「大東亜戦争」をいかに伝えるか

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はじめに

 

 2週間、充電期間をいただきました。今週から再開します。「世の中、新型ウイルス騒ぎで“歴史”どころじゃない」というのが大方の皆さんの本音かもしれません。

 

第73話の冒頭で新型コロナウイルスに触れさせていただき、「インフルエンザの方が感染率も高く、毎年世界中に蔓延し、日本でも最大約1万人、世界で約50万人も亡くなるが、ほとんどニュースにならない」として「侮らず、しかし冷静に」と呼びかけました。

 

しかし、3月12日、WHOが「パンデミック・フェーズ」に入ったことを宣言するなど、新型ウイルスの世界的な感染拡大が懸念される事態になってきました。国内においても、13日、国内の感染拡大時に「緊急事態宣言」を発動できる改正特別措置法が成立しました。

 

13日現在の国内感染者は659人で、内訳は、無症状68人、退院104人、入院(軽症)268人、入院(重症)32人、死亡19人、入院確認・待機中168人です(厚生労働省資料より)。

 

これらの数字は、日々変化するでしょうが、全国一斉の休校をはじめ、スポーツやイベントの中止あるいは延期などの措置が(色々と物議を醸しだしましたが)“成功した”結果といえるのではないでしょうか。

 

その証拠として、14日、安倍総理の記者会見でも説明がありましたが、我が国の感染者数は1万人あたり0.06と、イタリア2.91、韓国1.56、イラン1.45などと比べるとその低さは一目瞭然です。また、上記のように感染後の死亡者や重傷者がかなり低いことを見れば、各県以下の“医療現場の崩壊”には程遠く、逆に、未経験の医療にもかかわらず、適切に処置されていると言って過言ではないと考えます。

 

元大阪府知事の橋下徹氏は、たびたび「広がるのを完全に止めることはできないので、ジワーと感染させてみんなが抗体を持つことがいちばん大事。1万人も亡くなっているインフルエンザ同様、そういうものに耐えられる社会にしないといけない」と発言しています。

 

また最近では、「感染者数にのみ焦点が当てられているが、我が国の低い致死率(単純計算では2.9%、イタリアは6.8%と公表)に照準を当てるべき」とも発言されています。

 

私も全く同感です。新型ウイルスについては、“過剰に不安をあおる”マスコミ報道に最初から違和感を抱いていましたが、最近、ようやく「退院者数」も発表されるなど、少しずつ“実態の報道”が増えてきたのは歓迎すべきことと思います。

 

総理の発言にもありましたが、「感染者の8割は他の人を感染させない」こともわかってきました。油断は禁物ですが、「しっかり管理すれば、インフルエンザより感染率は低い」という事実を認識した上で、引き続き状況の変化をチェックしつつ、「いかなる管理が最適かを検討し、実行する」しかないと考えます。その延長で、議論されているオリンピック実施の可否などについても結論が出るのではないでしょうか。

 

他方、世界の経済に与える影響は深刻で、世界の株価がなにやら1930年代(昭和初期)の「世界恐慌」のような雰囲気になってきました。それが第2次世界大戦の原因となったことをすでに紹介しましたが、当時の状況と比較できないまでも、“人々のパニック性は時を越えて共通する”との認識を新たにして、改めて、当時の人々の絶望感に思いが至ります。

 

歴史的に見ても、人類は“得体の知らないものに対して過度に警戒心を持つ”傾向にあるようです。それは、今回のようなウイルスのみならず、共産主義の台頭やかつての日本のように白人・キリスト教以外の民族の隆盛もその部類だったと考えます。

 

「大東亜戦争」が「国益が相反する国と国の争いだった」という特性以外に、今なお「宗教戦争」あるいは「人種戦争」の側面からの分析が散見されるのは、そのような人類の本質を反映しているのではないでしょうか。

 

私は、この場に及んでも「人類の叡智」を信じている1人ですが、新型ウイルスについては、引き続き「侮らず、しかし冷静に、そして強い忍耐力をもって」対処するしかないと考えます。国民の1人ひとりが「国の存亡をかけた戦争に直面した先人達のことを思えば、何のこれしき」と強い気持ちを持てるように、今回から、“気合を入れて”「大東亜戦争」を振り返ろうと思います。

 

我が国の歴史の中の「大東亜戦争」

 

「我が国の歴史の中で『大東亜戦争』をどのように振り返るか」については、実はとても悩ましいところがあります。

 

たぶん、昭和史や「大東亜戦争」の研究家たちは、皆、等しく悩んだものと推測しています。よって、その切り口(視点)も様々です。中には意外なものもあります。はじめに、それらの代表的なものを紹介しましょう。

 

前回も紹介しました元大本営参謀・瀬島龍三氏の『大東亜戦争の実相』は、氏がハーバード大学で講演された資料を元にまとめられものですが、その最終章は「開戦」と題し、「ハル・ノート」をめぐる日本側の絶望状況が紹介され、その後は大東亜戦争の教訓(総括)で終わります。つまり、書籍のタイトルから期待する戦争自体の実相の紹介や分析はほとんどありません。

 

もっと奇妙なのは、元内閣総理大臣・吉田茂の回顧録ともいうべき『日本を決定した百年』です。このテーマを掲げながら、明治から昭和に至る歩みを少し書き、その後は(自らが活躍した)戦後に話題を移します。後半は、自分の思い出話です。一読するとどうしても『チャーチルの回顧録』などと比較してしまい、だいぶ前のことでしたが、ある種の寂しさを感じたことを今もよく覚えています。

 

一国の総理大臣までやられた人が「日本を決定した百年の中で大東亜戦争を無視できる」との認識だったとはとても思えないですが、(理由は不明ですが)やはり“書けなかったもの”と勝手に推測しています。

 

『歴史家の立場』と題し、「大東亜戦争」前後の歴史に触れておられる歴史家の会田雄次氏も不思議です。「大東亜戦争」に関しては、戦争開始を報道で知り、歓喜と不安が入り交じった」との個人的な感想や「一兵卒としてビルマ戦線で経験したこと」(氏は、マラリアで入退院を繰り返し、ほとんど戦闘に参加していなかったと告白しています)の紹介に加え、無謀な戦争を始めたことへの評価などが主で「大東亜戦争」の全容を客観的・歴史的に分析しているとはとても思えません。

 

本書は、学ぶことがたくさんある示唆に富んだ一冊と思うのですが、失礼ながら「大東亜戦争」に関しては、「歴史家でもこの程度の認識なのだろうか」と思ってしまいます。

 

最後に、有名な司馬遼太郎氏は、晩年に『「昭和」という国家』をまとめられ、「昭和というものを書く気になれなかった」との本音を披露しています。その中で、「軍人だけを責めることはできない」と言いつつも、「統帥権」の問題などを取り上げ、明治時代以降の我が国の歴史からみた“昭和時代の異常さ”を解説しています。

 

個人的に最も残念だと思ったのは、「昭和時代のリーダーたちがなぜこのような判断をしなければならなかったのか?」とか「国家的な難局にどのように立ち向かっていったか、その奮闘を外国はどのように評価したか?」などの世界史的視点、つまり外から観た我が国の情勢や評価については何ら分析されてないことです。

 

周りに日本より“したたかな国”がたくさんあり、それらの国々が示した“勝つためには手段を択ばない傍若無人さ”を語らずして昭和史も「大東亜戦争」も語れないと考えているだけに、正直、落胆しました。

 

かように、昭和史や「大東亜戦争」について書かれた書籍を紐解いてみた中で印象に残った各界の高名な人たちであっても、「大東亜戦争の全容を正しく伝えることの難しさ」に行き当たり、悩み、その結果としてスキップするか、戦争前後の情勢の推移や戦争の教訓や意義でまとめることにとどまったと思わざるを得ないのです。

 

他にも、特定の人物(組織)や戦いなどに焦点をあてつつ、当初から自己の視点を正当化して「大東亜戦争」を振り返る人たちの書籍も数多いですが、中には、意図的に“史実”から目をそらす傾向にあることにも気がつきました。

 

ここまで来て初めて、これら偉大な諸先輩と同様の立場に立っている自分自身に気がつき、本メルマガはとんでもないことにチャレンジしていることに思いが至りました。しかし、後の祭りです。

 

何度も言いますが、私たち自衛官は「戦史」を学びます。陸上自衛官は、「大東亜戦争」に関しては「マレー作戦」から「沖縄戦」に至る陸軍の戦闘について詳しく学びます。そのために購入した陸戦史集や戦闘戦史は今でも本棚の一角を占領しています。海上自衛官も「真珠湾攻撃」や「ミッドウエー海戦」などを詳しく学んでいることでしょう。

 

 しかし、これらの「戦史」を詳しく紹介すると本メルマガは果てしなく続くことが予想されます。よって、「大東亜戦争」についてもこれまで同様、欧州正面などの情勢変化を踏まえつつ、我が国の為政者たちがいかに判断し、戦争指導したかを主に努めてコンパクトに振り返ろうと考えています。

 

陸軍とドイツの歴史的関係

 

 前回のメルマガで、昭和16年12月1日に米国と開戦決断後の12月5日、「独ソ戦の“潮目”が変わったにもかかわらず、一顧だにしなかった」ことを取り上げました。何としてもその理由が頭から離れず、再び関係資料を漁っていました。これら欧州情勢分析の背景ともなった“陸軍とドイツの関係”について、「大東亜戦争」の本論に入る前に改めて整理しておきましょう。

 

旧陸軍は明治初期、ドイツ(プロシア)陸軍をモデルとして建軍してきたことは前に述べましたが、陸軍が“ドイツ偏重”になる下地は次のようなものでした。

 

陸軍の将校は、選抜した13歳から15歳の男子を将来の将校候補者として養成する「幼年学校」出身者と一般の「中学校」出身者に分かれますが、幼年学校の習得語学は、「三国干渉」以来、ロシア語、ドイツ語、フランス語となったようで、これに対して、中学校出身者は英語と中国語を学んだようです。

 

当然ながら、成績序列は幼年学校出身者がトップ級を占めることが多く、トップクラスの多くはドイツに留学していましたし、ドイツの武官や補佐官にもトップクラスが就いていました。

 

 このような背景もあって、昭和14年から15年頃の陸軍中央部の幕僚人事は、圧倒的にドイツ関係者が多く、参謀本部・陸軍省の幕僚の中で米英語圏の勤務経験者はわずか2名しかいなかったという人的偏向があったようです。

 

 開戦時の参謀本部作戦課長服部卓四郎は「大本営・政府ともに、欧州におけるドイツの不敗を確信していたことは事実であった。必ず勝つとは限らぬが、敗れることは絶対ないというものであった。開戦の決意も、戦争計画も、この考慮の下においてなされたというのも過言ではなかった」という回想を残しています。

 

 これらの結果、在ベルリン大島浩陸軍武官らがドイツ側の情報操作に乗せられ、ドイツ側の情報を一方的に東京に流し、その情報が(なんらの疑問のないままに)陸軍の判断につながるというのは十分にあり得ることでした。

 

当時、ストックホルムからは、ベルリン情報とは真逆、つまり「英国上陸作戦はない」「ソ連に向かって作戦準備中」などの情報もあったのですが、全く無視され、陸軍中央部の“ドイツ信奉”は微動だにしなかったのでした。

 

 さて、12月5日の独ソ戦におけるドイツの「攻撃中止」に話を戻しましょう。なんと当日の日付で、ドイツ大使館付坂西一良(いちろう)陸軍武官から参謀総長宛てに送られた「@南方作戦が一段落した後は、ソ連を攻撃してドイツと呼応することを信じている。Aその時期は、状況によるも来年春頃、ドイツ軍のソ連軍追撃戦に呼応して」旨の公電が残っています。この時点で坂西武官が独ソ戦前線の情報を知っていたかどうかは不明ですが、知っていたらこの電報は打てなかったと思います。

 

この時期に、同じ大使館付海軍武官だった野村直邦は、「私らが(攻撃中止の)事実を詳しく知り得たのはなんと日米開戦後のことだった。もしこれが日本へ通報されていたら、歴史は変わったかもしれない」と述べています。陸海軍武官が互いの情報を秘密にしていたことも想像できますが、ドイツ側の情報操作に乗せられたことを含め、「陸軍中央部の人事の偏重が判断を狂わした」と考えざるを得ないのです。(つづく)

 

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(令和二年(2020年)3月19日配信)

 



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その6)」 (令和二年(2020年)2月20日配信)です。
日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」」 (令和二年(2020年)2月27日配信)です。
「大東亜戦争」の戦争戦略
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の戦争戦略」 (令和二年(2020年)3月26日配信)です。
「真珠湾攻撃」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「真珠湾攻撃」の真実」 (令和二年(2020年)4月2日配信)です。
「ミッドウェー作戦」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ミッドウェー作戦」の真実」 (令和二年(2020年)4月9日配信)です。
ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に」 (令和二年(2020年)4月16日配信)です。
「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ」 (令和二年(2020年)4月23日配信)です。
「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下」 (令和二年(2020年)4月30日配信)です。
終戦とマッカーサー来日
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「終戦とマッカーサー来日」 (令和二年(2020年)5月13日配信)です。
米国の「日本研究」とその影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「米国の「日本研究」とその影響」 (令和二年(2020年)5月21日配信)です。
「WGIP」の目的と手段
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「WGIP」の目的と手段」 (令和二年(2020年)5月28日配信)です。
「日本国憲法」の制定経緯
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「日本国憲法」の制定経緯」 (令和二年(2020年)6月4日配信)です。
「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」」 (令和二年(2020年)6月11日配信)です。
「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」」 (令和二年(2020年)6月18日配信)です。
占領期初期の欧州および周辺情勢
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「占領期初期の欧州および周辺情勢」 (令和二年(2020年)6月25日配信)です。
情勢変化に伴う占領政策の変容
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「情勢変化に伴う占領政策の変容」 (令和二年(2020年)7月2日配信)です。
「東京裁判」の結果と評価
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「東京裁判」の結果と評価」 (令和二年(2020年)7月9日配信)です。
我が国の安全保障政策をめぐる議論
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「我が国の安全保障政策をめぐる議論」 (令和二年(2020年)7月16日配信)です。
変容する国内情勢と「朝鮮戦争」前夜
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「変容する国内情勢と「朝鮮戦争」前夜」 (令和二年(2020年)7月23日配信)です。
「朝鮮戦争」の経緯と我が国に与えた影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「朝鮮戦争」の経緯と我が国に与えた影響」 (令和二年(2020年)7月30日配信)です。
「マッカーサー証言」の意味するもの
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「マッカーサー証言」の意味するもの」 (令和二年(2020年)8月6日配信)です。
「サンフランシスコ講和条約」締結への道程
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「サンフランシスコ講和条約」締結への道程」 (令和二年(2020年)8月20日配信)です。
「サンフランシスコ講和条約」締結と主権回復
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「サンフランシスコ講和条約」締結と主権回復」 (令和二年(2020年)8月27日配信)です。
「大東亜戦争」の総括(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その1)」 (令和二年(2020年)9月3日配信)です。
「大東亜戦争」の総括(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その2)」 (令和二年(2020年)9月10日配信)です。
「大東亜戦争」の総括(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その3)」 (令和二年(2020年)9月17日配信)です。