米国の「日本研究」とその影響

最新作を読みたい方はこちらでご登録ください(無料)
    ↓↓↓↓
メルマガ購読・解除
 

はじめに

 

 個人的には、マッカーサー率いるGHQによって我が国が国家の大改造を強行されたことについて、“我が国の過去・現在・未来の長い歴史の中でどのように評価すべきか”ついては判断しかねているというのが正直な気持ちです。

 

 我が国の現状の“源”は占領政策にあると考える一方で、終戦後、我が国に対する連合国(特にソ連)の“強硬姿勢”に真っ向から立ち向かい、国土の分割や天皇制廃止を回避できたのは、マッカーサーらGHQの功績であることも事実だからです。

 

GHQによる占領政策については、すでに多くの書籍や論文が出ています。以前にも紹介しましたが、丹念に発掘した米国側資料に基づいて書かれた『國破れてマッカーサー』(西悦夫著)をはじめ、占領下の5人の首相に焦点をあてた『占領期』(五百旗頭真著)、占領政策が主に戦後の安全保障政策に与えた影響を見事に分析している『吉田茂とその時代』(岡崎久彦著)、そして、WGIP(ウオー・ギルト・インフォメーション・プログラム)研究の第一人者・高橋史朗氏の『日本が二度と立ち上がれないように アメリカが占領期の行ったこと』『WGIPと「歴史戦」』の2冊などです。他にもたくさんありますが、これまでベールに包まれた占領政策の策定経緯や基本的考えなどの「史実」をあぶりだしてくれます。

 

 他方、まだまだ“全容は解明できてない”のも事実でしょう。一般には、触れたくない占領下の我が国の状況ですが、占領政策の狙いやその実態はいかなるものであったのか、戦後の日本及び日本人に絶大な影響を与えた占領政策だけに、ここは我慢しつつ、引き続き7年半の占領時代の概要を努めて時程を追って何回かに分けて振り返ってみたいと思います。

 

 前回、マッカーサーの「人となり」などを取り上げましが、いろいろ調べていくうちに、個人的には、@占領政策の決定権は本当にマッカーサーにあったのか? A周辺情勢の変化などから占領政策がいかに変容していったか? に関心を持つに至りました。

 

さらに、占領時代は、「“兵は国の大事”といわれる戦争において、“敗戦”とはいかなる意味を持つのか?」、その延長で「“平和主義”がはびこる現在において、それを追及した結果として、独立(主権)を失うということはいかなるものなのか?」を歴史から学ぶ“まさに他に類を見ない好材料”と考えます。

 

 占領政策は、本メルマガの“集大成”とも考えます。細部に触れるとここに紹介したような分厚い書物になってしまいますので、これまで同様、知り得る限りの「史実」を簡潔に、かつ要点をあぶり出しつつ振り返ってみたいと思います。

 

マッカーサーの最初の指令

 

 昭和20年9月2日、東京湾に停泊する戦艦ミズーリ―で降伏文書調印式が実施され、日本側の人選が難航した結果、重光葵(まもる)外相と梅津美治郎参謀総長が臨むことになります。

 

 調印式を終えて宿所に戻った重光外相にマッカーサーより「日本国民に告ぐ」で始まる以下の内容の文書が舞い込みます。@軍政を敷き、公用語は英語とする、A一切の命令違反は軍事裁判で死刑などに処す、B米軍軍票に日本の法定通貨とする、とあり、重光外相は軍政布告などポツダム宣言を逸脱した内容に唖然として翌日、さっそく断然抗議します。

 

 重光の「軍政を敷けば混乱が生じ、その結果については、日本側は責任を負わない」と脅しのような抗議に対して、マッカーサーはたじろぎ、軍政の布告案を撤回し、直接軍政より間接統治の方を選択します。

 

あわや、軍政を敷かれ、我が国の公用語がフィリピンのように英語になり、(前回紹介しましたように)日本人の大半がキリスト教徒にさせられるところでした。中でもGHQの間接統治への決心変更は、重光外相の手柄だったことは間違いないでしょう。

 

しかし、重光は(だまっておればいいものを)記者会見でこれを誇ったためにGHQの不評を買う結果になります。その結果、「日本人を甘やかしてはならない」と対日政策の硬化に繋がってしまいます。お互いまだ手の内がわからない段階だったとは言え、当初から勝者と敗者の明確な線引きがあったのでした。

 

天皇陛下のご訪問

 

こうした中で、マッカーサーを揺り動かした筆頭は天皇陛下でした。昭和20年9月27日、天皇がモーニング姿でマッカーサーをご訪問されます。マッカーサーは「天皇が“命乞いに来た”と思った」と回想録に記しています。しかし、天皇が口にされたのは正反対で、「戦争責任はすべて私にある。私の一身はどうなろうともかまわない。あなたにお任せする。この上、どうか国民が生活に困らないよう、連合国の援助をお願いしたい」旨を述べられ、マッカーサーを驚かせます。

 

 マッカーサーは、「私は大きい感動にゆさぶられた。諸事実に照らし、明らかに天皇に帰すべきではない責任を引き受けようとしている。この勇気に満ちた態度は私の骨の髄までゆり動かした」とのちに回想しています。

 

 この会見によって、マッカーサー自体は、天皇を「日本の最上の紳士」とみなし、訴追反対の意思をより強くするとともに、天皇の影響力を保つことで占領統治を成功させようとしたといわれます。

 

 天皇のご訪問はこの後、“尾ひれ”がつきます。モーニング服で正装した天皇とラフな格好のマッカーサーが並んで写した(有名な)写真が翌日の新聞(朝日、毎日、読売)に掲載されてしまったのです。当時の国民にとっては衝撃的な写真でしたが、内務省は掲載した新聞を発禁処分します。これに対して、“絶好のプロパガンダと考えた”GHQは処分を無効として改めて発行を命じます。本事件もまた、対日強硬政策を行なう「引き金」になったといわれます。

 

「日本人の国民性」研究

 

 さて、GHQの占領政策は、マッカーサーに絶大な権力があるとは言え、GHQの方針のみで決定したわけでないことも明白です。マッカーサーに(前回紹介したような)「日本観」を抱かせたのも必ずしも自身の経験や信念からだけでなかったようです。

 

アメリカの日本研究は、ペリー来航以降、つまり19世紀後半までさかのぼりますが、本格的な研究は「太平洋問題調査会」(1925年設立)という民間の学術団体が担っていました。

 

そして、「真珠湾攻撃」の数か月後には「対日占領政策研究」を開始したといわれますが、戦争が終盤に近づいた1944(昭和19)年12月、太平洋問題調査会の臨時会議がニューヨークで開催されます。「日本人の性格構造とプロパガンダ」の論文を書いたジェフリー・ゴーラーが指導的役割を果たした本会議には、有名な『菊と刀』の著者ルース・ベネディクトなど40名の文化人類学者、精神分析学者、心理学者などが参加します。

 

この会議において、「日本人の国民性」の定義として@原始的、A幼稚・未熟で、少年非行や不良の行動に類似、B精神的・感情的で不安定で「集団的神経症」、などという偏見と誤解に満ちたレッテル貼りが行なわれ、参加者一同の同意を得ます。

 

この「学問」の名において行なわれた日本人の性格構造分析がアメリカ、そして前述のマッカーサーの「日本観」をはじめGHQの対日政策に決定的な影響を及ぼすことになります。

 

アメリカの戦時情報局(OWI)は、これらを活用して「対日心理作戦ハンドブック」を作成しますが、「“敵の精神に打撃を与える無形の武器”として日本人の“国民性研究”を取り組んだ点を見落としてはならない」(高橋史朗氏)と指摘されるように、この研究成果が占領政策に反映されていきます。

 

これと比較して思い出すのは「真珠湾攻撃」です。「緒戦の奇襲によって米国民にショックを与え、厭戦気分を増大する」との壮大な作戦であれば、その可能性や効果を見極めるため、「米国人の国民性」について学者を集めて研究するぐらいの知恵が必要だったと考えます。

 

山本五十六長官、あるいは海軍の限界と言えばそれまでですが、日本にはアメリカ専門家も数えるほどしかいなかったこともあってそのような研究をした痕跡は見つかりません。残念ですが、日米には軍事力や経済力など国力以上に“知恵の差”があったと認めざるを得ないのです。

 

ちなみに、日本人の国民性の分析により、占領政策に多大な影響を及ぼしたといわれる『菊と刀』については、和辻哲郎氏が「読むに値しない」と酷評しているのをはじめ、竹山道雄氏や柳田國夫氏などの著名人が異口同音に誤解と偏見と悪意に満ちていると反論しています。

 

なぜか近年、本書は「日本を知るための最良本」として中国でベストセラーになっているらしく、いかにも中国人が喜びそうな内容でもあることから、またしても誤った日本観が蔓延するのが懸念されます。

 

私も来日経験が一度もない作者がこれほどの誤解と偏見をよく書けるものだと感心しながらも、途中で嫌気がさして気分が悪くなったことをよく覚えております(本書だけは決してお勧めしません)。

 

トルーマン政権による「対日政策」指示

 

 さて、トルーマン政権からGHQに対する「対日政策」に関する指示が幾度か発出されますが、これらがGHQの占領政策を決定づけることになります。

 

書物によっては、すべての指示が、トルーマン大統領が目を通し、同意したわけではないとの指摘もありますが、それはさておき、まず「降伏後のおける米国の初期の対日方針」(1945年9月6日付)を紹介しますと、占領の究極の目的として「日本国が再び米国の脅威となり、世界の平和及び安全の脅威とならないことを確実にすること」、そして「国連憲章の理想と原則に示されたアメリカの目的を支持する平和的で責任ある政府を樹立すること」と明示されています。

 

つまり、「日本をアメリカの属国にする決意の声明だった」(西悦夫氏)との分析もあることを付記しておきましょう。そして、これらの指示は、次第に具体的・硬化的になります。

 

マッカーサーと連合国の主導権争い

 

 具体的な占領政策を振り返る前に、マッカーサーと連合国との主導権争いを振り返っておきましょう。特に、ソ連とは意見の相違が絶えませんでした。その端緒は、日ソ中立条約を一方的に破って満州に侵攻したソ連兵の略奪行為と70万人から90万人といわれる日本兵と民間人のシベリア抑留でした。

 

これらもあって、マッカーサーは、日の丸の掲揚を禁止するとともに、国連旗ではなく、アメリカの国旗を掲揚することを命じます。連合国はアメリカの独裁をねたみ、ソ連はマッカーサーから独立した軍隊によって北海道占領を要求しますが、マッカーサーはこれを一蹴します。

 

そんな中、「極東委員会」が1945年9月に設置されますが、英国、ソ連、中国が対立し、ようやく12月、上記3か国に加え、オーストラリア、フランス、カナダ、フィリピンなど11か国の代表で構成されることが決まります。その結果、第1回目の会合が翌年2月、ワシントンで行なわれます。

 

強力な権限を持っていた「極東委員会」は、@日本占領の政策を作る、Aマッカーサーが出した指令や政策決定を検査する、Bマッカーサーの行動を加盟メンバーの要請に基づいて調査する、とその権限を明確にしますが、マッカーサーは「アメリカは、太平洋戦争の勝利に最も貢献しただけでなく、日本占領の負担をほとんど担っているのだから、占領政策を作る道義的かつ正統の権利を主張するのは当然」として跳ねのけます。

 

この点については、マッカーサーの功績と評価できますが、「日本占領は連合国軍によって行われる」とした「極東委員会」設立の掛け声とは裏腹に、アメリカ政府も「“戦利品・日本”をソ連と山分けしようと思っていなかった」ことも事実で、この姿勢は、共産主義の拡大を警戒するに従い、さらに強化されることになります。

 

これらを可能にした背景に、ソ連がまだ原子爆弾を保持していなかったことがありますが、「5年から10年先」と見積もった米国軍事情報局をあざ笑うかのように、ソ連の原子爆弾の実験成功の報告がトルーマン大統領に入ったのはそれからわずか3年後でした。

 

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(令和二年(2020年)5月21日配信)

 

 

お知らせ

 私は現在、ボランテイアですが、公益社団法人自衛隊家族会の副会長の職にあります。今回紹介いたします『自衛官が語る 海外活動の記録』は、自衛隊家族会の機関紙「おやばと」に長い間連載してきた「回想 自衛隊の海外活動」を書籍化したものです。

 

その経緯を少しご説明しましょう。陸海空自衛隊は、創設以降冷戦最中の1990年頃までは、全国各地で災害派遣や警備活動を実施しつつ、「専守防衛」の防衛政策のもとで国土防衛に専念していました。

 

 憲法の解釈から「海外派兵」そのものが禁止されており、国民の誰しも自衛隊の海外活動は想像すらしないことでした。当然ながら、自衛隊自身もそのための諸準備を全く行なっていませんでした。

 

ところが、冷戦終焉に伴う国際社会の劇的な変化によって、我が国に対しても国際社会の安定化に向けて実質的な貢献が求められるようになりました。

 

こうして、湾岸戦争後の1991(平成3)年、海上自衛隊掃海部隊のペルシア湾派遣を皮切りに、自衛隊にとって未知の分野の海外活動が始まりました。しかも、中には国を挙げての応援態勢がないままでの海外活動も求められ、派遣隊員や残された家族のやるせない思いやくやしさは募るばかりでした。

 

それでも隊員たちは、不平不満など一切口にせず、「日の丸」を背負った誇りと使命感を抱きつつ、厳正な規律をもって今日まで一人の犠牲者を出すことなく、与えられた任務を確実にこなしてきました。この間、実際に派遣された隊員たちのご苦労は想像するにあまりあるのですが、寡黙な自衛官たちは本音を語ろうとしませんでした。

 

かくいう私も、陸上幕僚監部防衛部長時代、「イラク復興支援活動」の計画・運用担当部長でしたので、決して公にはできない様々な経験をさせていただきました(墓場まで持っていくと決心しております)。

 

このような海外活動の実態について、隊員家族をはじめ広く国民の皆様に知ってもらうことと自衛隊の海外活動の記録と記憶を後世に伝え残したいという願いから、「おやばと」紙上でシリーズ化し、各活動に参加した指揮官や幕僚などに当時の苦労話、経験、エピソードを寄せてもらいました。

 

連載は、2012年8月から2014年11月まで約2年半続き、その後も行なわれている「南スーダン共和国ミッション」や「海賊対処行動」などについてはそのつど、関係者に投稿をお願いしました。

 

このたび、シリーズ書籍化第1弾の『自衛官が語る 災害派遣の記録』と同様、桜林美佐さんに監修をお願いして、その第2弾として『自衛官が語る 海外活動の記録』が出来上がりました。

 

本書には、世界各地で指揮官や幕僚などとして実際の海外活動に従事した25人の自衛官たちの脚色も誇張もない「生の声」が満載されております。

 

遠く母国を離れ、過酷な環境下で、ある時は身を挺して、限られた人数で励まし合って厳しい任務を達成した隊員たち、実際にはどんなにか辛く、心細く、不安だったことでしょうか。

 

しかし、これらの手記を読む限り、そのようなことは微塵も感じられないばかりか、逆に派遣先の住民への愛情や部下への思いやりなどの言葉で溢れており、それぞれ厳しい環境で活動したことを知っている私でさえ、改めて自衛隊の精強さや隊員たちの素晴らしさを垣間見る思いにかられます。

 

また、桜林さんには、海外活動の進化した部分とか依然として制約のある法的権限などについて、わかりやすく解説し、かつ問題提起していただきました。

 

皆様にはぜひご一読いただき、まずはこれら手記の行間にある、隊員たちの「心の叫び」を汲み取っていただくとともに、自衛隊の海外活動の問題点・課題などについても広くご理解いただきたいと願っております。また、前著『自衛官が語る 災害派遣の記録』を未読の方は、この機会にこちらもぜひご一読いただきますようお願い申し上げ、紹介と致します。

 

『自衛官が語る 海外活動の記録─進化する国際貢献』
桜林美佐監修/自衛隊家族会編
  発行:並木書房(2019年12月25日)
  https://amzn.to/384Co4T

 

 

お知らせその1

 新元号が「令和」に決まった4月1日、『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』(桜林美佐監修/自衛隊家族会編/並木書房発行)が発売となりました。本「メルマガ軍事情報」で毎週月曜日にメルマガを発信されている、本書監修者の桜林美佐氏がすでに4月1日発刊のメルマガで紹介されましたが、私も“仕掛け人”の一人として皆様に本書を紹介しておきたいと思います。

 

 本書は、主に自衛隊員の家族によって構成される自衛隊家族会の機関紙『おやばと』に3年以上にわたって連載された「回想 自衛隊の災害派遣」をまとめたものです。ここには過去50年あまりに実施された陸海空自衛隊の主な災害派遣と、それに従事した指揮官・幕僚・隊員たち37人の証言が収められています。昭和26年のルース台風で当時の警察予備隊が初の災害派遣をして以来、自衛隊はこれまでに4万件を超える災害派遣を実施してきました。激甚災害時の人命救助や復旧支援をはじめ、離島での救急患者の輸送、不発弾処理、水難救助、医療や防疫に至るまでその活動は広範多岐にわたります。

 

しかし、 “災害派遣の「現場」で何が起きているか”について、寡黙な自衛官たちはこれまで多くを語ることはありませんでした。本書には、「阪神・淡路大震災」において、自衛官たちが不眠不休で身を賭して人命救助にあたっていた時に「神戸の街に戦闘服は似合わない」と発言されたことや、厚生省から被災者の入浴支援は「公衆衛生法に反する」と指摘されたとの証言、そして、被災地でご遺体を搬送したら、警察から「検視前に動かすと公務執行妨害になる」と言われたこととか、瓦礫の除去も私有財産を勝手に処分する問題があるなどの証言もあります。さらに、「地下鉄サリン事件」では、自ら防毒マスクを外して安全を確認した化学防護隊長の証言など、脚色も誇張もないリアルな事実が記録されています。

 

自衛隊の災害派遣は常に「被災者のために」が“合い言葉”のようになっています。桜林氏がメルマガでわざわざ取り上げてくれましたが、かくいう私も「有珠山噴火時の災害派遣」の体験談、とくに被災者の欲求は状況によって変化し、「被災者に寄り添う支援」がいかに大変かについて書かせて頂きました。

 

本書には、昭和末期の災害派遣も少し含まれていますが、ほぼ平成時代に生じた災害派遣の記録となっており、平成時代の大きな災害を振り返るための資料価値もあると考えます。すでに店頭に並んでおり、アマゾンなどで購入も可能ですので、自衛隊の災害派遣にご興味のある方は、ぜひご一読いただきますようお願い申し上げます(本書の問い合わせなどは宗像宛でお願い致します)。

 

 

『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』
桜林美佐監修/自衛隊家族会編
並木書房発行
http://okigunnji.com/url/28/

 

 

 

お知らせその2

 「メルマガ軍事情報」でエンリケさんが再三紹介された『漫画クラウゼヴィッツと戦争論』を私も読ませていただきました。陸上自衛隊の元将官、つまり軍事の専門家の“端くれ”としての立場で私も本書について少し解説したいと思います。

 

陸上自衛隊の幹部は(全員ではありませんが)、在任中に不滅の戦略論といわれる中国の古典『孫子』やクラウゼヴィッツの『戦争論』を学ぶ機会があります。
『孫子』は、漢詩調に書かれているせいもあって、わりと日本人には理解しやすいのですが、『戦争論』は、クラウゼヴィッツの理論の背景が欧州戦場であるため、なかなかイメージアップできないばかりか、理論そのものが難解で、翻訳の問題もあってか、軍事のプロの自衛官でさえ困難を極めます。

 

私の場合は、防衛大学校の学生時代を含めると3回、真剣に学んだ経験があります。当然ながら、「軍事とは何か」をまったく知らない学生時代は、「ナポレオン戦争」の戦史を学ぶ延長で『戦争論』の“さわり”を学んだ記憶がある程度です。そして自衛隊に入り、中堅幹部の3佐時代に1度、さらに1佐になりかけた頃、再度、集中して学ぶ機会がありました。

 

クラウゼヴィッツが何を言いたいかをある程度理解し、“目から鱗”を自覚したのは、3回目、つまり20年あまり、部隊や陸上幕僚監部などで指揮官や幕僚としての実務を経験した後でした。

 

さて、本書の作・画は元1佐の石原(米倉)ヒロアキ氏によるものです。石原氏は、漫画については自衛隊に入隊する前の大学時代にすでに「赤塚不二夫賞」の準入選に選ばれるほどの実力を持っておられたようです。しかし、「好きな戦争漫画を描くには軍事を知らなければならない」と自衛官を志し、定年まで全うした後、再び漫画家の道を歩まれている信念の持ち主です。

 

その経験と信念からでしょうか、単に『戦争論』を漫画で解説するだけに留まらず、軍人クラウゼヴィッツに焦点をあて、その戦歴を追体験しながら、クラウゼヴィッツが個々の理論をいかに発想したか、その背景を含めてとてもわかりやすく可視化しているところに本書の特色があります。

 

その石原氏が2年間の情熱を注いで完成した本書にはまた、随所に軍事専門家ならではの“目(切り口)”を伺い知ることができます。何度も悪戦苦闘した経験を有する私にとりましても、“新たな発見”がたくさんありました。

 

本書は、『戦争論』の研究者・翻訳者として最も定評のある清水多吉氏が監修されていることもあって、これまで『戦争論』を学んだ経験のない読者にとっては「入門書」になるでしょうし、すでに学んだ読者にとっては、背景などが可視化されていることによって、難解な理論を改めて読み解くうえで貴重な一冊になると確信いたします。しかも、漫画ですから気軽に読むことができ、内容が瞬間に“頭に焼き付く”というメリットもあります。

 

「平和」を唱えるだけで、「戦争」と聞くだけで“拒否反応”を示す多くの日本人、とくに政治家や有識者ら我が国を牽引すべきリーダーたちに「軍事」を少しでも理解していただくためにも本書がベストセラーになることを祈って止みません。一人でも多くの方にお読みいただくようお薦めします。

 

 

漫画 クラウゼヴィッツと戦争論
 石原ヒロアキ(作) 清水多吉(監修)
 並木書房
 2019年6月27日発行
 http://okigunnji.com/url/51/

 

 



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


最新作を読みたい方はこちらで登録ください(無料)
      ↓↓↓↓
メルマガ購読・解除
 


サイト内検索は、こちらからどうぞ




お問い合わせは、こちらからどうぞ

↓↓↓↓

関連ページ

日本史と世界史に“横串”を入れる
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 日本史と世界史に“横串”を入れる──我が国の歴史を振り返る(創刊準備号) (2018年(平成30年)8月23日配信)です。
日本および日本人の4つの特色
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 日本および日本人の4つの特色──我が国の歴史を振り返る(1) (2018年(平成30年)8月30日配信)です。
「大航海時代」:欧州人と初めての関わり(1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「大航海時代」:欧州人と初めての関わり(1)──我が国の歴史を振り返る(2) (2018年(平成30年)9月6日配信)です。
「大航海時代」:欧州人と初めての関わり(2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「大航海時代」:欧州人と初めての関わり(2)──我が国の歴史を振り返る(3) (2018年(平成30年)9月13日配信)です。
信長・秀吉時代の外交と防衛を考える(1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「信長・秀吉時代の外交と防衛を考える(1)──我が国の歴史を振り返る(4) (2018年(平成30年)9月20日配信)です。
信長・秀吉時代の外交と防衛を考える(2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「信長・秀吉時代の外交と防衛を考える(2)──我が国の歴史を振り返る(5) (2018年(平成30年)9月27日配信)です。
江戸時代初期の外交・防衛を考える(1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸時代初期の外交・防衛を考える(1)──我が国の歴史を振り返る(6) (2018年(平成30年)10月4日配信)です。
江戸時代初期の外交・防衛を考える(2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸時代初期の外交・防衛を考える(2)──我が国の歴史を振り返る(7) (2018年(平成30年)10月11日配信)です。
「治安維持」のための江戸時代の諸制度
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「治安維持」のための江戸時代の諸制度──我が国の歴史を振り返る(8) (2018年(平成30年)10月18日配信)です。
長く続いた“太平の世”
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「長く続いた“太平の世”──我が国の歴史を振り返る(9) (2018年(平成30年)10月25日配信)です。
欧州諸国の「大変革」(前段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「欧州諸国の「大変革」(前段)──我が国の歴史を振り返る(10) (2018年(平成30年)11月1日配信)です。
欧州諸国の「大変革」(後段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「欧州諸国の「大変革」(後段)──我が国の歴史を振り返る(11) (2018年(平成30年)11月8日配信)です。
江戸中期以降の我が国周辺情勢と混乱(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸中期以降の我が国周辺情勢と混乱(その1)」 ──我が国の歴史を振り返る(12) (2018年(平成30年)11月15日配信)です。
江戸中期以降の我が国周辺情勢と混乱(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸中期以降の我が国周辺情勢と混乱(その2)」 ──我が国の歴史を振り返る(13) (2018年(平成30年)11月22日配信)です。
「ペリー来航」と開国(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「ペリー来航」と開国(その1)」 ──我が国の歴史を振り返る(14) (2018年(平成30年)11月29日配信)です。
「ペリー来航」と開国(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「ペリー来航」と開国(その2)」 ──我が国の歴史を振り返る(15) (2018年(平成30年)12月6日配信)です。
江戸幕府の滅亡(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸幕府の滅亡(その1) (2018年(平成30年)12月13日配信)です。
江戸幕府の滅亡(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸幕府の滅亡(その2) (2018年(平成30年)12月20日配信)です。
江戸幕府の滅亡(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸幕府の滅亡(その3) (2018年(平成30年)12月27日配信)です。
「明治維新」と諸外国の関わり
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」と諸外国の関わり (2019年(平成31年)1月10日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その1)  (2019年(平成31年)1月17日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その2)  (2019年(平成31年)1月24日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その3)  (2019年(平成31年)1月31日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その4)  (2019年(平成31年)2月7日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その5)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その5)  (2019年(平成31年)2月14日配信)です。
明治時代の「国民精神」を育てたもの
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「明治時代の「国民精神」を育てたもの  (2019年(平成31年)2月21日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その1)」  (2019年(平成31年)2月28日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その2)」  (2019年(平成31年)3月7日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その3)」  (2019年(平成31年)3月14日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その4)」  (2019年(平成31年)3月21日配信)です。
“アジアを変えた”「日清戦争」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「“アジアを変えた”「日清戦争」」  (2019年(平成31年)3月28日配信)です。
世界を驚かせた「日英同盟」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「世界を驚かせた「日英同盟」」  (2019年(平成31年)4月4日配信)です。
「日露戦争」開戦までの情勢(前段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」開戦までの情勢(前段)」  (2019年(平成31年)4月11日配信)です。
「日露戦争」開戦までの情勢(後段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」開戦までの情勢(後段)」  (2019年(平成31年)4月18日配信)です。
日露の「戦力」と「作戦計画」比較
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「日露の「戦力」と「作戦計画」比較」  (2019年(平成31年)4月25日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その1)」  (2019年(令和元年)5月2日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その2)」  (2019年(令和元年)5月9日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その3)」  (令和元年(2019年)5月16日配信)です。
“新たな時代の幕開け”となった「講和条約」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「“新たな時代の幕開け”となった「講和条約」 」  (令和元年(2019年)5月23日配信)です。
陸・海軍対立のはじまり
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「陸・海軍対立のはじまり」  (令和元年(2019年)5月30日配信)です。
20世紀を迎え、様変わりした国際社会
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「20世紀を迎え、様変わりした国際社会」  (令和元年(2019年)6月6日配信)です。
揺れ動く内外情勢の中の「明治時代」の終焉
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「揺れ動く内外情勢の中の「明治時代」の終焉」  (令和元年(2019年)6月13日配信)です。
「激動の昭和」に至る“道筋”を決めた「大正時代」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「激動の昭和」に至る“道筋”を決めた「大正時代」」  (令和元年(2019年)6月20日配信)です。
第1次世界大戦と日本
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 第1次世界大戦と日本」 (令和元年(2019年)6月27日配信)です。
「ロシア革命」と「シベリア出兵」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「ロシア革命」と「シベリア出兵」 (令和元年(2019年)7月4日配信)です。
第1次世界大戦と日本ー相次ぐ派兵要請ー
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「第1次世界大戦と日本ー相次ぐ派兵要請ー」 (令和元年(2019年)7月11日配信)です。
「第1次世界大戦」の終焉と「ヴェルサイユ条約」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「第1次世界大戦」の終焉と「ヴェルサイユ条約」」 (令和元年(2019年)7月18日配信)です。
「第1次世界大戦」の歴史的意義
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「第1次世界大戦」の歴史的意義」 (令和元年(2019年)7月25日配信)です。
“歴史的岐路”となった「ワシントン会議」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“歴史的岐路”となった「ワシントン会議」」 (令和元年(2019年)8月1日配信)です。
「大正時代」が“残したもの”
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大正時代」が“残したもの”」 (令和元年(2019年)8月8日配信)です。
“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(前段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(前段)」 (令和元年(2019年)8月15日配信)です。
“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(後段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(後段)」 (令和元年(2019年)8月22日配信)です。
第2次世界大戦を引き起こしたアメリカ発の「世界恐慌」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「第2次世界大戦を引き起こしたアメリカ発の「世界恐慌」」 (令和元年(2019年)8月29日配信)です。
「満州事変」の背景と影響@―日本と満州の関係―
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」の背景と影響@―日本と満州の関係―」 (令和元年(2019年)9月5日配信)です。
当時の中国大陸で何が起きていたか?
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「当時の中国大陸で何が起きていたか?」 (令和元年(2019年)9月12日配信)です。
「満州事変」前夜と勃発
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」前夜と勃発」 (令和元年(2019年)9月19日配信)です。
昭和陸軍の台頭
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「昭和陸軍の台頭」 (令和元年(2019年)9月26日配信)です。
「満州事変」の拡大と国民の支持
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」の拡大と国民の支持」 (令和元年(2019年)10月3日配信)です。
満州国建国と国際連盟脱退
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「満州国建国と国際連盟脱退」 (令和元年(2019年)10月10日配信)です。
「二・二六事件」の背景と影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「二・二六事件」の背景と影響」 (令和元年(2019年)10月17日配信)です。
「支那事変」に至る日中情勢の変化
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」に至る日中情勢の変化」 (令和元年(2019年)10月24日配信)です。
「盧溝橋事件」から「支那事変」へ
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「盧溝橋事件」から「支那事変」へ」 (令和元年(2019年)10月31日配信)です。
「支那事変」の拡大と「南京事件」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」の拡大と「南京事件」」 (令和元年(2019年)11月7日配信)です。
「支那事変」止まず、内陸へ拡大
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」止まず、内陸へ拡大」 (令和元年(2019年)11月14日配信)です。
“歴史を動かした”ソ連の陰謀
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“歴史を動かした”ソ連の陰謀」 (令和元年(2019年)11月21日配信)です。
世界に拡散した「東亜新秩序」声明
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「世界に拡散した「東亜新秩序」声明」 (令和元年(2019年)11月28日配信)です。
危機迫る“欧州情勢”
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「危機迫る“欧州情勢”」 (令和元年(2019年)12月5日配信)です。
「ノモンハン事件」に至る日ソ対立の背景
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ノモンハン事件」に至る日ソ対立の背景」 (令和元年(2019年)12月12日配信)です。
「ノモンハン事件」勃発と停戦
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ノモンハン事件」勃発と停戦」 (令和元年(2019年)12月19日配信)です。
戦争は「石油」で始まり、「石油」で決まる
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「戦争は「石油」で始まり、「石油」で決まる」 (令和元年(2019年)12月26日配信)です。
日米戦争への道程(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その1)」 (令和二年(2020年)1月16日配信)です。
日米戦争への道程(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その2)」 (令和二年(2020年)1月23日配信)です。
日米戦争への道程(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その3)」 (令和二年(2020年)1月30日配信)です。
日米戦争への道程(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その4)」 (令和二年(2020年)2月6日配信)です。
日米戦争への道程(その5)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その5)」 (令和二年(2020年)2月13日配信)です。
日米戦争への道程(その6)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その6)」 (令和二年(2020年)2月20日配信)です。
日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」」 (令和二年(2020年)2月27日配信)です。
「大東亜戦争」をいかに伝えるか
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」をいかに伝えるか」 (令和二年(2020年)3月19日配信)です。
「大東亜戦争」の戦争戦略
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の戦争戦略」 (令和二年(2020年)3月26日配信)です。
「真珠湾攻撃」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「真珠湾攻撃」の真実」 (令和二年(2020年)4月2日配信)です。
「ミッドウェー作戦」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ミッドウェー作戦」の真実」 (令和二年(2020年)4月9日配信)です。
ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に」 (令和二年(2020年)4月16日配信)です。
「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ」 (令和二年(2020年)4月23日配信)です。
「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下」 (令和二年(2020年)4月30日配信)です。
終戦とマッカーサー来日
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「終戦とマッカーサー来日」 (令和二年(2020年)5月13日配信)です。
「WGIP」の目的と手段
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「WGIP」の目的と手段」 (令和二年(2020年)5月28日配信)です。
「日本国憲法」の制定経緯
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「日本国憲法」の制定経緯」 (令和二年(2020年)6月4日配信)です。
「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」」 (令和二年(2020年)6月11日配信)です。
「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」」 (令和二年(2020年)6月18日配信)です。
占領期初期の欧州および周辺情勢
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「占領期初期の欧州および周辺情勢」 (令和二年(2020年)6月25日配信)です。
情勢変化に伴う占領政策の変容
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「情勢変化に伴う占領政策の変容」 (令和二年(2020年)7月2日配信)です。