「WGIP」の目的と手段

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はじめに

 

占領政策が出来上がった「構図」をもう少し整理しておきたいと思います。政治に疎(うと)く典型的な軍人であったマッカーサーは次々に送られてくるトルーマン政権の指示に(特に初期段階は)忠実に従います。前回も少し触れましたが、問題は、トルーマン政権の指示がどこから来たのか、大統領以下閣僚がそれらの指示を注意深くチェックしていたかどうかにありました。

 

実は、当時の国務省やGHQの中には、ニューディーラーといわれる、ルーズベルト政権で社会主義的思想を持つ人々がかなり存在していました。名前を挙げれば驚くなかれ、対日強硬派で知られた国務長官ジェームズ・バーンズ、同じく国務次官のディーン・アチソン、国務省極東局長のジョン・ヴィンセント、GHQにおいては、民生局のホイットニー局長や日本国憲法制定担当のケーディス次長らは皆、ニューディーラーだったようです。

 

つまり、国務長官以下、米本国のニューディーラーの指示をGHQの民生局が直接手足となって“日本の民主化”の名目で占領政策に反映させた「構図」が見えて来て、彼らが“日本をいかなる国に仕立てようとしたか”が容易に想像つくのです。

 

具体例を続けましょう。翌昭和21年1月7日には、「日本人の再方向づけ」という12項目の具体的な方針がトルーマン政権からマッカーサーの元に届きます。

 

特に注目すべきは、4番目の「占領軍は占領の究極的目標を受容し、援助したり、米国の利益を促進するような日本人を探し出すべきである」と10番目の「“米国人が退いた後にも日本人自身によって再教育プログラムが継続される”ために、日本人自身が再教育のプロセスに積極的に参加することを奨励すべきである」した点です。
4番目に挙げたグループが誰かは、歴史を見れば一目瞭然ですし、10番目のように、本人たちがこの方針を知っているか否かは不明ですが、仕組まれた「再教育プログラム」を今なお忠実に継続している人たちがかなり存在していることは確かでしょう。依然として、我が国では、“無形の武器が作動中”と考えざるを得ないのですが、主に彼らが画策して実現した占領政策を具体的に振り返ると、これらが“ほんの一例にしか過ぎない”ことを理解できると思います。

 

マッカーサーの「自由の指令」と日本政府の抵抗

 

 少し前後しますが、トルーマン政権から「初期の対日方針」指示を受けたマッカーサーの最初の指令は「自由の指令」といわれるものでした(昭和20年10月4日)。その概要は、@治安維持法の廃止、A政治犯の釈放、B特別高等警察の解体、C内相や警視総監らの罷免などです。これによって、内務・警察官僚4千名が罷免されます。新聞を発禁処分にした内務省への報復だったといわれます。

 

 これについて、さすがに東久邇宮首相のプライドが許さず、「承服できない」として内閣総辞職します。これが、日本政府がまとまって抵抗の意思を示した最初で最後でした。東久邇宮内閣は50日ほどしか持ちませんでした。後任には、対米英協調外交を推進した幣原喜重郎が選ばれます。73歳の身で一度は固辞しますが、天皇に懇願され引き受けることになります。

 

 10月9日、幣原首相は早速マッカーサーと初会談に臨みます。その場で、マッカーサーは、あらかじめ用意したペーパーを読み上げます。そこには「日本国民を精神的“奴隷状態”から解放するため、@婦人参政権による日本女性の解放、A労働組合の結成奨励、B学校教育の自主主義化、B秘密審問の廃止と司法制度の確立、C経済機構の民主主義化、などの指示が書かれてありました。一方、この時点では、マッカーサーの態度も常識的・紳士的で、幣原首相を安心させたとの記録が残っています。

 

「WGIP」の背景と概要

 

 占領期の初期の経緯を紹介しましたが、ここからは、GHQの占領政策を次の3つに整理して振り返ってみましょう。第1には、日本を「戦争犯罪国家」に仕立て上げる宣伝としての「WGIP」(War Guilt Information Program)の推進、第2には、憲法の制定など日本改造の断行、第3には、「東京裁判」による日本有罪の強要と戦争犯罪人の処罰です。当然、これらは相互に関連しています。

 

まず「WGIP」です。その存在は、長くベールに包まれていましたが、昭和54年、米国のウイルソンセンターで占領下の検閲事情を調査していた江藤淳氏がその存在を言及したことに始まります(その経緯は、江藤氏の『閉ざされた言語空間』に詳細に記されています)。そして、平成27年に、近現代史研究家の関野通夫氏によって文書そのものが発見され、月刊誌「正論」紙上で紹介されました。

 

「WGIP」の所掌は、GHQの民間情報教育局(CIE)ですが、「ポツダム宣言」によって、日本を「野蛮な戦争犯罪国家」に仕立てたものの、当時の日本人の意識について「日本人の間には、戦争贖罪(しょくざい)意識が全くといっていいほど存在せず・・・道徳的過失も全くなかった。日本の敗北は、産業と科学の劣勢と原爆のゆえであるという信念が行き渡っていた」(昭和20年11月のGHQ月報より)と占領軍が認識したことが本プログラム導入のきっかけとなったようです。

 

改めて、終戦まもなくの日本人には、今のような「自虐意識」が全くなかったことを強調しておきたいと思いますが、「WGIP」の目的は2つありました。@日本人を洗脳することと、Aアメリカに都合の悪いことを糊塗(こと)することです。

 

関野氏によれば、「WGIP」は、第1部(日本の戦争犯罪の定義など)、第2部(日本のメディアの対する作戦の目的など)、第3部(各メディアに対する具体的作戦など)の3部構成になっています。

 

細部を取り上げる余裕はありませんが、「WGIP」のアイディアや手段の源流は、戦争中のアメリカの対日心理作戦にあります。そのベースは、前回紹介しました「日本研究」にありました。実際に対日心理作戦を陣頭指揮した人物が上記のCIE作戦課長に赴任し、「太平洋戦争史」を執筆・編集するなど、対日心理作戦のプロたちがCIEの幹部に登用されます。

 

こうして、GHQは「WGIP」に基づき、「大東亜戦争」とか「八紘一宇」などの用語を使用禁止にするとともに、新聞各紙にGHQ提供の「太平洋戦争史」を一斉に掲載し、ラジオでは「真相はかうだ」を放送します。いずれも日本軍が行なったとする“極悪非道”をことさらに強調する内容でした。

 

同時にGHQは「日本の軍国主義は国民の伝統に基づいている。ドイツやイタリアとは異なる」として日本精神の特異な“病的特性”を強調し、「再教育に積極的に介入しなければ、日本国民の伝統精神に基づいた軍国主義を排除することができない」と考えます。

 

その手段として、まず「日本の力の源泉は天皇への忠節にあった」として、日本人の天皇観や国家観の解体に着手します。そのため、教育内容の抜本改革を指令し、「修身」「歴史」「地理」の教育を廃止します。また、児童に教科書の黒塗りを強要するのとともに、軍国主義とみなされた教職員らを追放します。このようにして、GHQは戦前の我が国の歴史を抹消し、「史実」と違う歴史を子供たちに教え始めたのです。

 

そして、昭和21年1月1日、昭和天皇の「新日本建設に関する詔書」が新聞各紙に掲載されます。俗に「人間宣言」と言われるものです。本詔書は「民主主義の精神は明治天皇に採用されたところであって、けっして輸入のものではない」ことを示し、国民に「誇りを忘れないようにする」ためのものでしたが、GHQの主導によって、後段に「天皇は現人神でない」の一文を入れさせることにより、「天皇の神格性」を天皇自身に否定させたのでした。

 

これによって、のちの日本国憲法にもある「政教分離」を実現させ、天皇が政治に携わることを禁止しました。また皇族の縮小と国家神道の廃止を目的に「神道指令」も発しました。この結果、政府が管理していた日本中の神社が解散するか、一宗教法人になるか、の選択を迫られました。

 

靖国神社も宗教法人になりましたが、靖国神社に至っては、当時GHQ内部で「二度と日本人が靖国神社へ祀られる事を名誉とする命懸けの戦いをしないように焼き打ちしよう」とする意見が多数出されます。マッカーサーも同意見でしたが、イエズス会のブルーノ・ビッター神父が「いかなる国や民族にも戦没者を祀る権利はあり、それをいかなる外国人でも禁止する事はできない」と発言し、GHQは靖国神社焼き打ちを中止します。

 

 こうして、戦前と違った存在にはなりましたが、天皇の存在が守られ、大戦時に祖国日本の未来を思いながら命を捧げた人々の鎮魂の場所も守られました。

 

教育界の改造

 

軍国主義者とみなされ、不適格者として追放された教職員は7千名を超えたといわれますが、少し詳細に触れましょう。

 

教育界の改造は、振り返れば想像を絶するものでした。教育界のトップ人事として、文部大臣は田中耕太郎、東大総長は南原繁をあてます。両者とも敬虔はキリスト教信者で、完璧なGHQへのイエスマンでした。

 

教職追放のために「教職員適格審査」を制度化し、全国130万の小中学校教員、大学教授等を対象に審査し、@日本の戦争を肯定する者、A積極的に戦争に加担した者、B戦後の自由と民主主義を受け入れない者に除籍を求め、血縁者三親等まで教員として就職を禁止します。人権を声高に唱えた教育改革において、教員の人権は全く無視されたのでした。

 

昭和21年には、文部省の勅令で「教職員の除去、就職禁止及び復職の件」を発令し、各都道府県に5名からなる教員適格委員会を設置して“適格審査”を実施します。その結果、戦前、軍国教育に熱心に関わった文部官僚や教職者が180度方向転換し、反戦、平和、人権教育に奔走します。生きるためとはいえ、その節操のなさには呆れるばかりでした。

 

これらの処置は、GHQの指示の元、文部省主導で行なわれましたが、昭和27年に我が国の主権が回復した際、上記勅令を廃止する法律が定められます。しかし、その後の通達で「占領政策の終了とともに、その目的とした軍国主義的・国家主義的な影響が払拭されたか甚だ疑問だ」として“適格審査”を続行させるのです。

 

その体質は戦後70年以上が過ぎた今でも残り、なぜか現在の“適格審査”に触れることなく教員免許を取得した教職員が、日教組の組合員として堂々と活動している一方で、未だ、ほとんどの大学が国の安全保障や国防に関わる研究を拒否し続けているなど、冒頭にも述べましたように、占領軍の「再教育プログラム」を“忠実に”実行しているのです。

 

マスコミ界の改造

 

 昭和20年9月14日、「朝日新聞」が「原子爆弾の非人道性は人類の認めるところであり、我々は敢然とその非を鳴らさなければならい」と米国を批判する記事を掲載したところ、マッカーサーの逆鱗に触れ、2日間の発行停止処分を受けます。これをきっかけに、朝日新聞の社是は180度変わり、今日の朝日新聞が生まれます。

 

 またこれを契機に「プレス・コード」が発令されます。内容は、@ニュースは真実でなければならない、A公共の治安を乱す事を掲載してはならない、B連合軍に関して、破壊的または誤った批判をしてはならない、C占領軍に対して破壊的は批判を加えたり、疑いや怨念を招くようなものを掲載してはならない、など10項目からなり、「日本で印刷されるすべての出版物に適用される」とされました。

 

マッカーサーは「日本の新聞に対して、自由な新聞の責任ついて教育する」とその目的を説明しましたが、自分たちの監視下で効果的な宣伝機関に仕立てようとしたことは明白です。

 

 そのような大方針のもと、GHQは6千人を上回る要員を有する民間検閲支隊(CCD)をもって大規模な民間検閲も実施します。「究極の目的は、日本人にわれとわが眼を刳(く)りぬかせ、肉眼のかわりにアメリカ製の義眼をはめこむこと」(江藤淳氏)という「WGIP」の目的に沿った検閲は、占領前から周到な計画をもって行われました。

 

実際に、CCDの要員を南朝鮮含む全土を4つの地区に分けて全国に張り巡らせ、新聞、書籍、映画、放送などあらゆる出版物を対象に徹底的に実施し、まさに“閉ざされた言語空間”を築き上げたのです(その細部は、上記『閉ざされた言語空間』に詳しくまとめられています)。

 

 江藤氏も指摘していますが、のちに触れる日本国憲法第21条第2項に「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」を挿入させたGHQが、同じ時期に徹底した検閲を実施していたのです。思えば奇妙な話ですが、それが占領下の“現実”でした。次回は、日本国憲法の制定経緯を取り上げます。

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(令和二年(2020年)5月28日配信)

 

 

お知らせ

 私は現在、ボランテイアですが、公益社団法人自衛隊家族会の副会長の職にあります。今回紹介いたします『自衛官が語る 海外活動の記録』は、自衛隊家族会の機関紙「おやばと」に長い間連載してきた「回想 自衛隊の海外活動」を書籍化したものです。

 

その経緯を少しご説明しましょう。陸海空自衛隊は、創設以降冷戦最中の1990年頃までは、全国各地で災害派遣や警備活動を実施しつつ、「専守防衛」の防衛政策のもとで国土防衛に専念していました。

 

 憲法の解釈から「海外派兵」そのものが禁止されており、国民の誰しも自衛隊の海外活動は想像すらしないことでした。当然ながら、自衛隊自身もそのための諸準備を全く行なっていませんでした。

 

ところが、冷戦終焉に伴う国際社会の劇的な変化によって、我が国に対しても国際社会の安定化に向けて実質的な貢献が求められるようになりました。

 

こうして、湾岸戦争後の1991(平成3)年、海上自衛隊掃海部隊のペルシア湾派遣を皮切りに、自衛隊にとって未知の分野の海外活動が始まりました。しかも、中には国を挙げての応援態勢がないままでの海外活動も求められ、派遣隊員や残された家族のやるせない思いやくやしさは募るばかりでした。

 

それでも隊員たちは、不平不満など一切口にせず、「日の丸」を背負った誇りと使命感を抱きつつ、厳正な規律をもって今日まで一人の犠牲者を出すことなく、与えられた任務を確実にこなしてきました。この間、実際に派遣された隊員たちのご苦労は想像するにあまりあるのですが、寡黙な自衛官たちは本音を語ろうとしませんでした。

 

かくいう私も、陸上幕僚監部防衛部長時代、「イラク復興支援活動」の計画・運用担当部長でしたので、決して公にはできない様々な経験をさせていただきました(墓場まで持っていくと決心しております)。

 

このような海外活動の実態について、隊員家族をはじめ広く国民の皆様に知ってもらうことと自衛隊の海外活動の記録と記憶を後世に伝え残したいという願いから、「おやばと」紙上でシリーズ化し、各活動に参加した指揮官や幕僚などに当時の苦労話、経験、エピソードを寄せてもらいました。

 

連載は、2012年8月から2014年11月まで約2年半続き、その後も行なわれている「南スーダン共和国ミッション」や「海賊対処行動」などについてはそのつど、関係者に投稿をお願いしました。

 

このたび、シリーズ書籍化第1弾の『自衛官が語る 災害派遣の記録』と同様、桜林美佐さんに監修をお願いして、その第2弾として『自衛官が語る 海外活動の記録』が出来上がりました。

 

本書には、世界各地で指揮官や幕僚などとして実際の海外活動に従事した25人の自衛官たちの脚色も誇張もない「生の声」が満載されております。

 

遠く母国を離れ、過酷な環境下で、ある時は身を挺して、限られた人数で励まし合って厳しい任務を達成した隊員たち、実際にはどんなにか辛く、心細く、不安だったことでしょうか。

 

しかし、これらの手記を読む限り、そのようなことは微塵も感じられないばかりか、逆に派遣先の住民への愛情や部下への思いやりなどの言葉で溢れており、それぞれ厳しい環境で活動したことを知っている私でさえ、改めて自衛隊の精強さや隊員たちの素晴らしさを垣間見る思いにかられます。

 

また、桜林さんには、海外活動の進化した部分とか依然として制約のある法的権限などについて、わかりやすく解説し、かつ問題提起していただきました。

 

皆様にはぜひご一読いただき、まずはこれら手記の行間にある、隊員たちの「心の叫び」を汲み取っていただくとともに、自衛隊の海外活動の問題点・課題などについても広くご理解いただきたいと願っております。また、前著『自衛官が語る 災害派遣の記録』を未読の方は、この機会にこちらもぜひご一読いただきますようお願い申し上げ、紹介と致します。

 

『自衛官が語る 海外活動の記録─進化する国際貢献』
桜林美佐監修/自衛隊家族会編
  発行:並木書房(2019年12月25日)
  https://amzn.to/384Co4T

 

 

お知らせその1

 新元号が「令和」に決まった4月1日、『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』(桜林美佐監修/自衛隊家族会編/並木書房発行)が発売となりました。本「メルマガ軍事情報」で毎週月曜日にメルマガを発信されている、本書監修者の桜林美佐氏がすでに4月1日発刊のメルマガで紹介されましたが、私も“仕掛け人”の一人として皆様に本書を紹介しておきたいと思います。

 

 本書は、主に自衛隊員の家族によって構成される自衛隊家族会の機関紙『おやばと』に3年以上にわたって連載された「回想 自衛隊の災害派遣」をまとめたものです。ここには過去50年あまりに実施された陸海空自衛隊の主な災害派遣と、それに従事した指揮官・幕僚・隊員たち37人の証言が収められています。昭和26年のルース台風で当時の警察予備隊が初の災害派遣をして以来、自衛隊はこれまでに4万件を超える災害派遣を実施してきました。激甚災害時の人命救助や復旧支援をはじめ、離島での救急患者の輸送、不発弾処理、水難救助、医療や防疫に至るまでその活動は広範多岐にわたります。

 

しかし、 “災害派遣の「現場」で何が起きているか”について、寡黙な自衛官たちはこれまで多くを語ることはありませんでした。本書には、「阪神・淡路大震災」において、自衛官たちが不眠不休で身を賭して人命救助にあたっていた時に「神戸の街に戦闘服は似合わない」と発言されたことや、厚生省から被災者の入浴支援は「公衆衛生法に反する」と指摘されたとの証言、そして、被災地でご遺体を搬送したら、警察から「検視前に動かすと公務執行妨害になる」と言われたこととか、瓦礫の除去も私有財産を勝手に処分する問題があるなどの証言もあります。さらに、「地下鉄サリン事件」では、自ら防毒マスクを外して安全を確認した化学防護隊長の証言など、脚色も誇張もないリアルな事実が記録されています。

 

自衛隊の災害派遣は常に「被災者のために」が“合い言葉”のようになっています。桜林氏がメルマガでわざわざ取り上げてくれましたが、かくいう私も「有珠山噴火時の災害派遣」の体験談、とくに被災者の欲求は状況によって変化し、「被災者に寄り添う支援」がいかに大変かについて書かせて頂きました。

 

本書には、昭和末期の災害派遣も少し含まれていますが、ほぼ平成時代に生じた災害派遣の記録となっており、平成時代の大きな災害を振り返るための資料価値もあると考えます。すでに店頭に並んでおり、アマゾンなどで購入も可能ですので、自衛隊の災害派遣にご興味のある方は、ぜひご一読いただきますようお願い申し上げます(本書の問い合わせなどは宗像宛でお願い致します)。

 

 

『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』
桜林美佐監修/自衛隊家族会編
並木書房発行
http://okigunnji.com/url/28/

 

 

 

お知らせその2

 「メルマガ軍事情報」でエンリケさんが再三紹介された『漫画クラウゼヴィッツと戦争論』を私も読ませていただきました。陸上自衛隊の元将官、つまり軍事の専門家の“端くれ”としての立場で私も本書について少し解説したいと思います。

 

陸上自衛隊の幹部は(全員ではありませんが)、在任中に不滅の戦略論といわれる中国の古典『孫子』やクラウゼヴィッツの『戦争論』を学ぶ機会があります。
『孫子』は、漢詩調に書かれているせいもあって、わりと日本人には理解しやすいのですが、『戦争論』は、クラウゼヴィッツの理論の背景が欧州戦場であるため、なかなかイメージアップできないばかりか、理論そのものが難解で、翻訳の問題もあってか、軍事のプロの自衛官でさえ困難を極めます。

 

私の場合は、防衛大学校の学生時代を含めると3回、真剣に学んだ経験があります。当然ながら、「軍事とは何か」をまったく知らない学生時代は、「ナポレオン戦争」の戦史を学ぶ延長で『戦争論』の“さわり”を学んだ記憶がある程度です。そして自衛隊に入り、中堅幹部の3佐時代に1度、さらに1佐になりかけた頃、再度、集中して学ぶ機会がありました。

 

クラウゼヴィッツが何を言いたいかをある程度理解し、“目から鱗”を自覚したのは、3回目、つまり20年あまり、部隊や陸上幕僚監部などで指揮官や幕僚としての実務を経験した後でした。

 

さて、本書の作・画は元1佐の石原(米倉)ヒロアキ氏によるものです。石原氏は、漫画については自衛隊に入隊する前の大学時代にすでに「赤塚不二夫賞」の準入選に選ばれるほどの実力を持っておられたようです。しかし、「好きな戦争漫画を描くには軍事を知らなければならない」と自衛官を志し、定年まで全うした後、再び漫画家の道を歩まれている信念の持ち主です。

 

その経験と信念からでしょうか、単に『戦争論』を漫画で解説するだけに留まらず、軍人クラウゼヴィッツに焦点をあて、その戦歴を追体験しながら、クラウゼヴィッツが個々の理論をいかに発想したか、その背景を含めてとてもわかりやすく可視化しているところに本書の特色があります。

 

その石原氏が2年間の情熱を注いで完成した本書にはまた、随所に軍事専門家ならではの“目(切り口)”を伺い知ることができます。何度も悪戦苦闘した経験を有する私にとりましても、“新たな発見”がたくさんありました。

 

本書は、『戦争論』の研究者・翻訳者として最も定評のある清水多吉氏が監修されていることもあって、これまで『戦争論』を学んだ経験のない読者にとっては「入門書」になるでしょうし、すでに学んだ読者にとっては、背景などが可視化されていることによって、難解な理論を改めて読み解くうえで貴重な一冊になると確信いたします。しかも、漫画ですから気軽に読むことができ、内容が瞬間に“頭に焼き付く”というメリットもあります。

 

「平和」を唱えるだけで、「戦争」と聞くだけで“拒否反応”を示す多くの日本人、とくに政治家や有識者ら我が国を牽引すべきリーダーたちに「軍事」を少しでも理解していただくためにも本書がベストセラーになることを祈って止みません。一人でも多くの方にお読みいただくようお薦めします。

 

 

漫画 クラウゼヴィッツと戦争論
 石原ヒロアキ(作) 清水多吉(監修)
 並木書房
 2019年6月27日発行
 http://okigunnji.com/url/51/

 

 



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その3)」  (2019年(平成31年)3月14日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その4)」  (2019年(平成31年)3月21日配信)です。
“アジアを変えた”「日清戦争」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「“アジアを変えた”「日清戦争」」  (2019年(平成31年)3月28日配信)です。
世界を驚かせた「日英同盟」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「世界を驚かせた「日英同盟」」  (2019年(平成31年)4月4日配信)です。
「日露戦争」開戦までの情勢(前段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」開戦までの情勢(前段)」  (2019年(平成31年)4月11日配信)です。
「日露戦争」開戦までの情勢(後段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」開戦までの情勢(後段)」  (2019年(平成31年)4月18日配信)です。
日露の「戦力」と「作戦計画」比較
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「日露の「戦力」と「作戦計画」比較」  (2019年(平成31年)4月25日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その1)」  (2019年(令和元年)5月2日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その2)」  (2019年(令和元年)5月9日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その3)」  (令和元年(2019年)5月16日配信)です。
“新たな時代の幕開け”となった「講和条約」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「“新たな時代の幕開け”となった「講和条約」 」  (令和元年(2019年)5月23日配信)です。
陸・海軍対立のはじまり
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「陸・海軍対立のはじまり」  (令和元年(2019年)5月30日配信)です。
20世紀を迎え、様変わりした国際社会
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「20世紀を迎え、様変わりした国際社会」  (令和元年(2019年)6月6日配信)です。
揺れ動く内外情勢の中の「明治時代」の終焉
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「揺れ動く内外情勢の中の「明治時代」の終焉」  (令和元年(2019年)6月13日配信)です。
「激動の昭和」に至る“道筋”を決めた「大正時代」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「激動の昭和」に至る“道筋”を決めた「大正時代」」  (令和元年(2019年)6月20日配信)です。
第1次世界大戦と日本
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 第1次世界大戦と日本」 (令和元年(2019年)6月27日配信)です。
「ロシア革命」と「シベリア出兵」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「ロシア革命」と「シベリア出兵」 (令和元年(2019年)7月4日配信)です。
第1次世界大戦と日本ー相次ぐ派兵要請ー
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「第1次世界大戦と日本ー相次ぐ派兵要請ー」 (令和元年(2019年)7月11日配信)です。
「第1次世界大戦」の終焉と「ヴェルサイユ条約」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「第1次世界大戦」の終焉と「ヴェルサイユ条約」」 (令和元年(2019年)7月18日配信)です。
「第1次世界大戦」の歴史的意義
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「第1次世界大戦」の歴史的意義」 (令和元年(2019年)7月25日配信)です。
“歴史的岐路”となった「ワシントン会議」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“歴史的岐路”となった「ワシントン会議」」 (令和元年(2019年)8月1日配信)です。
「大正時代」が“残したもの”
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大正時代」が“残したもの”」 (令和元年(2019年)8月8日配信)です。
“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(前段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(前段)」 (令和元年(2019年)8月15日配信)です。
“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(後段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(後段)」 (令和元年(2019年)8月22日配信)です。
第2次世界大戦を引き起こしたアメリカ発の「世界恐慌」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「第2次世界大戦を引き起こしたアメリカ発の「世界恐慌」」 (令和元年(2019年)8月29日配信)です。
「満州事変」の背景と影響@―日本と満州の関係―
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」の背景と影響@―日本と満州の関係―」 (令和元年(2019年)9月5日配信)です。
当時の中国大陸で何が起きていたか?
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「当時の中国大陸で何が起きていたか?」 (令和元年(2019年)9月12日配信)です。
「満州事変」前夜と勃発
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」前夜と勃発」 (令和元年(2019年)9月19日配信)です。
昭和陸軍の台頭
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「昭和陸軍の台頭」 (令和元年(2019年)9月26日配信)です。
「満州事変」の拡大と国民の支持
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」の拡大と国民の支持」 (令和元年(2019年)10月3日配信)です。
満州国建国と国際連盟脱退
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「満州国建国と国際連盟脱退」 (令和元年(2019年)10月10日配信)です。
「二・二六事件」の背景と影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「二・二六事件」の背景と影響」 (令和元年(2019年)10月17日配信)です。
「支那事変」に至る日中情勢の変化
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」に至る日中情勢の変化」 (令和元年(2019年)10月24日配信)です。
「盧溝橋事件」から「支那事変」へ
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「盧溝橋事件」から「支那事変」へ」 (令和元年(2019年)10月31日配信)です。
「支那事変」の拡大と「南京事件」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」の拡大と「南京事件」」 (令和元年(2019年)11月7日配信)です。
「支那事変」止まず、内陸へ拡大
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」止まず、内陸へ拡大」 (令和元年(2019年)11月14日配信)です。
“歴史を動かした”ソ連の陰謀
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“歴史を動かした”ソ連の陰謀」 (令和元年(2019年)11月21日配信)です。
世界に拡散した「東亜新秩序」声明
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「世界に拡散した「東亜新秩序」声明」 (令和元年(2019年)11月28日配信)です。
危機迫る“欧州情勢”
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「危機迫る“欧州情勢”」 (令和元年(2019年)12月5日配信)です。
「ノモンハン事件」に至る日ソ対立の背景
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ノモンハン事件」に至る日ソ対立の背景」 (令和元年(2019年)12月12日配信)です。
「ノモンハン事件」勃発と停戦
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ノモンハン事件」勃発と停戦」 (令和元年(2019年)12月19日配信)です。
戦争は「石油」で始まり、「石油」で決まる
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「戦争は「石油」で始まり、「石油」で決まる」 (令和元年(2019年)12月26日配信)です。
日米戦争への道程(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その1)」 (令和二年(2020年)1月16日配信)です。
日米戦争への道程(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その2)」 (令和二年(2020年)1月23日配信)です。
日米戦争への道程(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その3)」 (令和二年(2020年)1月30日配信)です。
日米戦争への道程(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その4)」 (令和二年(2020年)2月6日配信)です。
日米戦争への道程(その5)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その5)」 (令和二年(2020年)2月13日配信)です。
日米戦争への道程(その6)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その6)」 (令和二年(2020年)2月20日配信)です。
日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」」 (令和二年(2020年)2月27日配信)です。
「大東亜戦争」をいかに伝えるか
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」をいかに伝えるか」 (令和二年(2020年)3月19日配信)です。
「大東亜戦争」の戦争戦略
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の戦争戦略」 (令和二年(2020年)3月26日配信)です。
「真珠湾攻撃」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「真珠湾攻撃」の真実」 (令和二年(2020年)4月2日配信)です。
「ミッドウェー作戦」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ミッドウェー作戦」の真実」 (令和二年(2020年)4月9日配信)です。
ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に」 (令和二年(2020年)4月16日配信)です。
「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ」 (令和二年(2020年)4月23日配信)です。
「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下」 (令和二年(2020年)4月30日配信)です。
終戦とマッカーサー来日
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「終戦とマッカーサー来日」 (令和二年(2020年)5月13日配信)です。
米国の「日本研究」とその影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「米国の「日本研究」とその影響」 (令和二年(2020年)5月21日配信)です。
「日本国憲法」の制定経緯
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「日本国憲法」の制定経緯」 (令和二年(2020年)6月4日配信)です。
「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」」 (令和二年(2020年)6月11日配信)です。
「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」」 (令和二年(2020年)6月18日配信)です。
占領期初期の欧州および周辺情勢
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「占領期初期の欧州および周辺情勢」 (令和二年(2020年)6月25日配信)です。
情勢変化に伴う占領政策の変容
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「情勢変化に伴う占領政策の変容」 (令和二年(2020年)7月2日配信)です。