占領期初期の欧州および周辺情勢

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はじめに

 

いよいよ第90話まで来てしまいました。司馬遼太郎氏は「昭和を書く気になれない」と本音を披露し、氏の歴史小説には「昭和」を取り扱ったものはありません。その理由は何となくわかります。

 

それもあって、逆に私は「激動の昭和」の「史実」を勉強したくて、歴史に興味を持ち始めたのでしたが、その私でも「サンフランシスコ平和条約」を締結し独立した後の「我が国の歩み」については“時間をかけて学ぼうとする”意欲がわきません。よって、本メルマガもいよいよ“終わり”が近づいてきました。

 

さて、このたびのコロナ対策について、日本は、先進国で唯一、制度上“国家の強制力”のないなかで、政府や自治体の対応がさまざまな物議を醸したり、多くの国民が東日本大震災時にも賞賛されたような“自制心”を発揮する一方で、一部は“自己利益・自己満足最優先”の行動を起こしたことが話題になるなか、ここまでの所は、欧米列国などに比して「対応が成功した国」ということになると考えます。

 

しかし、その成功の理由は一般に「ミステリー」とされ、トップリーダーの評価も、成功した他国に比してさほど高くないなど、久しぶりに日本の「異質性」(あるいは「特異性」とか「異端」)との分析が散見されました。

 

この「異質性」という言葉に接すると、我が国の歴史を振り返った者の一人として、少々複雑な思いに駆られます。つまり、今の日本人が有している「異質性」は、@あの厳しく、巧妙な占領政策をもってしても変えられなかった“日本人の本質”に根差しているのか、A巧妙な占領政策により改造され、骨抜きにされた結果として出来上がった、“現代の日本人の特性”なのか、どちらであろうかという点です。

 

 個人的には、長い歴史を有する日本人のDNAの中に、失うことなく残っている「異質性」(つまり@)であると信じたいと思いますが、前回紹介しましたようなGHQの占領政策は、日本人のDNAさえ“根無し草にした”可能性があると考えてしまいます。

 

“現代の日本人の「異質性」はいかに造られたか?”は壮大なテーマで私の知見をはるかに超えますのでこの辺にしておきますが、読者の皆様にも一緒に考えていただければありがたい限りです。

 

欧州情勢―チャーチルの警告とドイツ分割

 

 今回は、「東京裁判」の顛末の前に、占領期初期(1945年から48年頃まで)の欧州および周辺情勢について振り返っておきましょう。

 

まず欧州です。ドイツ降伏後の1945年6月5日、米英仏ソの司令官がベルリンで「四国宣言」を発表し、ドイツは4か国に分割され、軍政を布かれます。

 

しかし、この分割管理は固定的なものでなく、近い将来、1つの国家として主権を回復し、講和条約を締結するとの前提で、4か国共同の「管理理事会」が設置されました。

 

一方、終戦直後、米軍は、ヤルタ議定書で同意されていたラインを超えて最大200マイルにわたり東方に進出していました。その時点での米軍とソ連軍境界線は暫定的なものだったので、米軍は、2か月間、ソ連占領予定地域に滞在したのち、7月初めに撤退します。

 

これについては、(ソ連の占領地域内にあった)首都ベルリンに米英仏各軍が駐留することをソ連に容認させるための取引だったとの分析もあります。

 

実は、その撤収前、チャーチルは、極秘電でトルーマン米大統領に「ソ連との協議で決まったドイツの米軍占領地域から撤退を見送るよう」求めています。その上で「ソ連は鉄のカーテンを降ろした。その裏側で何をしているか我々にはわからない」と強く警告しています。

 

これについて「チャーチルは、ルーズベルト大統領と決めた対ソ連融和策が間違いであったことをどこかの時点で気づいたのではないか」と分析する歴史家もおりますが、チャーチルは、ルーズベルト死後、米国内において、対ソ宥和外交を主張する勢力(いわゆる、ニューデーラーたちなど)と対ソ警戒勢力がせめぎ合っていることを知っていたといわれます。

 

トルーマン大統領自身は、以前も触れましたように、ソ連に対する不信感を持っていましたが、トルーマン政権としては、チャーチルの助言を無視し、当初の占領地域から軍を引き上げてしまいます。

 

そのトルーマンを本気にさせたのは、ソ連が撤兵の約束を守らず、イラン北部アゼルバイジャンに傀儡(かいらい)政権を樹立させて(1945年12月)からだったようです。

 

そして、翌46年3月4日、チャーチルは、トルーマンの地元・ミズーリ―州のフルトンで「バルト海のシュチェチン(現ポーランド)からアドリア海のトリエステ(現イタリア)までヨーロッパ大陸を横切る『鉄のカーテン』が降ろされた」と有名な『鉄のカーテン』演説します。その中で「西側民主主義国家、とりわけ、米英は、際限なく力と思想を拡散し続けるソ連の動きを抑制しなければならない」と力説、これが翌47年の「トルーマン・ドクトリン」(共産圏に対する封じ込め政策)につながります。

 

このようにして、終戦前から明らかになった米英陣営とソ連の対立はドイツ問題に持ち込まれ、民主化と自由主義経済を基本とする経済復興をめざす西側と、社会主義化をめざすソ連との理念の違いが次第に表面化します。

 

1948年6月、西側の通貨改革(新ドイツマルクの導入)を機にソ連が「ベルリン封鎖」に踏み切り、「管理理事会」が機能しなくなり、翌49年に西側管理地域に「ドイツ連邦共和国」(西ドイツ)が、ソ連管理地域に「ドイツ民主共和国」(東ドイツ)が成立、ドイツの東西分割が確定して1990年のドイツ統一まで続きます。

 

中国情勢―“共産党政権誕生秘話”

 

占領期初期の周辺情勢も激変します。まず中国大陸です。少しさかのぼりますが、我が国は、終戦1年前の1944年3月から「大陸打通(だつう)作戦」を実施します。

 

本作戦は、“日中戦争最大の大攻勢”とも“日本陸軍最後の大攻勢”ともいわれ、その目的は、@中国内陸部の連合国軍の航空基地の占領とA仏印(インドシナ)への陸路を開くことでした。その結果は、蒋介石率いる国民党軍に大打撃を与えました(死傷者約75万人、捕虜約4万人などです)。

 

この国民党軍の思わぬ大敗北によって、国民政府に戦後の東アジアを委ねようとした「ルーズベルト構想」が崩壊します。同時にはそれは、米国が、それまで虎視眈々と“漁夫の利”を狙っている毛沢東率いる共産党にも注意を払う必要が生じたことを意味していました。

 

とは言え、戦勝国にも数えられ、依然として圧倒的な戦力を保持していた国民政府が、1949年、なにゆえに台湾に逃れ、中華人民共和国が成立したのでしょうか。この素朴な疑問に的確に答えてくれる書籍を探し当てることができないまま、時が過ぎていました。

 

最近、ようやくそのヒントを得ることができる書籍に出会いました。書名は『共産中国はアメリカがつくった─G・マーシャルの背信外交』(ジョセフ・マッカーシー著、本原俊祐訳、成甲書房)です。本書の初版は1951年ですが、2005年に邦訳されました。著者は「マッカーシズム」といわれる反共産主義運動で有名なあのマッカーシーです。

 

当然ながら、本書の詳細の紹介は不可能ですが、一般に知られている歴史に、本書によって暴かれている「史実」を散りばめつつ、“共産党政権誕生の秘話”を振り返ってみたいと思います。少し長くなることをご容赦下さい。

 

このG・マーシャルとは、「マーシャル・プラン」で有名なあのジョージ・マーシャル(以下、マーシャル)です。本書によれば、マーシャルを語らずして当時の米国の対中政策は語れないと考えますので、まずマーシャルの経歴を簡単に紹介しましょう。

 

マーシャルは、軍人としては何とも稀有で不思議な経歴の持ち主です。マーシャルは昇任が遅く、ようやく大佐になって連隊長の職を得たにもかかわらず、「軍人としての才覚に欠ける」として解任され、少佐に降格されたようです。その後、市民保全部隊という失業者救済のボランテイア活動の監督のような仕事を通じてワシントンの高官たちと交流があったといわれます。

 

1939年、少将になったマーシャルは、戦争計画担当の副参謀総長に赴任します。それから1年もたたないうちに、ルーズベルト大統領によって、20人の中将と14人の先任少将をさしおいて陸軍参謀総長に大抜擢され、大将に昇任します。我が国では絶対あり得ない人事管理ですが、参謀総長在職間は、ソ連の参戦や日本本土侵攻を唱えた強硬派で知られています。

 

大戦終戦後、参謀総長の職を辞し軍を退きますが、1945年12月、トルーマンからの中国の全権特使に任命され、1947年1月まで中国に滞在します。その後、国務長官に就任、朝鮮戦争中の1950年9月、今度は国防長官に就任し1年間務めます。1953年、「マーシャル・プラン」の立案・実行によりノーベル平和賞を受賞します。

 

これほどの要職をこなした人物が「中国共産をつくった張本人」と糾弾されるのはなぜでしょうか? それを解き明かしながら、中国情勢を振り返ってみましょう。

 

日本軍が国民党軍を徹底的に叩いている間も、ソ連は、毛沢東を援助し、毛勢力は急激に勢力を伸ばします。一方、ルーズベルトは、「ヤルタ秘密協定」(1945年2月)において、満州国の港湾や南満洲鉄道の権益をソ連に引き渡すことなどについて、蒋介石の同意抜きでスターリンに大幅に譲歩してしまいます。これを聞いた蒋介石は、しばし沈黙した後に「実に残念なことだ」と語ったといわれています。

 

この南満州や南樺太など「日露戦争」によって失った権益の回復に加え、千島列島の獲得を“ロシアの参戦の条件”として受け入れることをルーズベルトに強く助言した人物こそ、“ロシアを戦争に引っ張り込むための「餌」を必死に探していた”マーシャルでした。

 

米国合意のもとに、日本の降伏直前に満州を占領したソ連軍は、国民党軍が満州に入ることを拒み、降伏した日本軍の武器・弾薬などを共産党軍に流します。スターリンは、対独戦を終えて不要になった米国製の武器まで毛沢東に渡したといわれております。

 

他方、トルーマンは、「ヤルタ秘密協定」の存在すら知らなかったといわれ、共産党政権が誕生する直前まで毛沢東を「進歩的な農地改革者」と言って賞賛し、毛沢東側の代表を蒋介石政府に入れるべきだと提案さえしております。そして、戦後の内戦によって、次第に国民軍が劣勢になると軍事援助を渋り、蒋介石を「邪悪な反動主義者」として遠ざけます。実に不思議なのですが、その背後でも、マーシャルに加え、国務省のニューデーラーたちが暗躍していました。

 

さて、アメリカの対中政策上のもう一人のキーパーソンに、のちに『第2次世界大戦に勝者なし』との回想録を残すアルバート・ウェデマイヤー将軍がおります。マーシャルの対極で活動することになるウェデマイヤー将軍は、当時のマーシャル陸軍参謀長に命ぜられ、1944年10月、中国戦線の米軍の指揮官職と蒋介石の参謀長を兼ねて中国に赴任します。

 

その前任者のジョゼフ・スティルウェルは、マーシャルの子分的存在だったようで、彼が中国から送った“親共産軍プロパガンダの山”が当時の陸軍や国務省の判断をかなり狂わせたとの記録も残っています。スティルウェルは、蒋介石が米軍と戦争協力の条件として更迭を要求したため、中国を追われたのでした。

 

後任のウェデマイヤーは、中国滞在間、幾度となく国民党軍と共産党軍の対立の“根深さ”を知り、「米英ソが国民党と共産党の統一を強要した場合、徐々に深刻な問題を形成する。統一に手を貸せば、3国の噛みつきあいになる」旨の手紙をマーシャルに送り警告しますが、無視されます。

 

1945年11月、ウェデマイヤーは中国を離れますが、この頃から米国の対中政策の基本方針は、「もし中国政府が共産党制圧に乗り出したら、中国政府への支援を打ち切る」ことになっていたようです。

 

終戦後の1945年12月、参謀総長を辞したマーシャルは、トルーマンから中国の全権特使に任命されます。マーシャルは、中国国民から「平和の使者」としてもてはやされ、まず、国共両党を統一交渉のテーブルにつかせ、共産党を含めた連立政権を樹立し、双方の軍隊を国民軍に統一しようと画策します。1946年1月には停戦協定を発表、2月の基本法案によりそれぞれの軍隊を削減することまで合意します。

 

この結果、スターリン、そしてマーシャルにたびたび接触した周恩来らから「マーシャルこそ、中国問題に決着をつけられる人物」とさかんに持ち上げられます。

 

マーシャルは、「ヤルタ会談」の譲歩を完全に実行するように、「赤軍を刺激しないように中国政府を抑えること」「中国政府が共産主義少数派を力で制圧しようとしたら、米軍の支援を打ち切ること」などを実現することこそが、「自分が中国に来た使命だ」と認識していたようです。マーシャルの不思議な行動はまだまだ続きます。

 

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(令和二年(2020年)6月25日配信)

 



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ノモンハン事件」勃発と停戦」 (令和元年(2019年)12月19日配信)です。
戦争は「石油」で始まり、「石油」で決まる
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「戦争は「石油」で始まり、「石油」で決まる」 (令和元年(2019年)12月26日配信)です。
日米戦争への道程(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その1)」 (令和二年(2020年)1月16日配信)です。
日米戦争への道程(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その2)」 (令和二年(2020年)1月23日配信)です。
日米戦争への道程(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その3)」 (令和二年(2020年)1月30日配信)です。
日米戦争への道程(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その4)」 (令和二年(2020年)2月6日配信)です。
日米戦争への道程(その5)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その5)」 (令和二年(2020年)2月13日配信)です。
日米戦争への道程(その6)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その6)」 (令和二年(2020年)2月20日配信)です。
日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」」 (令和二年(2020年)2月27日配信)です。
「大東亜戦争」をいかに伝えるか
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」をいかに伝えるか」 (令和二年(2020年)3月19日配信)です。
「大東亜戦争」の戦争戦略
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の戦争戦略」 (令和二年(2020年)3月26日配信)です。
「真珠湾攻撃」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「真珠湾攻撃」の真実」 (令和二年(2020年)4月2日配信)です。
「ミッドウェー作戦」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ミッドウェー作戦」の真実」 (令和二年(2020年)4月9日配信)です。
ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に」 (令和二年(2020年)4月16日配信)です。
「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ」 (令和二年(2020年)4月23日配信)です。
「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下」 (令和二年(2020年)4月30日配信)です。
終戦とマッカーサー来日
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「終戦とマッカーサー来日」 (令和二年(2020年)5月13日配信)です。
米国の「日本研究」とその影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「米国の「日本研究」とその影響」 (令和二年(2020年)5月21日配信)です。
「WGIP」の目的と手段
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「WGIP」の目的と手段」 (令和二年(2020年)5月28日配信)です。
「日本国憲法」の制定経緯
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「日本国憲法」の制定経緯」 (令和二年(2020年)6月4日配信)です。
「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」」 (令和二年(2020年)6月11日配信)です。
「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」」 (令和二年(2020年)6月18日配信)です。
情勢変化に伴う占領政策の変容
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「情勢変化に伴う占領政策の変容」 (令和二年(2020年)7月2日配信)です。
「東京裁判」の結果と評価
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「東京裁判」の結果と評価」 (令和二年(2020年)7月9日配信)です。
我が国の安全保障政策をめぐる議論
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「我が国の安全保障政策をめぐる議論」 (令和二年(2020年)7月16日配信)です。
変容する国内情勢と「朝鮮戦争」前夜
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「変容する国内情勢と「朝鮮戦争」前夜」 (令和二年(2020年)7月23日配信)です。
「朝鮮戦争」の経緯と我が国に与えた影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「朝鮮戦争」の経緯と我が国に与えた影響」 (令和二年(2020年)7月30日配信)です。
「マッカーサー証言」の意味するもの
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「マッカーサー証言」の意味するもの」 (令和二年(2020年)8月6日配信)です。
「サンフランシスコ講和条約」締結への道程
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「サンフランシスコ講和条約」締結への道程」 (令和二年(2020年)8月20日配信)です。
「サンフランシスコ講和条約」締結と主権回復
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「サンフランシスコ講和条約」締結と主権回復」 (令和二年(2020年)8月27日配信)です。
「大東亜戦争」の総括(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その1)」 (令和二年(2020年)9月3日配信)です。
「大東亜戦争」の総括(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その2)」 (令和二年(2020年)9月10日配信)です。
「大東亜戦争」の総括(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その3)」 (令和二年(2020年)9月17日配信)です。