「朝鮮戦争」の経緯と我が国に与えた影響

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はじめに

 

 再び、新型コロナウイルスが猛威を振るい始めたように見受けらますので、久しぶりに、冒頭で新型コロナを取り上げてみました。

 

確かに感染者の拡大だけをみると「第2波到来」のような雰囲気がありますが、今回は、「若者層に感染者が多い」「感染者の増加している割には、重傷者・死亡者が圧倒的に少ない」など4月頃の感染拡大とは少し勝手が違っています。

 

 昨年末、中国武漢で新型コロナが発生して以来、半年以上が過ぎ、新型コロナの“正体”について、専門家はかなり分かりかけてきたのではないかと考えます。しかし、相手がウイルスだけに100%解明するのは難しく、それゆえに、専門家の間には“多勢に無勢”のような空気が流れているような気がします。

 

テレビなどでお馴染みの専門家らは、依然、“恐怖を煽り立てる”解説は饒舌ですが、例えば、第1波において、@欧米やブラジルなどであれほど感染者が急増し死亡者も多かったのに比し、なぜ日本や韓国などアジアでは感染者も死亡者も少なかったのかとか、今回のA再び感染者が増大しているのに、なぜ重傷者や死亡者が少ないのかなどについての解説は歯切れが悪いままです(彼らもよくわからないのだと推測しています)。

 

このような空気の中で、堂々と持論を述べる“勇気ある専門家”もおります。多くの方は見過ごしていると思いますので、紹介しておきましょう。例えば、月刊誌「WILL」9月号に『第二波は来ない』と断言した記事を掲載した京都大学大学院特定教授の上久保靖彦氏やテレビで具体的な数値を示しつつ『自然免疫で98%は治る』と主張している国際医療福祉大学大学院教授の高橋 泰氏などです。

 

お二人の説を素人なりに理解するとその概要は次の通りです。まず@の謎について、上久保教授は「人類は生誕以来、ウイルスと“共生”しており、周期的にウイルスが変容・変質することによって人に感染したり、鎮(しず)まったりする」ことから説明しています。

 

今回は、ウイルス細胞の周りにある「スパイク」と呼ばれる突起(それが太陽のコロナに似ていることから、コロナウイルスと呼ばれています)が、人の組織細胞にある「ACE2受容体」というものに、まるで“鍵と鍵穴がピタッと合うように結合”してしまったようです。その結果、人体は、ウイルスを異物と感じて免疫反応を起こし、それが、発熱や肺炎などの症状として現れるのだそうです。

 

事の始まりは、昨年11月頃、中国全土で『S型』(先祖型)、『K型』(先祖型の変質型)といわれるコロナウイルスがまん延したことにあり、“少し変わった風邪”という程度の認識だったようです。しかし、昨年末、武漢で『G型』に変容し(原因は不明です)、欧米でさらに『欧米G型』に変容、重度の肺炎を引き起こし、猛威を振るってしまいました。

 

上久保教授は、「日本には、中国人観光客の来日により『S型』『K型』の免疫が到来し、日本人の間で“集団免疫”に達していた。特に『K型』の免疫が『G型』にも有効だったため、深刻にならなかった」と解説しています。

 

そして「欧州には、『S型』は十分流入していたが、『K型』が十分でなかったため、『ADE』(抗体依存性感染増強)という現象が起きた。また米国では、当時、インフルエンザが流行して1万2千人も死亡していため、『ウイルス干渉』が起き、『K型』が入りづらくなっていた。さらに、中国が武漢を封鎖したのに続き、欧米諸国も外国人の入国拒否や“都市封鎖”を強行したため、逆に『K型』が入る余地がなくなってしまった」と続きます。

 

ここでいう「ADE」や「ウイルス干渉」については、私の能力を超えますが、「ADE」は、“本来、ウイルスなどから体を守る抗体が、免疫細胞などへのウイルス感染を促進してしまう現象”であり、「ウイルス干渉」は、“1個の細胞に複数のウイルスが感染した時に一方あるいは両方の増殖が抑制される現象”のことを言います。

 

最近の現象であるAについては、上久保教授は「PCR検査の拡充により感染者数は爆発的に増えているが、初回の感染で免疫がついている人達の体内に再びウイルスが入っているだけで、重症になることはない。最近、この“集団免疫”が世界各地で定着しつつあり、重症者・死亡者が少なくなっている」と解説しています。

 

この説が正しいとすれば、中国や欧米諸国と違い、法的に私権を制限できず(言葉だけは“ロックダウン”として先行しましたが)、“都市封鎖”のような強制処置をできなかった我が国のやり方が、結果として“功を奏した”ことになります。

 

つまり、のちに「政府の対応が遅かった」と批判されますが、昨年11月以降、約184万人の中国人観光客、1月から2月頃であっても武漢からの直行便で約34万人も中国人が入国していたことが、我が国の被害を“軽症”に留めた要因だったということになります。

 

事実、上久保教授は「何もしないのが一番」として、「従来、風邪やインフルエンザでPCR検査などしたことなかったように、大騒ぎする必要がない」とし、その上で、「重い肺炎患者だけは手厚く治療すれば、いずれ『集団免疫』に達して、コロナは終息する」と断言しています。

 

高橋教授も、“自然免疫”で無症状とか風邪ぐらいの症状は98%治り、「抗体が免疫反応を起こす第3段階以上(残りの2%弱)の発症数と死者数の把握に限定すべき」として、「29歳以下の重症化リスクは低いので、学校の授業やスポーツは元の状態に戻すべき」と勇気ある提言をしております。

 

各県知事などの“弱気”に比して、政府が“経済との両立を貫く姿勢”を崩さず、また、トランプ大統領が「コロナは鼻風邪のようなもの」と発言して物議を醸した要因に、上久保教授や高橋教授、あるいは同じような説をだれかに聞き、理解しているのかも知れません。高齢者の私はすべて理解して納得しているわけではありませんが、このような説に耳を傾ける必要はあると考えています。先を急ぎましょう。

 

▼「朝鮮戦争」勃発と経緯

 

 さて「朝鮮戦争」です。1950(昭和25)年6月25日払暁、猛烈な砲撃が大地を揺るがし、13万人余の北朝鮮軍が一斉に38度線を突破し、宣戦布告なき奇襲攻撃を実施しました。まず前段の経緯を振り返ってみましょう。

 

 不意を衝かれた韓国軍は、38度線を守っていた3万人の韓国軍をはじめとして随所で敗退、潰走します。翌日、トルーマンは韓国への武器援助と命令し、日本の駐留米空軍の戦闘機10機を韓国軍に提供するとともに、27日には、「国連安保理が侵略者に戦闘行為を停止し、38度線に撤退するよう命じても、これを無視した」との理由で、海空兵力の出動を命じます。そして、国防省は、マッカーサーが作戦の責任者であることを発表します。

 

 開戦4日目の28日、早くもソウルが陥落します。トルーマンは、陸軍の韓国派遣を発表し、半島の海岸線封鎖も命令します。一方、「爆撃は朝鮮と満州の国境を越えてはならない」と指示します。米国空軍の大型爆撃機20機が首都平壌を猛爆するとともに、イギリス艦隊やニュ―ジーランド軍艦も参戦します。

 

北朝鮮の侵略開始から7日後の7月4日、ソ連のグロムイコ外務次官がタス通信で「戦争を始めたのはアメリカだ」と猛反撃に出ます。アメリカも当然、断固反発しますが、このようなやり取りが、のちに「北進論」へ発展する要因となります。私たちは、歴史の中で何度も繰り返され、今も繰り返されている共産主義国家の「事実と主張が違う」という“手口”をしっかり学ぶ必要があると考えます。

 

 7月7日、ソ連抜きで開催された国連安保理は、「北朝鮮を侵略者」として認定し、アメリカ軍を主体に国連軍を組織します。トルーマンは、改めてマッカーサーを国連軍司令官に任命し、イギリス、フランス、カナダなど16カ国が国連軍に参加します。

 

さて、前回触れました我が国の“赤狩り”は、「朝鮮戦争」の進展とほぼ同時並行して行なわれました。事実、マッカーサーが共産党の「アカハタ」発行停止の命令を下したのは、「朝鮮戦争」勃発の翌日の6月26日でした。

 

マッカーサーが、この“2正面作戦”を強いられたのは偶然ではありません。マッカーサーは、「自衛のための武力も禁止」と憲法に書き込み、「ひ弱な日本をここまで理想の国に創り上げたのは自分の業績だ」と誇っていたものの、国内では共産主義が芽吹き、海の向こうでは、毛沢東が大陸を乗っ取り、満州を征服し、ソ連が東ヨーロッパを共産化し、原爆をも成功させ(1949年9月)、さらには、北朝鮮を武装化して朝鮮半島全体を制圧しようとしているのです。

 

まさに、“読み”の甘さが暴露されたのですが、マッカーサーは、それをひた隠しにしつつ“強硬路線”に転じます。しかし、それが慎重なトルーマン大統領はじめ米国当局と意見の不一致を生む原因にもなり、やがて命取りになります。

 

国連軍は、8月には半島南端の釜山付近まで追い詰められますが、マッカーサーはただちに反撃に出ます。9月15日、「天才的」といわれる作戦能力を発揮し、第10軍団を編成して7万人の戦力をソウル近郊の仁川港に上陸させます。本作戦について、国防省は「干満の差が5メートルもある仁川港は上陸不可能」と大反対し、(同じ考えから)北朝鮮も守備隊を配置していなかったのです。

 

大きな賭けに勝ったマッカーサーは、北朝鮮軍を背後から攻撃させ、これを撃破、ソウルを奪還します。北朝鮮軍は一転して敗走を重ね、10月半ばには平壌からも撤退します。

 

 米軍を中核とする国連軍と韓国軍は、中朝国境に向けて快進撃を続け、北朝鮮の敗北によって、念願の南北統一が実現するかのように見えた、まさにその時でした。毛沢東は、予てからの金日成との約束どおり、30万人超の人民解放軍を(表向きは「義勇軍」という形で)一挙に投入し、再び国連軍を38度線以南に押し戻します。これまでが「朝鮮戦争」前段の概要です。

 

「朝鮮特需」と「警察予備隊」創設

 

「朝鮮戦争」は、のちに “北朝鮮の侵略を挑発した一要因に、日本が「単独平和条約」を締結しようとした動きがあった”(アチソンおよびジョージ・ケナン)とする分析もあるように、その原因でさえ、我が国の国内状況と密接に関係していました。

 

そして「朝鮮戦争」そのものが、占領下の我が国に及ぼした影響は計り知れないものがあります。中でも、米軍から大量の軍事物資の注文を受けた結果、「朝鮮特需」が発生し、瀕死状態であった我が国の経済に生命を吹き込み、一挙に蘇ります。

 

その総額は、1950年当時のGDP3兆9470億円の約3分の1に相当する1兆3千億円の巨額に及びました。

 

マッカーサーはまた、在日米軍を急遽、朝鮮半島に出動させねばならず、その空白を埋めるための処置として、7万5千人の「警察予備隊」の創設と海上保安庁の8千人の増員を指令します。

 

この指令に基づき、吉田首相は、“国会にかけずに”「ポツダム政令260号」として警察予備隊の創設を強行します。ここでいう「ポツダム政令」とは「GHQによる間接統治の形態として、GHQの要求を日本政府が命令の形にして国民に伝えるもの」です。

 

これがやがて日本の再軍備につながることは容易に予期できたはずですが、この時点になっても、吉田は、「これは治安確保のためのもので再軍備とは何の関係もない」と公式に発言し、予備隊の幹部も旧軍人を排して警察出身で固めます。マッカーサー自身も依然として、「日本に必要なのは国内治安能力だけで、再軍備は不必要」と考えており、二人の考えは一致していました。

 

再び、「対日講和」締結の動き

 

さて、中国共産軍の介入で国連軍が総崩れになり、ソウルの南側で戦線を再編成していた1951年1月、ダレスが再び日本に到着します。ダレスは「朝鮮戦争が起こったからこそ、自由主義陣営のパートナーとして日本との講和を急ぐ必要がある」と主張して、「このような時期、対日講和は後回し」という論を退けます。

 

 ダレスは、“早く独立したい”吉田に対して、「日本は自由世界の強化にいかなる貢献ができるか」と問うと、吉田は「まず独立してからの話で、その質問は尚早である」と答え、マッカーサーも「自由世界が日本に求めるものは軍事力であってはならない。それは実際的でない。日本の持っている軍事生産力や労働力をフルに活用し、自由世界の増強に活用すべき」と吉田の側に立った発言をします。

 

 歴史の「if」として、「マッカーサーがダレス側に立った意見を述べたら、吉田はどのように反応したのだろうか」とつい興味を持ちますが、のちに、保守派が吉田を持ち上げて命名した『吉田ドクトリン』(経済に専念し、軍備を最小限にする政策)について、岡崎氏は、「吉田は、ドクトリンなどに最も遠い世俗的人物である。『マッカーサー・ドクトリン』という方がはるかに正しい。吉田がやったことはマッカーサーの思想や表現を忠実に守り、そこから外れないように細心の注意を払っただけである」と指摘しています。これこそが“史実”と考えます。

 

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(令和二年(2020年)7月30日配信)

 



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「戦争は「石油」で始まり、「石油」で決まる」 (令和元年(2019年)12月26日配信)です。
日米戦争への道程(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その1)」 (令和二年(2020年)1月16日配信)です。
日米戦争への道程(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その2)」 (令和二年(2020年)1月23日配信)です。
日米戦争への道程(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その3)」 (令和二年(2020年)1月30日配信)です。
日米戦争への道程(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その4)」 (令和二年(2020年)2月6日配信)です。
日米戦争への道程(その5)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その5)」 (令和二年(2020年)2月13日配信)です。
日米戦争への道程(その6)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その6)」 (令和二年(2020年)2月20日配信)です。
日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」」 (令和二年(2020年)2月27日配信)です。
「大東亜戦争」をいかに伝えるか
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」をいかに伝えるか」 (令和二年(2020年)3月19日配信)です。
「大東亜戦争」の戦争戦略
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の戦争戦略」 (令和二年(2020年)3月26日配信)です。
「真珠湾攻撃」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「真珠湾攻撃」の真実」 (令和二年(2020年)4月2日配信)です。
「ミッドウェー作戦」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ミッドウェー作戦」の真実」 (令和二年(2020年)4月9日配信)です。
ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に」 (令和二年(2020年)4月16日配信)です。
「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ」 (令和二年(2020年)4月23日配信)です。
「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下」 (令和二年(2020年)4月30日配信)です。
終戦とマッカーサー来日
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「終戦とマッカーサー来日」 (令和二年(2020年)5月13日配信)です。
米国の「日本研究」とその影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「米国の「日本研究」とその影響」 (令和二年(2020年)5月21日配信)です。
「WGIP」の目的と手段
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「WGIP」の目的と手段」 (令和二年(2020年)5月28日配信)です。
「日本国憲法」の制定経緯
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「日本国憲法」の制定経緯」 (令和二年(2020年)6月4日配信)です。
「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」」 (令和二年(2020年)6月11日配信)です。
「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」」 (令和二年(2020年)6月18日配信)です。
占領期初期の欧州および周辺情勢
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「占領期初期の欧州および周辺情勢」 (令和二年(2020年)6月25日配信)です。
情勢変化に伴う占領政策の変容
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「情勢変化に伴う占領政策の変容」 (令和二年(2020年)7月2日配信)です。
「東京裁判」の結果と評価
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「東京裁判」の結果と評価」 (令和二年(2020年)7月9日配信)です。
我が国の安全保障政策をめぐる議論
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「我が国の安全保障政策をめぐる議論」 (令和二年(2020年)7月16日配信)です。
変容する国内情勢と「朝鮮戦争」前夜
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「変容する国内情勢と「朝鮮戦争」前夜」 (令和二年(2020年)7月23日配信)です。
「マッカーサー証言」の意味するもの
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「マッカーサー証言」の意味するもの」 (令和二年(2020年)8月6日配信)です。
「サンフランシスコ講和条約」締結への道程
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「サンフランシスコ講和条約」締結への道程」 (令和二年(2020年)8月20日配信)です。
「サンフランシスコ講和条約」締結と主権回復
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「サンフランシスコ講和条約」締結と主権回復」 (令和二年(2020年)8月27日配信)です。
「大東亜戦争」の総括(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その1)」 (令和二年(2020年)9月3日配信)です。
「大東亜戦争」の総括(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その2)」 (令和二年(2020年)9月10日配信)です。
「大東亜戦争」の総括(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その3)」 (令和二年(2020年)9月17日配信)です。
「大東亜戦争」の総括(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その4)」 (令和二年(2020年)9月24日配信)です。
「大東亜戦争」の総括(その5)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その5)」 (令和二年(2020年)10月1日配信)です。
「大東亜戦争」の総括(その6)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その6)」 (令和二年(2020年)10月8日配信)です。
「大東亜戦争」の総括(その7)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その7)」 (令和二年(2020年)10月15日配信)です。