「日清戦争」の原因と結果(その4)

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はじめに(米朝合意の延長)

 

すでにご承知のように、ベトナムで行なわれた第2回米朝会談は合意に至らず、会談は失敗したかに見え、世界中のマスコミで話題になりました。歴史を見れば、戦争の終末は、「下関講和会議」(後述)のように講和会議によって決着がつきます。通常の場合、このような会議は勝者と敗者が明確になっているか、第三者の仲介により、敗者側が大きく譲歩した“条件”で双方が合意します。

 

それに対して米朝会談のようなケースは異質です。まだ戦っていませんから勝敗が明確でありませんし、第三者もおりません。互いが相手に求める要求も非対称です。米朝会談は、前回はキックオフ(儀式)、今回は、“互いの胸の内を探りながら妥協点をみつける”ための会談だったと考えます。しかも焦点が、互いの国や周辺国の命運をかけた核兵器や経済封鎖の問題ですから、そう簡単に妥協も譲歩もできないと考えるべきなのです。

 

また、「事前の予備会談で詰めるべきだった」と“にわか解説者”などが批判していましたが、決定権を持たないスタッフたちが妥協できるような問題ではないからこそ合意の決定権(いわゆる全権)を持つ首脳の2人に託したのでした。合意できなかったというのは、まだまだ合意に至る環境や機運ができていないということだと思います。

 

それに、米朝会談の合意の“条件”は、米国と我が国ではかなり違います。米国は、核兵器と自国に届く長距離ミサイルの破棄が明確になれば目標達成かも知れませんが、我が国の場合、それらにプラスして、すでに500基ほど実戦配備されているといわれるムスダンやノドンなどの中距離ミサイルの破棄までが必須の条件です。さらに拉致問題の解決もあります。

 

会談前に安倍総理がトランプ大統領に電話で“釘を刺した”と考えられますが、合意に至らなかった結果をもって「失敗」と批判する人たちは我が国の立場をどう考えているのでしょうか。

 

隠し通せると考えていた核施設がアメリカにすでに知れていたということや我が国の立場などまでを“合意の範囲”としたトランプ大統領の“決断”は、金正恩には全く想定外だったのかも知れません。その結果が、ミサイル再発射の準備や拉致問題に関する日本批判、はたまた「交渉中断」の示唆にまで及んでいると考えます。

 

今後、再び危険なチキンゲーム(心理戦)が続くことを覚悟しなければならないのかも知れませんが、この種のゲーム、一般には“仕掛けた方が焦っている”と考えられることから、どちらが困っているかは一目瞭然です。

 

東アジアの「リムランド」で大陸国家と海洋国家の間の“回廊”のような位置づけにある朝鮮半島は、たとえ統一国家(あるいは連合国家)になろうがなるまいが、生き残るための選択肢が限られていると私は考えます。朝鮮半島の歴史がそれを教えてくれています。米朝2国の合意だけで半島に平和が来るかどうかは不明です。逆に、安易な合意がかえって半島や東アジアの平和を遠ざける可能性もあるのです。この続きはまた別の機会に触れることにしましょう。

 

その後の「日清戦争」の経過

 

さて、前回に続く「日清戦争」の経過を簡単に振り返ってみましょう。「日清戦争」の戦場は、朝鮮半島、清国の遼東半島およびその周辺海域です(「下関条約」締結後の台湾征討まで含めるべきとの考えもあります)。

 

それぞれの戦闘は、意外にもあっけなく日本の連戦連勝に終わりました。「豊島(ほうとう)沖の海戦」(1894〔明治27〕年7月)に続き、宣戦布告前に火ぶたを切った「牙山・成歓(がさん・せいかん)付近の戦闘」は4日間で決着しました。そして宣戦布告後初の決戦となった「平壌付近の戦闘」は約半月、「鴨緑江の戦闘」は3日間で決着し、戦場は朝鮮半島から遼東半島に移ります。

 

この間、渤海湾の制海権獲得を使命とした海軍は、「豊島沖の海戦」以来、清国艦隊が姿を現わさず決戦の機会をつかみ損なっていましたが、9月17日、ついに「黄海の海戦」となり、これも約半日で勝敗は決します。

 

日本軍は、山県有朋率いる第1軍(2個師団)に加え、清陸軍との決戦に備えて、大山巌率いる第2軍(3個師団)も投入し、旅順港を3日間で攻略した後、「日清戦争」最大のヤマ場となった「海城付近の決戦」(遼東半島西側)を迎えました。大本営と第1軍司令官山県有朋の作戦指導の食い違いから指揮官交代とのハプニングもありましたが、12月13日から翌年2月27日までの間の激烈な戦いの結果、ついに日本が勝利しました。

 

この間、陸海軍が連合して遼東半島の対岸の「威海衛の攻略」も約20日間で終了し、合わせて台湾海峡の要衝「 澎湖島」も約1週間で占領してしまいました。

 

「下関条約」の締結経緯と概要

 

「下関条約」交渉開始前の同年3月上旬、日本は、清国軍主力と決戦する(直隷決戦)ための第2期作戦計画の大要を決定しました。それによると、後備部隊の約3分の1に相当する7個師団を投入して約20万人の清軍と対峙し、雌雄を決するつもりだったのです。当然ながら、朝鮮半島や占領した金州半島(金州、大連、旅順など)にも守備兵力を配置しますので、国内に残る陸軍兵力はほぼ皆無に近い状況でした。

 

1895(明治28)年3月20日、下関で日本全権大使伊藤博文と清国全権大使李鴻章の間で講和条約の調整を開始しました。細部は省略しますが、日清両国双方とも調印に至るまでさまざまな葛藤や駆け引きがありました。ようやく清側全権の李鴻章との間で会談を始めた矢先の3月24日、会議を妨害して戦争を継続する目的で、24歳の日本人が李鴻章を拳銃で狙撃するという事件が発生しました。幸い、一命は取りとめた李は交渉に復帰しますが、交渉中断を恐れた日本側は、李鴻章が主張した約3週間の休戦条約に調印しました(3月30日)。

 

その後も駆け引きが続きましたが、日本側は、新たに約3万5千人の兵士や軍馬を大連湾に到着させるなど“直隷決戦”の準備が整いました。これを知った清側がついに折れ、日本の講和条約案を受け入れ、まさに決戦発動直前の4月17日、「『下関条約』を調印した」との電報が大山巌第2軍司令官に届いたのでした。

 

条約の概要は、@朝鮮半島の独立自主の承認、A遼東半島、台湾、澎湖諸島の割譲、B軍事賠償金として庫平銀2億両(日本円で約3億1100万円)の支払い、C日清通商条約を締結し、欧米列強並みの通商上の特権を日本に付与、新たに沙市・重慶・蘇州・杭州の開港、D日本軍の威海衛の保障占領などでした。休戦期間も5月8日まで延長され、この条約により、朝鮮半島に史上初の統一独立国家「朝鮮帝国」が誕生したのです。

 

 

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(平成31年(2019年)3月21日配信)



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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