“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(後段)

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はじめに

 

毎年のように、広島・長崎の平和祈念式典や終戦記念日の時期になると、“戦争の悲惨さ”や“戦前の反省”を取り上げる番組が多くなりますが、なぜか米軍の“極悪非道”な戦いとか、ソ連や中国の残虐な“ふるまい”を批判するのはほぼ皆無です。また、最近の日韓関係は悪化の一途をたどっています。これらの「現象」を考える時、いつもマキアヴェリの『君主論』に出てくる、ある“フレーズ”を思い出します。

 

ルネサンス時代のイタリアの政治思想家・マキアヴェリは、『君主論』に記した激しい内容から、権謀術数に長けた非情な思想家と評価されていますが、「そのノウハウは現在のマネジメントで十分通用する」(佐藤優)との見方もあり、今なお、『君主論』に記されたさまざまなフレーズがたびたび引用されています。

 

私が思い出す“フレーズ”とは「人はささいな侮辱には仕返ししようとするが、大いなる侮辱に対しては報復しえないのである。従って、人に危害を加える時は、復讐の恐れがないようにやらなければならない」です。

 

戦争(争い)の歴史を探究すると、いつの時代もその根底に“復讐心”とか“怨念”があることがわかります。それは国家でも民族でも同様で、マキアヴェリの言葉はその本質を衝いています。

 

終戦時、米国は我が国の復讐を恐れていたといわれます。しかし我が国は、帝国陸海軍が目指した軍人対軍人の戦いに留まらず、空襲や原子爆弾によって民間人まで殺戮されて、“報復などみじんにも考えられないくらい”「大いなる侮辱」を受けたうえ、終戦後、未来永劫に“復讐心”が起こらないようさまざまな手段でマインドコントロールされました。

 

他方、戦前の軍人たちは、プロシア軍参謀のメッケルを建軍の師として、“勝利のために手段を選ばない”西洋流の戦略・戦法を学び、権謀術数を巡らしましたが、あくまで戦場における作戦に留まり、民間人まで巻き込む“極悪非道”にはなり切れませんでした。背景に、「義」「仁」「誠」などを重んずる武士道精神ともいうべき国民性があるうえ、欧米列国に対抗する「東亜新秩序」(アジア主義)の盟主をめざしたこともブレーキとなったと考えます。

 

よって、終戦後に戦勝国から突き付けられた“レッテル”とは逆に、各地域の戦争(戦闘)においても、また周辺国に対しても“ささいな侮辱”を与えるに留まりました。

 

そしてこれらの結果として、現在、マキアヴェリがいう“復讐心”など微塵にも考えられない代わりに、周辺国から“仕返し”をたっぷり受けております。

 

だから、「もっと“極悪非道”に徹するべきだった」と言っているわけではありません。現在直面している「現象」は、今も変わらぬ国民性を有する我が国が背負わなければならない“宿命”と理解する必要がある、と考えているのです。

 

最近の「現象」を踏まえ、本メルマガの趣旨から少し脱線しましたが、大事なのは将来です。“これからどうするか”です。“過去の反省を繰り返し、平和を祈る”だけで、将来、本当に降りかかる可能性がある戦争を回避して平和を維持できるのでしょうか。

 

最近、NHKでスクープして話題になっている『昭和天皇「拝謁記」』の中で語られている“昭和天皇の深い悔恨と反省”の奥に流れるものは深い意味があると考えます。軍人による“下克上”という言葉も出てきますが、立憲君主制を採用した明治以降の歴史の中で、なぜ“国の行く末を誤る”ような事象が生じることになったのでしょうか。

 

私は、我が国の歴史について、偏った視点を排除し、“史実”をしっかり振り返れば、誤った要因や反省すべき内容を突き止めることができ、その延長で将来、我が国が採るべき国策の“ヒント”を得ることができると確信しています。

 

今回は、昭和時代の2回目です。前回も触れましたが、旧軍の末裔たる自衛隊で勤務していた頃から、8月のこの時期になると、いつも何かやるせない思いに駆られていたことを思い出し、多弁を弄しました。先を急ぎましょう。

 

「山東出兵」と「張作霖爆破事件」

 

昭和初期の頃の中国情勢については、「満洲事変の背景」として別途まとめて振り返ろうと考えていますが、いよいよコミンテルンによる中国の内部工作が本格化してきます。

 

1925(大正14)年、中国国民党の孫文が死亡、蒋介石がこれに代わり、国民党と共産党の内紛が発生しました。しかし、北部軍閥打倒のためにはソ連の援助が必要だったこともあって両者はひとまず妥協します。北伐は国民革命軍となって続けられ、27(昭和2)年3月には南京・上海を占領し、4月には、南京に国民政府を樹立します。この後も北伐は続けられ、翌5月には山東半島に迫ってきたのです。

 

田中義一首相は、5月、「在留邦人の生命・財産の保護」を目的に山東半島に軍隊派遣を決定、英・米・仏・伊の各代表からも異論がなかったので出兵させました(「第1次山東出兵」)。

 

また6月、軍部・外交官を召集して「東方会議」を開いて「対中国政策」の基本方針を検討、翌7月には満蒙分離・武力行使など強硬な内容を持つ「対支政策綱領」を決定して発表しました(のちに、日本が世界征服をめざした「田中上奏文」として米国や中国で流布されますが、偽書であることが判明しています)。

 

日本の「山東出兵」によって北伐は中止され、田中内閣は撤兵の声明を出します。しかし、翌1928(昭和3)年、蒋介石が再び北伐を宣言しましたので、同年4月、「第2次山東出兵」を行ない、済南を占領して国民革命軍と衝突します(「済南事件」といわれます)。これに続き、田中内閣は「第3次山東出兵」を敢行することになります。

 

国民革命軍は済南を迂回し、北京に入場しますが、同年6月、敗走して奉天に引き上げようとした張作霖は、関東軍参謀の河本大作大佐らによって列車もろとも爆破されて死亡しました。有名な「張作霖爆破事件」です。

 

政府は“重大事件”として発表しただけで真相を隠し、犯人の処罰を行なわなかったことから田中内閣は天皇の信任を失います。またこれにより、中国の“日貨排斥運動”がますます広がって日本の中国貿易が衰退、代わって、英・米・独などが中国市場に進出することになります。「第1次山東出兵」時には日本を支持した米・英両国でしたが、1928年、相次いで国民政府を承認して日本の“動き”を非難し始め、日本は国際的に孤立することになります。

 

この「張作霖爆破事件」は、実は河本大佐の犯行でなくソ連諜報機関による犯行だったとする見方もあります。一時話題になりました『マオ─誰も知らなかった毛沢東』(ユン・チアン、ジョン・ハリデイ共著)にも「ソ連の仕業だった」とサラリと書かれています。この時期、大陸で発生したさまざまな事件にはとかく謎が多いのです。

 

普通選挙の実施と社会運動の弾圧

 

1928(昭和3)年2月、「普通選挙法」に基づく最初の選挙が行なわれました。他方、共産党がはじめて公然と活動開始したことから、「治安維持法」に基づき、全国一斉に共産党員とその支持者約1600人を検挙します(「三・一五事件」)。

 

同年5月には「治安維持法」を改正し、最高刑を懲役10年から死刑とします。また、特別高等警察(特高)を強化するとともに、憲兵隊に思想係を置き、翌年4月には再び共産党とその支持者を一斉検挙し(「四・一六事件」)、その結果、共産党は壊滅状態になるなど、左派は労働運動の主導権を失いました。

 

「不戦条約」締結・批准

 

「張作霖爆破事件」の処理をめぐって天皇の信任を失った田中内閣でしたが、1928(昭和3)年8月、「不戦条約」に調印します。

 

同条約は、アメリカ国務長官ケロッグとフランス外務大臣ブリアンの提唱により1928年に開催されたパリ会議で締結されたもので「ケロッグ・ブリアン条約」とも呼ばれています。当時の国際法では「国家が戦争に訴える権利や自由を有する」と考えられていたものから「国際紛争の解決手段として武力を行使しない」と宣言したことで画期的な意味を持っていましたが、その後の歴史を見れば効果がありませんでした。

 

我が国が調印する段階で議論になったのは、第1条の「各国の人民の名において厳粛に宣言」という言葉でした。この表現が野党・立憲民政党から「天皇大権を犯すもの」と批判されたのです。「天皇大権」が“政争の具”として初めて使われたのでしたが、「該当字句は我が国に適用しない」との留保宣言をつけてようやく批准しました(「天皇大権」を楯にとった物議が軍人の“専売特許”でなく、党利党略の中で使われたことを覚えておきたいものです)。

 

のちの「満洲事変」はこの「不戦条約」違反第1号といわれ、その延長で、現日本国憲法第9条第1項の規定があると考えられています。ちなみに、本条約を批准するにあたりアメリカは「自衛戦争は禁止されていない」と解釈し、「経済封鎖は戦争行為そのもの」と断言していたことを付記しておきましょう(「真珠湾攻撃」を引き起こしたABCD包囲網などについて、米国は“戦争行為”と認識していたということです)。

 

1929(昭和4)年7月、立憲政友会の田中内閣は総辞職し、立憲民政党の濱口雄幸内閣が成立しました。このようにして、「昭和」は波乱の幕開け≠ニなったのですが、まだまだ“序章”にしか過ぎませんでした。

 

 

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(令和元年(2019年)8月22日配信)

 

 

お知らせ

 

「メルマガ軍事情報」でエンリケさんが再三紹介された『漫画クラウゼヴィッツと戦争論』を私も読ませていただきました。陸上自衛隊の元将官、つまり軍事の専門家の“端くれ”としての立場で私も本書について少し解説したいと思います。

 

陸上自衛隊の幹部は(全員ではありませんが)、在任中に不滅の戦略論といわれる中国の古典『孫子』やクラウゼヴィッツの『戦争論』を学ぶ機会があります。
『孫子』は、漢詩調に書かれているせいもあって、わりと日本人には理解しやすいのですが、『戦争論』は、クラウゼヴィッツの理論の背景が欧州戦場であるため、なかなかイメージアップできないばかりか、理論そのものが難解で、翻訳の問題もあってか、軍事のプロの自衛官でさえ困難を極めます。

 

私の場合は、防衛大学校の学生時代を含めると3回、真剣に学んだ経験があります。当然ながら、「軍事とは何か」をまったく知らない学生時代は、「ナポレオン戦争」の戦史を学ぶ延長で『戦争論』の“さわり”を学んだ記憶がある程度です。そして自衛隊に入り、中堅幹部の3佐時代に1度、さらに1佐になりかけた頃、再度、集中して学ぶ機会がありました。

 

クラウゼヴィッツが何を言いたいかをある程度理解し、“目から鱗”を自覚したのは、3回目、つまり20年あまり、部隊や陸上幕僚監部などで指揮官や幕僚としての実務を経験した後でした。

 

さて、本書の作・画は元1佐の石原(米倉)ヒロアキ氏によるものです。石原氏は、漫画については自衛隊に入隊する前の大学時代にすでに「赤塚不二夫賞」の準入選に選ばれるほどの実力を持っておられたようです。しかし、「好きな戦争漫画を描くには軍事を知らなければならない」と自衛官を志し、定年まで全うした後、再び漫画家の道を歩まれている信念の持ち主です。

 

その経験と信念からでしょうか、単に『戦争論』を漫画で解説するだけに留まらず、軍人クラウゼヴィッツに焦点をあて、その戦歴を追体験しながら、クラウゼヴィッツが個々の理論をいかに発想したか、その背景を含めてとてもわかりやすく可視化しているところに本書の特色があります。

 

その石原氏が2年間の情熱を注いで完成した本書にはまた、随所に軍事専門家ならではの“目(切り口)”を伺い知ることができます。何度も悪戦苦闘した経験を有する私にとりましても、“新たな発見”がたくさんありました。

 

本書は、『戦争論』の研究者・翻訳者として最も定評のある清水多吉氏が監修されていることもあって、これまで『戦争論』を学んだ経験のない読者にとっては「入門書」になるでしょうし、すでに学んだ読者にとっては、背景などが可視化されていることによって、難解な理論を改めて読み解くうえで貴重な一冊になると確信いたします。しかも、漫画ですから気軽に読むことができ、内容が瞬間に“頭に焼き付く”というメリットもあります。

 

「平和」を唱えるだけで、「戦争」と聞くだけで“拒否反応”を示す多くの日本人、とくに政治家や有識者ら我が国を牽引すべきリーダーたちに「軍事」を少しでも理解していただくためにも本書がベストセラーになることを祈って止みません。一人でも多くの方にお読みいただくようお薦めします。

 

 

漫画 クラウゼヴィッツと戦争論
 石原ヒロアキ(作) 清水多吉(監修)
 並木書房
 2019年6月27日発行
 http://okigunnji.com/url/51/

 

 

 

お知らせその2

 

新元号が「令和」に決まった4月1日、『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』(桜林美佐監修/自衛隊家族会編/並木書房発行)が発売となりました。本「メルマガ軍事情報」で毎週月曜日にメルマガを発信されている、本書監修者の桜林美佐氏がすでに4月1日発刊のメルマガで紹介されましたが、私も“仕掛け人”の一人として皆様に本書を紹介しておきたいと思います。

 

 本書は、主に自衛隊員の家族によって構成される自衛隊家族会の機関紙『おやばと』に3年以上にわたって連載された「回想 自衛隊の災害派遣」をまとめたものです。ここには過去50年あまりに実施された陸海空自衛隊の主な災害派遣と、それに従事した指揮官・幕僚・隊員たち37人の証言が収められています。昭和26年のルース台風で当時の警察予備隊が初の災害派遣をして以来、自衛隊はこれまでに4万件を超える災害派遣を実施してきました。激甚災害時の人命救助や復旧支援をはじめ、離島での救急患者の輸送、不発弾処理、水難救助、医療や防疫に至るまでその活動は広範多岐にわたります。

 

しかし、 “災害派遣の「現場」で何が起きているか”について、寡黙な自衛官たちはこれまで多くを語ることはありませんでした。本書には、「阪神・淡路大震災」において、自衛官たちが不眠不休で身を賭して人命救助にあたっていた時に「神戸の街に戦闘服は似合わない」と発言されたことや、厚生省から被災者の入浴支援は「公衆衛生法に反する」と指摘されたとの証言、そして、被災地でご遺体を搬送したら、警察から「検視前に動かすと公務執行妨害になる」と言われたこととか、瓦礫の除去も私有財産を勝手に処分する問題があるなどの証言もあります。さらに、「地下鉄サリン事件」では、自ら防毒マスクを外して安全を確認した化学防護隊長の証言など、脚色も誇張もないリアルな事実が記録されています。

 

自衛隊の災害派遣は常に「被災者のために」が“合い言葉”のようになっています。桜林氏がメルマガでわざわざ取り上げてくれましたが、かくいう私も「有珠山噴火時の災害派遣」の体験談、とくに被災者の欲求は状況によって変化し、「被災者に寄り添う支援」がいかに大変かについて書かせて頂きました。

 

本書には、昭和末期の災害派遣も少し含まれていますが、ほぼ平成時代に生じた災害派遣の記録となっており、平成時代の大きな災害を振り返るための資料価値もあると考えます。すでに店頭に並んでおり、アマゾンなどで購入も可能ですので、自衛隊の災害派遣にご興味のある方は、ぜひご一読いただきますようお願い申し上げます(本書の問い合わせなどは宗像宛でお願い致します)。

 

 

『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』
桜林美佐監修/自衛隊家族会編
並木書房発行
http://okigunnji.com/url/28/

 

 



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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