日米戦争への道程(その1)

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はじめに(令和2年の配信スタート)

 

 皆様、遅ればせながらあけましておめでとうございます。今年1回目の発信です。年賀状や年賀メールで多くの知人・友人などから「メルマガ読んでいます。目から鱗です」などと感想を寄せていただきました。中には、「毎回の『はじめに』の話題がおもしろい」との感想もありました。本当にありがたい限りです。

 

正直、「豚もおだてりゃ木にのぼる」の心境です(笑)。皆様、どうぞ今年もよろしくお願いいたします。

 

 今回は、記念すべき第70話となりました。新年早々、中東の方では“きな臭い年明け”となりました。いずれ本メルマガでも触れたいと思いますが、本論では、いよいよ我が国の戦前の歴史のクライマックスというべき「日米戦争」を何回かに分けて取り上げます。

 

 「日米戦争」の見方は本当に諸説あります。私自身も長い間、これら諸説を学んできました。正月休暇を利用して体系づけて整理してみようと試みましたが、「非力な私には無理」という結論に達しました。

 

そこで、これまでどおり、努めて“史実”を重視し、「支那事変」後半から「日米戦争」に至るプロセスについて、主に日本側から見た道程を振り返り、その後、アメリカ側の対日戦略を振り返ることとします。そして最後に、これら諸説のうちの代表的なものを紹介しようと考えています。

 

実は、このあたりから“史実重視”そのものが意外に難しいことも事実です。年末の大掃除の合間、NETFLIXの最新作『WWU最前線─カラーで甦る第二次世界大戦』を観る機会がありました。第二次世界大戦の有名な戦い(作戦)をカラー化した映像で紹介し、それに合わせてアメリカや欧州の有名な歴史家たち(?)が解説するシリーズでした。

 

驚いたのは、「真珠湾攻撃」の背景解説でした。著名な歴史家とおぼしき人が「東條(英機)が満洲事変を起こした」旨の解説を真面目に語っていたのです。すっかり“興ざめ”してしまいましたが、私には、「東京裁判において東條英機を絞首刑にした勝者・連合国の判断は正しかった」と、何としてもその“正当性を主張”しているように見えました。

 

改めて、世界の歴史学のレベルに呆れるとともに、“後世の人々が勝手に創作する”歴史の怖さに思いが至ることでした。しかし、「だからこそ、本メルマガの価値がある」と気持ちを取り直して、当時の歴史のページを開いてみたいと思います。

 

なお、1月10日、海上自衛隊に中東地域への派遣命令が発出され、再び新たな自衛隊の海外活動が始まります。いずれこの話題も取り上げるつもりですが、今回は、文末に『自衛官が語る 海外活動の記録』(桜林美佐監修、自衛隊家族会編)を紹介してあります。メルマガが長くなって恐縮ですが、皆様には、実際にこれまで海外活動に参加した自衛官たちの脚色のない“生の声”から、彼らの「心の叫び」を汲み取っていただき、自衛隊が行なう海外活動についてご理解を深めていただきたいと願っております。

 

重慶爆撃の真相

さて第65話で、1938(昭和13)年11月、近衛内閣の「東亜新秩序」声明が世界に拡散したことを紹介しました。特に、昭和13年12月頃から陸海軍の爆撃機によって行なわれた重慶爆撃は欧米各国から批判されます。

 

重慶爆撃についてもう少し詳しく触れてみましょう。当初は米英などの第三国への被害は避けるように厳命されていたのですが、重慶の気候は霧がちで曇天の日が多いため、目視による精密爆撃は難しく、だんだん目標付近を絨毯(じゅうたん)爆撃するようになります。

 

この後半の絨毯爆撃作戦は海軍主導で行なわれ、中国方面艦隊の井上成美参謀長が日中戦争の早期終結を目的に提言した作戦でした。しかし、陸軍はその無意味さや非人道性を確認し、爆撃参加を中止します。

 

この絨毯爆撃に対して、ルーズベルト大統領は、「無差別爆撃は戦時国際法違反だ」と激しく抗議し、その延長で米国の対日制裁が次々に発令され、拡大していきます。日米の直接対立に至ったきっかけの1つもこの重慶爆撃でした。

 

この戦略爆撃はやがて、連合軍によってドイツや日本への都市爆撃に応用されますし、終戦にあたり、米国によって「非人道的な侵略、戦闘行為を繰り返した悪質な軍事国家・日本を倒した」と重慶爆撃は歴史の誇張例としても使われました。

 

その提言は、海軍の“良識派”といわれた井上成美でしたが、その事実は、なぜか歴史の記録(記憶)から葬り去られてしまっています。改めて、だいぶ前に読んだ阿川弘之著の有名な『井上成美』を流し読みしましたが、重慶爆撃について触れている個所を見つけることはできませんでした。

 

次いでながら、(第61話で紹介しましたように)第2次上海事変を前に、米内光政海軍大臣が不拡大派から拡大派に豹変した事実についても、阿川氏の著書『米内光政』の中で見つけることはできませんでした。読みが浅いのかも知れませんが、どちらも“不都合な真実”としてあえて書かなかったのか、不思議でなりません。

 

話を戻しましょう。蒋介石軍は、米国製の多くの対空砲台を飛行場付近や軍事施設から市街地域に移動させたため、日本軍はやむなく市街地域の絨毯爆撃を実施したという事情もありました。明らかに一般市民を巻き添えにするこの処置自体も“明確な国際法違反”でしたが、この事実も葬り去られています。

 

なお、重慶爆撃は、1943(昭和18)年8月まで続き、その犠牲者は、中国側の発表によると1万2千人(一説にはもっと少ない)といわれますが、東京大空襲や原爆投下の犠牲者と桁違いなのは明らかです。

 

我が国は「日米戦争」をいつの時点で決心したか?

 さて本題です。我が国は「日米戦争」をいつの時点で決心したのか、に視点を変えましょう。当時、我が国の国家としての意思決定は、「御前会議」(天皇陛下の面前で臣下が重要政策を決定する会議)で行なわれましたが、「日米戦争」の最終決心に至る大きな結節は2回、1941(昭和16)年9月6日の御前会議における「帝国国策遂行要領」の決定と11月5日の再決定でした。

 

 9月6日の御前会議においては、内閣側から近衛首相、原枢密院議長、東條陸相、豊田外相、小倉蔵相、及川海相、鈴木企画院総裁に加え、統帥部側から杉山参謀総長、永野軍令部長、塚田参謀次長、伊藤軍令部次長が出席していました。

 

「本案文を一瞥通覧すると、戦争が主で外交が従のように見えるが、外交が不成功の場合に開戦するという理解でよいか?」と確かめた原嘉道(よしみち)枢密院議長の質問に、及川海相が「できる限り外交交渉を行う」と発言し、原案は可決されました。

 

会議をまさに終了しようとした時、慣例上、御前会議で発言することはほとんどない天皇が「重大事につき、一言も発言しなかった両統帥部長を質問する。それはなぜか、両統帥部長より意思の表示がないことを遺憾に思う」と述べられた後、天皇は懐から一枚の紙を取り出し、日露戦争が始まった明治37年に詠まれた明治天皇御製の和歌「四方(よも)の海 皆同胞(はらから)と思ふ世に などあだ波の立騒ぐらむ」を詠み上げられたのです。

 

 ちなみに上記の句で、明治天皇の御製は「波風」となっていたものを昭和天皇はわざと「あだ波」と詠まれ、対米戦争反対の意思を強く表明されたとする解説があることを紹介しておきましょう。

 

 「帝国国策遂行要領」は、当然ながら、海軍の同意を得ていましたが、その原案は陸軍が作成したものです。ここに至る背景は複雑で様々な紆余曲折がありましたが、この「帝国国策遂行要領」の策定を含めた国の“舵取り”は、主に陸軍主導によって行なわれていたことは間違いありませんでした。

 

問題は、「陸軍の誰が主導したか?」です。明治と比較して昭和の陸軍に何とも言えない違和感を持つのは、明治時代は、山縣有朋や児玉源太郎という、いわゆる陸軍のトップクラスが判断して軍や国政を動かしたのに対し、昭和時代は、陸軍のトップクラスの顔が見えないまま、中堅クラス、中でも「二・二六事件」以降は、統制派のキーパーソンであった永田鉄山、石原莞爾、武藤章、田中新一などが“実権”を持っていたことです。

 

“下剋上”という言葉ももてはやされましたが、「二・二六事件」のような暗殺やテロの恐怖もあったものと考えます。事実、三国同盟に体を張って反対した山本五十六海軍次官などは「一死君国に報ずるは素より武人の本懐のみ」と始まる遺書まで残しています。

 

これらから、陸軍(主に中堅クラス)が「当時の千変万化する情勢をどのように分析し、結果として『日米戦争』に至った国策をどのように考え、この難局に立ち向かおうとしたか」を中心に、昭和14年から16年頃の内外情勢と“我が国の命運を決定づけた”その道程について、長くなりますが、ポイントをあぶり出しながら振り返ってみようと思います。

 

米国の「日米通商航海条約」破棄

 

前回紹介しましたように、北支那方面軍(武藤章は参謀副長)は1939(昭和14)年6月、天津租界の封鎖を断行します。これに対してイギリスは、緊迫する欧州情勢に備えるため、日本との紛争回避をめざして外交交渉による解決を望み、日本軍の妨害となる行為を差し控えることを受け入れます。

 

このイギリスの決心について、中国(蒋介石)が強く抗議します。そのような矢先でした。突如、アメリカが「日米通商航海条約」の破棄を通告してきます(同年7月)。「東亜新秩序」声明や重慶爆撃に加え、日本によるイギリスへの譲歩強要を“重大な事態”と考えたルーズベルト大統領の警告処置でした。

 

この破棄通告によって、条約失効の6か月後からいつでも「対日経済処置」を実施し得ることを示したのでした(実際に、翌昭和15年1月、「日米通商航海条約」は失効します)。

 

この米国の破棄声明によって、イギリスは、一転して全面譲歩姿勢から強硬姿勢に決心変更し、交渉は無期延期となりますが、武藤らは、一貫してイギリスに対して強硬姿勢を示します。

 

天津封鎖問題は、日本(陸軍)にとっては2つの意味を持っていたといわれます。第1には、中国に大きな既得権益と経済的影響力を持つイギリスと衝突することが浮き彫りになったこと、第2に、アメリカのイギリス重視が明らかになったこと、でした。

 

どちらも日本にとって重大な影響を持つ可能性があったのですが、特に石油類の75%、鉄類の49%など、多くの重要物資をアメリカからの輸入に依存していたことから、破棄通告によって、戦争遂行のための戦略的重要物資の供給途絶の可能性が明確になったのでした。

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(令和二年(2020年)1月16日配信)

 

 

お知らせ

 私は現在、ボランテイアですが、公益社団法人自衛隊家族会の副会長の職にあります。今回紹介いたします『自衛官が語る 海外活動の記録』は、自衛隊家族会の機関紙「おやばと」に長い間連載してきた「回想 自衛隊の海外活動」を書籍化したものです。

 

その経緯を少しご説明しましょう。陸海空自衛隊は、創設以降冷戦最中の1990年頃までは、全国各地で災害派遣や警備活動を実施しつつ、「専守防衛」の防衛政策のもとで国土防衛に専念していました。

 

 憲法の解釈から「海外派兵」そのものが禁止されており、国民の誰しも自衛隊の海外活動は想像すらしないことでした。当然ながら、自衛隊自身もそのための諸準備を全く行なっていませんでした。

 

ところが、冷戦終焉に伴う国際社会の劇的な変化によって、我が国に対しても国際社会の安定化に向けて実質的な貢献が求められるようになりました。

 

こうして、湾岸戦争後の1991(平成3)年、海上自衛隊掃海部隊のペルシア湾派遣を皮切りに、自衛隊にとって未知の分野の海外活動が始まりました。しかも、中には国を挙げての応援態勢がないままでの海外活動も求められ、派遣隊員や残された家族のやるせない思いやくやしさは募るばかりでした。

 

それでも隊員たちは、不平不満など一切口にせず、「日の丸」を背負った誇りと使命感を抱きつつ、厳正な規律をもって今日まで一人の犠牲者を出すことなく、与えられた任務を確実にこなしてきました。この間、実際に派遣された隊員たちのご苦労は想像するにあまりあるのですが、寡黙な自衛官たちは本音を語ろうとしませんでした。

 

かくいう私も、陸上幕僚監部防衛部長時代、「イラク復興支援活動」の計画・運用担当部長でしたので、決して公にはできない様々な経験をさせていただきました(墓場まで持っていくと決心しております)。

 

このような海外活動の実態について、隊員家族をはじめ広く国民の皆様に知ってもらうことと自衛隊の海外活動の記録と記憶を後世に伝え残したいという願いから、「おやばと」紙上でシリーズ化し、各活動に参加した指揮官や幕僚などに当時の苦労話、経験、エピソードを寄せてもらいました。

 

連載は、2012年8月から2014年11月まで約2年半続き、その後も行なわれている「南スーダン共和国ミッション」や「海賊対処行動」などについてはそのつど、関係者に投稿をお願いしました。

 

このたび、シリーズ書籍化第1弾の『自衛官が語る 災害派遣の記録』と同様、桜林美佐さんに監修をお願いして、その第2弾として『自衛官が語る 海外活動の記録』が出来上がりました。

 

本書には、世界各地で指揮官や幕僚などとして実際の海外活動に従事した25人の自衛官たちの脚色も誇張もない「生の声」が満載されております。

 

遠く母国を離れ、過酷な環境下で、ある時は身を挺して、限られた人数で励まし合って厳しい任務を達成した隊員たち、実際にはどんなにか辛く、心細く、不安だったことでしょうか。

 

しかし、これらの手記を読む限り、そのようなことは微塵も感じられないばかりか、逆に派遣先の住民への愛情や部下への思いやりなどの言葉で溢れており、それぞれ厳しい環境で活動したことを知っている私でさえ、改めて自衛隊の精強さや隊員たちの素晴らしさを垣間見る思いにかられます。

 

また、桜林さんには、海外活動の進化した部分とか依然として制約のある法的権限などについて、わかりやすく解説し、かつ問題提起していただきました。

 

皆様にはぜひご一読いただき、まずはこれら手記の行間にある、隊員たちの「心の叫び」を汲み取っていただくとともに、自衛隊の海外活動の問題点・課題などについても広くご理解いただきたいと願っております。また、前著『自衛官が語る 災害派遣の記録』を未読の方は、この機会にこちらもぜひご一読いただきますようお願い申し上げ、紹介と致します。

 

『自衛官が語る 海外活動の記録─進化する国際貢献』
桜林美佐監修/自衛隊家族会編
  発行:並木書房(2019年12月25日)
  https://amzn.to/384Co4T

 

 

お知らせその1

 新元号が「令和」に決まった4月1日、『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』(桜林美佐監修/自衛隊家族会編/並木書房発行)が発売となりました。本「メルマガ軍事情報」で毎週月曜日にメルマガを発信されている、本書監修者の桜林美佐氏がすでに4月1日発刊のメルマガで紹介されましたが、私も“仕掛け人”の一人として皆様に本書を紹介しておきたいと思います。

 

 本書は、主に自衛隊員の家族によって構成される自衛隊家族会の機関紙『おやばと』に3年以上にわたって連載された「回想 自衛隊の災害派遣」をまとめたものです。ここには過去50年あまりに実施された陸海空自衛隊の主な災害派遣と、それに従事した指揮官・幕僚・隊員たち37人の証言が収められています。昭和26年のルース台風で当時の警察予備隊が初の災害派遣をして以来、自衛隊はこれまでに4万件を超える災害派遣を実施してきました。激甚災害時の人命救助や復旧支援をはじめ、離島での救急患者の輸送、不発弾処理、水難救助、医療や防疫に至るまでその活動は広範多岐にわたります。

 

しかし、 “災害派遣の「現場」で何が起きているか”について、寡黙な自衛官たちはこれまで多くを語ることはありませんでした。本書には、「阪神・淡路大震災」において、自衛官たちが不眠不休で身を賭して人命救助にあたっていた時に「神戸の街に戦闘服は似合わない」と発言されたことや、厚生省から被災者の入浴支援は「公衆衛生法に反する」と指摘されたとの証言、そして、被災地でご遺体を搬送したら、警察から「検視前に動かすと公務執行妨害になる」と言われたこととか、瓦礫の除去も私有財産を勝手に処分する問題があるなどの証言もあります。さらに、「地下鉄サリン事件」では、自ら防毒マスクを外して安全を確認した化学防護隊長の証言など、脚色も誇張もないリアルな事実が記録されています。

 

自衛隊の災害派遣は常に「被災者のために」が“合い言葉”のようになっています。桜林氏がメルマガでわざわざ取り上げてくれましたが、かくいう私も「有珠山噴火時の災害派遣」の体験談、とくに被災者の欲求は状況によって変化し、「被災者に寄り添う支援」がいかに大変かについて書かせて頂きました。

 

本書には、昭和末期の災害派遣も少し含まれていますが、ほぼ平成時代に生じた災害派遣の記録となっており、平成時代の大きな災害を振り返るための資料価値もあると考えます。すでに店頭に並んでおり、アマゾンなどで購入も可能ですので、自衛隊の災害派遣にご興味のある方は、ぜひご一読いただきますようお願い申し上げます(本書の問い合わせなどは宗像宛でお願い致します)。

 

 

『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』
桜林美佐監修/自衛隊家族会編
並木書房発行
http://okigunnji.com/url/28/

 

 

 

お知らせその2

 「メルマガ軍事情報」でエンリケさんが再三紹介された『漫画クラウゼヴィッツと戦争論』を私も読ませていただきました。陸上自衛隊の元将官、つまり軍事の専門家の“端くれ”としての立場で私も本書について少し解説したいと思います。

 

陸上自衛隊の幹部は(全員ではありませんが)、在任中に不滅の戦略論といわれる中国の古典『孫子』やクラウゼヴィッツの『戦争論』を学ぶ機会があります。
『孫子』は、漢詩調に書かれているせいもあって、わりと日本人には理解しやすいのですが、『戦争論』は、クラウゼヴィッツの理論の背景が欧州戦場であるため、なかなかイメージアップできないばかりか、理論そのものが難解で、翻訳の問題もあってか、軍事のプロの自衛官でさえ困難を極めます。

 

私の場合は、防衛大学校の学生時代を含めると3回、真剣に学んだ経験があります。当然ながら、「軍事とは何か」をまったく知らない学生時代は、「ナポレオン戦争」の戦史を学ぶ延長で『戦争論』の“さわり”を学んだ記憶がある程度です。そして自衛隊に入り、中堅幹部の3佐時代に1度、さらに1佐になりかけた頃、再度、集中して学ぶ機会がありました。

 

クラウゼヴィッツが何を言いたいかをある程度理解し、“目から鱗”を自覚したのは、3回目、つまり20年あまり、部隊や陸上幕僚監部などで指揮官や幕僚としての実務を経験した後でした。

 

さて、本書の作・画は元1佐の石原(米倉)ヒロアキ氏によるものです。石原氏は、漫画については自衛隊に入隊する前の大学時代にすでに「赤塚不二夫賞」の準入選に選ばれるほどの実力を持っておられたようです。しかし、「好きな戦争漫画を描くには軍事を知らなければならない」と自衛官を志し、定年まで全うした後、再び漫画家の道を歩まれている信念の持ち主です。

 

その経験と信念からでしょうか、単に『戦争論』を漫画で解説するだけに留まらず、軍人クラウゼヴィッツに焦点をあて、その戦歴を追体験しながら、クラウゼヴィッツが個々の理論をいかに発想したか、その背景を含めてとてもわかりやすく可視化しているところに本書の特色があります。

 

その石原氏が2年間の情熱を注いで完成した本書にはまた、随所に軍事専門家ならではの“目(切り口)”を伺い知ることができます。何度も悪戦苦闘した経験を有する私にとりましても、“新たな発見”がたくさんありました。

 

本書は、『戦争論』の研究者・翻訳者として最も定評のある清水多吉氏が監修されていることもあって、これまで『戦争論』を学んだ経験のない読者にとっては「入門書」になるでしょうし、すでに学んだ読者にとっては、背景などが可視化されていることによって、難解な理論を改めて読み解くうえで貴重な一冊になると確信いたします。しかも、漫画ですから気軽に読むことができ、内容が瞬間に“頭に焼き付く”というメリットもあります。

 

「平和」を唱えるだけで、「戦争」と聞くだけで“拒否反応”を示す多くの日本人、とくに政治家や有識者ら我が国を牽引すべきリーダーたちに「軍事」を少しでも理解していただくためにも本書がベストセラーになることを祈って止みません。一人でも多くの方にお読みいただくようお薦めします。

 

 

漫画 クラウゼヴィッツと戦争論
 石原ヒロアキ(作) 清水多吉(監修)
 並木書房
 2019年6月27日発行
 http://okigunnji.com/url/51/

 

 



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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「日露戦争」の経過と結果(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その2)」  (2019年(令和元年)5月9日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その3)」  (令和元年(2019年)5月16日配信)です。
“新たな時代の幕開け”となった「講和条約」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「“新たな時代の幕開け”となった「講和条約」 」  (令和元年(2019年)5月23日配信)です。
陸・海軍対立のはじまり
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「陸・海軍対立のはじまり」  (令和元年(2019年)5月30日配信)です。
20世紀を迎え、様変わりした国際社会
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「20世紀を迎え、様変わりした国際社会」  (令和元年(2019年)6月6日配信)です。
揺れ動く内外情勢の中の「明治時代」の終焉
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「揺れ動く内外情勢の中の「明治時代」の終焉」  (令和元年(2019年)6月13日配信)です。
「激動の昭和」に至る“道筋”を決めた「大正時代」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「激動の昭和」に至る“道筋”を決めた「大正時代」」  (令和元年(2019年)6月20日配信)です。
第1次世界大戦と日本
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 第1次世界大戦と日本」 (令和元年(2019年)6月27日配信)です。
「ロシア革命」と「シベリア出兵」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「ロシア革命」と「シベリア出兵」 (令和元年(2019年)7月4日配信)です。
第1次世界大戦と日本ー相次ぐ派兵要請ー
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「第1次世界大戦と日本ー相次ぐ派兵要請ー」 (令和元年(2019年)7月11日配信)です。
「第1次世界大戦」の終焉と「ヴェルサイユ条約」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「第1次世界大戦」の終焉と「ヴェルサイユ条約」」 (令和元年(2019年)7月18日配信)です。
「第1次世界大戦」の歴史的意義
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「第1次世界大戦」の歴史的意義」 (令和元年(2019年)7月25日配信)です。
“歴史的岐路”となった「ワシントン会議」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“歴史的岐路”となった「ワシントン会議」」 (令和元年(2019年)8月1日配信)です。
「大正時代」が“残したもの”
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大正時代」が“残したもの”」 (令和元年(2019年)8月8日配信)です。
“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(前段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(前段)」 (令和元年(2019年)8月15日配信)です。
“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(後段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(後段)」 (令和元年(2019年)8月22日配信)です。
第2次世界大戦を引き起こしたアメリカ発の「世界恐慌」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「第2次世界大戦を引き起こしたアメリカ発の「世界恐慌」」 (令和元年(2019年)8月29日配信)です。
「満州事変」の背景と影響@―日本と満州の関係―
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」の背景と影響@―日本と満州の関係―」 (令和元年(2019年)9月5日配信)です。
当時の中国大陸で何が起きていたか?
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「当時の中国大陸で何が起きていたか?」 (令和元年(2019年)9月12日配信)です。
「満州事変」前夜と勃発
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」前夜と勃発」 (令和元年(2019年)9月19日配信)です。
昭和陸軍の台頭
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「昭和陸軍の台頭」 (令和元年(2019年)9月26日配信)です。
「満州事変」の拡大と国民の支持
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」の拡大と国民の支持」 (令和元年(2019年)10月3日配信)です。
満州国建国と国際連盟脱退
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「満州国建国と国際連盟脱退」 (令和元年(2019年)10月10日配信)です。
「二・二六事件」の背景と影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「二・二六事件」の背景と影響」 (令和元年(2019年)10月17日配信)です。
「支那事変」に至る日中情勢の変化
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」に至る日中情勢の変化」 (令和元年(2019年)10月24日配信)です。
「盧溝橋事件」から「支那事変」へ
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「盧溝橋事件」から「支那事変」へ」 (令和元年(2019年)10月31日配信)です。
「支那事変」の拡大と「南京事件」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」の拡大と「南京事件」」 (令和元年(2019年)11月7日配信)です。
「支那事変」止まず、内陸へ拡大
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」止まず、内陸へ拡大」 (令和元年(2019年)11月14日配信)です。
“歴史を動かした”ソ連の陰謀
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“歴史を動かした”ソ連の陰謀」 (令和元年(2019年)11月21日配信)です。
世界に拡散した「東亜新秩序」声明
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「世界に拡散した「東亜新秩序」声明」 (令和元年(2019年)11月28日配信)です。
危機迫る“欧州情勢”
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「危機迫る“欧州情勢”」 (令和元年(2019年)12月5日配信)です。
「ノモンハン事件」に至る日ソ対立の背景
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ノモンハン事件」に至る日ソ対立の背景」 (令和元年(2019年)12月12日配信)です。
「ノモンハン事件」勃発と停戦
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ノモンハン事件」勃発と停戦」 (令和元年(2019年)12月19日配信)です。
戦争は「石油」で始まり、「石油」で決まる
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「戦争は「石油」で始まり、「石油」で決まる」 (令和元年(2019年)12月26日配信)です。
日米戦争への道程(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その2)」 (令和二年(2020年)1月23日配信)です。
日米戦争への道程(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その3)」 (令和二年(2020年)1月30日配信)です。
日米戦争への道程(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その4)」 (令和二年(2020年)2月6日配信)です。
日米戦争への道程(その5)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その5)」 (令和二年(2020年)2月13日配信)です。
日米戦争への道程(その6)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その6)」 (令和二年(2020年)2月20日配信)です。
日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」」 (令和二年(2020年)2月27日配信)です。
「大東亜戦争」をいかに伝えるか
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」をいかに伝えるか」 (令和二年(2020年)3月19日配信)です。
「大東亜戦争」の戦争戦略
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の戦争戦略」 (令和二年(2020年)3月26日配信)です。
「真珠湾攻撃」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「真珠湾攻撃」の真実」 (令和二年(2020年)4月2日配信)です。
「ミッドウェー作戦」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ミッドウェー作戦」の真実」 (令和二年(2020年)4月9日配信)です。
ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に」 (令和二年(2020年)4月16日配信)です。
「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ」 (令和二年(2020年)4月23日配信)です。
「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下」 (令和二年(2020年)4月30日配信)です。
終戦とマッカーサー来日
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「終戦とマッカーサー来日」 (令和二年(2020年)5月13日配信)です。
米国の「日本研究」とその影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「米国の「日本研究」とその影響」 (令和二年(2020年)5月21日配信)です。
「WGIP」の目的と手段
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「WGIP」の目的と手段」 (令和二年(2020年)5月28日配信)です。
「日本国憲法」の制定経緯
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「日本国憲法」の制定経緯」 (令和二年(2020年)6月4日配信)です。
「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」」 (令和二年(2020年)6月11日配信)です。
「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」」 (令和二年(2020年)6月18日配信)です。
占領期初期の欧州および周辺情勢
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「占領期初期の欧州および周辺情勢」 (令和二年(2020年)6月25日配信)です。
情勢変化に伴う占領政策の変容
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「情勢変化に伴う占領政策の変容」 (令和二年(2020年)7月2日配信)です。