「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」

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はじめに

 

 米国において、白人警察官が黒人男性を殺害するという、これまでも何度もあったような事件が、新型コロナの惨事、特に黒人の死者が白人の2倍強であるとか、失業者が多いなどに対する不安や不満が重なり、「人種差別問題」として、一部は暴徒化しつつ国内各地でデモが頻発し、世界に拡散する傾向にあります。

 

本メルマガでも取り上げましたように、第1次世界大戦後のパリ講和会議において、我が国が“捨て身”の「人種的差別撤廃」を提案し、多数決を獲得したにもかかわらず、「人種的差別撤廃法案は内政干渉であり、本法案が採決された場合は、米国は国際連盟に参加しない」との米国上院決議がウィルソン大統領を窮地に追い込み、その結果、「全会一致」の原則を主張、廃案に追い込まれました。

 

しかし、日本の提案に期待していた米国の黒人たちが全米各地で暴動を起こし、100人以上が死亡、数万人が負傷しました。今回のデモや暴動はまだおさまっていませんが、歴史は繰り返しています。

 

その後、人種差別については、1948(昭和23)年の「世界人権宣言」として採択され、“我が国の主張が正しかった”と認められるまで、さらに約30年もの歳月と多大な犠牲を要したのです。

 

確かに、日米戦争は「人種戦争であり、宗教戦争だった」とする見方があり、「日本が世界史における『白人の支配』に終止符を打った」と賞賛する声もあります。

 

前にも、米国の日本研究を取り上げましたが、異質な民族・宗教・習慣・歴史・価値観・政治スタイルなどに対する自分たちの優越感は、恐怖心やコンプレックス、そして自信のなさの裏返しの一面があることがわかります。GHQによる憲法制定をはじめとする日本改造や「東京裁判」などの背景にはそのような一面があると考えると、これら歴史の事象をまた違った“切り口”で分析することができます。

 

米国においては、近年、オバマ大統領も誕生したことなどから、人種差別は決着したかのように見えましたが、今回のようなデモや暴動が依然として繰り返されることは、改めて、驚くとともにこの問題の根深さを感じざると得ません。

 

「日本国憲法」の意義と第9条

 

さて、前回の続きで「日本国憲法」を総括しておきましょう。今でも憲法擁護派には「日本人が自主的に作成した」との論陣を張る人たちが少なからずおりますが、憲法制定の経緯を素直に振り返れば、日本語では「押し付け」という以外の言葉を探すのは不可能でしょう。

 

憲法自体は、確かに格調高い文章にはなっています。しかし英文を直訳したこともあって、一般には難解な文章となっていることは、これまで多方面から指摘されています。民生局の当事者たちでさえ「“日本語が奇妙である”と認識していた」との証言もあります。

 

前回、「極東委員会」対応上、マッカーサーが憲法制定を急いだことは紹介しました。それでも、日本も米国も調印している「ハーグ陸戦協定」(1907年改正)に「占領者は絶対的な支障のない限り、占領地の現行法律を順守する」と明記されているにもかかわらず、マッカーサーが「なぜ本協定を無視して、新憲法制定を決断したのか」という疑問は消えません。

 

これについて、「米国の属国化を狙った憲法だった」とする見方があります。当時は、50年(少なくとも25年)は続くとの見積もっていた占領軍が“自分たちが占領を継続するために都合のいい基本法を作った”との指摘です。占領期間については諸説ありますが、確かに、占領を継続している間は、自衛権とか、(占領軍の出番である)「緊急事態条項」などは必要ないわけですから、憲法の各条文を読む限り、あながち間違っていると言えない面があります。

 

他方、起草した当事者たちは「ほとんどの人が将来を見通していたわけではなく、近視眼的にものを見ていた」とも「国会決議で簡単に改正できる」とも証言しています。

 

しかし、当事者たちの意に反して(?)、いつの間にか簡単には改正できないような“仕掛け”が、憲法前文、有名な第9条、そして第96条の“総議員数の3分の2以上の賛成”による国会の発議緊急事態規定などに残ってしまったことは事実でした。

 

中でも、元自衛官の私はどうしても第9条に関心があります。これについては、「日本の再軍備の可能性は皆無だ」と「極東委員会」に印象づけたいマッカーサーの意向を代弁するように、吉田首相が(こともあろうか)共産党の野坂議員の質問に答え、「自衛戦争(正当防衛)そのものを否定する」と発言したこともあって、第9条改正の敷居が一挙に高くなってしまいました。

 

この後、有名な「芦田修正」によって、我が国は再軍備の可能性を残したような格好になっていますが、(前回取り上げたように)「マッカーサー3原則」示達時に、GHQ首脳部には自衛権容認のコンセンサスはすでに出来上がっており、吉田首相はこのことを知らずに突っ走っていたともいわれます。

 

「芦田修正」を受けた「極東委員会」が「閣僚は非軍人に限る」と要求し、第66条第2項に「文民条項」が挿入されたことで、この問題は一応の決着をみるのですが、「マッカーサーよりマッカーサー的だった」とされる吉田首相の軽率でかたくなな姿勢が将来の我が国の政策を縛ってしまったことは否めない」旨の岡崎久彦氏の解説は的を射ていると言えるでしょう。

 

その後、占領政策は、東西冷戦の激化など国際情勢の急激な変化、なかでも「朝鮮戦争」によってその方針の大幅変更を余儀なくされます。それでもマッカーサーは、「朝鮮戦争」勃発まで(別な理由がありましたが)我が国の再軍備反対の論陣を張ります。細部はのちほど取り上げましょう。

 

そして「朝鮮戦争」勃発によって、自衛権などの基本的な問題を棚上げしたまま、憲法では全く謳われてない「警察予備隊」を発足させ、「保安隊」を経て今日の「自衛隊」が創設されます。

 

さて、占領下という、類似した環境で制定された「ドイツ基本法」と「日本国憲法」はよく比較されます。ドイツにおいては、条文そのものはドイツ人の政治家や法律家からなる議会評議会が起案しますが、連合軍の認可を受ける必要がありました。

 

一方、東ドイツが分離したこともあって、名称を憲法ではなく「基本法」として、最後の146条にドイツが国民自主憲法を制定した時(ドイツが統一した時)、「この基本法は失効する」と明文化しました。しかし、60回以上も改正を重ねた「基本法」自体が国民から広く支持を得るに至ったことから、統一後も事実上の憲法としての地位を確固たるものにしています。

 

それに対して、同じ占領下で、押し付けられた憲法にもかかわらず、我が国では、「日本が独立した暁には、この憲法の効力を失効する」との付則をつけるような知恵は働かなかったのでしょうか。

 

実は、憲法が公布される直前の昭和21年10月17日、「極東委員会」は新憲法の再検討の規定を定め、これに従って、マッカーサーは吉田首相宛に「憲法施行後1、2年のうちに、憲法は公式に再検討されるべきと合衆国は決定した。その際に連合国が必要と考えるならば、国民投票の手続きを要求するかも知れない」旨の書簡をもって通告します。

 

その通告の真の意図については種々の解釈があるようです。実際に、日本が統治権を回復しない段階において、前述のように再軍備をめぐる議論はありましたが、GHQが憲法を再検討したという記録はありません。しかし、少なくとも吉田首相はこの通告によって“憲法の寿命”を知っていたはずです。

 

そして、新憲法公布から6年後、「サンフランシスコ講和条約」が発効した昭和27年4月28日、我が国は主権を回復して独立します。

 

独立時に、依然として首相の座にあった吉田は、改憲の発議さえしておりません。それどころか、その政策、つまり軽武装・高度成長路線が「吉田ドクトリン」としてなぜか保守の論客から高い評価を得ています。

 

吉田自身も「奇跡の経済発展だった」とその政策を自画自賛しておりますが、「歴史的評価を加えるなら、これこそ犯罪的である」(宮崎正弘氏)のような酷評もあることを付記しておきましょう。

 

以来、“吉田学校”の生徒らは憲法改正に手をつけないまま70年あまりの歳月が過ぎ、憲法は1字1句も改正されないまま現在に至り、188か国中14番目に古い憲法(改正なしという点では現存する世界最古の憲法)という位置づけで君臨し続けております。

 

「憲法学の病」

 

その根本的な要因は、我が国には戦前の「枢密院」やドイツの「連邦憲法裁判所」のような“憲法の番人”がいないことにあるとの指摘もあります。官僚からなる「内閣法制局」のような法の番人がいないわけでありませんが、“憲法の番人”としてはあまりに非力なのは明白です。

 

その役割を担っているのが憲法学会なのかもしれません。その憲法学会のヒエラルキーのトップに立つのは、“秀才ぞろい”の東大法学部なのでしょうが、素人の素朴な疑問を加えさせていただければ、憲法制定時の調査委員でもあり、(毎日新聞に暴露されたように)GHQ案とは全く違う考えを持っていた宮沢俊義氏の流れをくむ東大法学部にもかかわらず、なぜそろいもそろって護憲派しか輩出しないのか、不思議でなりません。

 

しかし、この宮沢は、(個人的に理解できないので省略しますが)「8月革命説」を唱えるなど、戦後GHQにすり寄って偏向した人の筆頭に掲げられていることを知り、また最近、「問題は憲法じゃない。憲法学者だ!」(篠田英明著『憲法学の病』)との指摘を知り、「これこそがマッカーサーの狙いだった」と不可解ながらも自らを納得させております。

 

憲法改正について

 

これくらいにしておきますが、「第9条は昭和憲法の礎石である。第9条の上に戦後日本が作られた」として「敗北直後の虚脱状態にあった日本国民から、『平和』という甘い言葉を使い、『愛国心』と『誇り』を誘い出し、マッカーサーは素手で扼殺(やくさつ)した。その死体が第9条である」と西悦夫氏は「戦争放棄」についてその本質を語っています。

 

最近、ようやく「自衛隊という言葉を憲法に明記する」(だけ)の憲法改正が取りざたされていますが、上記のような憲法第9条に潜む本質、そして元自衛官としては、「自衛隊」(Self Defense Force)という言葉自体が今後、見直されることなく半ば永久に残ってしまうことへの違和感もあって、安易な改正には賛成しかねるというのは本心です。

 

それに、自衛隊においても「宇宙作戦隊」の創設やサイバー戦が現実のものになった今、憲法上の制約から来る「専守防衛」の領域に宇宙やサイバーが入るとは到底思えないことから(なぜかだれも議論しませんが)、“詭弁を弄するのももはや限界”ではないでしょうか。

 

この度の新型コロナでその必要性を知ることになった「緊急事態条項」や「環境条項」を含めて、そもそも「憲法とは何なのか」や「国の“形”はどうあるべきか」などについて抜本的な議論をしてほしいと願うものです。現下そして予想される我が国を取り巻く厳しい環境を熟慮して“手遅れになる”前に。

 

そのためにも、憲法学者などGHQの呪縛(マインド・コントロール)から抜けきれない人達の“病”に効く特効薬かワクチンの早期出現を切に願うものであります。

 

日本改造の真意

 

 GHQは、憲法の制定以外にもあらゆる分野にわたり日本改造を断行したことはすでに取り上げました。

 

多くの日本人は、スポーツ、そして音楽や映画鑑賞などが大好きです。この度の新型コロナによる制約を経験して、改めてスポーツや映画や音楽が持つ“特別なパワー”を感じてしまいます。

 

しかし、これらが自由になった背景に、「国民を娯楽に目を向けさせることで、社会生活上の様々な不安や政治への関心を逸らす」とのGHQの意図、つまり、あまりに厳しい占領政策への暴動を恐れた“ガス抜き”の下心を有する「愚民化政策」の一環であったと知れば、私達は、立ち止まって考え直す時期に来ているのではないでしょうか。

 

今回も、緊急事態宣言中にパチンコに興じていた人たちや賭けマージャンを楽しんでいた元検事長、そして、危険と分かっていながら何ら対策をとらずに営業を続けていた「夜の街」従業員らが話題になりましたが、これらは、GHQが望んだ「愚民」に成り下がったことを証明しているようで残念でなりません。具体的な国家改造政策は、次回振り返ってみましょう。

 

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(令和二年(2020年)6月11日配信)

 



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その5)」 (令和二年(2020年)2月13日配信)です。
日米戦争への道程(その6)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その6)」 (令和二年(2020年)2月20日配信)です。
日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」」 (令和二年(2020年)2月27日配信)です。
「大東亜戦争」をいかに伝えるか
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」をいかに伝えるか」 (令和二年(2020年)3月19日配信)です。
「大東亜戦争」の戦争戦略
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の戦争戦略」 (令和二年(2020年)3月26日配信)です。
「真珠湾攻撃」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「真珠湾攻撃」の真実」 (令和二年(2020年)4月2日配信)です。
「ミッドウェー作戦」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ミッドウェー作戦」の真実」 (令和二年(2020年)4月9日配信)です。
ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に」 (令和二年(2020年)4月16日配信)です。
「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ」 (令和二年(2020年)4月23日配信)です。
「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下」 (令和二年(2020年)4月30日配信)です。
終戦とマッカーサー来日
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「終戦とマッカーサー来日」 (令和二年(2020年)5月13日配信)です。
米国の「日本研究」とその影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「米国の「日本研究」とその影響」 (令和二年(2020年)5月21日配信)です。
「WGIP」の目的と手段
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「WGIP」の目的と手段」 (令和二年(2020年)5月28日配信)です。
「日本国憲法」の制定経緯
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「日本国憲法」の制定経緯」 (令和二年(2020年)6月4日配信)です。
「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」」 (令和二年(2020年)6月18日配信)です。
占領期初期の欧州および周辺情勢
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「占領期初期の欧州および周辺情勢」 (令和二年(2020年)6月25日配信)です。
情勢変化に伴う占領政策の変容
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「情勢変化に伴う占領政策の変容」 (令和二年(2020年)7月2日配信)です。
「東京裁判」の結果と評価
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「東京裁判」の結果と評価」 (令和二年(2020年)7月9日配信)です。
我が国の安全保障政策をめぐる議論
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「我が国の安全保障政策をめぐる議論」 (令和二年(2020年)7月16日配信)です。
変容する国内情勢と「朝鮮戦争」前夜
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「変容する国内情勢と「朝鮮戦争」前夜」 (令和二年(2020年)7月23日配信)です。
「朝鮮戦争」の経緯と我が国に与えた影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「朝鮮戦争」の経緯と我が国に与えた影響」 (令和二年(2020年)7月30日配信)です。
「マッカーサー証言」の意味するもの
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「マッカーサー証言」の意味するもの」 (令和二年(2020年)8月6日配信)です。
「サンフランシスコ講和条約」締結への道程
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「サンフランシスコ講和条約」締結への道程」 (令和二年(2020年)8月20日配信)です。
「サンフランシスコ講和条約」締結と主権回復
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「サンフランシスコ講和条約」締結と主権回復」 (令和二年(2020年)8月27日配信)です。
「大東亜戦争」の総括(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その1)」 (令和二年(2020年)9月3日配信)です。
「大東亜戦争」の総括(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その2)」 (令和二年(2020年)9月10日配信)です。
「大東亜戦争」の総括(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その3)」 (令和二年(2020年)9月17日配信)です。