「マッカーサー証言」の意味するもの

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はじめに

 

 F様から、前々回、取り上げました「韓国の歴史教育」について「実態は違っているのではないか。韓国ではしっかりと『南侵』を教えている」とするご指摘をいただきました。私も現役時代、多くの韓国軍人と付き合いがあり、知り合った軍人の認識がまともだったことから、ニュース自体の信ぴょう性については疑っておりました。

 

 韓国の「歴史」は「ヒストリー」でなく「ファンタスティック」だといわれますが、元来、情緒的な民族性を有し、ある程度「表現の自由」が許されていることから、実際に、自分たちの史観や主義主張を有利にするニュースなどが“事実とは関係なく”流された例は昔から何度もありました。最近は特に“反日無罪”が堂々と叫ばれ、ネット社会を主体にその傾向が増大していると言えるでしょう。

 

F様によれば、「文大統領になったら、教科書では、“朝鮮戦争は、敗北した日本軍が朝鮮を占領し、韓国は国連軍と一緒に日本軍と戦った”という記述に変わった」というこれまたデマが流れているとのことです。本当に呆れます。

 

 私たちは、韓国から流れてくる“奇妙な”ニュースや話題については、まずそれが事実かどうかを他の手段で確認する必要があるということかと思います。F様、貴重なご指摘ありがとうございました。

 

マッカーサー解任

 

さて前回の続きです。司令官として国連軍を指揮し、実際に「朝鮮戦争」を戦ったマッカーサーは、北朝鮮の背後にいるソ連や中国という共産主義国家の脅威を感じます。そして「もし朝鮮半島を失えば、極東での米国の防衛戦は失われ、西海岸まで後退してしまう」と、「朝鮮半島や台湾はアメリカの“防衛ラインの外”である」としたアチソン・ラインとは別の見方をします。

 

字面だけを見れば、「自衛力のない日本を米国だけでは守れない」として、これまでの考えを180度覆したように見えますが、朝鮮半島を死守しつつ、大陸の中国・ソ連と対峙するという、日清・日露戦争以来の我が国の防衛戦略について、自ら「朝鮮戦争」を戦ってみて、マッカーサーは初めて理解したと解釈すべきと考えます。

 

マッカーサーは焦燥し、ついに暴走します。“原爆の使用を含む”「中国本土攻撃も辞せず」と公言し、中国を挑発します。

 

「朝鮮戦争」が膠着するなか、第3次世界大戦になることを恐れて和平工作を模索していたトルーマンは、マッカーサーの発言に激怒し、1951(昭和26)年3月24日、日本の占領統治を含むマッカーサーの全軍職を解任します。

 

一般には、上記のように、「原爆の使用」の発言が解任の理由とされていますが、「原爆の使用」については、1950年11月30日、トルーマン自身が中国へのおどしのために「必要とあらば中国共産軍に対して原子爆弾を使用することも考えている」と発言しています。

 

解任の真相は、マッカーサーが「アジアで共産主義の戦いに敗れれば、欧州の崩壊まで避けられない」として「アジアにおいて“第2戦線”を展開するために台湾の?介石軍の使用を望んでいたことにある」との説があることを紹介しておきましょう。

 

この考えこそが、トルーマンの逆鱗に触れ、アチソン国務長官やマーシャル国防長官(なぜか、またしてもこの二人の名前が出てきます)の進言もあって解任に踏み切ることになります。

 

その一報を東京のラジオ放送で聞いたマッカーサーは、妻に向かって「どうやらやっと帰国できるよ」と語ったといわれます。

 

マッカーサー離日・凱旋帰国

 

 4月15日、昭和天皇とマッカーサーは、赤坂の米国大使館で最後の面談を行ないます。天皇は、5年8カ月にわたったマッカーサーの日本再建への貢献に対して、儀礼的以上の「謝意を示された」といわれます。翌16日、衆・参議員は、マッカーサーに感謝決議文を差し上げることを決定し、経団連も感謝声明文を発表します。

 

東京都議会も臨時会議を開き、感謝決議文を決議し、羽田でマッカーサーに手渡します。そこには、わずかに6年ほど前、B29の爆撃によって30万人の都民が殺されたことはすっかり忘れ、「首都の復興に成果をあげ得たことは、都民のひとしく感謝感激に堪えないところである・・」と書かれてありました。

 

その朝、米国大使館から羽田空港までの沿道は20万人以上の群衆で埋まり、日の丸と星条旗の小旗を打ち振ってマッカーサーを見送ります。翌日、新聞各紙もマッカーサーに対して“歯の浮くような賛辞”を載せました。

 

マッカーサーはホノルルで大歓迎を受け、サンフランシスコに到着すると、約50万人の人々が迎えます。その後、ワシントン、ニューヨークなどでも空前の大歓迎を受け、これらの地における“凱旋パレード”は、総勢100万人もの人々が集まったといわれます。

 

4月19日、さっそく上下両院議員を前にしたマッカーサーは、「老兵は死なず、ただ去り行くのみ」の台詞で終わる伝説的な名演説を行ないます。

 

この演説の中で、「私は、日本国民ほど清らかで、秩序正しくかつ勤勉な国民を他に知らない」として、「戦争以来、日本人は近代史に記録された中で最も立派な改革を成し遂げた。称賛に足る意志と、学習意欲と、抜きんでた理解力をもって、日本人は戦争が残した灰の中から、個人の自由と人格の尊厳に向けた大きな建造物を建設した。政治的にも、経済的にも、そして社会的にも、今や日本は地球上にある多くの自由国家と肩を並べており、決して再び世界の信頼を裏切る事はないであろう」と日本を褒めたたえたのです。

 

この背景には、とかく批判のあった占領政策について、「 “マッカーサー自身が日本で成し遂げたと考えていた業績”を弁護していた」とする解釈もありますが、国内では「マッカーサー神社」まで建立しようとする動きが出て、マッカーサーも「非常に光栄に思っている」と承認したといわれます。

 

再び、大統領候補にもなり、本人もやる気満々だったようです。そして上院軍事外交合同委員会の聴聞会に召喚され、本人も大統領選挙に有利と判断し、これを受諾します。5月3日、マッカーサーは再び、歴史に残る証言を実施します。

 

マッカーサーの証言

 

まず、質問者より「赤化中国に対する海空封鎖というあなたの提案は、アメリカが太平洋において日本に勝利したのと同じ戦略ではないか?」と問われ、大東亜戦争での経験を交えながらマッカーサーは次のように答えます。

 

「日本は産品が蚕を除いてほとんど何もない。日本には綿も羊毛も石油製品も錫もゴムもない。その全てがアジア地域にはあったが、それらの供給が断ち切られたら、1千万人から1千2百万人の失業者が生じることを日本は恐れていた。それゆえ、日本が戦争に突入した目的は、主として安全保障(Security)によるものだった」として、その後の日本の中国大陸や東南アジアへの進出、それに対する米軍の反撃作戦について縷々説明します。

 

これは、マッカーサーが聖書に手をついて宣誓を行なった上での証言内容ですので、敬虔なクリスチャンのマッカーサーの偽らざる“本心”だったと断言することができます。

 

本メルマガでは省略しましたが、「東京裁判」の証言において、東條英機は、「この戦争を避けたいことは政府も統帥部も皆同じだった・・・ここに至っては、自存自衛上開戦はやむを得なかった」と答えていますが、それから約1年半後、東條の基本主張が正しかったことを、マッカーサーが自ら証明したのでした。

 

マッカーサーの証言自体は、翌日、ニューヨーク・タイムズ紙などの記事になりましたが、占領下であったせいか、国内ではその内容が話題になることはなかったようです。

 

その理由は、のちにこの証言を日本で最初に取り上げた渡部昇一氏によれば、「マッカーサーの証言自体は当時、記事にはなっていたものの、朝日新聞など日本のマスコミは、マッカーサーが“日本が戦争に突入した目的は、主として安全保障によるものだった”とする部分を省いて報道していた」とのことです。しかも、「それ以降、現在(渡部氏の書籍が出版された2015年頃)まで、新聞やテレビがマッカーサー証言を取り上げたケースもない」と解説しています。

 

なお、「この発言は、中華人民共和国に対する海上封鎖の有効性を示すために発言したものであり、日本の戦争目的を擁護する意図は含まれていない」(秦郁彦氏)とする反論もありますが、それだけならば、発言の冒頭に、わざわざこの“くだり”を入れたことについて説明がつかないと考えます。

 

そして、この“日本を擁護するような”発言は、アメリカ人の“受けが悪く”、この発言によって、マッカーサーの政治生命が絶たれたと言って過言でありません。

 

またマッカーサーは、「現代文明を基準とするならば、我ら(アングロサクソン)が45歳の年齢に達しているのと比較して日本人は12歳の少年のようなものだ」とも証言します。この発言は「日本人はドイツ人より信頼できることを強調したかっただけ」とする解釈もありますが、この発言の前に「日本人は極めて孤立し進歩の遅れた国民」と証言していたことと重なり、多くの日本人の怒りと失望を招く結果となります。

 

さらに、「過去100年に米国が太平洋地域で犯した最大の政治的過ちは“共産勢力を中国で増大させた”ことだ。次の100年で代償を払わなければならないだろう」と述べ、アジアにおける共産勢力の脅威の増大を強調しています。

 

マッカーサー自身、間違った情勢判断を繰り返したことに対する反省(後悔)の意味もあったのかも知れませんが、その後の歴史をみれば、この発言が正しかったことも、その“代償”がまだ終わっていないばかりか、最近の米中関係をみれば“これから正念場を迎える”ことも明らかになりつつあります。細部については、本メルマガの最後に総括することにしましょう。

 

マッカーサーの“功罪”

 

 GHQの占領政策は、戦後の我が国の「形」を作りましたが、最後に、そのトップであったマッカーサーの“功罪”を考えてみましょう。それを知るためには、前にも紹介しました『國破れてマッカーサー』(西鋭夫氏)以上に、鋭くかつ公平にマッカーサーを評価している書籍を見つけることはできませんでした。

 

西氏はこう述べています。「日本という『国』が悪で、日本国民は『無知の、いや無知な犠牲者』だという発想は、マッカーサーが仕組んだものだ。東京裁判もこの発想で進行した。この発想は『国民が国』という民主主義の土台をひっくり返したものであり、マッカーサーが日本の国民に特訓した民主主義に反するものだった」。

 

「しかし、『国』が悪いとする考えは、日本国民が『国』を愛さないようにするためには、実に巧妙で、効果的な策略であった。これが、マッカーサーの『日本洗脳』だ」としています。

 

そして、「このからくりにハメられた状態を『戦後民主主義』とあがめ、国歌・国旗を『悪の象徴』として否定し、憲法第9条を『平和の証』として奉った多くの有識者に加え、共産主義を信奉する教師たちがソ連や中国の工作員のように振る舞い、弱民化の最良の武器である『教育』を駆使した」として、これらによって「『日本潰し』が企てられた」と指摘しています。

 

マッカーサーの命により、日本人は、夢を捨て、誇りを捨て、信念も捨てました、いや捨てさせられました。その結果、日本人であること自体を「恥」とされ、それが「一億総懺悔(ざんげ)」となりました。

 

確かにマッカーサーは、前述のように、戦争に至った戦前の日本の立場への理解、共産主義の否定、東京裁判の過ちなどは証言しますが、日本及び日本人に対する無理解のまま、自ら先頭に立ち、ニューディーラーたちと歩調を合わせて実践した日本及び日本国民の改造については自画自賛に終始し、最後の最後までそれを反省あるいは否定することはありませんでした。

 

共産勢力の脅威の増大があって、占領政策は途中で変更されましたが、これまで縷々振り返ったような占領当初の「日本改造」の各施策のインパクトがあまりに強く、我が国は、その影響を国の「形」の根幹の部分に残し、国民は「誇り」さえ失ったまま、見直すことなく今日に至っています。

 

これをマッカーサーの「功」と考えるか、「罪」と考えるかについては、国論は依然、2分されるでしょう。西氏は「誇りを捨てた民族は、必ず滅びる」と断言していますが、この原稿をしたためているこの瞬間に、「誇りあれ、日本よ」と訴え続けておられた李登輝元台湾総統死去とのニュースが飛び込んできました。

 

韓国の白善Y(はくぜんよう)氏や李登輝氏のような外国人に伝統的な“よき日本人の姿”を観る思いも手伝ってか、よけいに、そろそろマッカーサーらGHQによって強行された「日本改造」に疑問を持たないまま肯定してきた考えを見直す、つまり、我が国は、「マッカーサーの呪縛」から脱する時に来ているのではないでしょうか。

 

 

 

(以下次号)

 

 

(むなかた・ひさお)

 

 

(令和二年(2020年)8月6日配信)

 



 



著者略歴

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇宙工学修士課程卒。 陸上自衛隊の第8高射特科群長、北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸将)。 2018年4月より至誠館大学非常勤講師。『正論』などに投稿多数。


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「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その3)」 (令和二年(2020年)1月30日配信)です。
日米戦争への道程(その4)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その4)」 (令和二年(2020年)2月6日配信)です。
日米戦争への道程(その5)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その5)」 (令和二年(2020年)2月13日配信)です。
日米戦争への道程(その6)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その6)」 (令和二年(2020年)2月20日配信)です。
日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「日米戦争への道程(その7)「ついに開戦決定」」 (令和二年(2020年)2月27日配信)です。
「大東亜戦争」をいかに伝えるか
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」をいかに伝えるか」 (令和二年(2020年)3月19日配信)です。
「大東亜戦争」の戦争戦略
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の戦争戦略」 (令和二年(2020年)3月26日配信)です。
「真珠湾攻撃」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「真珠湾攻撃」の真実」 (令和二年(2020年)4月2日配信)です。
「ミッドウェー作戦」の真実
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ミッドウェー作戦」の真実」 (令和二年(2020年)4月9日配信)です。
ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「ガダルカナル島の敗戦が“潮目”に」 (令和二年(2020年)4月16日配信)です。
「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「絶対国防圏」が粉砕して「捷号作戦」へ」 (令和二年(2020年)4月23日配信)です。
「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「ポツダム宣言」と広島・長崎原爆投下」 (令和二年(2020年)4月30日配信)です。
終戦とマッカーサー来日
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「終戦とマッカーサー来日」 (令和二年(2020年)5月13日配信)です。
米国の「日本研究」とその影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「米国の「日本研究」とその影響」 (令和二年(2020年)5月21日配信)です。
「WGIP」の目的と手段
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「WGIP」の目的と手段」 (令和二年(2020年)5月28日配信)です。
「日本国憲法」の制定経緯
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「日本国憲法」の制定経緯」 (令和二年(2020年)6月4日配信)です。
「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「日本国憲法」の意義と「憲法学の病」」 (令和二年(2020年)6月11日配信)です。
「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「3R・5D・3S政策」と「東京裁判」」 (令和二年(2020年)6月18日配信)です。
占領期初期の欧州および周辺情勢
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「占領期初期の欧州および周辺情勢」 (令和二年(2020年)6月25日配信)です。
情勢変化に伴う占領政策の変容
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「情勢変化に伴う占領政策の変容」 (令和二年(2020年)7月2日配信)です。
「東京裁判」の結果と評価
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「東京裁判」の結果と評価」 (令和二年(2020年)7月9日配信)です。
我が国の安全保障政策をめぐる議論
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「我が国の安全保障政策をめぐる議論」 (令和二年(2020年)7月16日配信)です。
変容する国内情勢と「朝鮮戦争」前夜
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「変容する国内情勢と「朝鮮戦争」前夜」 (令和二年(2020年)7月23日配信)です。
「朝鮮戦争」の経緯と我が国に与えた影響
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「朝鮮戦争」の経緯と我が国に与えた影響」 (令和二年(2020年)7月30日配信)です。
「サンフランシスコ講和条約」締結への道程
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「サンフランシスコ講和条約」締結への道程」 (令和二年(2020年)8月20日配信)です。
「サンフランシスコ講和条約」締結と主権回復
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「サンフランシスコ講和条約」締結と主権回復」 (令和二年(2020年)8月27日配信)です。
「大東亜戦争」の総括(その1)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その1)」 (令和二年(2020年)9月3日配信)です。
「大東亜戦争」の総括(その2)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その2)」 (令和二年(2020年)9月10日配信)です。
「大東亜戦争」の総括(その3)
「我が国の歴史を振り返る」のバックナンバー「「大東亜戦争」の総括(その3)」 (令和二年(2020年)9月17日配信)です。