論をいかに発想したか、その背景を含めてとてもわかりやすく可視化しているところに本書の特色があります。

 

その石原氏が2年間の情熱を注いで完成した本書にはまた、随所に軍事専門家ならではの“目(切り口)”を伺い知ることができます。何度も悪戦苦闘した経験を有する私にとりましても、“新たな発見”がたくさんありました。

 

本書は、『戦争論』の研究者・翻訳者として最も定評のある清水多吉氏が監修されていることもあって、これまで『戦争論』を学んだ経験のない読者にとっては「入門書」になるでしょうし、すでに学んだ読者にとっては、背景などが可視化されていることによって、難解な理論を改めて読み解くうえで貴重な一冊になると確信いたします。しかも、漫画ですから気軽に読むことができ、内容が瞬間に“頭に焼き付く”というメリットもあります。

 

「平和」を唱えるだけで、「戦争」と聞くだけで“拒否反応”を示す多くの日本人、とくに政治家や有識者ら我が国を牽引すべきリーダーたちに「軍事」を少しでも理解していただくためにも本書がベストセラーになることを祈って止みません。一人でも多くの方にお読みいただくようお薦めします。

 

 

漫画 クラウゼヴィッツと戦争論
 石原ヒロアキ(作) 清水多吉(監修)
 並木書房
 2019年6月27日発行
 http://okigunnji.com/url/51/

 

 



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」開戦までの情勢(前段)」  (2019年(平成31年)4月11日配信)です。
「日露戦争」開戦までの情勢(後段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」開戦までの情勢(後段)」  (2019年(平成31年)4月18日配信)です。
日露の「戦力」と「作戦計画」比較
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「日露の「戦力」と「作戦計画」比較」  (2019年(平成31年)4月25日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その1)」  (2019年(令和元年)5月2日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その2)」  (2019年(令和元年)5月9日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その3)」  (令和元年(2019年)5月16日配信)です。
“新たな時代の幕開け”となった「講和条約」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「“新たな時代の幕開け”となった「講和条約」 」  (令和元年(2019年)5月23日配信)です。
陸・海軍対立のはじまり
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「陸・海軍対立のはじまり」  (令和元年(2019年)5月30日配信)です。
20世紀を迎え、様変わりした国際社会
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「20世紀を迎え、様変わりした国際社会」  (令和元年(2019年)6月6日配信)です。
揺れ動く内外情勢の中の「明治時代」の終焉
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「揺れ動く内外情勢の中の「明治時代」の終焉」  (令和元年(2019年)6月13日配信)です。
「激動の昭和」に至る“道筋”を決めた「大正時代」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「激動の昭和」に至る“道筋”を決めた「大正時代」」  (令和元年(2019年)6月20日配信)です。
第1次世界大戦と日本
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 第1次世界大戦と日本」 (令和元年(2019年)6月27日配信)です。
「ロシア革命」と「シベリア出兵」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「ロシア革命」と「シベリア出兵」 (令和元年(2019年)7月4日配信)です。
第1次世界大戦と日本ー相次ぐ派兵要請ー
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「第1次世界大戦と日本ー相次ぐ派兵要請ー」 (令和元年(2019年)7月11日配信)です。
「第1次世界大戦」の終焉と「ヴェルサイユ条約」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「第1次世界大戦」の終焉と「ヴェルサイユ条約」」 (令和元年(2019年)7月18日配信)です。
「第1次世界大戦」の歴史的意義
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「第1次世界大戦」の歴史的意義」 (令和元年(2019年)7月25日配信)です。
“歴史的岐路”となった「ワシントン会議」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“歴史的岐路”となった「ワシントン会議」」 (令和元年(2019年)8月1日配信)です。
「大正時代」が“残したもの”
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大正時代」が“残したもの”」 (令和元年(2019年)8月8日配信)です。
“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(前段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(前段)」 (令和元年(2019年)8月15日配信)です。
“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(後段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(後段)」 (令和元年(2019年)8月22日配信)です。
第2次世界大戦を引き起こしたアメリカ発の「世界恐慌」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「第2次世界大戦を引き起こしたアメリカ発の「世界恐慌」」 (令和元年(2019年)8月29日配信)です。
「満州事変」の背景と影響@―日本と満州の関係―
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」の背景と影響@―日本と満州の関係―」 (令和元年(2019年)9月5日配信)です。
当時の中国大陸で何が起きていたか?
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「当時の中国大陸で何が起きていたか?」 (令和元年(2019年)9月12日配信)です。
「満州事変」前夜と勃発
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」前夜と勃発」 (令和元年(2019年)9月19日配信)です。
昭和陸軍の台頭
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「昭和陸軍の台頭」 (令和元年(2019年)9月26日配信)です。
「満州事変」の拡大と国民の支持
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」の拡大と国民の支持」 (令和元年(2019年)10月3日配信)です。
満州国建国と国際連盟脱退
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「満州国建国と国際連盟脱退」 (令和元年(2019年)10月10日配信)です。
「二・二六事件」の背景と影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「二・二六事件」の背景と影響」 (令和元年(2019年)10月17日配信)です。
「支那事変」に至る日中情勢の変化
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」に至る日中情勢の変化」 (令和元年(2019年)10月24日配信)です。
「盧溝橋事件」から「支那事変」へ
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「盧溝橋事件」から「支那事変」へ」 (令和元年(2019年)10月31日配信)です。
「支那事変」の拡大と「南京事件」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」の拡大と「南京事件」」 (令和元年(2019年)11月7日配信)です。
「支那事変」止まず、内陸へ拡大
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」止まず、内陸へ拡大」 (令和元年(2019年)11月14日配信)です。
“歴史を動かした”ソ連の陰謀
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“歴史を動かした”ソ連の陰謀」 (令和元年(2019年)11月21日配信)です。
世界に拡散した「東亜新秩序」声明
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「世界に拡散した「東亜新秩序」声明」 (令和元年(2019年)11月28日配信)です。
危機迫る“欧州情勢”
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「危機迫る“欧州情勢”」 (令和元年(2019年)12月5日配信)です。
「ノモンハン事件」に至る日ソ対立の背景
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ノモンハン事件」に至る日ソ対立の背景」 (令和元年(2019年)12月12日配信)です。
「ノモンハン事件」勃発と停戦
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ノモンハン事件」勃発と停戦」 (令和元年(2019年)12月19日配信)です。
戦争は「石油」で始まり、「石油」で決まる
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「戦争は「石油」で始まり、「石油」で決まる」 (令和元年(2019年)12月26日配信)です。
日米戦争への道程(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その1)」 (令和二年(2020年)1月16日配信)です。
日米戦争への道程(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その2)」 (令和二年(2020年)1月23日配信)です。
日米戦争への道程(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その3)」 (令和二年(2020年)1月30日配信)です。
日米戦争への道程(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その4)」 (令和二年(2020年)2月6日配信)です。
日米戦争への道程(その5)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その5)」 (令和二年(2020年)2月13日配信)です。
日米戦争への道程(その6)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その6)」 (令和二年(2020年)2月20日配信)です。
日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」」 (令和二年(2020年)2月27日配信)です。
「大東亜戦争」をいかに伝えるか
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」をいかに伝えるか」 (令和二年(2020年)3月19日配信)です。
「大東亜戦争」の戦争戦略
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の戦争戦略」 (令和二年(2020年)3月26日配信)です。
「真珠湾攻撃」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「真珠湾攻撃」の真実」 (令和二年(2020年)4月2日配信)です。
「ミッドウェー作戦」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ミッドウェー作戦」の真実」 (令和二年(2020年)4月9日配信)です。
ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に」 (令和二年(2020年)4月16日配信)です。
「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ」 (令和二年(2020年)4月23日配信)です。
「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下」 (令和二年(2020年)4月30日配信)です。
終戦とマッカーサー来日
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「終戦とマッカーサー来日」 (令和二年(2020年)5月13日配信)です。
米国の「日本研究」とその影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「米国の「日本研究」とその影響」 (令和二年(2020年)5月21日配信)です。
「WGIP」の目的と手段
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「WGIP」の目的と手段」 (令和二年(2020年)5月28日配信)です。
「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」」 (令和二年(2020年)6月11日配信)です。
「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」」 (令和二年(2020年)6月18日配信)です。
占領期初期の欧州および周辺情勢
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「占領期初期の欧州および周辺情勢」 (令和二年(2020年)6月25日配信)です。
情勢変化に伴う占領政策の変容
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「情勢変化に伴う占領政策の変容」 (令和二年(2020年)7月2日配信)です。
「東京裁判」の結果と評価
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「東京裁判」の結果と評価」 (令和二年(2020年)7月9日配信)です。
我が国の安全保障政策をめぐる議論
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「我が国の安全保障政策をめぐる議論」 (令和二年(2020年)7月16日配信)です。
変容する国内情勢と「朝鮮戦争」前夜
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「変容する国内情勢と「朝鮮戦争」前夜」 (令和二年(2020年)7月23日配信)です。
「朝鮮戦争」の経緯と我が国に与えた影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「朝鮮戦争」の経緯と我が国に与えた影響」 (令和二年(2020年)7月30日配信)です。