「朝鮮戦争」の経緯と我が国に与えた影響

最新作を読みたい方はこちらでご登録ください(無料)
    ↓↓↓↓
メルマガ購読・解除
 

はじめに

 

 再び、新型コロナウイルスが猛威を振るい始めたように見受けらますので、久しぶりに、冒頭で新型コロナを取り上げてみました。

 

確かに感染者の拡大だけをみると「第2波到来」のような雰囲気がありますが、今回は、「若者層に感染者が多い」「感染者の増加している割には、重傷者・死亡者が圧倒的に少ない」など4月頃の感染拡大とは少し勝手が違っています。

 

 昨年末、中国武漢で新型コロナが発生して以来、半年以上が過ぎ、新型コロナの“正体”について、専門家はかなり分かりかけてきたのではないかと考えます。しかし、相手がウイルスだけに100%解明するのは難しく、それゆえに、専門家の間には“多勢に無勢”のような空気が流れているような気がします。

 

テレビなどでお馴染みの専門家らは、依然、“恐怖を煽り立てる”解説は饒舌ですが、例えば、第1波において、@欧米やブラジルなどであれほど感染者が急増し死亡者も多かったのに比し、なぜ日本や韓国などアジアでは感染者も死亡者も少なかったのかとか、今回のA再び感染者が増大しているのに、なぜ重傷者や死亡者が少ないのかなどについての解説は歯切れが悪いままです(彼らもよくわからないのだと推測しています)。

 

このような空気の中で、堂々と持論を述べる“勇気ある専門家”もおります。多くの方は見過ごしていると思いますので、紹介しておきましょう。例えば、月刊誌「WILL」9月号に『第二波は来ない』と断言した記事を掲載した京都大学大学院特定教授の上久保靖彦氏やテレビで具体的な数値を示しつつ『自然免疫で98%は治る』と主張している国際医療福祉大学大学院教授の高橋 泰氏などです。

 

お二人の説を素人なりに理解するとその概要は次の通りです。まず@の謎について、上久保教授は「人類は生誕以来、ウイルスと“共生”しており、周期的にウイルスが変容・変質することによって人に感染したり、鎮(しず)まったりする」ことから説明しています。

 

今回は、ウイルス細胞の周りにある「スパイク」と呼ばれる突起(それが太陽のコロナに似ていることから、コロナウイルスと呼ばれています)が、人の組織細胞にある「ACE2受容体」というものに、まるで“鍵と鍵穴がピタッと合うように結合”してしまったようです。その結果、人体は、ウイルスを異物と感じて免疫反応を起こし、それが、発熱や肺炎などの症状として現れるのだそうです。

 

事の始まりは、昨年11月頃、中国全土で『S型』(先祖型)、『K型』(先祖型の変質型)といわれるコロナウイルスがまん延したことにあり、“少し変わった風邪”という程度の認識だったようです。しかし、昨年末、武漢で『G型』に変容し(原因は不明です)、欧米でさらに『欧米G型』に変容、重度の肺炎を引き起こし、猛威を振るってしまいました。

 

上久保教授は、「日本には、中国人観光客の来日により『S型』『K型』の免疫が到来し、日本人の間で“集団免疫”に達していた。特に『K型』の免疫が『G型』にも有効だったため、深刻にならなかった」と解説しています。

 

そして「欧州には、『S型』は十分流入していたが、『K型』が十分でなかったため、『ADE』(抗体依存性感染増強)という現象が起きた。また米国では、当時、インフルエンザが流行して1万2千人も死亡していため、『ウイルス干渉』が起き、『K型』が入りづらくなっていた。さらに、中国が武漢を封鎖したのに続き、欧米諸国も外国人の入国拒否や“都市封鎖”を強行したため、逆に『K型』が入る余地がなくなってしまった」と続きます。

 

ここでいう「ADE」や「ウイルス干渉」については、私の能力を超えますが、「ADE」は、“本来、ウイルスなどから体を守る抗体が、免疫細胞などへのウイルス感染を促進してしまう現象”であり、「ウイルス干渉」は、“1個の細胞に複数のウイルスが感染した時に一方あるいは両方の増殖が抑制される現象”のことを言います。

 

最近の現象であるAについては、上久保教授は「PCR検査の拡充により感染者数は爆発的に増えているが、初回の感染で免疫がついている人達の体内に再びウイルスが入っているだけで、重症になることはない。最近、この“集団免疫”が世界各地で定着しつつあり、重症者・死亡者が少なくなっている」と解説しています。

 

この説が正しいとすれば、中国や欧米諸国と違い、法的に私権を制限できず(言葉だけは“ロックダウン”として先行しましたが)、“都市封鎖”のような強制処置をできなかった我が国のやり方が、結果として“功を奏した”ことになります。

 

つまり、のちに「政府の対応が遅かった」と批判されますが、昨年11月以降、約184万人の中国人観光客、1月から2月頃であっても武漢からの直行便で約34万人も中国人が入国していたことが、我が国の被害を“軽症”に留めた要因だったということになります。

 

事実、上久保教授は「何もしないのが一番」として、「従来、風邪やインフルエンザでPCR検査などしたことなかったように、大騒ぎする必要がない」とし、その上で、「重い肺炎患者だけは手厚く治療すれば、いずれ『集団免疫』に達して、コロナは終息する」と断言しています。

 

高橋教授も、“自然免疫”で無症状とか風邪ぐらいの症状は98%治り、「抗体が免疫反応を起こす第3段階以上(残りの2%弱)の発症数と死者数の把握に限定すべき」として、「29歳以下の重症化リスクは低いので、学校の授業やスポーツは元の状態に戻すべき」と勇気ある提言をしております。

 

各県知事などの“弱気”に比して、政府が“経済との両立を貫く姿勢”を崩さず、また、トランプ大統領が「コロナは鼻風邪のようなもの」と発言して物議を醸した要因に、上久保教授や高橋教授、あるいは同じような説をだれかに聞き、理解しているのかも知れません。高齢者の私はすべて理解して納得しているわけではありませんが、このような説に耳を傾ける必要はあると考えています。先を急ぎましょう。

 

▼「朝鮮戦争」勃発と経緯

 

 さて「朝鮮戦争」です。1950(昭和25)年6月25日払暁、猛烈な砲撃が大地を揺るがし、13万人余の北朝鮮軍が一斉に38度線を突破し、宣戦布告なき奇襲攻撃を実施しました。まず前段の経緯を振り返ってみましょう。

 

 不意を衝かれた韓国軍は、38度線を守っていた3万人の韓国軍をはじめとして随所で敗退、潰走します。翌日、トルーマンは韓国への武器援助と命令し、日本の駐留米空軍の戦闘機10機を韓国軍に提供するとともに、27日には、「国連安保理が侵略者に戦闘行為を停止し、38度線に撤退するよう命じても、これを無視した」との理由で、海空兵力の出動を命じます。そして、国防省は、マッカーサーが作戦の責任者であることを発表します。

 

 開戦4日目の28日、早くもソウルが陥落します。トルーマンは、陸軍の韓国派遣を発表し、半島の海岸線封鎖も命令します。一方、「爆撃は朝鮮と満州の国境を越えてはならない」と指示します。米国空軍の大型爆撃機20機が首都平壌を猛爆するとともに、イギリス艦隊やニュ―ジーランド軍艦も参戦します。

 

北朝鮮の侵略開始から7日後の7月4日、ソ連のグロムイコ外務次官がタス通信で「戦争を始めたのはアメリカだ」と猛反撃に出ます。アメリカも当然、断固反発しますが、このようなやり取りが、のちに「北進論」へ発展する要因となります。私たちは、歴史の中で何度も繰り返され、今も繰り返されている共産主義国家の「事実と主張が違う」という“手口”をしっかり学ぶ必要があると考えます。

 

 7月7日、ソ連抜きで開催された国連安保理は、「北朝鮮を侵略者」として認定し、アメリカ軍を主体に国連軍を組織します。トルーマンは、改めてマッカーサーを国連軍司令官に任命し、イギリス、フランス、カナダなど16カ国が国連軍に参加します。

 

さて、前回触れました我が国の“赤狩り”は、「朝鮮戦争」の進展とほぼ同時並行して行なわれました。事実、マッカーサーが共産党の「アカハタ」発行停止の命令を下したのは、「朝鮮戦争」勃発の翌日の6月26日でした。

 

マッカーサーが、この“2正面作戦”を強いられたのは偶然ではありません。マッカーサーは、「自衛のための武力も禁止」と憲法に書き込み、「ひ弱な日本をここまで理想の国に創り上げたのは自分の業績だ」と誇っていたものの、国内では共産主義が芽吹き、海の向こうでは、毛沢東が大陸を乗っ取り、満州を征服し、ソ連が東ヨーロッパを共産化し、原爆をも成功させ(1949年9月)、さらには、北朝鮮を武装化して朝鮮半島全体を制圧しようとしているのです。

 

まさに、“読み”の甘さが暴露されたのですが、マッカーサーは、それをひた隠しにしつつ“強硬路線”に転じます。しかし、それが慎重なトルーマン大統領はじめ米国当局と意見の不一致を生む原因にもなり、やがて命取りになります。

 

国連軍は、8月には半島南端の釜山付近まで追い詰められますが、マッカーサーはただちに反撃に出ます。9月15日、「天才的」といわれる作戦能力を発揮し、第10軍団を編成して7万人の戦力をソウル近郊の仁川港に上陸させます。本作戦について、国防省は「干満の差が5メートルもある仁川港は上陸不可能」と大反対し、(同じ考えから)北朝鮮も守備隊を配置していなかったのです。

 

大きな賭けに勝ったマッカーサーは、北朝鮮軍を背後から攻撃させ、これを撃破、ソウルを奪還します。北朝鮮軍は一転して敗走を重ね、10月半ばには平壌からも撤退します。

 

 米軍を中核とする国連軍と韓国軍は、中朝国境に向けて快進撃を続け、北朝鮮の敗北によって、念願の南北統一が実現するかのように見えた、まさにその時でした。毛沢東は、予てからの金日成との約束どおり、30万人超の人民解放軍を(表向きは「義勇軍」という形で)一挙に投入し、再び国連軍を38度線以南に押し戻します。これまでが「朝鮮戦争」前段の概要です。

 

「朝鮮特需」と「警察予備隊」創設

 

「朝鮮戦争」は、のちに “北朝鮮の侵略を挑発した一要因に、日本が「単独平和条約」を締結しようとした動きがあった”(アチソンおよびジョージ・ケナン)とする分析もあるように、その原因でさえ、我が国の国内状況と密接に関係していました。

 

そして「朝鮮戦争」そのものが、占領下の我が国に及ぼした影響は計り知れないものがあります。中でも、米軍から大量の軍事物資の注文を受けた結果、「朝鮮特需」が発生し、瀕死状態であった我が国の経済に生命を吹き込み、一挙に蘇ります。

 

その総額は、1950年当時のGDP3兆9470億円の約3分の1に相当する1兆3千億円の巨額に及びました。

 

マッカーサーはまた、在日米軍を急遽、朝鮮半島に出動させねばならず、その空白を埋めるための処置として、7万5千人の「警察予備隊」の創設と海上保安庁の8千人の増員を指令します。

 

この指令に基づき、吉田首相は、“国会にかけずに”「ポツダム政令260号」として警察予備隊の創設を強行します。ここでいう「ポツダム政令」とは「GHQによる間接統治の形態として、GHQの要求を日本政府が命令の形にして国民に伝えるもの」です。

 

これがやがて日本の再軍備につながることは容易に予期できたはずですが、この時点になっても、吉田は、「これは治安確保のためのもので再軍備とは何の関係もない」と公式に発言し、予備隊の幹部も旧軍人を排して警察出身で固めます。マッカーサー自身も依然として、「日本に必要なのは国内治安能力だけで、再軍備は不必要」と考えており、二人の考えは一致していました。

 

再び、「対日講和」締結の動き

 

さて、中国共産軍の介入で国連軍が総崩れになり、ソウルの南側で戦線を再編成していた1951年1月、ダレスが再び日本に到着します。ダレスは「朝鮮戦争が起こったからこそ、自由主義陣営のパートナーとして日本との講和を急ぐ必要がある」と主張して、「このような時期、対日講和は後回し」という論を退けます。

 

 ダレスは、“早く独立したい”吉田に対して、「日本は自由世界の強化にいかなる貢献ができるか」と問うと、吉田は「まず独立してからの話で、その質問は尚早である」と答え、マッカーサーも「自由世界が日本に求めるものは軍事力であってはならない。それは実際的でない。日本の持っている軍事生産力や労働力をフルに活用し、自由世界の増強に活用すべき」と吉田の側に立った発言をします。

 

 歴史の「if」として、「マッカーサーがダレス側に立った意見を述べたら、吉田はどのように反応したのだろうか」とつい興味を持ちますが、のちに、保守派が吉田を持ち上げて命名した『吉田ドクトリン』(経済に専念し、軍備を最小限にする政策)について、岡崎氏は、「吉田は、ドクトリンなどに最も遠い世俗的人物である。『マッカーサー・ドクトリン』という方がはるかに正しい。吉田がやったことはマッカーサーの思想や表現を忠実に守り、そこから外れないように細心の注意を払っただけである」と指摘しています。これこそが“史実”と考えます。

 

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(令和二年(2020年)7月30日配信)

 

 

お知らせ

 私は現在、ボランテイアですが、公益社団法人自衛隊家族会の副会長の職にあります。今回紹介いたします『自衛官が語る 海外活動の記録』は、自衛隊家族会の機関紙「おやばと」に長い間連載してきた「回想 自衛隊の海外活動」を書籍化したものです。

 

その経緯を少しご説明しましょう。陸海空自衛隊は、創設以降冷戦最中の1990年頃までは、全国各地で災害派遣や警備活動を実施しつつ、「専守防衛」の防衛政策のもとで国土防衛に専念していました。

 

 憲法の解釈から「海外派兵」そのものが禁止されており、国民の誰しも自衛隊の海外活動は想像すらしないことでした。当然ながら、自衛隊自身もそのための諸準備を全く行なっていませんでした。

 

ところが、冷戦終焉に伴う国際社会の劇的な変化によって、我が国に対しても国際社会の安定化に向けて実質的な貢献が求められるようになりました。

 

こうして、湾岸戦争後の1991(平成3)年、海上自衛隊掃海部隊のペルシア湾派遣を皮切りに、自衛隊にとって未知の分野の海外活動が始まりました。しかも、中には国を挙げての応援態勢がないままでの海外活動も求められ、派遣隊員や残された家族のやるせない思いやくやしさは募るばかりでした。

 

それでも隊員たちは、不平不満など一切口にせず、「日の丸」を背負った誇りと使命感を抱きつつ、厳正な規律をもって今日まで一人の犠牲者を出すことなく、与えられた任務を確実にこなしてきました。この間、実際に派遣された隊員たちのご苦労は想像するにあまりあるのですが、寡黙な自衛官たちは本音を語ろうとしませんでした。

 

かくいう私も、陸上幕僚監部防衛部長時代、「イラク復興支援活動」の計画・運用担当部長でしたので、決して公にはできない様々な経験をさせていただきました(墓場まで持っていくと決心しております)。

 

このような海外活動の実態について、隊員家族をはじめ広く国民の皆様に知ってもらうことと自衛隊の海外活動の記録と記憶を後世に伝え残したいという願いから、「おやばと」紙上でシリーズ化し、各活動に参加した指揮官や幕僚などに当時の苦労話、経験、エピソードを寄せてもらいました。

 

連載は、2012年8月から2014年11月まで約2年半続き、その後も行なわれている「南スーダン共和国ミッション」や「海賊対処行動」などについてはそのつど、関係者に投稿をお願いしました。

 

このたび、シリーズ書籍化第1弾の『自衛官が語る 災害派遣の記録』と同様、桜林美佐さんに監修をお願いして、その第2弾として『自衛官が語る 海外活動の記録』が出来上がりました。

 

本書には、世界各地で指揮官や幕僚などとして実際の海外活動に従事した25人の自衛官たちの脚色も誇張もない「生の声」が満載されております。

 

遠く母国を離れ、過酷な環境下で、ある時は身を挺して、限られた人数で励まし合って厳しい任務を達成した隊員たち、実際にはどんなにか辛く、心細く、不安だったことでしょうか。

 

しかし、これらの手記を読む限り、そのようなことは微塵も感じられないばかりか、逆に派遣先の住民への愛情や部下への思いやりなどの言葉で溢れており、それぞれ厳しい環境で活動したことを知っている私でさえ、改めて自衛隊の精強さや隊員たちの素晴らしさを垣間見る思いにかられます。

 

また、桜林さんには、海外活動の進化した部分とか依然として制約のある法的権限などについて、わかりやすく解説し、かつ問題提起していただきました。

 

皆様にはぜひご一読いただき、まずはこれら手記の行間にある、隊員たちの「心の叫び」を汲み取っていただくとともに、自衛隊の海外活動の問題点・課題などについても広くご理解いただきたいと願っております。また、前著『自衛官が語る 災害派遣の記録』を未読の方は、この機会にこちらもぜひご一読いただきますようお願い申し上げ、紹介と致します。

 

『自衛官が語る 海外活動の記録─進化する国際貢献』
桜林美佐監修/自衛隊家族会編
  発行:並木書房(2019年12月25日)
  https://amzn.to/384Co4T

 

 

お知らせその1

 新元号が「令和」に決まった4月1日、『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』(桜林美佐監修/自衛隊家族会編/並木書房発行)が発売となりました。本「メルマガ軍事情報」で毎週月曜日にメルマガを発信されている、本書監修者の桜林美佐氏がすでに4月1日発刊のメルマガで紹介されましたが、私も“仕掛け人”の一人として皆様に本書を紹介しておきたいと思います。

 

 本書は、主に自衛隊員の家族によって構成される自衛隊家族会の機関紙『おやばと』に3年以上にわたって連載された「回想 自衛隊の災害派遣」をまとめたものです。ここには過去50年あまりに実施された陸海空自衛隊の主な災害派遣と、それに従事した指揮官・幕僚・隊員たち37人の証言が収められています。昭和26年のルース台風で当時の警察予備隊が初の災害派遣をして以来、自衛隊はこれまでに4万件を超える災害派遣を実施してきました。激甚災害時の人命救助や復旧支援をはじめ、離島での救急患者の輸送、不発弾処理、水難救助、医療や防疫に至るまでその活動は広範多岐にわたります。

 

しかし、 “災害派遣の「現場」で何が起きているか”について、寡黙な自衛官たちはこれまで多くを語ることはありませんでした。本書には、「阪神・淡路大震災」において、自衛官たちが不眠不休で身を賭して人命救助にあたっていた時に「神戸の街に戦闘服は似合わない」と発言されたことや、厚生省から被災者の入浴支援は「公衆衛生法に反する」と指摘されたとの証言、そして、被災地でご遺体を搬送したら、警察から「検視前に動かすと公務執行妨害になる」と言われたこととか、瓦礫の除去も私有財産を勝手に処分する問題があるなどの証言もあります。さらに、「地下鉄サリン事件」では、自ら防毒マスクを外して安全を確認した化学防護隊長の証言など、脚色も誇張もないリアルな事実が記録されています。

 

自衛隊の災害派遣は常に「被災者のために」が“合い言葉”のようになっています。桜林氏がメルマガでわざわざ取り上げてくれましたが、かくいう私も「有珠山噴火時の災害派遣」の体験談、とくに被災者の欲求は状況によって変化し、「被災者に寄り添う支援」がいかに大変かについて書かせて頂きました。

 

本書には、昭和末期の災害派遣も少し含まれていますが、ほぼ平成時代に生じた災害派遣の記録となっており、平成時代の大きな災害を振り返るための資料価値もあると考えます。すでに店頭に並んでおり、アマゾンなどで購入も可能ですので、自衛隊の災害派遣にご興味のある方は、ぜひご一読いただきますようお願い申し上げます(本書の問い合わせなどは宗像宛でお願い致します)。

 

 

『自衛官が語る災害派遣の記録─被災者に寄り添う支援』
桜林美佐監修/自衛隊家族会編
並木書房発行
http://okigunnji.com/url/28/

 

 

 

お知らせその2

 「メルマガ軍事情報」でエンリケさんが再三紹介された『漫画クラウゼヴィッツと戦争論』を私も読ませていただきました。陸上自衛隊の元将官、つまり軍事の専門家の“端くれ”としての立場で私も本書について少し解説したいと思います。

 

陸上自衛隊の幹部は(全員ではありませんが)、在任中に不滅の戦略論といわれる中国の古典『孫子』やクラウゼヴィッツの『戦争論』を学ぶ機会があります。
『孫子』は、漢詩調に書かれているせいもあって、わりと日本人には理解しやすいのですが、『戦争論』は、クラウゼヴィッツの理論の背景が欧州戦場であるため、なかなかイメージアップできないばかりか、理論そのものが難解で、翻訳の問題もあってか、軍事のプロの自衛官でさえ困難を極めます。

 

私の場合は、防衛大学校の学生時代を含めると3回、真剣に学んだ経験があります。当然ながら、「軍事とは何か」をまったく知らない学生時代は、「ナポレオン戦争」の戦史を学ぶ延長で『戦争論』の“さわり”を学んだ記憶がある程度です。そして自衛隊に入り、中堅幹部の3佐時代に1度、さらに1佐になりかけた頃、再度、集中して学ぶ機会がありました。

 

クラウゼヴィッツが何を言いたいかをある程度理解し、“目から鱗”を自覚したのは、3回目、つまり20年あまり、部隊や陸上幕僚監部などで指揮官や幕僚としての実務を経験した後でした。

 

さて、本書の作・画は元1佐の石原(米倉)ヒロアキ氏によるものです。石原氏は、漫画については自衛隊に入隊する前の大学時代にすでに「赤塚不二夫賞」の準入選に選ばれるほどの実力を持っておられたようです。しかし、「好きな戦争漫画を描くには軍事を知らなければならない」と自衛官を志し、定年まで全うした後、再び漫画家の道を歩まれている信念の持ち主です。

 

その経験と信念からでしょうか、単に『戦争論』を漫画で解説するだけに留まらず、軍人クラウゼヴィッツに焦点をあて、その戦歴を追体験しながら、クラウゼヴィッツが個々の理論をいかに発想したか、その背景を含めてとてもわかりやすく可視化しているところに本書の特色があります。

 

その石原氏が2年間の情熱を注いで完成した本書にはまた、随所に軍事専門家ならではの“目(切り口)”を伺い知ることができます。何度も悪戦苦闘した経験を有する私にとりましても、“新たな発見”がたくさんありました。

 

本書は、『戦争論』の研究者・翻訳者として最も定評のある清水多吉氏が監修されていることもあって、これまで『戦争論』を学んだ経験のない読者にとっては「入門書」になるでしょうし、すでに学んだ読者にとっては、背景などが可視化されていることによって、難解な理論を改めて読み解くうえで貴重な一冊になると確信いたします。しかも、漫画ですから気軽に読むことができ、内容が瞬間に“頭に焼き付く”というメリットもあります。

 

「平和」を唱えるだけで、「戦争」と聞くだけで“拒否反応”を示す多くの日本人、とくに政治家や有識者ら我が国を牽引すべきリーダーたちに「軍事」を少しでも理解していただくためにも本書がベストセラーになることを祈って止みません。一人でも多くの方にお読みいただくようお薦めします。

 

 

漫画 クラウゼヴィッツと戦争論
 石原ヒロアキ(作) 清水多吉(監修)
 並木書房
 2019年6月27日発行
 http://okigunnji.com/url/51/

 

 



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


最新作を読みたい方はこちらで登録ください(無料)
      ↓↓↓↓
メルマガ購読・解除
 


サイト内検索は、こちらからどうぞ




お問い合わせは、こちらからどうぞ

↓↓↓↓

関連ページ

日本史と世界史に“横串”を入れる
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 日本史と世界史に“横串”を入れる──我が国の歴史を振り返る(創刊準備号) (2018年(平成30年)8月23日配信)です。
日本および日本人の4つの特色
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 日本および日本人の4つの特色──我が国の歴史を振り返る(1) (2018年(平成30年)8月30日配信)です。
「大航海時代」:欧州人と初めての関わり(1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「大航海時代」:欧州人と初めての関わり(1)──我が国の歴史を振り返る(2) (2018年(平成30年)9月6日配信)です。
「大航海時代」:欧州人と初めての関わり(2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「大航海時代」:欧州人と初めての関わり(2)──我が国の歴史を振り返る(3) (2018年(平成30年)9月13日配信)です。
信長・秀吉時代の外交と防衛を考える(1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「信長・秀吉時代の外交と防衛を考える(1)──我が国の歴史を振り返る(4) (2018年(平成30年)9月20日配信)です。
信長・秀吉時代の外交と防衛を考える(2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「信長・秀吉時代の外交と防衛を考える(2)──我が国の歴史を振り返る(5) (2018年(平成30年)9月27日配信)です。
江戸時代初期の外交・防衛を考える(1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸時代初期の外交・防衛を考える(1)──我が国の歴史を振り返る(6) (2018年(平成30年)10月4日配信)です。
江戸時代初期の外交・防衛を考える(2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸時代初期の外交・防衛を考える(2)──我が国の歴史を振り返る(7) (2018年(平成30年)10月11日配信)です。
「治安維持」のための江戸時代の諸制度
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「治安維持」のための江戸時代の諸制度──我が国の歴史を振り返る(8) (2018年(平成30年)10月18日配信)です。
長く続いた“太平の世”
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「長く続いた“太平の世”──我が国の歴史を振り返る(9) (2018年(平成30年)10月25日配信)です。
欧州諸国の「大変革」(前段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「欧州諸国の「大変革」(前段)──我が国の歴史を振り返る(10) (2018年(平成30年)11月1日配信)です。
欧州諸国の「大変革」(後段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「欧州諸国の「大変革」(後段)──我が国の歴史を振り返る(11) (2018年(平成30年)11月8日配信)です。
江戸中期以降の我が国周辺情勢と混乱(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸中期以降の我が国周辺情勢と混乱(その1)」 ──我が国の歴史を振り返る(12) (2018年(平成30年)11月15日配信)です。
江戸中期以降の我が国周辺情勢と混乱(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸中期以降の我が国周辺情勢と混乱(その2)」 ──我が国の歴史を振り返る(13) (2018年(平成30年)11月22日配信)です。
「ペリー来航」と開国(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「ペリー来航」と開国(その1)」 ──我が国の歴史を振り返る(14) (2018年(平成30年)11月29日配信)です。
「ペリー来航」と開国(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「ペリー来航」と開国(その2)」 ──我が国の歴史を振り返る(15) (2018年(平成30年)12月6日配信)です。
江戸幕府の滅亡(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸幕府の滅亡(その1) (2018年(平成30年)12月13日配信)です。
江戸幕府の滅亡(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸幕府の滅亡(その2) (2018年(平成30年)12月20日配信)です。
江戸幕府の滅亡(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「江戸幕府の滅亡(その3) (2018年(平成30年)12月27日配信)です。
「明治維新」と諸外国の関わり
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」と諸外国の関わり (2019年(平成31年)1月10日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その1)  (2019年(平成31年)1月17日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その2)  (2019年(平成31年)1月24日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その3)  (2019年(平成31年)1月31日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その4)  (2019年(平成31年)2月7日配信)です。
「明治維新」による国家の大改造(その5)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「明治維新」による国家の大改造(その5)  (2019年(平成31年)2月14日配信)です。
明治時代の「国民精神」を育てたもの
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「明治時代の「国民精神」を育てたもの  (2019年(平成31年)2月21日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その1)」  (2019年(平成31年)2月28日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その2)」  (2019年(平成31年)3月7日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その3)」  (2019年(平成31年)3月14日配信)です。
「日清戦争」の原因と結果(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日清戦争」の原因と結果(その4)」  (2019年(平成31年)3月21日配信)です。
“アジアを変えた”「日清戦争」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「“アジアを変えた”「日清戦争」」  (2019年(平成31年)3月28日配信)です。
世界を驚かせた「日英同盟」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「世界を驚かせた「日英同盟」」  (2019年(平成31年)4月4日配信)です。
「日露戦争」開戦までの情勢(前段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」開戦までの情勢(前段)」  (2019年(平成31年)4月11日配信)です。
「日露戦争」開戦までの情勢(後段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」開戦までの情勢(後段)」  (2019年(平成31年)4月18日配信)です。
日露の「戦力」と「作戦計画」比較
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「日露の「戦力」と「作戦計画」比較」  (2019年(平成31年)4月25日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その1)」  (2019年(令和元年)5月2日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その2)」  (2019年(令和元年)5月9日配信)です。
「日露戦争」の経過と結果(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「日露戦争」の経過と結果(その3)」  (令和元年(2019年)5月16日配信)です。
“新たな時代の幕開け”となった「講和条約」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「“新たな時代の幕開け”となった「講和条約」 」  (令和元年(2019年)5月23日配信)です。
陸・海軍対立のはじまり
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「陸・海軍対立のはじまり」  (令和元年(2019年)5月30日配信)です。
20世紀を迎え、様変わりした国際社会
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「20世紀を迎え、様変わりした国際社会」  (令和元年(2019年)6月6日配信)です。
揺れ動く内外情勢の中の「明治時代」の終焉
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「揺れ動く内外情勢の中の「明治時代」の終焉」  (令和元年(2019年)6月13日配信)です。
「激動の昭和」に至る“道筋”を決めた「大正時代」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 「「激動の昭和」に至る“道筋”を決めた「大正時代」」  (令和元年(2019年)6月20日配信)です。
第1次世界大戦と日本
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー 第1次世界大戦と日本」 (令和元年(2019年)6月27日配信)です。
「ロシア革命」と「シベリア出兵」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「ロシア革命」と「シベリア出兵」 (令和元年(2019年)7月4日配信)です。
第1次世界大戦と日本ー相次ぐ派兵要請ー
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「第1次世界大戦と日本ー相次ぐ派兵要請ー」 (令和元年(2019年)7月11日配信)です。
「第1次世界大戦」の終焉と「ヴェルサイユ条約」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「第1次世界大戦」の終焉と「ヴェルサイユ条約」」 (令和元年(2019年)7月18日配信)です。
「第1次世界大戦」の歴史的意義
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「第1次世界大戦」の歴史的意義」 (令和元年(2019年)7月25日配信)です。
“歴史的岐路”となった「ワシントン会議」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“歴史的岐路”となった「ワシントン会議」」 (令和元年(2019年)8月1日配信)です。
「大正時代」が“残したもの”
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大正時代」が“残したもの”」 (令和元年(2019年)8月8日配信)です。
“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(前段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(前段)」 (令和元年(2019年)8月15日配信)です。
“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(後段)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“波乱の幕開け”となった「昭和時代」(後段)」 (令和元年(2019年)8月22日配信)です。
第2次世界大戦を引き起こしたアメリカ発の「世界恐慌」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「第2次世界大戦を引き起こしたアメリカ発の「世界恐慌」」 (令和元年(2019年)8月29日配信)です。
「満州事変」の背景と影響@―日本と満州の関係―
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」の背景と影響@―日本と満州の関係―」 (令和元年(2019年)9月5日配信)です。
当時の中国大陸で何が起きていたか?
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「当時の中国大陸で何が起きていたか?」 (令和元年(2019年)9月12日配信)です。
「満州事変」前夜と勃発
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」前夜と勃発」 (令和元年(2019年)9月19日配信)です。
昭和陸軍の台頭
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「昭和陸軍の台頭」 (令和元年(2019年)9月26日配信)です。
「満州事変」の拡大と国民の支持
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「満州事変」の拡大と国民の支持」 (令和元年(2019年)10月3日配信)です。
満州国建国と国際連盟脱退
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「満州国建国と国際連盟脱退」 (令和元年(2019年)10月10日配信)です。
「二・二六事件」の背景と影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「二・二六事件」の背景と影響」 (令和元年(2019年)10月17日配信)です。
「支那事変」に至る日中情勢の変化
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」に至る日中情勢の変化」 (令和元年(2019年)10月24日配信)です。
「盧溝橋事件」から「支那事変」へ
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「盧溝橋事件」から「支那事変」へ」 (令和元年(2019年)10月31日配信)です。
「支那事変」の拡大と「南京事件」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」の拡大と「南京事件」」 (令和元年(2019年)11月7日配信)です。
「支那事変」止まず、内陸へ拡大
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「支那事変」止まず、内陸へ拡大」 (令和元年(2019年)11月14日配信)です。
“歴史を動かした”ソ連の陰謀
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「“歴史を動かした”ソ連の陰謀」 (令和元年(2019年)11月21日配信)です。
世界に拡散した「東亜新秩序」声明
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「世界に拡散した「東亜新秩序」声明」 (令和元年(2019年)11月28日配信)です。
危機迫る“欧州情勢”
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「危機迫る“欧州情勢”」 (令和元年(2019年)12月5日配信)です。
「ノモンハン事件」に至る日ソ対立の背景
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ノモンハン事件」に至る日ソ対立の背景」 (令和元年(2019年)12月12日配信)です。
「ノモンハン事件」勃発と停戦
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ノモンハン事件」勃発と停戦」 (令和元年(2019年)12月19日配信)です。
戦争は「石油」で始まり、「石油」で決まる
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「戦争は「石油」で始まり、「石油」で決まる」 (令和元年(2019年)12月26日配信)です。
日米戦争への道程(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その1)」 (令和二年(2020年)1月16日配信)です。
日米戦争への道程(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その2)」 (令和二年(2020年)1月23日配信)です。
日米戦争への道程(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その3)」 (令和二年(2020年)1月30日配信)です。
日米戦争への道程(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その4)」 (令和二年(2020年)2月6日配信)です。
日米戦争への道程(その5)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その5)」 (令和二年(2020年)2月13日配信)です。
日米戦争への道程(その6)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その6)」 (令和二年(2020年)2月20日配信)です。
日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」」 (令和二年(2020年)2月27日配信)です。
「大東亜戦争」をいかに伝えるか
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」をいかに伝えるか」 (令和二年(2020年)3月19日配信)です。
「大東亜戦争」の戦争戦略
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の戦争戦略」 (令和二年(2020年)3月26日配信)です。
「真珠湾攻撃」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「真珠湾攻撃」の真実」 (令和二年(2020年)4月2日配信)です。
「ミッドウェー作戦」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ミッドウェー作戦」の真実」 (令和二年(2020年)4月9日配信)です。
ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に」 (令和二年(2020年)4月16日配信)です。
「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ」 (令和二年(2020年)4月23日配信)です。
「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下」 (令和二年(2020年)4月30日配信)です。
終戦とマッカーサー来日
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「終戦とマッカーサー来日」 (令和二年(2020年)5月13日配信)です。
米国の「日本研究」とその影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「米国の「日本研究」とその影響」 (令和二年(2020年)5月21日配信)です。
「WGIP」の目的と手段
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「WGIP」の目的と手段」 (令和二年(2020年)5月28日配信)です。
「日本国憲法」の制定経緯
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「日本国憲法」の制定経緯」 (令和二年(2020年)6月4日配信)です。
「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」」 (令和二年(2020年)6月11日配信)です。
「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」」 (令和二年(2020年)6月18日配信)です。
占領期初期の欧州および周辺情勢
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「占領期初期の欧州および周辺情勢」 (令和二年(2020年)6月25日配信)です。
情勢変化に伴う占領政策の変容
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「情勢変化に伴う占領政策の変容」 (令和二年(2020年)7月2日配信)です。
「東京裁判」の結果と評価
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「東京裁判」の結果と評価」 (令和二年(2020年)7月9日配信)です。
我が国の安全保障政策をめぐる議論
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「我が国の安全保障政策をめぐる議論」 (令和二年(2020年)7月16日配信)です。
変容する国内情勢と「朝鮮戦争」前夜
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「変容する国内情勢と「朝鮮戦争」前夜」 (令和二年(2020年)7月23日配信)です。