「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」

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はじめに

 

 先日、匿名希望様から第88話で取り上げました憲法第9条関連について貴重なご意見を賜りましたので、冒頭に少し補足しておきます。

 

 まず、私たち自衛官、特に心ある幹部自衛官は、憲法に定める自衛権とか自衛隊が合憲か否かなどについて特に関心を持ち、学び、両サイドの意見に耳を澄まし、自分なりの考え(結論)を保持しています。本メルマガでは控えてはいますが、私もその例外でありません。

 

 何度も繰り返していますが、私が、我が国の歴史を振り返る時の視点はいつも同じ、“史実(らしきもの)は何か”の1点です。

 

アメリカは、パリ不戦条約批准時に「自衛戦争は禁止されていない」と解釈しましたので、(GHQが認めた)第9条1項が「自衛権を否定していない」ことはご指摘の通りです。現在、我が国政府も第1項は「自衛権を否定していない」とし、自衛権を行使するための“最小限度の実力しかない”自衛隊は、第2項でいう「陸海空軍その他の戦力に該当しない」として「合憲」と解釈している、つまり「芦田修正」とは少し違う立場で「合憲」としていると理解しています。

 

一方、憲法学者の6割強が「自衛隊は違憲」(平成27年の朝日新聞のアンケート調査)と回答し、その理由については、@憲法が自衛戦争を含めてあらゆる武力行使を禁じている、A自衛戦争は認められているが、戦力の保持を禁じている、B自衛戦争のための実力は持っていいが、自衛隊はそれを越えている、など大きく3つに分かれるのだそうです(『憲法の涙』(井上達夫著)より)。

 

私は、「この混乱の源は、やはり憲法の制定経緯にその原因があるのではないか」と考え、制定経緯のうち、最も“史実らしきもの”と理解し、紹介したのが前回のメルマガでした。なお、再軍備の議論はまだ終わっていません。冷戦の激化などの情勢変化にもかかわらず、「朝鮮戦争」勃発までマッカーサーと吉田首相は再軍備の可能性を否定し続けます(いずれ紹介する予定です)。

 

このテーマの参考文献を再度紹介します。主に参考にしましたのは、『占領期』(五百旗頭真著、講談社学術文書P296〜306)、『吉田茂とその時代』(岡崎久彦氏、PHP文庫P211〜219)、『國破れてマッカーサー』(西悦夫氏、中公文庫P256〜265)、『戦後支配の正体』(宮崎正弘・渡辺惣樹共著、ビジネス社P208〜210)、それに『証言でつづる日本国憲法の成立』(西修著)に関する新聞記事などです。いずれも確かに一次史料ではないかもしれませんが、一次史料などを丹念に調査した上で出来上がった名著と認識しております。

 

私自身は、これらを直接「引用」あるいは「紹介」させていただきながら整理・要約し、時に「同感」と相槌は打ったりしていますが、独自に研究あるいは解釈したものはありません。私は歴史学者ではありませんし、あくまで、我が国の歴史の“通史”を通じて、「歴史から何を学ぶか」に力点を置いていますので、あえて“深入りしない”ことにも心がけております。

 

次いでながら、憲法については、国防の担い手であった元自衛官としての立場から、歴史の掘り下げ以上に言いたいことがたくさんあります。その意味では、一部の憲法学者や歴史家や評論家のように、失礼ながら、“代替案も持たず、他人任せの冷めた立場で自己主張だけする”ようなことはできないと、自分たちの責任とプライドにかけて付け加えておきたいと思います。貴重なご意見を寄せていただき、ありがとうございました。

 

「3R・5D・3S政策」

 

さて本論です。「敗戦国が勝利した側に徹底的に国家改造された例は、紀元前2世紀の古代ローマに敗れたカルタゴしかない」と言われるほど、日本とドイツに対する国家改造は徹底したものでした。

 

すでに説明した政策も含まれていますが、その基本原則は「3R・5D・3S政策」といわれるものです。安岡正篤氏は、この政策の本質についてGHQのガーディナー参事官から直接聞いたと証言し、細部を紹介しています。

 

まず、改造の「基本原則」である「3R」政策とは、@Revenge(日本に対する復讐)、AReform(改組:日本の仕組みを作りかえる)、BRevive(復活:日本の独立を許す)です。

 

「3R」について、安岡氏は「生々しい戦場から日本に乗り込んだ占領軍が復讐心に燃えていたのは無理もなく、その第1は復讐だった。第2の改組は、従来のあらゆる組織を抜本的に組み替える。そしてそれができたら、抹殺してしまうのは非人道的だから第3の独立を許す、というものだった」と占領軍の意図を分析した上で、「この点では、アメリカが占領軍でよかった。共産国だとどうなったか予測つかなかった」と安堵の気持ちを紹介しています。

 

確かにこの点は全く同感です。共産国が占領すれば、現在の北朝鮮やかつての東欧諸国などの“現実”を見るまでもなく、「改組」も「復活」も全く違ったものになったことは容易に想像がつきます。

 

「5D」は「重点的施策」で、次の5つの政策です。@Disarmament(武装解除)、ADemilitalization(軍国主義の排除)、BDisindustrialization(工業生産力の破壊)、CDecentralization(中心勢力である行政組織や財閥等の解体)、DDemocratization(米国型民主化)です。

 

少し補足しますと、@「武装解除」とA「軍国主義の排除」の背景には、「米国が日本を守ってくれる」ことが担保されていたため、結果として、日本人に「日本の軍事については米国に依存すればいい」という傍観者意識を植え付けることになりました。

 

Bは、軍国主義を支えた産業力を打ち壊すというものであり、Cの「中心勢力の解体」には、内務省を解体し、警察を国家警察と地方警察に分解することや財閥解体も含まれています。

 

D「米国型民主化」には、当然ながら、新憲法による天皇の象徴化、神道の国家からの切り離しや国旗掲揚の禁止、教育勅語の廃止なども含まれています。

 

そして、これらの政策や施策を円滑かつ活発に行なわしめる潤滑油的な補助政策が最後の「3S」政策でした。前回取り上げました「愚民化政策」といわれるもので、@Sports(スポーツの推奨)、AScreen(映画)、BSex(性の解放)です。
 総じて言えば、「3R・5D・3S政策」とは、日本に対する復讐(R)をなすため、戦前の日本の仕組みを破壊(D)し、それに伴う不満のはけ口(S)を用意するという“極めて巧妙な占領政策”だったと言っても過言でなさそうです。

 

この政策は、茫然自失に陥っていた日本人に対する宣伝工作(心理戦)として絶大なる効果を奏しました。「これに乗じた野心家が輩出された。日教組がその代表であり、悪質な労働組合、言論機関の頽廃(たいはい)、こういったものは皆、この政策から生まれた」(安岡氏)との評価もあるように、実際に、日本国民の多くは、自分たちの私益追求を最優先し、それ以外は何も考えないようになるなど“骨抜き”にされました。

 

そして、それまで「鬼畜米英」と叫び続けていた日本人は、すぐに「進駐軍様様」となり、日本人が持ち続けてきた強烈な国家意識は雲散霧消してしまいます。それらを象徴するのが、占領下の日本人がマッカーサー元帥宛に直訴した投書「拝啓マッカーサー元帥様」であり、推定で約50万通あったといわれます。

 

これらの手紙を取りまとめて書籍にしている戦後史研究家の袖井林二郎氏は、「もともと人間は権威に寄りかかりたがる動物だが、日本人にはその傾向が“民族性”といっていいほど強い」と総括しています。

 

「東京裁判」の性格

 

「東京裁判」も振り返っておきましょう(この正式名称は「極東国際軍事裁判所」ですが、本メルマガでは、通例に従い「東京裁判」と呼称しています)。裁判は、かつての陸軍士官学校、戦時中は陸軍省や陸軍参謀本部が置かれた市ヶ谷台の大講堂で行なわれました。

 

なお、この大講堂があった場所には、現在、防衛省中枢が入っているA棟が建っていますが、大講堂とかつての本部庁舎の一部はすぐ横に移設され、「市ヶ谷記念館」として公開されています(事前に申し込めば誰でも見学できます)。

 

「東京裁判」は、昭和21年5月から昭和23年11月まで2年半にわたって開かれます。「東京裁判」については、すでに多くの歴史家などがその問題点について様々な視点から解説しています。中でも、裁判の主席弁護士(東條英機の担当弁護士)を務められた清瀬一郎氏による『秘録 東京裁判』は圧巻で、「東京裁判」を知るにはこの一冊で事足りるとの印象を持ちました。

 

清瀬氏は、裁判終了後の昭和23年12月、読売新聞社より「裁判の顛末の執筆」の依頼を受けたようですが、断わったそうです。その理由として「自由主義を標榜する連合国の法廷なれば、連合国の違法も我が国の自衛権も正々堂々とだれはばかることなく主張できた。しかし、法廷外ではその半分の主張も許されぬ。今、読売新聞に正直に記事を書けば、読売の発売禁止は必然であり、それ以外の災害を伴うかもしれない」と、占領下の我が国の状況を赤裸々に語っています。

 

本書はそれから18年も過ぎた昭和42年に初版が発行されます。まさに言論が封じられていた占領下の法廷において、一寸もひるむことなく終始、我が国の立場を堂々と主張した清瀬氏のような“サムライ”が当時の法曹界におられたことを知り、何度も目頭が熱くなりました。

 

余談ながら、本書は現在、復刻版もありますが、中央文庫の単行本(古本)はアマゾンでたったの1円、送料299円込みで300円でした。「歴史を軽視するな!」とアマゾンの商法を批判するわけではありませんが、複雑な思いに駆られながらも、初版に触れたくてあえて古本を購入したことを付記しておきます。

 

本メルマガでは、「東京裁判」が行なわれた2年半、その間の内外情勢の変化を織り交ぜながら、裁判のいくつかの要点を辿ってみようと考えます。

 

 まず、戦争裁判は、第2次世界大戦まで前例がありません。第1次世界大戦後、ヴェルサイユ条約によってドイツのカイゼルを裁判にかけることとしましたが、亡命先のオランダが引き渡しを拒否したため、実現しませんでした。

 

第2次世界大戦においては、1945年5月、ドイツが降伏すると米英仏ソ4か国が協議して「戦犯の処罰に関する協定」を結びます。その協議の過程で、「英国などへの武器供与をはじめ、ドイツに対して米国が取った行動はすべて正しかった」という考えが米国から打ち出されます。

 

このような一方的な「正義」の下で、ドイツを裁いたニュールンベルク裁判は、1945(昭和20)年11月20日から開始され、翌46年の10月に判決が下されます。

 

当然ながら、「東京裁判」においても、我が国が戦争を始める引き金になった米国の“経済封鎖”などはすべて正当化されました。この事実について「勝てば官軍であり、東京裁判の底流に流れ、長く戦後の日本人の歴史観に影響を与えている」と岡崎久彦氏は述懐しています。

 

その上で、「東京裁判」の狙いは、「民主主義対ファシズムの戦い」であった日米戦争において、その勝者・アメリカの正義の普及、逆に、戦場における日本軍隊の残虐性を世界中に宣伝し、日本国民の脳中に拭いがたい罪悪感を烙印することにありました。

 

このため、マッカーサーは、「裁判所条例」(チャーター)を作らせ、「A.平和に対する罪」、(通常の)「B.戦争犯罪」、「C.人道に対する罪」を規定して、日本の指導者、つまり戦争犯罪人を裁きます。条例のABC順から「平和に関する罪」で起訴された者をA級戦犯と呼び、通常の戦争犯罪をB級戦犯と呼びました(C級戦犯はおりませんでした)。

 

この条例により、連合軍は、まるでそれが戦勝国の特権のように、「東京裁判」をはじめ各地で裁判を実施し、ABC各級戦犯の処刑を実施します。

 

東京裁判の構成などはほぼニュールンベルク裁判を踏襲しますが、裁判の冒頭、裁判管轄権の問題について、つまりこの裁判で戦争犯罪を裁く権利、資格があるのかどうかの論争から始まりました。

 

その問題は、前述の清瀬一郎氏と高柳賢三氏2人の主席弁護士によって「日本は、連合国が上陸前のポツダム宣言という条件付き降伏を受諾したのであり、国中が占領されるまで戦闘していたドイツとは違う。ポツダム宣言には、軍隊の無条件降伏は書いてあるが、政府の無条件降伏は書いていない。それならば、日本に政府があるのと前提で、日本が降伏した時の国際法と日本の法律の原則に従うべき。国家の行為について、個人の責任を問うべきではない」旨の主張をしました。

 

ドイツの裁判所条例には、ドイツ政府が消滅していたことから、「ドイツが無条件降伏した相手の連合国の至上の立法権に基づく」と明記されており、ドイツの国家主権には縛られない状態でしたが、我が国は違っていたのです。

 

それに対して、裁判長は裁判管轄権を棚上げして法定を進めたばかりか、「この法廷は、占領軍最高司令官によって定められた『裁判所条例』に従う義務と責任を有する」と「裁判所条例」そのものの是非を論ずることを“門前払い”しました。

 

もともと強引な裁判であり、手続き的な瑕疵(かし)はキリがありませんでしたが、裁判長は、豪州のウイップ、首席検事は米国のキーナンでした。そして、「裁判の判事と検察官のすべてが連合国の国家の代表である。従って、この裁判は、現在も将来の歴史家からみても公平でないという疑いを免れることはできない」(ブレークニー弁護人)という性格のものでした。

 

清瀬氏によれば、このブレークニー弁護人や東條英機担当だったブルーエット弁護人のように、連合国から指名された弁護士達の言動は総じて立派なものだったようです。この裁判の数少ない“救い”だったかも知れません。

 

裁判は、同年6月、首席検事の冒頭陳述を経て検察側の立証が始まり、昭和22年初頭まで続きます。同年2月からは、弁護側の反論が始まり、東条英機以下、それぞれ口供書を提出します。反論は、昭和23年1月まで続けられ、検察側の最終論告、弁護側の最終弁論の後、6か月の休廷を経て、昭和23年11月には判決文が朗読されます。一応の手続きは踏んだのでした。細部はのちほど振り返りましょう。

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(令和二年(2020年)6月18日配信)

 

 

お知らせ

 私は現在、ボランテイアですが、公益社団法人自衛隊家族会の副会長の職にあります。今回紹介いたします『自衛官が語る 海外活動の記録』は、自衛隊家族会の機関紙「おやばと」に長い間連載してきた「回想 自衛隊の海外活動」を書籍化したものです。

 

その経緯を少しご説明しましょう。陸海空自衛隊は、創設以降冷戦最中の1990年頃までは、全国各地で災害派遣や警備活動を実施しつつ、「専守防衛」の防衛政策のもとで国土防衛に専念していました。

 

 憲法の解釈から「海外派兵」そのものが禁止されており、国民の誰しも自衛隊の海外活動は想像すらしないことでした。当然ながら、自衛隊自身もそのための諸準備を全く行なっていませんでした。

 

ところが、冷戦終焉に伴う国際社会の劇的な変化によって、我が国に対しても国際社会の安定化に向けて実質的な貢献が求められるようになりました。

 

こうして、湾岸戦争後の1991(平成3)年、海上自衛隊掃海部隊のペルシア湾派遣を皮切りに、自衛隊にとって未知の分野の海外活動が始まりました。しかも、中には国を挙げての応援態勢がないままでの海外活動も求められ、派遣隊員や残された家族のやるせない思いやくやしさは募るばかりでした。

 

それでも隊員たちは、不平不満など一切口にせず、「日の丸」を背負った誇りと使命感を抱きつつ、厳正な規律をもって今日まで一人の犠牲者を出すことなく、与えられた任務を確実にこなしてきました。この間、実際に派遣された隊員たちのご苦労は想像するにあまりあるのですが、寡黙な自衛官たちは本音を語ろうとしませんでした。

 

かくいう私も、陸上幕僚監部防衛部長時代、「イラク復興支援活動」の計画・運用担当部長でしたので、決して公にはできない様々な経験をさせていただきました(墓場まで持っていくと決心しております)。

 

このような海外活動の実態について、隊員家族をはじめ広く国民の皆様に知ってもらうことと自衛隊の海外活動の記録と記憶を後世に伝え残したいという願いから、「おやばと」紙上でシリーズ化し、各活動に参加した指揮官や幕僚などに当時の苦労話、経験、エピソードを寄せてもらいました。

 

連載は、2012年8月から2014年11月まで約2年半続き、その後も行なわれている「南スーダン共和国ミッション」や「海賊対処行動」などについてはそのつど、関係者に投稿をお願いしました。

 

このたび、シリーズ書籍化第1弾の『自衛官が語る 災害派遣の記録』と同様、桜林美佐さんに監修をお願いして、その第2弾として『自衛官が語る 海外活動の記録』が出来上がりました。

 

本書には、世界各地で指揮官や幕僚などとして実際の海外活動に従事した25人の自衛官たちの脚色も誇張もない「生の声」が満載されております。

 

遠く母国を離れ、過酷な環境下で、ある時は身を挺して、限られた人数で励まし合って厳しい任務を達成した隊員たち、実際にはどんなにか辛く、心細く、不安だったことでしょうか。

 

しかし、これらの手記を読む限り、そのようなことは微塵も感じられないばかりか、逆に派遣先の住民への愛情や部下への思いやりなどの言葉で溢れており、それぞれ厳しい環境で活動したことを知っている私でさえ、改めて自衛隊の精強さや隊員たちの素晴らしさを垣間見る思いにかられます。

 

また、桜林さんには、海外活動の進化した部分とか依然として制約のある法的権限などについて、わかりやすく解説し、かつ問題提起していただきました。

 

皆様にはぜひご一読いただき、まずはこれら手記の行間にある、隊員たちの「心の叫び」を汲み取っていただくとともに、自衛隊の海外活動の問題点・課題などについても広くご理解いただきたいと願っております。また、前著『自衛官が語る 災害派遣の記録』を未読の方は、この機会にこちらもぜひご一読いただきますようお願い申し上げ、紹介と致します。

 

『自衛官が語る 海外活動の記録─進化する国際貢献』
桜林美佐監修/自衛隊家族会編
  発行:並木書房(2019年12月25日)
  https://amzn.to/384Co4T

 

 

お知らせその1

 新元号が「令和」に決まった4月1日、『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』(桜林美佐監修/自衛隊家族会編/並木書房発行)が発売となりました。本「メルマガ軍事情報」で毎週月曜日にメルマガを発信されている、本書監修者の桜林美佐氏がすでに4月1日発刊のメルマガで紹介されましたが、私も“仕掛け人”の一人として皆様に本書を紹介しておきたいと思います。

 

 本書は、主に自衛隊員の家族によって構成される自衛隊家族会の機関紙『おやばと』に3年以上にわたって連載された「回想 自衛隊の災害派遣」をまとめたものです。ここには過去50年あまりに実施された陸海空自衛隊の主な災害派遣と、それに従事した指揮官・幕僚・隊員たち37人の証言が収められています。昭和26年のルース台風で当時の警察予備隊が初の災害派遣をして以来、自衛隊はこれまでに4万件を超える災害派遣を実施してきました。激甚災害時の人命救助や復旧支援をはじめ、離島での救急患者の輸送、不発弾処理、水難救助、医療や防疫に至るまでその活動は広範多岐にわたります。

 

しかし、 “災害派遣の「現場」で何が起きているか”について、寡黙な自衛官たちはこれまで多くを語ることはありませんでした。本書には、「阪神・淡路大震災」において、自衛官たちが不眠不休で身を賭して人命救助にあたっていた時に「神戸の街に戦闘服は似合わない」と発言されたことや、厚生省から被災者の入浴支援は「公衆衛生法に反する」と指摘されたとの証言、そして、被災地でご遺体を搬送したら、警察から「検視前に動かすと公務執行妨害になる」と言われたこととか、瓦礫の除去も私有財産を勝手に処分する問題があるなどの証言もあります。さらに、「地下鉄サリン事件」では、自ら防毒マスクを外して安全を確認した化学防護隊長の証言など、脚色も誇張もないリアルな事実が記録されています。

 

自衛隊の災害派遣は常に「被災者のために」が“合い言葉”のようになっています。桜林氏がメルマガでわざわざ取り上げてくれましたが、かくいう私も「有珠山噴火時の災害派遣」の体験談、とくに被災者の欲求は状況によって変化し、「被災者に寄り添う支援」がいかに大変かについて書かせて頂きました。

 

本書には、昭和末期の災害派遣も少し含まれていますが、ほぼ平成時代に生じた災害派遣の記録となっており、平成時代の大きな災害を振り返るための資料価値もあると考えます。すでに店頭に並んでおり、アマゾンなどで購入も可能ですので、自衛隊の災害派遣にご興味のある方は、ぜひご一読いただきますようお願い申し上げます(本書の問い合わせなどは宗像宛でお願い致します)。

 

 

『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』
桜林美佐監修/自衛隊家族会編
並木書房発行
http://okigunnji.com/url/28/

 

 

 

お知らせその2

 「メルマガ軍事情報」でエンリケさんが再三紹介された『漫画クラウゼヴィッツと戦争論』を私も読ませていただきました。陸上自衛隊の元将官、つまり軍事の専門家の“端くれ”としての立場で私も本書について少し解説したいと思います。

 

陸上自衛隊の幹部は(全員ではありませんが)、在任中に不滅の戦略論といわれる中国の古典『孫子』やクラウゼヴィッツの『戦争論』を学ぶ機会があります。
『孫子』は、漢詩調に書かれているせいもあって、わりと日本人には理解しやすいのですが、『戦争論』は、クラウゼヴィッツの理論の背景が欧州戦場であるため、なかなかイメージアップできないばかりか、理論そのものが難解で、翻訳の問題もあってか、軍事のプロの自衛官でさえ困難を極めます。

 

私の場合は、防衛大学校の学生時代を含めると3回、真剣に学んだ経験があります。当然ながら、「軍事とは何か」をまったく知らない学生時代は、「ナポレオン戦争」の戦史を学ぶ延長で『戦争論』の“さわり”を学んだ記憶がある程度です。そして自衛隊に入り、中堅幹部の3佐時代に1度、さらに1佐になりかけた頃、再度、集中して学ぶ機会がありました。

 

クラウゼヴィッツが何を言いたいかをある程度理解し、“目から鱗”を自覚したのは、3回目、つまり20年あまり、部隊や陸上幕僚監部などで指揮官や幕僚としての実務を経験した後でした。

 

さて、本書の作・画は元1佐の石原(米倉)ヒロアキ氏によるものです。石原氏は、漫画については自衛隊に入隊する前の大学時代にすでに「赤塚不二夫賞」の準入選に選ばれるほどの実力を持っておられたようです。しかし、「好きな戦争漫画を描くには軍事を知らなければならない」と自衛官を志し、定年まで全うした後、再び漫画家の道を歩まれている信念の持ち主です。

 

その経験と信念からでしょうか、単に『戦争論』を漫画で解説するだけに留まらず、軍人クラウゼヴィッツに焦点をあて、その戦歴を追体験しながら、クラウゼヴィッツが個々の理論をいかに発想したか、その背景を含めてとてもわかりやすく可視化しているところに本書の特色があります。

 

その石原氏が2年間の情熱を注いで完成した本書にはまた、随所に軍事専門家ならではの“目(切り口)”を伺い知ることができます。何度も悪戦苦闘した経験を有する私にとりましても、“新たな発見”がたくさんありました。

 

本書は、『戦争論』の研究者・翻訳者として最も定評のある清水多吉氏が監修されていることもあって、これまで『戦争論』を学んだ経験のない読者にとっては「入門書」になるでしょうし、すでに学んだ読者にとっては、背景などが可視化されていることによって、難解な理論を改めて読み解くうえで貴重な一冊になると確信いたします。しかも、漫画ですから気軽に読むことができ、内容が瞬間に“頭に焼き付く”というメリットもあります。

 

「平和」を唱えるだけで、「戦争」と聞くだけで“拒否反応”を示す多くの日本人、とくに政治家や有識者ら我が国を牽引すべきリーダーたちに「軍事」を少しでも理解していただくためにも本書がベストセラーになることを祈って止みません。一人でも多くの方にお読みいただくようお薦めします。

 

 

漫画 クラウゼヴィッツと戦争論
 石原ヒロアキ(作) 清水多吉(監修)
 並木書房
 2019年6月27日発行
 http://okigunnji.com/url/51/

 

 



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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「明治維新」による国家の大改造(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その3)  (2019年(平成31年)1月31日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その4)  (2019年(平成31年)2月7日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その5)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その5)  (2019年(平成31年)2月14日配信)です。
明治時代の「国民精神」を育てたもの
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「明治時代の「国民精神」を育てたもの  (2019年(平成31年)2月21日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その1)」  (2019年(平成31年)2月28日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その2)」  (2019年(平成31年)3月7日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その3)」  (2019年(平成31年)3月14日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その4)」  (2019年(平成31年)3月21日配信)です。
“アジアを変えた”「日清戦争」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「“アジアを変えた”「日清戦争」」  (2019年(平成31年)3月28日配信)です。
世界を驚かせた「日英同盟」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「世界を驚かせた「日英同盟」」  (2019年(平成31年)4月4日配信)です。
「日露戦争」開戦までの情勢(前段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」開戦までの情勢(前段)」  (2019年(平成31年)4月11日配信)です。
「日露戦争」開戦までの情勢(後段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」開戦までの情勢(後段)」  (2019年(平成31年)4月18日配信)です。
日露の「戦力」と「作戦計画」比較
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「日露の「戦力」と「作戦計画」比較」  (2019年(平成31年)4月25日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その1)」  (2019年(令和元年)5月2日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その2)」  (2019年(令和元年)5月9日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その3)」  (令和元年(2019年)5月16日配信)です。
“新たな時代の幕開け”となった「講和条約」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「“新たな時代の幕開け”となった「講和条約」 」  (令和元年(2019年)5月23日配信)です。
陸・海軍対立のはじまり
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「陸・海軍対立のはじまり」  (令和元年(2019年)5月30日配信)です。
20世紀を迎え、様変わりした国際社会
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「20世紀を迎え、様変わりした国際社会」  (令和元年(2019年)6月6日配信)です。
揺れ動く内外情勢の中の「明治時代」の終焉
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「揺れ動く内外情勢の中の「明治時代」の終焉」  (令和元年(2019年)6月13日配信)です。
「激動の昭和」に至る“道筋”を決めた「大正時代」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「激動の昭和」に至る“道筋”を決めた「大正時代」」  (令和元年(2019年)6月20日配信)です。
第1次世界大戦と日本
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 第1次世界大戦と日本」 (令和元年(2019年)6月27日配信)です。
「ロシア革命」と「シベリア出兵」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「ロシア革命」と「シベリア出兵」 (令和元年(2019年)7月4日配信)です。
第1次世界大戦と日本ー相次ぐ派兵要請ー
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「第1次世界大戦と日本ー相次ぐ派兵要請ー」 (令和元年(2019年)7月11日配信)です。
「第1次世界大戦」の終焉と「ヴェルサイユ条約」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「第1次世界大戦」の終焉と「ヴェルサイユ条約」」 (令和元年(2019年)7月18日配信)です。
「第1次世界大戦」の歴史的意義
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「第1次世界大戦」の歴史的意義」 (令和元年(2019年)7月25日配信)です。
“歴史的岐路”となった「ワシントン会議」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“歴史的岐路”となった「ワシントン会議」」 (令和元年(2019年)8月1日配信)です。
「大正時代」が“残したもの”
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大正時代」が“残したもの”」 (令和元年(2019年)8月8日配信)です。
“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(前段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(前段)」 (令和元年(2019年)8月15日配信)です。
“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(後段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(後段)」 (令和元年(2019年)8月22日配信)です。
第2次世界大戦を引き起こしたアメリカ発の「世界恐慌」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「第2次世界大戦を引き起こしたアメリカ発の「世界恐慌」」 (令和元年(2019年)8月29日配信)です。
「満州事変」の背景と影響@―日本と満州の関係―
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」の背景と影響@―日本と満州の関係―」 (令和元年(2019年)9月5日配信)です。
当時の中国大陸で何が起きていたか?
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「当時の中国大陸で何が起きていたか?」 (令和元年(2019年)9月12日配信)です。
「満州事変」前夜と勃発
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」前夜と勃発」 (令和元年(2019年)9月19日配信)です。
昭和陸軍の台頭
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「昭和陸軍の台頭」 (令和元年(2019年)9月26日配信)です。
「満州事変」の拡大と国民の支持
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」の拡大と国民の支持」 (令和元年(2019年)10月3日配信)です。
満州国建国と国際連盟脱退
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「満州国建国と国際連盟脱退」 (令和元年(2019年)10月10日配信)です。
「二・二六事件」の背景と影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「二・二六事件」の背景と影響」 (令和元年(2019年)10月17日配信)です。
「支那事変」に至る日中情勢の変化
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」に至る日中情勢の変化」 (令和元年(2019年)10月24日配信)です。
「盧溝橋事件」から「支那事変」へ
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「盧溝橋事件」から「支那事変」へ」 (令和元年(2019年)10月31日配信)です。
「支那事変」の拡大と「南京事件」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」の拡大と「南京事件」」 (令和元年(2019年)11月7日配信)です。
「支那事変」止まず、内陸へ拡大
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」止まず、内陸へ拡大」 (令和元年(2019年)11月14日配信)です。
“歴史を動かした”ソ連の陰謀
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“歴史を動かした”ソ連の陰謀」 (令和元年(2019年)11月21日配信)です。
世界に拡散した「東亜新秩序」声明
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「世界に拡散した「東亜新秩序」声明」 (令和元年(2019年)11月28日配信)です。
危機迫る“欧州情勢”
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「危機迫る“欧州情勢”」 (令和元年(2019年)12月5日配信)です。
「ノモンハン事件」に至る日ソ対立の背景
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ノモンハン事件」に至る日ソ対立の背景」 (令和元年(2019年)12月12日配信)です。
「ノモンハン事件」勃発と停戦
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ノモンハン事件」勃発と停戦」 (令和元年(2019年)12月19日配信)です。
戦争は「石油」で始まり、「石油」で決まる
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「戦争は「石油」で始まり、「石油」で決まる」 (令和元年(2019年)12月26日配信)です。
日米戦争への道程(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その1)」 (令和二年(2020年)1月16日配信)です。
日米戦争への道程(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その2)」 (令和二年(2020年)1月23日配信)です。
日米戦争への道程(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その3)」 (令和二年(2020年)1月30日配信)です。
日米戦争への道程(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その4)」 (令和二年(2020年)2月6日配信)です。
日米戦争への道程(その5)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その5)」 (令和二年(2020年)2月13日配信)です。
日米戦争への道程(その6)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その6)」 (令和二年(2020年)2月20日配信)です。
日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」」 (令和二年(2020年)2月27日配信)です。
「大東亜戦争」をいかに伝えるか
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」をいかに伝えるか」 (令和二年(2020年)3月19日配信)です。
「大東亜戦争」の戦争戦略
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の戦争戦略」 (令和二年(2020年)3月26日配信)です。
「真珠湾攻撃」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「真珠湾攻撃」の真実」 (令和二年(2020年)4月2日配信)です。
「ミッドウェー作戦」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ミッドウェー作戦」の真実」 (令和二年(2020年)4月9日配信)です。
ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に」 (令和二年(2020年)4月16日配信)です。
「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ」 (令和二年(2020年)4月23日配信)です。
「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下」 (令和二年(2020年)4月30日配信)です。
終戦とマッカーサー来日
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「終戦とマッカーサー来日」 (令和二年(2020年)5月13日配信)です。
米国の「日本研究」とその影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「米国の「日本研究」とその影響」 (令和二年(2020年)5月21日配信)です。
「WGIP」の目的と手段
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「WGIP」の目的と手段」 (令和二年(2020年)5月28日配信)です。
「日本国憲法」の制定経緯
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「日本国憲法」の制定経緯」 (令和二年(2020年)6月4日配信)です。
「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」」 (令和二年(2020年)6月11日配信)です。
占領期初期の欧州および周辺情勢
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「占領期初期の欧州および周辺情勢」 (令和二年(2020年)6月25日配信)です。
情勢変化に伴う占領政策の変容
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「情勢変化に伴う占領政策の変容」 (令和二年(2020年)7月2日配信)です。
「東京裁判」の結果と評価
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「東京裁判」の結果と評価」 (令和二年(2020年)7月9日配信)です。
我が国の安全保障政策をめぐる議論
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「我が国の安全保障政策をめぐる議論」 (令和二年(2020年)7月16日配信)です。
変容する国内情勢と「朝鮮戦争」前夜
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「変容する国内情勢と「朝鮮戦争」前夜」 (令和二年(2020年)7月23日配信)です。
「朝鮮戦争」の経緯と我が国に与えた影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「朝鮮戦争」の経緯と我が国に与えた影響」 (令和二年(2020年)7月30日配信)です。