「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」

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はじめに

 

 米国において、白人警察官が黒人男性を殺害するという、これまでも何度もあったような事件が、新型コロナの惨事、特に黒人の死者が白人の2倍強であるとか、失業者が多いなどに対する不安や不満が重なり、「人種差別問題」として、一部は暴徒化しつつ国内各地でデモが頻発し、世界に拡散する傾向にあります。

 

本メルマガでも取り上げましたように、第1次世界大戦後のパリ講和会議において、我が国が“捨て身”の「人種的差別撤廃」を提案し、多数決を獲得したにもかかわらず、「人種的差別撤廃法案は内政干渉であり、本法案が採決された場合は、米国は国際連盟に参加しない」との米国上院決議がウィルソン大統領を窮地に追い込み、その結果、「全会一致」の原則を主張、廃案に追い込まれました。

 

しかし、日本の提案に期待していた米国の黒人たちが全米各地で暴動を起こし、100人以上が死亡、数万人が負傷しました。今回のデモや暴動はまだおさまっていませんが、歴史は繰り返しています。

 

その後、人種差別については、1948(昭和23)年の「世界人権宣言」として採択され、“我が国の主張が正しかった”と認められるまで、さらに約30年もの歳月と多大な犠牲を要したのです。

 

確かに、日米戦争は「人種戦争であり、宗教戦争だった」とする見方があり、「日本が世界史における『白人の支配』に終止符を打った」と賞賛する声もあります。

 

前にも、米国の日本研究を取り上げましたが、異質な民族・宗教・習慣・歴史・価値観・政治スタイルなどに対する自分たちの優越感は、恐怖心やコンプレックス、そして自信のなさの裏返しの一面があることがわかります。GHQによる憲法制定をはじめとする日本改造や「東京裁判」などの背景にはそのような一面があると考えると、これら歴史の事象をまた違った“切り口”で分析することができます。

 

米国においては、近年、オバマ大統領も誕生したことなどから、人種差別は決着したかのように見えましたが、今回のようなデモや暴動が依然として繰り返されることは、改めて、驚くとともにこの問題の根深さを感じざると得ません。

 

「日本国憲法」の意義と第9条

 

さて、前回の続きで「日本国憲法」を総括しておきましょう。今でも憲法擁護派には「日本人が自主的に作成した」との論陣を張る人たちが少なからずおりますが、憲法制定の経緯を素直に振り返れば、日本語では「押し付け」という以外の言葉を探すのは不可能でしょう。

 

憲法自体は、確かに格調高い文章にはなっています。しかし英文を直訳したこともあって、一般には難解な文章となっていることは、これまで多方面から指摘されています。民生局の当事者たちでさえ「“日本語が奇妙である”と認識していた」との証言もあります。

 

前回、「極東委員会」対応上、マッカーサーが憲法制定を急いだことは紹介しました。それでも、日本も米国も調印している「ハーグ陸戦協定」(1907年改正)に「占領者は絶対的な支障のない限り、占領地の現行法律を順守する」と明記されているにもかかわらず、マッカーサーが「なぜ本協定を無視して、新憲法制定を決断したのか」という疑問は消えません。

 

これについて、「米国の属国化を狙った憲法だった」とする見方があります。当時は、50年(少なくとも25年)は続くとの見積もっていた占領軍が“自分たちが占領を継続するために都合のいい基本法を作った”との指摘です。占領期間については諸説ありますが、確かに、占領を継続している間は、自衛権とか、(占領軍の出番である)「緊急事態条項」などは必要ないわけですから、憲法の各条文を読む限り、あながち間違っていると言えない面があります。

 

他方、起草した当事者たちは「ほとんどの人が将来を見通していたわけではなく、近視眼的にものを見ていた」とも「国会決議で簡単に改正できる」とも証言しています。

 

しかし、当事者たちの意に反して(?)、いつの間にか簡単には改正できないような“仕掛け”が、憲法前文、有名な第9条、そして第96条の“総議員数の3分の2以上の賛成”による国会の発議緊急事態規定などに残ってしまったことは事実でした。

 

中でも、元自衛官の私はどうしても第9条に関心があります。これについては、「日本の再軍備の可能性は皆無だ」と「極東委員会」に印象づけたいマッカーサーの意向を代弁するように、吉田首相が(こともあろうか)共産党の野坂議員の質問に答え、「自衛戦争(正当防衛)そのものを否定する」と発言したこともあって、第9条改正の敷居が一挙に高くなってしまいました。

 

この後、有名な「芦田修正」によって、我が国は再軍備の可能性を残したような格好になっていますが、(前回取り上げたように)「マッカーサー3原則」示達時に、GHQ首脳部には自衛権容認のコンセンサスはすでに出来上がっており、吉田首相はこのことを知らずに突っ走っていたともいわれます。

 

「芦田修正」を受けた「極東委員会」が「閣僚は非軍人に限る」と要求し、第66条第2項に「文民条項」が挿入されたことで、この問題は一応の決着をみるのですが、「マッカーサーよりマッカーサー的だった」とされる吉田首相の軽率でかたくなな姿勢が将来の我が国の政策を縛ってしまったことは否めない」旨の岡崎久彦氏の解説は的を射ていると言えるでしょう。

 

その後、占領政策は、東西冷戦の激化など国際情勢の急激な変化、なかでも「朝鮮戦争」によってその方針の大幅変更を余儀なくされます。それでもマッカーサーは、「朝鮮戦争」勃発まで(別な理由がありましたが)我が国の再軍備反対の論陣を張ります。細部はのちほど取り上げましょう。

 

そして「朝鮮戦争」勃発によって、自衛権などの基本的な問題を棚上げしたまま、憲法では全く謳われてない「警察予備隊」を発足させ、「保安隊」を経て今日の「自衛隊」が創設されます。

 

さて、占領下という、類似した環境で制定された「ドイツ基本法」と「日本国憲法」はよく比較されます。ドイツにおいては、条文そのものはドイツ人の政治家や法律家からなる議会評議会が起案しますが、連合軍の認可を受ける必要がありました。

 

一方、東ドイツが分離したこともあって、名称を憲法ではなく「基本法」として、最後の146条にドイツが国民自主憲法を制定した時(ドイツが統一した時)、「この基本法は失効する」と明文化しました。しかし、60回以上も改正を重ねた「基本法」自体が国民から広く支持を得るに至ったことから、統一後も事実上の憲法としての地位を確固たるものにしています。

 

それに対して、同じ占領下で、押し付けられた憲法にもかかわらず、我が国では、「日本が独立した暁には、この憲法の効力を失効する」との付則をつけるような知恵は働かなかったのでしょうか。

 

実は、憲法が公布される直前の昭和21年10月17日、「極東委員会」は新憲法の再検討の規定を定め、これに従って、マッカーサーは吉田首相宛に「憲法施行後1、2年のうちに、憲法は公式に再検討されるべきと合衆国は決定した。その際に連合国が必要と考えるならば、国民投票の手続きを要求するかも知れない」旨の書簡をもって通告します。

 

その通告の真の意図については種々の解釈があるようです。実際に、日本が統治権を回復しない段階において、前述のように再軍備をめぐる議論はありましたが、GHQが憲法を再検討したという記録はありません。しかし、少なくとも吉田首相はこの通告によって“憲法の寿命”を知っていたはずです。

 

そして、新憲法公布から6年後、「サンフランシスコ講和条約」が発効した昭和27年4月28日、我が国は主権を回復して独立します。

 

独立時に、依然として首相の座にあった吉田は、改憲の発議さえしておりません。それどころか、その政策、つまり軽武装・高度成長路線が「吉田ドクトリン」としてなぜか保守の論客から高い評価を得ています。

 

吉田自身も「奇跡の経済発展だった」とその政策を自画自賛しておりますが、「歴史的評価を加えるなら、これこそ犯罪的である」(宮崎正弘氏)のような酷評もあることを付記しておきましょう。

 

以来、“吉田学校”の生徒らは憲法改正に手をつけないまま70年あまりの歳月が過ぎ、憲法は1字1句も改正されないまま現在に至り、188か国中14番目に古い憲法(改正なしという点では現存する世界最古の憲法)という位置づけで君臨し続けております。

 

「憲法学の病」

 

その根本的な要因は、我が国には戦前の「枢密院」やドイツの「連邦憲法裁判所」のような“憲法の番人”がいないことにあるとの指摘もあります。官僚からなる「内閣法制局」のような法の番人がいないわけでありませんが、“憲法の番人”としてはあまりに非力なのは明白です。

 

その役割を担っているのが憲法学会なのかもしれません。その憲法学会のヒエラルキーのトップに立つのは、“秀才ぞろい”の東大法学部なのでしょうが、素人の素朴な疑問を加えさせていただければ、憲法制定時の調査委員でもあり、(毎日新聞に暴露されたように)GHQ案とは全く違う考えを持っていた宮沢俊義氏の流れをくむ東大法学部にもかかわらず、なぜそろいもそろって護憲派しか輩出しないのか、不思議でなりません。

 

しかし、この宮沢は、(個人的に理解できないので省略しますが)「8月革命説」を唱えるなど、戦後GHQにすり寄って偏向した人の筆頭に掲げられていることを知り、また最近、「問題は憲法じゃない。憲法学者だ!」(篠田英明著『憲法学の病』)との指摘を知り、「これこそがマッカーサーの狙いだった」と不可解ながらも自らを納得させております。

 

憲法改正について

 

これくらいにしておきますが、「第9条は昭和憲法の礎石である。第9条の上に戦後日本が作られた」として「敗北直後の虚脱状態にあった日本国民から、『平和』という甘い言葉を使い、『愛国心』と『誇り』を誘い出し、マッカーサーは素手で扼殺(やくさつ)した。その死体が第9条である」と西悦夫氏は「戦争放棄」についてその本質を語っています。

 

最近、ようやく「自衛隊という言葉を憲法に明記する」(だけ)の憲法改正が取りざたされていますが、上記のような憲法第9条に潜む本質、そして元自衛官としては、「自衛隊」(Self Defense Force)という言葉自体が今後、見直されることなく半ば永久に残ってしまうことへの違和感もあって、安易な改正には賛成しかねるというのは本心です。

 

それに、自衛隊においても「宇宙作戦隊」の創設やサイバー戦が現実のものになった今、憲法上の制約から来る「専守防衛」の領域に宇宙やサイバーが入るとは到底思えないことから(なぜかだれも議論しませんが)、“詭弁を弄するのももはや限界”ではないでしょうか。

 

この度の新型コロナでその必要性を知ることになった「緊急事態条項」や「環境条項」を含めて、そもそも「憲法とは何なのか」や「国の“形”はどうあるべきか」などについて抜本的な議論をしてほしいと願うものです。現下そして予想される我が国を取り巻く厳しい環境を熟慮して“手遅れになる”前に。

 

そのためにも、憲法学者などGHQの呪縛(マインド・コントロール)から抜けきれない人達の“病”に効く特効薬かワクチンの早期出現を切に願うものであります。

 

日本改造の真意

 

 GHQは、憲法の制定以外にもあらゆる分野にわたり日本改造を断行したことはすでに取り上げました。

 

多くの日本人は、スポーツ、そして音楽や映画鑑賞などが大好きです。この度の新型コロナによる制約を経験して、改めてスポーツや映画や音楽が持つ“特別なパワー”を感じてしまいます。

 

しかし、これらが自由になった背景に、「国民を娯楽に目を向けさせることで、社会生活上の様々な不安や政治への関心を逸らす」とのGHQの意図、つまり、あまりに厳しい占領政策への暴動を恐れた“ガス抜き”の下心を有する「愚民化政策」の一環であったと知れば、私達は、立ち止まって考え直す時期に来ているのではないでしょうか。

 

今回も、緊急事態宣言中にパチンコに興じていた人たちや賭けマージャンを楽しんでいた元検事長、そして、危険と分かっていながら何ら対策をとらずに営業を続けていた「夜の街」従業員らが話題になりましたが、これらは、GHQが望んだ「愚民」に成り下がったことを証明しているようで残念でなりません。具体的な国家改造政策は、次回振り返ってみましょう。

 

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(令和二年(2020年)6月11日配信)

 

 

お知らせ

 私は現在、ボランテイアですが、公益社団法人自衛隊家族会の副会長の職にあります。今回紹介いたします『自衛官が語る 海外活動の記録』は、自衛隊家族会の機関紙「おやばと」に長い間連載してきた「回想 自衛隊の海外活動」を書籍化したものです。

 

その経緯を少しご説明しましょう。陸海空自衛隊は、創設以降冷戦最中の1990年頃までは、全国各地で災害派遣や警備活動を実施しつつ、「専守防衛」の防衛政策のもとで国土防衛に専念していました。

 

 憲法の解釈から「海外派兵」そのものが禁止されており、国民の誰しも自衛隊の海外活動は想像すらしないことでした。当然ながら、自衛隊自身もそのための諸準備を全く行なっていませんでした。

 

ところが、冷戦終焉に伴う国際社会の劇的な変化によって、我が国に対しても国際社会の安定化に向けて実質的な貢献が求められるようになりました。

 

こうして、湾岸戦争後の1991(平成3)年、海上自衛隊掃海部隊のペルシア湾派遣を皮切りに、自衛隊にとって未知の分野の海外活動が始まりました。しかも、中には国を挙げての応援態勢がないままでの海外活動も求められ、派遣隊員や残された家族のやるせない思いやくやしさは募るばかりでした。

 

それでも隊員たちは、不平不満など一切口にせず、「日の丸」を背負った誇りと使命感を抱きつつ、厳正な規律をもって今日まで一人の犠牲者を出すことなく、与えられた任務を確実にこなしてきました。この間、実際に派遣された隊員たちのご苦労は想像するにあまりあるのですが、寡黙な自衛官たちは本音を語ろうとしませんでした。

 

かくいう私も、陸上幕僚監部防衛部長時代、「イラク復興支援活動」の計画・運用担当部長でしたので、決して公にはできない様々な経験をさせていただきました(墓場まで持っていくと決心しております)。

 

このような海外活動の実態について、隊員家族をはじめ広く国民の皆様に知ってもらうことと自衛隊の海外活動の記録と記憶を後世に伝え残したいという願いから、「おやばと」紙上でシリーズ化し、各活動に参加した指揮官や幕僚などに当時の苦労話、経験、エピソードを寄せてもらいました。

 

連載は、2012年8月から2014年11月まで約2年半続き、その後も行なわれている「南スーダン共和国ミッション」や「海賊対処行動」などについてはそのつど、関係者に投稿をお願いしました。

 

このたび、シリーズ書籍化第1弾の『自衛官が語る 災害派遣の記録』と同様、桜林美佐さんに監修をお願いして、その第2弾として『自衛官が語る 海外活動の記録』が出来上がりました。

 

本書には、世界各地で指揮官や幕僚などとして実際の海外活動に従事した25人の自衛官たちの脚色も誇張もない「生の声」が満載されております。

 

遠く母国を離れ、過酷な環境下で、ある時は身を挺して、限られた人数で励まし合って厳しい任務を達成した隊員たち、実際にはどんなにか辛く、心細く、不安だったことでしょうか。

 

しかし、これらの手記を読む限り、そのようなことは微塵も感じられないばかりか、逆に派遣先の住民への愛情や部下への思いやりなどの言葉で溢れており、それぞれ厳しい環境で活動したことを知っている私でさえ、改めて自衛隊の精強さや隊員たちの素晴らしさを垣間見る思いにかられます。

 

また、桜林さんには、海外活動の進化した部分とか依然として制約のある法的権限などについて、わかりやすく解説し、かつ問題提起していただきました。

 

皆様にはぜひご一読いただき、まずはこれら手記の行間にある、隊員たちの「心の叫び」を汲み取っていただくとともに、自衛隊の海外活動の問題点・課題などについても広くご理解いただきたいと願っております。また、前著『自衛官が語る 災害派遣の記録』を未読の方は、この機会にこちらもぜひご一読いただきますようお願い申し上げ、紹介と致します。

 

『自衛官が語る 海外活動の記録─進化する国際貢献』
桜林美佐監修/自衛隊家族会編
  発行:並木書房(2019年12月25日)
  https://amzn.to/384Co4T

 

 

お知らせその1

 新元号が「令和」に決まった4月1日、『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』(桜林美佐監修/自衛隊家族会編/並木書房発行)が発売となりました。本「メルマガ軍事情報」で毎週月曜日にメルマガを発信されている、本書監修者の桜林美佐氏がすでに4月1日発刊のメルマガで紹介されましたが、私も“仕掛け人”の一人として皆様に本書を紹介しておきたいと思います。

 

 本書は、主に自衛隊員の家族によって構成される自衛隊家族会の機関紙『おやばと』に3年以上にわたって連載された「回想 自衛隊の災害派遣」をまとめたものです。ここには過去50年あまりに実施された陸海空自衛隊の主な災害派遣と、それに従事した指揮官・幕僚・隊員たち37人の証言が収められています。昭和26年のルース台風で当時の警察予備隊が初の災害派遣をして以来、自衛隊はこれまでに4万件を超える災害派遣を実施してきました。激甚災害時の人命救助や復旧支援をはじめ、離島での救急患者の輸送、不発弾処理、水難救助、医療や防疫に至るまでその活動は広範多岐にわたります。

 

しかし、 “災害派遣の「現場」で何が起きているか”について、寡黙な自衛官たちはこれまで多くを語ることはありませんでした。本書には、「阪神・淡路大震災」において、自衛官たちが不眠不休で身を賭して人命救助にあたっていた時に「神戸の街に戦闘服は似合わない」と発言されたことや、厚生省から被災者の入浴支援は「公衆衛生法に反する」と指摘されたとの証言、そして、被災地でご遺体を搬送したら、警察から「検視前に動かすと公務執行妨害になる」と言われたこととか、瓦礫の除去も私有財産を勝手に処分する問題があるなどの証言もあります。さらに、「地下鉄サリン事件」では、自ら防毒マスクを外して安全を確認した化学防護隊長の証言など、脚色も誇張もないリアルな事実が記録されています。

 

自衛隊の災害派遣は常に「被災者のために」が“合い言葉”のようになっています。桜林氏がメルマガでわざわざ取り上げてくれましたが、かくいう私も「有珠山噴火時の災害派遣」の体験談、とくに被災者の欲求は状況によって変化し、「被災者に寄り添う支援」がいかに大変かについて書かせて頂きました。

 

本書には、昭和末期の災害派遣も少し含まれていますが、ほぼ平成時代に生じた災害派遣の記録となっており、平成時代の大きな災害を振り返るための資料価値もあると考えます。すでに店頭に並んでおり、アマゾンなどで購入も可能ですので、自衛隊の災害派遣にご興味のある方は、ぜひご一読いただきますようお願い申し上げます(本書の問い合わせなどは宗像宛でお願い致します)。

 

 

『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』
桜林美佐監修/自衛隊家族会編
並木書房発行
http://okigunnji.com/url/28/

 

 

 

お知らせその2

 「メルマガ軍事情報」でエンリケさんが再三紹介された『漫画クラウゼヴィッツと戦争論』を私も読ませていただきました。陸上自衛隊の元将官、つまり軍事の専門家の“端くれ”としての立場で私も本書について少し解説したいと思います。

 

陸上自衛隊の幹部は(全員ではありませんが)、在任中に不滅の戦略論といわれる中国の古典『孫子』やクラウゼヴィッツの『戦争論』を学ぶ機会があります。
『孫子』は、漢詩調に書かれているせいもあって、わりと日本人には理解しやすいのですが、『戦争論』は、クラウゼヴィッツの理論の背景が欧州戦場であるため、なかなかイメージアップできないばかりか、理論そのものが難解で、翻訳の問題もあってか、軍事のプロの自衛官でさえ困難を極めます。

 

私の場合は、防衛大学校の学生時代を含めると3回、真剣に学んだ経験があります。当然ながら、「軍事とは何か」をまったく知らない学生時代は、「ナポレオン戦争」の戦史を学ぶ延長で『戦争論』の“さわり”を学んだ記憶がある程度です。そして自衛隊に入り、中堅幹部の3佐時代に1度、さらに1佐になりかけた頃、再度、集中して学ぶ機会がありました。

 

クラウゼヴィッツが何を言いたいかをある程度理解し、“目から鱗”を自覚したのは、3回目、つまり20年あまり、部隊や陸上幕僚監部などで指揮官や幕僚としての実務を経験した後でした。

 

さて、本書の作・画は元1佐の石原(米倉)ヒロアキ氏によるものです。石原氏は、漫画については自衛隊に入隊する前の大学時代にすでに「赤塚不二夫賞」の準入選に選ばれるほどの実力を持っておられたようです。しかし、「好きな戦争漫画を描くには軍事を知らなければならない」と自衛官を志し、定年まで全うした後、再び漫画家の道を歩まれている信念の持ち主です。

 

その経験と信念からでしょうか、単に『戦争論』を漫画で解説するだけに留まらず、軍人クラウゼヴィッツに焦点をあて、その戦歴を追体験しながら、クラウゼヴィッツが個々の理論をいかに発想したか、その背景を含めてとてもわかりやすく可視化しているところに本書の特色があります。

 

その石原氏が2年間の情熱を注いで完成した本書にはまた、随所に軍事専門家ならではの“目(切り口)”を伺い知ることができます。何度も悪戦苦闘した経験を有する私にとりましても、“新たな発見”がたくさんありました。

 

本書は、『戦争論』の研究者・翻訳者として最も定評のある清水多吉氏が監修されていることもあって、これまで『戦争論』を学んだ経験のない読者にとっては「入門書」になるでしょうし、すでに学んだ読者にとっては、背景などが可視化されていることによって、難解な理論を改めて読み解くうえで貴重な一冊になると確信いたします。しかも、漫画ですから気軽に読むことができ、内容が瞬間に“頭に焼き付く”というメリットもあります。

 

「平和」を唱えるだけで、「戦争」と聞くだけで“拒否反応”を示す多くの日本人、とくに政治家や有識者ら我が国を牽引すべきリーダーたちに「軍事」を少しでも理解していただくためにも本書がベストセラーになることを祈って止みません。一人でも多くの方にお読みいただくようお薦めします。

 

 

漫画 クラウゼヴィッツと戦争論
 石原ヒロアキ(作) 清水多吉(監修)
 並木書房
 2019年6月27日発行
 http://okigunnji.com/url/51/

 

 



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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世界を驚かせた「日英同盟」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「世界を驚かせた「日英同盟」」  (2019年(平成31年)4月4日配信)です。
「日露戦争」開戦までの情勢(前段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」開戦までの情勢(前段)」  (2019年(平成31年)4月11日配信)です。
「日露戦争」開戦までの情勢(後段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」開戦までの情勢(後段)」  (2019年(平成31年)4月18日配信)です。
日露の「戦力」と「作戦計画」比較
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「日露の「戦力」と「作戦計画」比較」  (2019年(平成31年)4月25日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その1)」  (2019年(令和元年)5月2日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その2)」  (2019年(令和元年)5月9日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その3)」  (令和元年(2019年)5月16日配信)です。
“新たな時代の幕開け”となった「講和条約」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「“新たな時代の幕開け”となった「講和条約」 」  (令和元年(2019年)5月23日配信)です。
陸・海軍対立のはじまり
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「陸・海軍対立のはじまり」  (令和元年(2019年)5月30日配信)です。
20世紀を迎え、様変わりした国際社会
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「20世紀を迎え、様変わりした国際社会」  (令和元年(2019年)6月6日配信)です。
揺れ動く内外情勢の中の「明治時代」の終焉
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「揺れ動く内外情勢の中の「明治時代」の終焉」  (令和元年(2019年)6月13日配信)です。
「激動の昭和」に至る“道筋”を決めた「大正時代」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「激動の昭和」に至る“道筋”を決めた「大正時代」」  (令和元年(2019年)6月20日配信)です。
第1次世界大戦と日本
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 第1次世界大戦と日本」 (令和元年(2019年)6月27日配信)です。
「ロシア革命」と「シベリア出兵」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「ロシア革命」と「シベリア出兵」 (令和元年(2019年)7月4日配信)です。
第1次世界大戦と日本ー相次ぐ派兵要請ー
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「第1次世界大戦と日本ー相次ぐ派兵要請ー」 (令和元年(2019年)7月11日配信)です。
「第1次世界大戦」の終焉と「ヴェルサイユ条約」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「第1次世界大戦」の終焉と「ヴェルサイユ条約」」 (令和元年(2019年)7月18日配信)です。
「第1次世界大戦」の歴史的意義
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「第1次世界大戦」の歴史的意義」 (令和元年(2019年)7月25日配信)です。
“歴史的岐路”となった「ワシントン会議」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“歴史的岐路”となった「ワシントン会議」」 (令和元年(2019年)8月1日配信)です。
「大正時代」が“残したもの”
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大正時代」が“残したもの”」 (令和元年(2019年)8月8日配信)です。
“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(前段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(前段)」 (令和元年(2019年)8月15日配信)です。
“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(後段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(後段)」 (令和元年(2019年)8月22日配信)です。
第2次世界大戦を引き起こしたアメリカ発の「世界恐慌」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「第2次世界大戦を引き起こしたアメリカ発の「世界恐慌」」 (令和元年(2019年)8月29日配信)です。
「満州事変」の背景と影響@―日本と満州の関係―
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」の背景と影響@―日本と満州の関係―」 (令和元年(2019年)9月5日配信)です。
当時の中国大陸で何が起きていたか?
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「当時の中国大陸で何が起きていたか?」 (令和元年(2019年)9月12日配信)です。
「満州事変」前夜と勃発
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」前夜と勃発」 (令和元年(2019年)9月19日配信)です。
昭和陸軍の台頭
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「昭和陸軍の台頭」 (令和元年(2019年)9月26日配信)です。
「満州事変」の拡大と国民の支持
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」の拡大と国民の支持」 (令和元年(2019年)10月3日配信)です。
満州国建国と国際連盟脱退
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「満州国建国と国際連盟脱退」 (令和元年(2019年)10月10日配信)です。
「二・二六事件」の背景と影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「二・二六事件」の背景と影響」 (令和元年(2019年)10月17日配信)です。
「支那事変」に至る日中情勢の変化
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」に至る日中情勢の変化」 (令和元年(2019年)10月24日配信)です。
「盧溝橋事件」から「支那事変」へ
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「盧溝橋事件」から「支那事変」へ」 (令和元年(2019年)10月31日配信)です。
「支那事変」の拡大と「南京事件」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」の拡大と「南京事件」」 (令和元年(2019年)11月7日配信)です。
「支那事変」止まず、内陸へ拡大
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」止まず、内陸へ拡大」 (令和元年(2019年)11月14日配信)です。
“歴史を動かした”ソ連の陰謀
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“歴史を動かした”ソ連の陰謀」 (令和元年(2019年)11月21日配信)です。
世界に拡散した「東亜新秩序」声明
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「世界に拡散した「東亜新秩序」声明」 (令和元年(2019年)11月28日配信)です。
危機迫る“欧州情勢”
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「危機迫る“欧州情勢”」 (令和元年(2019年)12月5日配信)です。
「ノモンハン事件」に至る日ソ対立の背景
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ノモンハン事件」に至る日ソ対立の背景」 (令和元年(2019年)12月12日配信)です。
「ノモンハン事件」勃発と停戦
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ノモンハン事件」勃発と停戦」 (令和元年(2019年)12月19日配信)です。
戦争は「石油」で始まり、「石油」で決まる
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「戦争は「石油」で始まり、「石油」で決まる」 (令和元年(2019年)12月26日配信)です。
日米戦争への道程(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その1)」 (令和二年(2020年)1月16日配信)です。
日米戦争への道程(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その2)」 (令和二年(2020年)1月23日配信)です。
日米戦争への道程(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その3)」 (令和二年(2020年)1月30日配信)です。
日米戦争への道程(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その4)」 (令和二年(2020年)2月6日配信)です。
日米戦争への道程(その5)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その5)」 (令和二年(2020年)2月13日配信)です。
日米戦争への道程(その6)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その6)」 (令和二年(2020年)2月20日配信)です。
日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」」 (令和二年(2020年)2月27日配信)です。
「大東亜戦争」をいかに伝えるか
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」をいかに伝えるか」 (令和二年(2020年)3月19日配信)です。
「大東亜戦争」の戦争戦略
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の戦争戦略」 (令和二年(2020年)3月26日配信)です。
「真珠湾攻撃」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「真珠湾攻撃」の真実」 (令和二年(2020年)4月2日配信)です。
「ミッドウェー作戦」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ミッドウェー作戦」の真実」 (令和二年(2020年)4月9日配信)です。
ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に」 (令和二年(2020年)4月16日配信)です。
「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ」 (令和二年(2020年)4月23日配信)です。
「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下」 (令和二年(2020年)4月30日配信)です。
終戦とマッカーサー来日
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「終戦とマッカーサー来日」 (令和二年(2020年)5月13日配信)です。
米国の「日本研究」とその影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「米国の「日本研究」とその影響」 (令和二年(2020年)5月21日配信)です。
「WGIP」の目的と手段
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「WGIP」の目的と手段」 (令和二年(2020年)5月28日配信)です。
「日本国憲法」の制定経緯
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「日本国憲法」の制定経緯」 (令和二年(2020年)6月4日配信)です。
「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」」 (令和二年(2020年)6月18日配信)です。
占領期初期の欧州および周辺情勢
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「占領期初期の欧州および周辺情勢」 (令和二年(2020年)6月25日配信)です。
情勢変化に伴う占領政策の変容
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「情勢変化に伴う占領政策の変容」 (令和二年(2020年)7月2日配信)です。